ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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何か、矛盾がありそうで怖い……(震え声)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


黒の剣巫Ⅸ

 無人運転電動カートに乗って、古城たちは魔獣庭園到着した。 古城と悠斗、凪沙の恰好は、戦闘を考慮してTシャツに短パンと動きやすいラフな恰好であり、雪菜は水着を大きめのナイロンパーカーで隠し、黒いギターケースを背負っている。

 紗矢華は、リボンの縁を取りが入った桜色のビキニだ。 一応、上にシャツを着ているが、浅葱から借りた水着が小さいのか胸の谷間が凄い事になっている。 まあ、今となっては古城たちは気にしてないが。

 ともあれ、到着した魔獣庭園の門を見上げると、庭園の周囲は高圧電線入りの鉄柵と深い運河に囲まれて、入口ゲートはシャッターが降りている。

 

「そりゃ、この時間はまだ閉園してるよな……どうやって中に入るか?」

 

 時間を確認して、古城がそう呟く。

 そんな時、言葉を発したのは、悠斗の隣に立つ凪沙だった。

 

「一部を破壊して中に入る? その方が手っとり早いよ」

 

 凪沙の言葉を聞き、古城は顔を引き攣らせ、雪菜と紗矢華は目を丸くした。 悠斗が平然な顔をしてるということは、凪沙と同じ事を考えていたのだろう。

 

「……な、凪沙。 お前、悠斗と思考回路が似てきたな……」

 

「そうかな? でも、被害が一番少ない方法だしね」

 

 まあ確かに、凪沙の言う通りだった。 だが、その時、魔獣庭園内部で異変が起こった。

 荒々しい地響きや唸り声。 重量のある何かが激突する音。 逃げ惑う人々の悲鳴――。

 

「……魔獣たちが暴れているのか?」

 

 異変の正体に気づいて、古城は動揺する。 広大な魔獣庭園の周囲で、魔獣たちが一斉に暴れ出したのだ。 屋外で放し飼いされていた群れはもちろん、檻や建物の中で飼育されてる種族や、屋外プールにいる海棲な魔獣までもが、完全にパニックを起こしている。

 

「おそらく、レヴィアタンの魔力の波動を受けて、それに怯えて暴動を起こしたんだ」

 

 悠斗の言う通りだった。 レヴィアタンが放つ魔力の波動に当てられ、それを察知した魔獣たちが死の恐怖を覚えて怯えているのだ。

 

「ここって……何匹くらい魔獣を飼ってるんだっけか?」

 

「三百種、二千二百だっけか」

 

 古城の疑問に悠斗が軽い口調で答えた。その絶望的な数字に古城は目眩を覚える。

 

「まずいぜ……。 そいつらがそのまま、魔獣庭園の外に逃げ出したら手に負えない……」

 

 自分自身の呟きで、古城は事態の深刻さを痛感する。

 魔獣庭園には、魔獣たちの脱走を防ぐ設計が成されているだろう。

 しかしそれは、獰猛な魔獣たちを対象にしたものだ。

 人間に危害を加える恐れがない穏和な魔獣たちまでもが恐慌状態になって、自滅する事を厭わず一斉に暴走を始めたら、完全に防ぎきる事は不可能だ。

 既に、庭園内や研究所のあちこちで、魔獣は檻を破って暴走を開始。 複数の場所で火の手が上がり始めていた。 檻が破られてしまうと、先に脱出した魔獣たちによって、園内の警備システムが破壊され、暴走の連鎖が広がっていく。

 三百種の全てとは言わないが、その半数近くは、確実に庭園の外へ脱走するだろう。

 その魔獣たちが遊園地やプールで暴れたら、どれだけの被害が出るか想像もつかない。 魔獣庭園のスタッフだけでは、それを止めるのは不可能だ。

 

「紗矢華さん、煌華麟は使えますか?」

 

 獅子王機関の舞威姫が持つ銀色の長剣を見つめて、雪菜が聞いた。

 紗矢華の煌華麟、六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)は制圧兵器だ。 鳴り鏑矢によって紡がれる高密度な呪文が、人間には詠唱不可能な高度な呪術を発動する。 その呪矢の力をもってすれば、数千匹の魔獣を一斉に無力化する事もできるはずだ。

 

「鎮圧系の呪矢は残ってるから、眠らせる事はできると思うけど、さすがにこの範囲全部をカバーする事は無理だわ。 せめて、一箇所に纏まってくれれば」

 

 これを聞いて頷いたのは凪沙だ。

 

「ここは、わたしに任せて」

 

 凪沙が左手を突き出すと、そこからは凍気が発せられる。

 

「――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 凪沙の背後に浮かび上がったのは、氷河のように透き通る氷の眷獣だ。 上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。 氷の人魚、あるいは妖鳥(セイレーン)――。

 

「(魔力波動を周囲に発して、魔獣を一箇所に集める事は可能かな?)」

 

「(要は、四方から迫るようにすればいいだろう)」

 

 四方から魔力の波動が迫るようになれば、必然的に魔獣たちは一箇所に集まるのだ。

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は魔力の波動を発し、魔獣たちはレヴィアタンをも凌ぐ凶悪な魔力の波動によって、新たな恐怖に怯え動き出した。

 

「んじゃ、庭園の中に侵入するぞ。――雷球(らいほう)!」

 

 悠斗が極小の雷球を放ち、魔獣庭園の入り口ゲートに人一人が入れる穴を開けた。

 古城たちは走り出し、その穴の中に跳ぶ込むように入って行く。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 古城たちが魔獣庭園の中に入ると、魔獣庭園の広場の一角には、数百匹の魔獣たちが集められていた。 檻から逃げ出した魔獣たちを此処まで追い込んだのは、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の魔力の波動だ。 強大な魔力の波動が四方から迫り、魔獣たちを一箇所に誘導したのだ。

 紗矢華は煌華麟を洋弓に変形させ、スカートをたくし上げてから、太腿に巻き付いていたホルスターから金属製のダーツを取り出した。

 紗矢華が右手で一閃すると、それが伸びて銀色の矢に変わる。

 紗矢華は洋弓を構え、流れるような美しい姿で矢をつがえて、

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 紗矢華の口から、澄んだ祝詞が流れ出す。

 紗矢華は、つがえた呪矢に膨大な呪力を流し込みながら、紗矢華は弦を引き絞る。

 

「極光の炎駆、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり――!」

 

 紗矢華が矢を放つと、轟、と激しい渦を巻きながら、射放たれた呪矢が空へと舞い上がった。

 荒々しく鳴り響く鏑矢の音色が描き出したのは、空を覆い尽くす不可視の魔法陣だ。 そこから噴き出した濃密な瘴気が、黒い霧となって地上へ降り注ぐ。

 

「つ、疲れた……」

 

 立てつづけに数本の呪矢を放った紗矢華が、力尽きたようにぐったりと座り込む。

 彼女が使用したのは、沈静化呪術。 暴れ回っていた魔獣たちを麻痺させて、そのまま深い眠りに就かせたのだ。 魔獣の種類によって個体差はあるが、半日は目を覚まさないはずである。 事態を収拾するには十分な時間だろう。

 

「何とかなったね。 でも、魔獣さんたち大丈夫かなぁ……」

 

 そう言ってから、凪沙は眷獣を異世界に還す。

 雪菜は頷き、

 

「これだけ強力な呪詛を浴びると衰弱する魔獣も出てくると思いますけど……。 そこは人命優先ですね。 それにしても、凪沙ちゃんの眷獣の扱いは先輩より上手ですね」

 

 そう言って雪菜は、古城を見る。

 

「な、何だよ。 お、オレでも何とかできたからな!」

 

 だが、古城が行った場合、魔獣庭園はかなりの被害があったに違いなかった。

 まあ、破壊の化身しかいない第四真祖の眷獣たちなので、仕方がない事だと思うが。

 

「……暁凪沙が使役できるのは、四神たちだけではなかったのね。 意外だわ」

 

 古城たちが声の方向を振り向くと、そこには二叉の槍を構えて立つ、長い黒髪に黒い制服姿の女だ。

 

「礼は言ってとくべきかしら。 魔獣たちの暴走に対する対策を、私たちは用意する事ができなかったから。 お陰で、来島者を避難させる余裕ができたわ」

 

「化け物を制御しようとするお前らが、避難だと!?」

 

 霧葉を睨み、古城は困惑の表情を浮かべる。

 

「そう、避難よ。 港が混み合う前に、あなたたちにも避難をお勧めしてよ」

 

 霧葉は、レヴィアタンが来る前に逃げろ、と言っているのだ。

 雪菜は雪霞狼を引き抜いて、いつでも戦えるように身構えていた。 立ち上がった紗矢華も同様だ。

 しかし霧葉は動かない。 彼女には交戦の意思はないのだ。

 そんな彼女を見ながら、古城が口を開く。

 

「お前は、クスキエリゼの研究所でレヴィアタンの制御が行われてる事を知ってるはずだよな。 ブルエリを破壊するという事は、レヴィアタンの制御ができなるって事だぞ」

 

「そうね。……だから、なに?」

 

 片眉だけ軽く上げて霧葉が聞き返す。

 

「“LYL(リル)”のシステムが破壊されると、莉流としての人格はなくなるんだぞ! ブルエリを攻撃するなんておかしいだろ!?」

 

 古城の疑問は尤もだった。 莉流は自分自身が消滅する事を知ってブルエリを攻撃しようとしてるのだ。

 だが、悠斗がそれを訂正するように言葉を発する。

 

「古城。 莉流の目的は――この世からの消滅なんだよ。 だからこそ、妃崎は自覚してなかった結瞳の目的を思い出させたんだ。 レヴィアタンの中で消滅すれば、リリスの悲劇がなくなるからな」

 

「そういうことかよ……だからお前は、あの時莉流の人格を目覚めさせたんだな。 コテージから結瞳を連れ戻す為に」

 

「その通りよ、紅蓮の織天使に第四真祖」

 

 ふふ。と愉快に笑い、霧葉は微笑んだ。

 

「すでに莉流は、レヴィアタンを支配してる。そして彼女自身を――“LYL(リル)”消滅させる為にブルーエンジリアムを襲ってくるわよ。 紅蓮の坊やが言うように、江口結瞳が殺しがってる自分自身の一部なんだから」

 

 悠斗は、誰が坊やだ。と抗議したが、見事にスルーされてしまった。

 まだ、レヴィアタンの姿は見えない。 だが、レヴィアタンの存在は、息苦しいような威圧感となって、水平線越しにはっきり感じられる気がした。

 

「じゃあ、“LYL(リル)”が破壊されたら結瞳は――」

 

「古城の思ってる通りだ。“LYL”のサポートがなくなれば、レヴィアタンの制御は困難になる。んで、結瞳の支配から逃れたレヴィアタンは眠りに就く。――その先は想像がつくよな」

 

「結瞳を腹の中にいれたままか……! そんなことさせるかよ!」

 

 そう言って、古城は吼えた。

 そして、一歩前に出たのは凪沙だ。

 

「古城君、凪沙も手伝うね。 戦力は多い方がいいでしょ?」

 

「もちろん、俺もだ」

 

 凪沙が言ってから、悠斗が続く。

 この光景を見た霧葉は呆れ顔で聞いてくる。

 

「レヴィアタンを止めるつもり? いくらあなた達が強くても、相手は神々の古代兵器よ?」

 

 悠斗はそんな霧葉を見て嘆息する。

 

「言っとくが、俺たちは世界を塗り替える力を持つ者だぞ。 てか、神に関するもので俺の上に立とうとか、百年早いんだよ」

 

「そう……では、これをあなたに渡しておくわ」

 

 霧葉が制服のポケットからキーホルダーを取り出して、それを悠斗に放ってきた。

 悠斗は反射的にそれを掴み取る。――キーホルダーの正体は、高速艇の鍵だ。

 

「……何の真似だ」

 

「いえ、私には要らないものだから、あなたにあげてよ。格納庫の扉は開けてあるわ」

 

 霧葉は、悠斗たちをこの場から離れさせたいので、高速艇の鍵を渡したのだ。もしも、悠斗たちが戦いを挑んだら、眷獣たちの攻撃の余波により“LYL(リル)”は破壊されるだろう。 ブルーエンジリアムを救うのが目的ならば、これで十分だが、今ここで“LYL(リル)”を破壊してしまえば、レヴィアタンは海の底へと戻ってしまい、結瞳を救出する機会は永遠に失われてしまう。 逆を言えば“LYL(リル)”を破壊すればブルーエンジリアムが襲われる事がなくなるのだ。

 だが、なぜ大史局は、六刃神官まで犠牲にしてブルーエンジリアムを沈めようとするのか? 悠斗が、この先を考えるには情報が少なすぎた。

 ここまで思考を巡らせた所で、悠斗は口を開く。

 

「……お前、案外良い奴なのかもな。 俺の偏見かもしれんが」

 

「あら、紅蓮の織天使にそんな言葉を頂けるなんてね。 少し意外。――しかし、良いのかしら?」

 

 悠斗が凪沙を見ると、不機嫌オーラを醸し出していた。

 凪沙の目には『浮気はダメだよ……』と言う意味が込められている。 悠斗は、『お、おう。大丈夫だ』と言う事しかできなかった。

 ともあれ、悠斗は魔獣庭園の奥へ視線を向けた。浅葱が探してくれた地図によれば、船の格納庫があるのは、その先の突端だ。

 しかし、走り出そうとした古城たちの背中を、雪菜が呼び止める。

 雪菜が浮かべていたのは、厳しい選択が突き付けられたような苦悩の表情だ。

 

「先輩! 聞いてください。 妃崎霧葉が、先輩方にその鍵を託したのは――」

 

 そんな雪菜の言葉の続きを、悠斗が右手を振って遮る。

 

「ああ、妃崎の思惑はわかってるから。 誰かが倒してくれれば、問題ないだろ」

 

「なら、わたしが残るわ」

 

 そう言ったのは、煌華麟を長剣に戻し、その切っ先を霧葉へと向けてる紗矢華だ。

 

「わたしはいいから。 雪菜は、第四真祖たちと江口結瞳を必ず助けてあげて」

 

 一瞬、紗矢華と目を合わせ、雪菜は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 雪菜は目を伏せ、古城たちの元へ駆け寄る。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

 悠斗がそう言って、古城たちは格納庫へ走り出した。

 霧葉と紗矢華は、古城たちの後ろ姿を暫く無言で眺めていたが、

 

「残念ね、煌坂紗矢華。 あなたも彼らと一緒に行ってくれたら、手間が省けたんだけど――」

 

 先に苦笑したのは霧葉だった。

 彼女が握る双叉槍が、音叉のように小刻みに震え出す。 流し込まれた霧葉の呪力に共振して増幅してるのだ。

 

「あなたが、暁古城たちに鍵を渡したのは、あの男たちがここで暴れて、“LYL(リル)”を破壊されると困るからでしょう?」

 

 溜息混じりに紗矢華がそう呟き、クスキエリゼ研究所を睨んだ。

 

「江口結瞳は自分自身を憎んでいる。 当然、自分の分身である莉流の事も。 だから彼女は、この島を襲ってくる。“LYL(リル)”を消滅させる為にね。 逆に言えば、他の誰かが先に“LYL(リル)”を破壊してしまえば、彼女がブルーエンジリアムを襲う理由はなくなるわね。といっても、神代悠斗にはお見通しだった見たいだけど」

 

 紗矢華は、ホント、チート吸血鬼だわ。と言って、煌華麟を構える。

 

「そう。 だから、わたしはここに残ったの。“LYL(リル)”を守る為に」

 

「だったら、話は簡単ね。 あなたをぶっ倒して、“LYL(リル)”を壊しに行くわ」

 

 霧葉が槍を構えて一歩前に出る。

 紗矢華は霧葉の奇襲にやられたが、今回は手の内は分かっている。 条件は対等だ。 二度も同じ相手に負ける訳にはいかない。 悠斗も、紗矢華たちなら霧葉に勝てると信じていたので、躊躇なくレヴィアタンの元へ向かったのだろう。

 ならば、紗矢華の役目は、“LYL(リル)”の破壊だ。 その為には、霧葉をここで倒さなければならない。

 

「今度は手加減しなくてよ、舞威姫――」

 

「そういう事を言うと、負けた時に恥ずかしいわよ、六刃神官――」

 

 間合いを詰めた彼女たちが動き、魔獣庭園に、二人の呪力が激突する轟音が鳴り響いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 船は分かりやすい場所に停泊していた。 白と青に塗り分けられた双胴船だ。 全長二十メートル近くはあるだろう。

 魔獣の暴走騒ぎで避難したのか、付近にクスキエリゼの職員は見当たらない。 なので、古城たちはあっさり船の操縦室に辿り着く事ができた。

 

「姫柊は島に残ってくれ。 ここまで来れば、後はオレたちだけで十分だ」

 

 後ろについて来る雪菜を振り返って、古城が言った。

 相手は巨大な生体兵器だ。 迂闊に近づけば、軍艦ですらない民間所有の高速船など、一瞬で沈められてしまうだろう。 自身を守る術を持つ悠斗と凪沙、不死の属性を持つ古城は問題ないが、雪菜は生身であり人間だ。 古城は危険な戦地に、雪菜を連れて行く訳にはいかないと思った。

 しかし、雪菜は頑なな表情で首を振り、

 

「一緒に行きます」

 

「だから、駄目だって! 悠斗と凪沙はともかく、姫柊はレヴィアタンの攻撃を受けたらひとたまりもないんだ。 危険すぎる!」

 

 そんな二人を見ながら、船の上に立っている悠斗と凪沙が口を開く。

 

「古城、諦めろ。 姫柊の頑固さは今に始まった事じゃないだろ」

 

「うんうん。 諦めようか、古城君。――将来、古城君は苦労するかもね。 色んな意味で」

 

 二人の言葉を聞き、古城は顔を逸らした。

 

「ったく、好きにしろよ」

 

「はい。 そうします」

 

 勝負負けした古城を見て、雪菜はホッとしたように笑った。

 古城は、防水ケースに入れたスマートフォンを取り出して浅葱に電話をする。 全長二十メートルもの高速船を、古城たちが操る事は不可能だ。

 ここはやはり、彼女に頼るしかないだろう。

 

『はいはい、もしもし』

 

 少し遅れて、浅葱が応答した。 取り込み中なのか、余裕のない口調だ。

 

「浅葱、船に着いたぞ。 電源も入れた」

 

『悪いわね、古城。 厄介な奴に会っちゃって、こっちは手一杯なのよ。 とりあえず、案内係を送っとくから、あとはそっちで上手くやって』

 

「……あ、おい」

 

 どういう意味だ、と古城が聞き返す間もなく、一方的に回線が切断された。

 スマートフォンを握って立ち尽くす古城の耳元に、クックッと奇妙な笑い声が聞こえてくる。

 高速船の操縦席――GPSナビの画面に映ったのは、ぬいぐるみの形をした奇妙なアイコンだった。 それは、船に搭載された自動操縦装置を乗っ取って、勝手にエンジンを始動する。

 古城の隣に立つ悠斗が、

 

「モグワイか。 かなり使われるみたいだな。 お前も大変だな」

 

『最近は、嬢ちゃんの要望が多くてな。 ケケッ』

 

 そう話してると、桟橋を離れた高速船は、港内を滑らかに旋回し、白い水飛沫を立てながら加速を始める。

 十五分ほど航行を続けていると、窓の外を見ていた雪菜が、あっ、と息を呑む気配がした。

 

「先輩方、凪沙ちゃん。 あれを――」

 

「島……か? そんなものあったか、この方向に?」

 

 雪菜が指差した方向に浮かび上がったのは、海面に浮かぶ群青色の塊だった。 高速船が接近するにつれ、その姿は地平線を埋め尽くすほどに大きくなっていく。

 

「いや、あれは島じゃないぞ、古城」

 

「うん、あれはレヴィアタンだね」

 

 凪沙と悠斗の言葉を聞いた古城は、固い表情で島を見つめる。

 

「……マジか、おい……!? いくらなんでもデカすぎるだろ!?」

 

「ま、一応伝説の生き物だしな」

 

 だが、悠斗の表情には変化が見られなかったが。

 ともあれ、結瞳の場所が解らない限り、事態は一向に進まない。

 

「モグワイ、結瞳がどこにいるか解るか?」

 

『クスキエリゼの潜水艇だったら、あのデカブツの中に入り込んだみたいだぜ』

 

「中に入った? いや、潜水艇の位置を特定する事は可能だろ?」

 

『ケケッ。 紅蓮の坊ちゃんは、ホント冷静沈着だぜ』

 

 潜水艇には、“LYL(リル)”を構成する一部の機器が積み込まれているのだ。 その機器の通信を逆探知すれば、潜水艇の大まかな位置が判明する。 結瞳もその近くにいるはずだ。

 

「なるべく結瞳ちゃんの近くに着けてください、モグワイさん」

 

 雪菜がそう呟く。

 潜行機能を持たない高速船では、レヴィアタンの体内に入る事ができない。 結瞳を救出する為には、船を捨ててレヴィアタンに乗り移るしかないだろう。

 帰りの船が無くなっても、悠斗の眷獣たちが空を飛んでくれるので問題ないはずだ。 ちなみに、この場所は人目につかない場所なので、正体が公になる心配もない。

 

『気楽に言ってくれるな、剣巫の嬢ちゃん。あのデカブツがちょこっと動くだけで、伝説級のビックウェーブが味わえるだがな……。 ま、やって見るがな』

 

 脅すような口調でそう言って、モグワイが舵を切る。

 舳先が向けられたのは、海面に漂うレヴィアタンの正面だ。 その巨体の胸元辺りと思われる地点に、結瞳を乗せた潜水艇が入り込んだらしい。

 そして、古城たちの接近に気付いたと思われるレヴィアタンが、頭部をゆっくり動かした。

 その微かな動きだけで、海面が激しく渦を巻き、絶壁のような高波が次々に高速船に襲ってくる。 そして、波頭に乗り上げた高速船の船体が空を舞い、古城たちを翻弄した。

 船の機関部は異音を放ち、船体が波打つように歪む。 転覆せずに済んだのが、奇跡に思える位の衝撃だ。

 追い打ちをかけるようにレヴィアタンが放ったのは、大気を歪める濃密な魔力の波だった。 至近距離からそれを受け、古城は声を上げる。 直接的な苦痛はないが、硝子を爪で引っ搔くような騒音を頭の中で鳴らされている気分だ。

 

「ぐ……なんだよ、この気持ち悪いのは!?」

 

「これは魔力波動だ。 この波動を使って、レヴィアタンは周囲の様子を調べてるんだよ」

 

 結界を展開し防御しながら、悠斗がそう言う。

 また、凪沙は結界を展開し、雪菜も雪霞狼を展開し防御しているので、魔力波動を受けているのは古城だけになる。

 

「イルカが超音波で、餌を探してるみたいなもんか……!」

 

『ケケッ……ってことは、(やっこ)さん、オレたちの存在に気づいたんじゃねーか?』

 

 モグワイの言う通り、古城たちの存在はレヴィアタンに露見したらしく、胸ビレと呼ぶには巨大すぎるレヴィアタンの肉体の一部が、海面を割って浮上した。

 そのヒレの表面には、クジラの噴気孔に似た深い穴が幾つも空いている。 それを取り巻く群青色の鱗が、電子回路のように次々に発光した。 眩い魔力の輝きが、穴の奥に蓄積されていく。 巨大な砲弾を装槇するかのように。

 逸早く動いたのは悠斗だった。

 

「降臨せよ――青龍!」

 

 悠斗は、素早く青龍を召喚させた。

 そして、無数の砲門から放たれた閃光が、大量の海水を一瞬で蒸発されて、強大な水蒸気爆発を巻き起こしながら古城たちの元へ降り注ぐ。

 だが――、

 

「――雷球(らいほう)!」

 

 青龍が放った雷球が砲弾を撃ち落とす。

 

「ったく。 現代兵器のオンパレードかよ」

 

 悠斗が呆れたようにそう呟く。

 そう、海面下に沈むレヴィアタンの巨体の何処からか、稚魚のような物体、魚雷が射出されたのだ。 その数は全部で百体は超えているだろう。

 そして、再び装槇された砲門から閃光が正面に放たれ、間髪入れずレヴィアタンの巨体から無数の青い影が空中に向かって撃ち出される。 これは、対艦ミサイルだ。

 レヴィアタンからの、上、正面、下からの同時攻撃だ。

 

「俺が上を何とかするから、古城たちは他を頼んだぞ。――閃雷(せんらい)!」

 

 青龍が空に展開した雷のカーテンに、対艦ミサイル直撃し無数の爆発を起こす。

 そして凪沙も、眷獣を召喚させる。

 

「おいで――妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 凪沙が召喚させたのは、美しい妖鳥の眷獣だ。

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)!」

 

 妖姫の蒼氷は絶対零度の凍気を放ち、眼前の一部の海水と共に魚雷を凍結させる。

 後で第四真祖の眷属、水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)の能力で、出現する前まで時間を戻せば問題はないだろう。

 

「――雪霞狼!」

 

 雪菜が、雪霞狼の切っ先に展開した神格振動波の輝きが、レヴィアタンの魔法弾の爆発的な魔力を無効化し、砲撃を切り裂いていく。

 

疾や在れ(きやがれ)――獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

 古城が召喚した雷光の獅子が稲妻と化してレヴィアタンを襲い、閃光がレヴィアタンの巨体を包み込み、長大な尻尾を焼いた。

 群青色の分厚い鱗が、粉砕されてバラバラと海面に落下する。

 だが、レヴィアタンの動きに変化はなく、悠然と浮かび続けている。

 

「――効いてないのか?」

 

「いや、あれは魔力障壁だ」

 

 古城の隣で、冷静に悠斗が呟く。

 

「障壁? バリアみたいなもんか……?」

 

「まあそうだな。 俺たちが総攻撃を仕掛けても、あの障壁が邪魔をして戦闘不能まで陥らせる事は不可能だな」

 

 獅子の黄金(レグルス・アウルム)の直撃を食らったレヴィアタンの表面には、深さ十メートル近い破壊の爪痕が刻まれていた。 通常の魔獣なら致命傷だが、しかしレヴィアタンの巨体のとっては、引っ搔き傷程度のダメージだろう。

 

「……外側からじゃ、埒があかないな」

 

 古城が半ば呆れた表情で呟く。 たださえ規格外な巨体に加えて、頑丈な魔力の楯。 核弾頭の直撃でも倒せるかどうか、微妙な相手である。

 

「でも、結瞳ちゃん救出には、レヴィアタンの中に入るしかないよ」

 

 確かに凪沙の言う通りだ。

 そして、レヴィアタンまでの直進距離は、残り一キロを切っていた。 だが、このまま平穏な形で船を着ける事は不可能だろう。

 

「モグワイ、このまま中に突っ込もうと思う。 舵も効かないんだろ?」

 

『ケケッ。 その通りだぜ、紅蓮の坊ちゃん。 このまま真っ直ぐ突っ込むぜ!』

 

 そう言って、モグワイは船体を加速させる。 体当たり前提の無茶な速度だが、こうでもしなければ、レヴィアタンの周囲の荒れた海面は乗り切れないのだ。

 

「んじゃ、古城。 行くぞ」

 

「おう!」

 

 船の先端に、古城と悠斗は並び立った。

 そして悠斗は、獣が一匹が乗る事ができる結界を展開する。

 

「降臨せよ――白虎!」

 

 悠斗は、結界の上を足場にするように、純白の虎を召喚させた。

 それから悠斗は、白虎の足場を作るように結界を張り、白虎は走り出す。

 

「――切り裂け!」

 

 白虎が爪を一閃すると、魔力障壁の一部を切り裂いた。 白虎の特殊能力――次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)だ。 魔力障壁の次元を切り裂いたのだ。

 

疾や在れ(きやがれ)、――龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

 古城が召喚した双頭龍が、レヴィアタンの鱗を食い破り、体内へと続く空洞を穿つ。

 そして、古城たちを乗せた高速船は、海面を巻き込みながら体内へ突入した。

 敵の姿を見失ったレヴィアタンは、猛り狂った咆哮を放っていた――。




古城君たち、完璧な連携ですな。
ともあれ、レヴィアタンの内部に侵入しましたね。まあ色々とご都合主義です(笑)

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