「
唯里が、雪菜を見つめて呆然と呟く。
悠斗たちの予想通り、彼女は獅子王機関の剣巫である事は真実だった。 こちらの少女について正解だったという訳だ。
「あれが傀儡の親玉か……? いかにもそれっぽい見た目だけど……」
銀黒色のローブを纏った奴を睨んで、古城は眉を顰める。
古城の隣に立った悠斗が、
「たぶんそうだろ。 現に、襲い掛かってたのコイツだし」
何処から見ても、趣味の悪いコスプレにしか見えない恰好だが、意味もなくそんな恰好をしてる筈がない。 おそらく、何かの武具を纏っている。と考えるのが妥当かもしれない。
『第四真祖……紅蓮の織天使……』
銀黒色のローブを纏った奴が、苛々しげに古城たちを見据えて言った。 そしてその目は、古城たちの事をゴミのように見る目だ。
「オレたちの事知ってんのか……?」
「知ってても不思議はないぞ。 絃神島以外でも、俺たちは結構有名らしいからな」
俺は嬉しくないんだが。と、悠斗は付け加える。
奴が無言で杖を振り上げた直後、巨大な咆哮が古城たちの肌を震わせた。
「みんな! 後ろ!――
凪沙が叫ぶ。 振り返る古城たちの目に映ったのは、木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる巨大な魔獣の姿だった。 翼長十数メートルにも達する二脚の翼竜だ。
凪沙は、古城たちを護るように四方に紅い結界を展開させ龍を弾くが、鉤爪が結界に亀裂をいれ、龍は頭上を駆けていく。
鉤爪は、真祖以上の攻撃に匹敵すると見ていい。 その証拠に、朱雀の結界に亀裂を入れ破壊した。
「(……俺と凪沙は何とかなるが、古城たちは一撃食らえばお陀仏だぞ)」
不老不死である真祖でも、鉤爪の攻撃を受ければすぐに再生、とはいかないだろう。 その瞬間に眷獣の具現化が解け、無防備になり捕縛されて終わりだ。 人間の唯里と雪菜は、一撃で死亡だ。
「
古城が
だが、その前に銀黒色のローブが動き、ローブの内側から洩れ出した闇色のオーロラが、水面に落としたインクのように広がり
「なに!?」
古城が、驚愕な声を上げた。
漆黒のオーロラに触れた瞬間、獅子の前肢は音もなく弾かれた。
オーロラに包まれた
「……咎神の騎士が持つ
「……魔具? ゼンフォースの奴らが持ってたものか!?」
古城が、眉を顰めて悠斗に聞く。
「そうだな。 奴が持つ魔具の効果は、仙都木阿夜が持ってた“闇の聖書”の能力って感じだ。 だから、古城の眷獣攻撃は無効化される。 雪霞狼なら何とかなると思うが、
だが、例外がある。 それは、悠斗たちの眷獣たちだ。 彼らは、神の恩恵を持つ眷獣。
奴が
「(……つっても、複数の自衛隊員を護りながら戦闘じゃ、俺たちが不利だな。 病み上がりの凪沙に無理はさせられないし、俺も魔力は全快したが暴走直後の反動が凄ぇし……)」
このままじゃ平行戦だな。と悠斗が思っていると、銀黒色のローブが、
『グレンダ……』
倒れている龍を眺めて苦々しげに呟き、舞い降りてきた
「待て…………っ!?」
飛び去る
悠斗は、古城の右手の甲を眺め、
「……古城。 これは、神格振動波か?」
「あ、ああ。 絃神島から出る時、巫女装束を着た三聖とちょっとな」
激痛に汗を浮かべながら、たいしたことはない、と古城は笑ってみせる。 古城たちの傍には、倒れたグレンダを庇っている唯里たちいるのだ。 彼女に余計な心配をかける訳にはいかない。
悠斗は一つの仮説を立てたが、考えすぎか。と思い、思考を停止させた。
「……悠斗は、奴を知ってるのか?」
「ああ。 獅子王機関の三聖たちとは殺し合いをした仲だ」
古城は絶句した。
悠斗は、あの化け物じみた奴を三人同時に相手にし、五体満足で勝利したのだ。 まあ、厳密に言えば引き分けなのだが、戦闘の内容では悠斗の勝利だ。
「……悠斗。 お前化け物すぎだ」
「……化け物とは失敬な。 普通じゃありえないと自覚はしてるけど――まあそれは置いといてだ」
「ああ、そうだな」
古城たちが後方を振り向くと、そこでは雪菜と凪沙に介抱されていた龍族化から戻った少女の姿が映った。
衣服は、悠斗が事前に凪沙に渡していたローブ姿である。 少女の年は、十三、四歳ほどの、可愛らしい顔立ちの女の子だ。
「……奴らの狙いは、この子か?」
「たぶんそうだ。 奴らの狙いは、この子に眠ってる“情報”かもな」
俺より詳しいはずだ。と付け加える悠斗。
古城は頷き、
「なるほどな。 奴らはこの子を利用しようとしてる訳か」
冷たい風に乗って古城たちの耳に届いてきたのは、人々の悪意の籠った囁き声だった。
「お、おい」
「ああ、吸血鬼だ……なんで魔族がこんなところに……?」
「それにあの娘……獣人か?」
負傷した自衛隊員たちが、古城たちを遠巻きに見つめている。 彼らは互いに顔を寄せ合って、低い声で会話を続けていた。 敵意と好奇に満ちた彼らの視線は、古城にとっては馴染みの薄いものだった。 これまで殆んど体験する事のなかった感情だ。
魔族に対する怯えと敵意──。古城はゆっくりと空を見上げた。 うっすらと低い灰色の雲に覆われた真冬の空。 常夏の絃神島には存在しない季節──、
「ああ……そうか」
そうだったな、と古城はようやく実感する。
「ここは“魔族特区”じゃないんだな」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「アヴローラの魔力を使って封印しようとした所、“
悠斗は、唯里にそう聞く。
「はい。 私も一瞬しか見る事ができませんでしたが、間違いないと思います」
「でも、悠斗。 獅子王機関は“聖殲の遺産”を封印しようとしてたんだろ? 何で龍なんかが出てくんだ?」
この古城の問いには、悠斗の隣で立つ凪沙が答えた。
「古城君。 龍族っていうのは、護る者の事なんだよ」
「護る者?」
「うん、
だからこそ、自衛隊が動いた。――そう、自衛隊の中には、“殲滅派”も混じってたという事にもなる。
おそらく、獅子王機関は事前に“
悠斗が言葉を引き継ぐ。
「おそらく“聖殲派”は、今の情報を秘密裏に聞いてたのかもな。 特殊攻魔部隊が脆かったのも、大した装備を持たなかったからだ。 しかも、魔獣の出現を警戒して神縄湖を包囲していたはずなのに関わらずだ。 だから、護り手の一部であった
魔族に対する
「じゃ、じゃあ、安座真三佐の作戦は全て嘘で、本当の目的はグレンダの捕獲、なの?」
「詳しくは解らん。 場所の特定だからこそ、奴らは大した武装をしなかったんだろう。
唯里は絶望の表情を浮かべた。 唯里たちは、獅子王機関と自衛隊に、掌で躍らせられた事にも繋がるからだ。
だが、悠斗はそれを見ても言葉を続ける。
「獅子王機関、自衛隊の目的が龍族。 今回の儀式では、龍を覚醒させる条件を満たしていのは凪沙だったっていう事だ。 つか、絶望の表情は浮かべんな。 獅子王機関が凪沙を命懸けで護ろうとしたのは、事実なんだしな」
悠斗は、クックッと喉を鳴らして笑う。
「まあでも、凪沙の情報を与えた奴には、ちょっとお灸を据える必要があるかもしれんが」
だが、プラスマイナスゼロでもある。
また、この儀式のお陰で、悠斗はアヴローラにもう一度出会え、凪沙も悠斗の両親と顔を合わせる事ができ、悠斗と凪沙は力を強化する事ができたのだ。
その時――、
「ゆいりー!」
「グレンダ? どうしたの、その服……?」
飛びついてきたグレンダを抱き留めて、唯里は目を丸くした。 グレンダが着ていたのは、茶色いローブだったはずだ。 だが今は、大きめサイズのミリタリージャケットとコンバットブーツ。 アクセントのイヤーマフだった。
「余っていた私たちの装備の中から、勝手に選ばせてもらいました」
グレンダと一緒に戻って来たのは、オシアナス・ガールズだ。 国籍不明の謎の美女集団に、唯里は怯えたような顔で頭を下げつつ、
「あ、ありがとうございます。 似合うよ、グレンダ」
「えへへー」
唯里に褒められたグレンダが、嬉しそうに目を細めて笑う。
「あの、ところで、皆さんはいったい……?」
唯里はオシアナス・ガールズを見返して遠慮がちに質問した。
これは失礼しました、と赤バンダナの金髪美女が、迷彩服姿のまま優美に一礼し、
「申し遅れました。 第四真祖の妻です」
残る四人の異邦の少女たちも、次々に澄まし顔で微笑んで、
「同じく、側室です」
「愛人です」
「セフレです」
「ハーレム要員、的な」
「え!? え……!?」
唯里はあまりの驚きで、彼女たちと古城の顔を見比べるだけの機械と化している。
――そして、紅蓮の翼が背に付与されてる凪沙の視線が古城を射抜いた。
「……古城君の変態」
古城は妹に冷たくされ、慌てて弁明する。
「凪沙!? 違う、違うからな! 全然違うから! オレは潔白だからな!」
「で、でも、第四真祖ともなれば、妻や愛人の五人や六人くらいは──」
オシアナス・ガールズの一人がそう言った。
凪沙の冷たい視線は変わる事はない。
「ちょ、ちょっと黙ってくれ! 凪沙が考えてる事は誤解だ!」
ご、誤解だあああァァああ!と叫ぶ古城。
その時、助け舟を出したのは、氷結の翼を展開する悠斗だ。
「古城だから仕方ない。 古城の女たらしはデフォだからな」
「ゆ、悠斗さん……。 それはフォローになってんの? 姫柊もなんとか言ってくれ」
潔白を証明するべく、雪菜に助けを求める古城。 しかし雪菜は、拗ねたような無表情で首を振るだけだ。
「私ははただの監視役ですから。 先輩が変態でも気にしません」
「ひ、姫柊! お前もかよ!」
最後の希望を断たれた古城が、頭を抱えて大袈裟に喚く。
狼狽する古城を暫く呆然と眺めていた唯里だが、やがてクスクスと声を洩らして笑った。
「唯里さん?」
雪菜が、唯里を気遣うように怖ず怖ずと声をかける。 唯里は笑いながら首を振って、
「やっぱり古城くんは似てるな、と思って。 牙城さんの息子さんなんだな、って」
その瞬間、古城の口元が苦々しげに歪んだ。
「わ、ごめんなさい。 で、でも、苗字で呼ぶと牙城さんと混乱するかと思って、つい」
唯里が焦って謝罪する。 馴れ馴れしく名前で呼んでしまったせいで、古城が怒ったのだと誤解したらしい。
違う違う、と古城は顔の前で手を振って、
「いや、オレとあいつは全然似てないだろって話。 呼び方なんかべつになんでもいいんだけど」
「そ、そうですか? あ、いえ、そうですね。 すみません。 私のことも呼び捨てちゃってくれていいですから」
礼儀正しく謝罪する唯里に、ああ、と古城は曖昧に頷いた。
「まともだよな……獅子王機関なのに」
「だよな……。 ストーカー気質もねぇし」
「雪菜ちゃんにも良いところは一杯あるんだよ」
「だからって、どうして皆さんで私を見るんですか?」
しみじみと感想を洩らす古城たちを、雪菜がむっつりと睨みつけてくる。
その時、グレンダが、ぴくり、と耳を動かして、低い声で唸り始める。 彼女が睨んでいる方角は、神縄湖に続く細い山道である。
「ゆいり、きた。 また」
「え?」
グレンダの言葉から少し経過し、野太いエンジン音が聞こえてきた。 自衛隊の装輪装甲車が三台連なって、古城たちの方へと近づいてくる。
停車して装甲車から降りてきたのは、武装した迷彩服姿の一団だった。 小隊長とおぼしき人物が、グレンダを庇う唯里に近づいてくる。
「獅子王機関の羽波攻魔官ですね」
形ばかりの敬礼をして、小隊長は唯里に問いかけた。
「自衛隊特殊攻魔連隊第二中隊、上柳二尉です。 負傷者搬送中の部隊が、龍族の襲撃を受けたとの報告があった為、護衛を命じられました」
「龍族の襲撃……?」
唯里が驚いたように目を見開く。
「いえ、違うんです。 襲ってきたのは龍族じゃなくて、彼女は私たちを助けようとしてくれたっていうか──」
「ゆいり……」
グレンダが怯えた声で唯里を呼んだ。 上柳二尉の背後の隊員たちが、無言で銃を構えている。 特殊攻魔部隊専用の個人防衛火器。 その銃口が狙っているのはグレンダだ。
「この現場における指揮権は我々にあります。 グレンダを引き渡してください、羽波攻魔官」
表情を強張らせる唯里に向かって、上柳が高圧的に言い放った。
それは、敵意に満ちた声だった。
「……グレンダを引き渡せ、か」
大柄な自衛官──上柳二尉を気怠く見返して、古城は大げさに肩を竦めた。
唯里はグレンダを庇ったまま目を見開いて、会話に割り込んできた古城を見つめる。
「なあ、聞かせて欲しいんだが、あんたたち、どうして龍の名前がグレンダだと知ってたんだ? 保護者のこの子だって、さっきようやく教えてもらったばかりだってのに――」
次回は戦闘回……上手く書けるかな(-_-;)
まあご都合主義、独自設定、独自解釈が満載になると思いますが、ご了承下さいm(__)m
ではでは、次回もよろしくです!!