ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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早めに投稿ができました。悠斗君登場です。いやまあ、次回以降もだけどね(笑)
今回は繋ぎ回かも。本格的に動き出すのは次回からかな。

では、投稿です。
本編をどうぞ。



咎神の騎士Ⅱ

 凪沙は水の中に浮かんでいた。 見渡す限りの透明な檻。 周囲は深い空のように青く澄んで、揺らめく光の帯が、頭上の水面から雨のように、静かに降り注いでいる。

 息苦しくも、寒くもない。 柔らかな宝石の中を漂っているような不思議な感覚だ。

 

「ここ……どこ?」

 

 凪沙は視線を巡らせながら呟いた。 解けた長い髪が、尾ヒレのように追従してくる。

 他にも、凪沙の身を隠すものは何もない。 水面から射しこむ淡い光が、凪沙の白い素肌の上に、波のような、幾何学(きかがく)模様を描いている。

 

「え!? 私、なんで裸!? そういえば、神社のお風呂で──」

 

 夢を見ているのか。と思い、凪沙は自分の頰に触れてみる。

 また、呼吸や体温の心配をする事もなく、水中に潜っていられるという状況は現実ではあり得ない。 だが、これは夢ではないと、凪沙は感覚で解った。

 凪沙自身の意識も明瞭だ。 寧ろ、目覚めている時よりも知覚が冴えているような実感がある。 凪沙が捉えたのは、寄り添うように背後を支えてくれる小柄な少女だ。

 

「目覚めて……ますか、凪沙さん」

 

「白奈ちゃん!?」

 

 白奈に呼びかけられて、凪沙は声の方角に体を向けた。 その瞬間、バランスを崩して沈みそうになった凪沙の腕を、白奈が素早く引き寄せる。

 

「寒くはありませんか?」

 

「あ、はい」

 

 白奈の肌の温もりを感じて、むしろ気持ちいいです、と凪沙は危うく口に出しそうになる。

「あの、ここは?」

 

「神縄湖です。 水中の方が霊体を安定させやすいので」

 

「湖の……中?」

 

「凪沙さんの意識だけを、切り離させてもらいました。 幽体離脱……みたいなものです」

 

「え? 幽体離脱?」

 

 白奈の説明を聞いて、凪沙はうっすらと透き通る自身を見下ろした。

 幽霊になったという実感はないが、言われてみれば腑に落ちる点はあった。 水の冷たさや息苦しさを感じないのも、霊体ならば当然の事だ。

 

「じゃあ、今の白奈さんも生き霊ってこと? 凪沙の本当の体はどこ?」

 

「それは今……神縄湖の祭壇に」

 

「祭壇?」

 

 凪沙は頭上へと意識を向ける。 直接視認できる距離ではなかったが、幽体離脱の恩恵か、祭壇の存在はすぐに感じられた。

 陽光に煌めく水面に、神楽の舞殿に似た小さな祭壇が浮かんでいる。 小舟を連結させて造った木製の簡易祭壇だ。 祭壇上にいるのは、銀色の長剣を持った制服姿の少女。

 彼女に見守られるような形で、巫女装束を着せられた凪沙が横たえられている。

 見慣れた自身の姿。 だが、髪の色だけが、普段とは違っている。 光の加減で刻々と色を変えていく金髪。 逆巻く炎のような虹色の髪だ。

 

「……私の体をどうする気?」

 

 凪沙は白奈を見上げて聞いた。

 白奈は泣き出しそうな表情のまま、ゆっくりと湖底を指し示す。

 彼女の示す方角を目で追って、凪沙は動揺した。 得体の知れない恐怖に襲われて、寒気を覚える。 湖底に埋もれるような姿で沈んでいたのは、巻き貝に似た闇色の多面体だった。

 表面は黒い真珠に似て、陽炎のように不規則に揺らいでいる。 生物と人工物の特徴を兼ね備えた異質な物体だ。

 

「なに……あれ……」

 

「神緒多の土地に眠る災厄を封じるための結界です。 自衛隊の人々は“黒殻(アバロン)”と呼んでいますが」

 怯えたように呟く凪沙に、白奈が説明する。

 

「結界……あれが……? いや、待って。“黒殻(アバロン)”って事は、湖の底に沈んでいるのは――聖殲の遺産、なの……」

 

 白奈は、左右に首を振った。

 

「ご、ごめんなさい。 私には解らないんです。 で、でも、大丈夫……です。 大勢の人たちが、あれを鎮めるために動いていますから。 獅子王機関の攻魔師や、自衛隊の特殊部隊も集結してます。 緋沙乃様の采配です」

 

「お祖母ちゃんが……? で、でも、聖殲の遺産かもしれないんだよ。 獅子王機関は兎も角、自衛隊で如何にかなるものじゃないよ……」

 

「……大丈夫だと思います。 神緒多神社の本来の役目は災厄の眠りを見守り、鎮める事……ですから」

 

「鎮めるって……」

 

 凪沙はもう一度、湖底の黒い塊に視線を向けた。 不規則に揺らめく外殻は、内包された強大な魔力を封じ込めた薄い膜のようにも見える。

 だが、内圧が限界に達して、紙風船のように弾け飛ぶのではないか──そう思わずにはいられない。 そして、あんなものをどうやって鎮圧するというのだろう? 凪沙はそんな疑問を抱く。

 

「霊力に優れた巫女を人柱とする事で封印を強化する……それが、神緒多神社の神職に課せられたお役目です。 最後に儀式が行われたのは、七十年以上も昔の事ですが」

 

「人柱……」

 

 白奈が淡々と告げた返事に、凪沙は強く反応した。

 凪沙の脳裏をよぎったのは、異国の遺跡で、氷漬けのまま眠り続けていた少女の姿だ。 彼女も〝災厄〟を鎮める為、人柱として封印されていた。

 

「災厄を避けるために穢れなき乙女を湖に沈める──同様の儀式は世界各地で行われてきました。 ですが、今回の儀式は違います。 贄にするのは人ではなく魔族。 しかも彼女は、すでに死んでます……から。 凪沙さんの力で、現世に意識を留めていただけで」

 

「白奈さん、それって……まさか、私の体からあの子の魂を……!?」

 

 凪沙は絶望的な思いで頭上を見上げた。

 何故、祭壇に自分の体が横たえられているのか。 何故、幽体離脱という形で、自分の霊体だけが肉体から切り離されたのか──凪沙はそれを理解した。

 湖の上に造られた祭壇は生贄の霊体を抽出し、湖底の“黒殻(アバロン)”に送り込む為のものなのだろう。 生贄として使われるのは、凪沙の肉体に残されたもう一つの霊体──即ち、アヴローラの魂だ。

 

「十二に裂かれた第四真祖の眷獣──その一体を封印する為に生み出された、人造の吸血鬼、アヴローラ・フロレスティーナ。 災厄を鎮めるための生贄に、彼女以上の適任はいません。 それはあなたにも解るはずです、凪沙さん」

 

 凪沙の直感を裏付けるように、白奈が答える。 それは、ある意味で良く練り上げられた作戦だった。

 活性化した“黒殻(アバロン)”の封印を強化する為、外部から霊力を供給する。

 死者であるアヴローラの魂を人柱として使い、その結果、表向きは一人の死者も出さずに、生贄の儀式を執り行うことができるのだ。

 アヴローラは、第四真祖の魂を封印する器として造られた吸血鬼。 肉体を失ったとはいえ、彼女の霊体は、桁外れの魔力を残している。 ならば、彼女は生贄として最適だろう。

 アヴローラの魂が消滅すれば、依り代としての凪沙の役目も終わる。

 緋沙乃はそれを知っていた。 だから彼女は、この冷酷な計画に荷担したのだ。 霊力の酷使が齎す肉体の衰弱から、孫娘である凪沙を救う為に。

 だが──、

 

「駄目だよ、白奈ちゃん。 それは駄目……! アヴローラさんの事なら、近い内に何とかなるの! 彼女に触らないで!」

 

 凪沙が、祭壇で眠るアヴローラを庇うように両腕を広げた。

 しかし今の凪沙に出来るのはそこまでだ。 体に戻り儀式を妨害したくても、白奈の髪から伸びる純白の霊糸が、凪沙の霊体を水中繋ぎ止めて逃がさない。 霊糸こそが、他人の霊体を自在に操る能力の触媒なのだろう。

 

「“黒殻(アバロン)”の事なら、私たち(・・・)に任せてくれればいい! 悠君には、私から口添えするから!」

 

 “紅蓮の織天使(悠斗)”と“血の伴侶(凪沙)”が、“黒殻(アバロン)”に接触するのは危険が伴うと思うが、聖殲の遺産を鎮める事ができるのは、ほぼ確実と言ってもいい。

 凪沙は、『私たちが何とかする。 なので、獅子王機関、自衛隊は今すぐ手を引いて。』と言っているのだ。

 

「お願いです、凪沙さん。 聞き分けてください。 もう遅いんです。 迂闊に近づけば、あなたの魂も儀式に巻きこまれてしまいます……から」

 

 白奈の髪から伸びる霊糸が数を増し、凪沙の霊体を拘束していく。

 湖上の祭壇では生贄の儀式が始まっていた。 無数の巨大な魔法陣が水面を覆い尽くし、湖底の“黒殻(アバロン)”へと向けて、巨大な樹木のように束ねられ伸びていく。

 霊糸を経由して、アヴローラの魔力を送り込むつもりなのだ。

 

「“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の一体を憑依させたまま何年も過ごすのが、そもそも無謀だったんです。 あなたがどれほど優れた巫女であっても、これ以上は自らの寿命を削るだけ……だから」

 

「違うの、白奈ちゃん!」

 

 そして凪沙は、真実(・・)に気づき、焦りに表情を歪め叫んだ。 白奈たちはまだ気づいていないのだ。

 凪沙は祖母譲りの霊力を持つ強力な巫女だが、同時に母親から素養を受け継いだ天然の“接触感応能力者(サイコメトラー)”でもある。 力が失われたといえ、感知する事は可能だ。 だからこそ、凪沙だけが辿り着く事ができた。 白奈を含めた攻魔師たちが気づかなかった真実、彼らが“黒殻(アバロン)”と呼んでいるものの正体に──。

 

「あれは封印なんかじゃないの。 監視してたのは、あの子の方なんだよ。 あの子を起こしちゃいけなかったの!」

 

 凪沙は気づいた。――――今の凪沙は、悠斗の“血の従者”ではなくなってしまった事に。 そう、今の凪沙は“人間”だ。 原因は、白奈に意識を切り離された時だろう。

 『これは拙い』。 凪沙はそう思った。 繋がりが切れたという事は、凪沙に何かあったという事になる。 そしてこの場所には、獅子王機関、自衛隊がいるのだ。 おそらく、悠斗の思考は嫌な方向へ傾くだろう。

 

「悠君が来る前に、私を早く此処から解放して! このままじゃ、皆が危険だよ!」

 

「凪沙……さん? あなた、何を言って……!?」

 

 白奈が初めて困惑を見せた。 だが、手遅れだった。

 祭壇から伸びた霊樹の幹が、“黒殻(アバロン)”へと到達し、アヴローラの霊体に残されていた魔力を吸い上げようと脈動する。

 

「なに……これは……!?」

 

 湖底に起きた異変を感知して、白奈が声を震わせた。

 “黒殻(アバロン)”の表面に亀裂が走り、その隙間から無数の影が現れる。 正体は、鋼色に輝く生物の姿。 それは、複眼を持つ蜂のようでもあり、長い尾を持つ蛇のような怪物だ。

 白奈にとっても予想外だったのだろう。 体に巻きついた霊糸を通じて、彼女の動揺が凪沙にも伝わってくる。

 しかし異変はそれだけでは終わらない。 鋼色の怪物たちを迎え撃つかのように、水中から巨大な影が出現する。

 意思を持つ濃密な魔力の塊。 異界からの召喚獣。 上半身は人間の女性に似て、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、猛禽のような鋭い鉤爪。 氷の人魚、あるいは妖鳥。──彼女は、アヴローラの中に封印されていた眷獣だ。

 

「……駄目……やめて……」

 

 眷獣を見上げて、凪沙が祈るように訴える。 だが、繋がり(リンク)が切れた凪沙には、彼女を止める術はない。

 妖鳥の翼から撒き散らされた膨大な魔力が、神縄湖全体を凍りつかせていく。 急激な凍結が齎す収縮と脆化により、あらゆる物質を塵に還す破壊的な凍気だ。 膨大な魔力を秘めた“黒殻(アバロン)”といえども、その攻撃の前にはひとたまりもない。

 だからこそ凪沙は絶叫する。

 

「アヴローラ! 駄目えぇ────────────!」

 

 瞬間、凪沙の視界は眩く蒼い光に包まれた。

 神縄湖と呼ばれていた場所の全てが、渦を巻く巨大な氷の結晶へ変わる。

 純白の霧と氷雪が、周囲の山々を覆い尽くしていく。

 薄れゆく意識の片隅でそれを知覚しながら、凪沙の霊体は光に吞まれていった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗は、神縄湖上空付近を、朱雀の背に乗り飛翔していた。 凡そ、神縄湖までは約十キロ弱。 時間で換算すれば、約一時間だ。

 その時、悠斗が感じたのは魔力の波動。 この波動には覚えがある。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の波動だ。

 

「……急げ、朱雀。 嫌な予感がする」

 

 朱雀は一鳴きし、限界まで加速する。

 悠斗には、凪沙の無事を祈る事しかできない。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗の目に見えているのは、鋼色に輝く異形の怪物。

 全長は三、四センチ程、雀蜂に似た頭部と蛇の胴体、翼竜のような翼。

 鱗は通常のライフル弾程度では貫通できるものではなく、偵察用の高機動車を主体とした特殊攻魔連隊の装備では、火力不足。 戦闘力は獅子王機関の攻魔師が手古摺る程度に厄介だ。

 悠斗の視界に入るだけでも二十以上の大軍で、空を埋め尽くすような勢いで迫っているのだ。

 作戦本部の置かれた展望駐車場の周辺も、体長四、五メートルに迫る鋼色の魔獣たちが、十体近く暴れている。

 陣を敷いている自衛隊の戦力は、今はかろうじて拮抗ができていても、包囲を突破されるのは時間の問題。

 

「……“黒殻(アバロン)”の取り巻き。“蜂蛇(ボウダ)”って所か。……だが、封印にしてはこの状況はおかしい……」

 

 悠斗は頭の中にある情報から、“黒殻(アバロン)”の事について分析していく。

 もし、もしだ。“黒殻(アバロン)”は知識を必要とする“災厄”だった場合。 人柱にした生贄から知識を吸い上げたという事になる。 そして、獅子王機関がアヴローラを贄にした場合、“黒殻(アバロン)”は、アヴローラの知識を手に入れたという事になり、その情報で目覚めた。 そして“蜂蛇(ボウダ)”の大群は、災厄の先触れに過ぎない。 ならば、湖底に魔獣たちの主が潜んでいる。 そう結論できる。

 

「……成程な。 獅子王機関は“黒殻(アバロン)”の正体を見誤った。ってところか」

 

 だが、もしそうでも、獅子王機関がアヴローラの魂を利用したのは変わらない。

 悠斗の内心からは、闇の渦(・・・)が沸々と湧いてくる。 悠斗は気づく事はなかったが、悠斗の眷獣たちは闇に浸食されていく(・・・・・・・・・・・)

 

 ――閑話休題。

 

 悠斗回りを見渡すと、長身の巫女が薙刀で“蜂蛇(ボウダ)”と交戦し、その背には白髪の少女だ。 おそらく、老人の巫女は、白髪の少女を守りながら交戦しているのだろう。

 だが、悠斗は援護に駆け付けるか悩んでいた。

 白髪の少女は、悠斗が戦った獅子王機関の三聖、闇白奈だったからだ。

 悠斗の内心は『獅子王機関の三聖なら、死んでもいいだろ』という考えなのだ。といっても、凪沙の安否を確認するには重要な人材でもある。

 助けに入ろうと降下しようとした時、白奈の髪が、重力から解き放たれて音もなく舞い上がり、そこから伸びる不可視の霊糸が網の目のように湖一帯を覆う気配があった。 霊力の糸を介した巨大なネットワークを編み上げて、全てを白奈が掌握していく。

 自衛隊員たちの動きが変わったのは、その直後だ。

 生き残っていた装甲車搭載の機関砲が火を噴き、分厚い霧の中に隠れていた“蜂蛇(ボウダ)”たちを、砲弾が正確に撃ち抜いていく。 傍にいた他の隊員の視覚情報を使って、目標の正確な位置を割り出し“蜂蛇(ボウダ)”を殲滅する。 同様の光景は包囲網のあちこちで起こっている。

 一切の時間差を感じさせない、完全な連携。

 目の前の敵を殲滅した部隊は、戦力の手薄な部隊の援護に回り、救護部隊は行方不明だった負傷者の救助へと動き出す。

 白奈一人の意思が、戦場全体を支配している。 自衛隊員を駒として操っているのだ。

 

「……忌々しい力だ。 人を駒のように使うとはな」

 

 白い冷気の霧の中に、一瞬だけ浮かび上がったのは巨大な影だ。

 ”災厄”そのものに形を与えたような、黒く禍々しい影だ。 この影こそが“災厄”そのものなのかも知れない。

 おそらく、凪沙は、“災厄”付近に居る確率が高い。 悠斗は朱雀の加速を高め、現場に急行するのだった――。




……悠斗君。闇に浸食され始めましたね。(まだ本人は気づいていない)
てか、悠斗君の頭の回転は、凪沙ちゃんたち以上ですね。
次回、騎士と対面かな。でもまあ、悠斗君ならすぐに退けそうだが……。

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
凪沙ちゃんは、白奈が三聖だと気づく事はありませんでした。まあ、持ってる情報が膨大過ぎますからね。しょうがないちゃ、しょうがないです。
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