では、本編をどうぞ。
不死にして不滅。 一切の血族同胞を持たず、支配を望まず、災厄の化身たる十二の眷獣を従え、人の血を啜り、殺戮し、破壊する──世界の理から外れた吸血鬼。 第四真祖。
――世界を混沌に齎す事が可能と言われ、真祖を超える力量があると噂があり、孤独に生きる吸血鬼。――紅蓮の織天使。
この伝説の吸血鬼たちは何所かの国に出現し、獅子王機関の誰かが、彼らを抹殺する為に派遣されるのではないか。全寮制の名門女子高にして、獅子王機関の養成所でもある“高神の社”の生徒の間では、そんな情報が瞬く間に広まって、彼女たちを恐怖に陥れていた。
とはいえ、所詮根拠のない噂話だ。 急速に広がったと同じ勢いでその話題は風化して、忘却の彼方に追いやられるのは、そう長くはかからなかった。
そんな中で、唯里は、思いがけない人物の口から第四真祖たちの話を聞かされる。
獅子王機関三聖、
第四真祖の正体が絃神島に住む高校生であり、唯里と同い年であること。 彼の監視役として派遣される剣巫の候補に、唯里の名前が挙がっていること。 もしかしたら、絃神島には紅蓮の織天使が姿を隠してるかもしれないということ。 そして、唯里の同年代であるということ。 唯里が、第四真祖、紅蓮の織天使は同世代と聞いた時はかなり驚いた。――だが、恐怖もした。
もし、凶悪な力を振るう高校生だった場合、自身は監視役として任務を全うできるのか? 恐怖で足が竦んでしまうのではないか? 少年たちを前にして逃げ出してしまわないだろうか?
一方で、微かな期待もあった。
同い年の男子である第四真祖たちを監視している内に、彼らの隣を歩けるようになるのではないか。という甘い期待だ。 寮で同室の志緒以外は知らない事だが、唯里の愛読書は少女向けの恋愛マンガであった。
――閑話休題。
唯里が監視役に選ばれることはなかった。
理由は単純だ。 一つは唯里が
もう一つは、唯里が孤児ではなかったことだ。
“高神の杜”で暮らす少女たちの中では珍しく、唯里の家族は存命だった。 両親は獅子王機関の事務員で、歳の近い弟もいる。
もちろん唯里とて、親の七光りで剣巫になったつもりはない。 だが、唯里の家族に配慮して、第四真祖の監視役などという危険な任務から外された、とも考えられる事だった。
なので、唯里は雪菜に対して、今も負い目を感じている。
自分がもう少し上手く
「気がついたか」
ぼんやりと輝く薪ストーブの炎に照らされながら、古城が声をかける。
吸血鬼の真祖というイメージから思い描いていた程遠く、それなりに魅力的といえなくもない顔立ちの少年だ。 見知らぬログハウス風の建物の床に、古城は、脚を投げ出して座っている。
古城の隣に座るのは、黒髪に漆黒の瞳、顔立ちは整っており、何所かやんちゃさを連想させる少年だ。――少年が、神代悠斗と名乗る紅蓮の織天使で間違えないだろう。
唯里はあやふやな記憶を辿りながら、ゆっくりと上体を起こした。
その瞬間、左腕に鈍い痛みが走る。 グレンダが飛行中、飛龍に乗った騎士の銃撃攻撃で受けた傷だった。 グレンダが庇ってくれたお陰で、大した負傷ではなかったが、暫く左手で剣を振るのは無理だろう。
あの後、古城たちが飛龍を退かせたが、銃撃戦で龍族化したグレンダがパニックを起こしてしまい、唯里はグレンダの腕に掴まれたまま、地上に向かって落下したのは覚えている。 そして地表に激突する直前、唯里の視界は銀色の霧に覆われた。 正確には、自分自身が霧に変わったような異様な感覚に襲われたのだ。
その凄まじい濃霧の中で、巨大な甲殻獣の姿を見たような気がした。 もしかしたら、あれは第四真祖の眷獣だったのかもしれない。
自らの肉体を霧に変化させて移動するのは、多くの吸血鬼が持つ特殊能力だが、本人だけでなく、周囲の物体全てを霧に変える現象など聞いたこともない。 今回は元に戻れたからよかったが、もし彼が眷獣の制御に失敗していたらと思うと正直ゾッとした。
ともあれ、唯里とグレンダは、またしても古城たちに救われたのだ。
「つっても、何だ。 怪我させて悪かった。 まだあの時は、判断力が鈍ってたらしい」
悠斗の謝罪に、唯里は頭を振った。
あの絶対絶命で、この程度の傷で済んだだけで幸運と言えるのだから。
「えっと、気にしないでいいよ。……えーと、古城君、悠斗君でいいのかな?」
「呼び方は何でも構わん。……紅蓮の織天使だけは勘弁な」
「ああ、オレもそれで構わない。……てか、悪い。 隠してもらえると……助かる」
決して目を合わせようとしないまま、古城がボソボソと小声で言った。
「きゃ……ああああああああっ!」
その瞬間、唯里は制服を着ていない事に気づいて悲鳴を上げた。 幸い下着は身に着けたままだが、そんな事はなんの救いにもならなかった。 男子の前で堂々と肌を晒すなど初めての経験だ。 弟の前でもこんな姿は見せたことがない。
悠斗は平静な顔をしていた。 唯里は恥ずかしながらこうも思ってしまう『悠斗君は、女性の下着姿に興味がないのかな?』と。
だが、悠斗は
「──唯里さんになにをやってるんですか、先輩!?」
唯里の悲鳴を聞きつけた雪菜が、バタバタとログハウスの奥から駆けつけてきて古城を睨む。
下着姿の唯里を見て、おおよその事情を理解したのか、雪菜は深々と溜息を吐いて、
「本当に油断も隙もない
「今のはオレのせいじゃなかっただろ!」
古城が、ふて腐れたように頰杖をついて反論する。 実際、古城の言う通りだったので、唯里は頼りない笑みを浮かべるだけだ。
「でも、古城は鼻を伸ばしてたよな」
古城は悠斗の言葉を聞き、うぐッ、と言葉に詰まってしまう。
だが、仕方ない事でもあるのは確かだ。 これは男性の性とも言えよう。
「まあいいか。 古城が変態真祖なのには変わりないんだしな」
「ちょ、待て。 変態真祖は言い過ぎじゃねェーか」
「いや、日頃の行いを振り返ってみろよ。 まあ、古城が狙ってないのは確かなんだけど」
「だ、だろ。 つ、つーか、悠斗も凪沙にラッキースケベをかましたんだろ」
「……あれは吸血衝動がやばかったな。 まあ、吸血してないが」
唯里は、古城と悠斗の言い合いを聞き、何処にでもいる男子高校生ではないか。
もしかしたら、自分が監視役に選ばれても、問題はなかったのではないか?とも思ってしまう。
雪菜は、古城と悠斗を見て溜息を吐くだけだ。 唯里が思うに、いつもこうなのか。と思った。
「動けますか、唯里さん? 応急処置だけはしておいたんですけど」
包帯を巻いた唯里の左腕を見て、雪菜が心配そうに訊いてくる。
どうやら唯里の制服を脱がせたのは、彼女だったらしい。
「ありがとう、
「登山客向けの山小屋だと思います。 自衛隊の封鎖の影響で、無人になっていたみたいです」
「そっか……」
自分の隣で寝ているグレンダの無事を確認して、唯里はホッと息を吐いた。
墜落地点の近くにあったこの山小屋を見つけて、古城たちは唯里を運んできてくれたのだろう。 外の明るさから判断して、唯里が意識を失っていたのは、二、三時間といったところか。
「あと少ししたら、浅葱が……オレの友達が迎えに来てくれることになってる。 グレンダもまだ動けそうにないし、今はここに隠れてた方がいいだろ。 もうすぐ陽も暮れるしな」
「あ、そうなの? 俺の眷獣で絃神島まで連れてこうと思ったんだが」
「いやいや、朱雀や
「あー、まあそうだな。 氷点下の空を飛行するとか自殺行為だわ」
「ということで、唯里さん。 迎えが来るまでもう少し辛抱してくれ」
「うん、わかった」
雪菜に渡された制服を着ながら、唯里は、背中を向けたままの古城に同意した。
同じ布団の中にいた灰色の髪の少女が身じろぎして、甘える子猫のように、唯里に抱き付いてくる。
「ひゅいりー……ひゅいりー……」
「グレンダ、怪我は大丈夫?」
「だー」
少し寝ぼけているのか、謎の言葉で呼びかけてくるグレンダの髪を唯里は撫でた。
オシアナス・ガールズが用意してくれたグレンダの服は、龍族化で再び弾け飛んでしまっている。 今の彼女が身に着けているのは、さっきまで暁古城が来ていた白いパーカーだけだ。
グレンダの体に目立つ外傷はなく、それを確認して唯里は胸を撫で下ろす。
「で……悠斗。 この子は“聖殲の遺産”で間違えはないのか?」
「それは間違えないな。 グレンダは“情報”の器。
「じゃ、じゃあ、安座真の目的は、自分が神になろうっていうのか?」
「いや、それはない。 グレンダの“情報”の器を利用しても、奴は神にはなれない。 でもな、神を復活させる事や、操る事は可能だと思う。 まあ、それには条件見たいなもんがあると思うけど」
「じゃあ、尚更、安座真に渡すわけにはいかねぇぞ。 最悪、“聖殲”の再現が起きても不思議じゃねぇしな」
「ま、そういう事だ。 俺らでグレンダを安全な場所へと保護させないとな」
そうなれば、絃神島が最適な場所になるだろう。
絃神島ならば、各
気まずい静寂を破ったのは、ぐるぐる、という低い音だ。 空腹に耐えかねた唯里のお腹が鳴った音である。
考えてみれば、唯里は今朝から何も口にしていない。 非常食のビスケットは、全てグレンダに奪われてしまった。
そして、気山小屋の中にはいい匂いが漂い始めていた。 奥のキッチンで、非常食の残りで鍋料理を作っていたのだ。
「キッチンに非常食が残っていたので、お鍋を作って見ました。 今、凪沙ちゃんが火を見てくれてます」
すると、凪沙が厚手の手袋を嵌め、鍋の端にある手持ち部分を持ち、薪ストーブの上に乗せ、凪沙はお玉を使い各自の御椀の中にスープを注いでいく。
凪沙が料理を取り分け終わると、各自の目前には、具たくさんの野菜スープに、乾パンとチョコレートバーなどのお菓子類。 実に魅力的な食事だ。
「ありがとう、凪沙さん、
「いえいえ、簡単なものですから。 お礼は不要です」
まあ確かに、凪沙がちゃんとした食材を使って料理をすれば、三つ星レストランで出せる料理が調理できたりもするのだ。
「唯里さんには、昔から紗矢華さんがよくお世話になってましたから。 恩返しができてよかったです」
「あはは。 煌坂さんは、よく志緒ちゃんと喧嘩してたからねー」
スープを口に運びながら、唯里は懐かしい気分で笑う。 同学年で同じ舞威媛候補で、どちらも気が強いこともあって、志緒と紗矢華は張り合うことが多かった。 その尻ぬぐいをさせられるのは、彼女たちと同室の唯里と雪菜だったのだ。
「そうか……姫柊と唯里さんは子供の頃からの知り合いなのか」
古城が、不思議そうな表情を浮かべて聞いてきた。
過去の話をするのは苦手なのか、雪菜は少し照れたように俯いて、
「そうですね。 学年が違ったので、直接お話しする機会はあまりなかったんですけど」
「ていうか、
目の前の後輩を見つめて、唯里はしみじみと呟いた。
それを聞いた雪菜が、驚愕したように目を瞬く。
「こ……孤高? 恐い?」
「うん。 勝ってもニコリともしないし、話しかけても素っ気ないし。 私の渾身のギャグをスルーされた時はへこんだよー」
「そ、それは試合前で緊張してただけで……」
雪菜が弱々しく弁解するが、彼女のその可愛らしい表情に悪戯心を刺激され、唯里は、ふふふ、と笑いながら続けた。
「やたら真面目で几帳面で、成績も抜群だったしね。 なんていうか、もう近寄りがたくて」
「私、そんなふうに思われてたんですか……」
本気でショックを受けている雪菜を見て、唯里は少し反省した。 久しぶりに再会しても雪菜の生真面目さは相変わらずだ。 そのことが少し微笑ましい。
「あ、でも嫌われてたわけじゃないんだよ。 憧れてる後輩も多かったし。
雪菜を慌ててフォローする唯里の言葉を聞いて、古城が何かに気づいたように口を開く。
「そうか……唯里さんも剣巫ってことは、姫柊の代わりにうちの隣に引っ越してくる可能性もあったのか」
「いやいや、違うでしょ、古城君。 今は、雪菜ちゃんと二人暮らしなんだからね」
凪沙の指摘を受け、古城は、ああ、そう言えばそうだったな。と呟いた。
「え?
唯里が驚いて雪菜を凝視した。 雪菜は、唯里の大げさな反応に怪訝な表情を浮かべて、
「はい。 任務ですから」
「というか、悠斗と凪沙も同棲してるぞ」
「そうだな。 もうそろそろ、半年くらいか? つか、風呂掃除してねぇから、カビが這えたりしてないよな。……いや、牛乳も期限が間近だったはずだ」
凪沙は頬を膨らませ、
「もう、その時はその時だよ、悠君。 そうなっても、一緒にお掃除すればいいし、牛乳は勿体ないけど廃棄処理すれば問題ないよ」
「……その通りなんだけどさ。 あー、祭りの前に一気に飲んどけばよかったわ……」
そう言って、悠斗は肩を落とした。
唯里は古城たちを見ながら、
「え、えっと、古城君たちも、悠斗君たちと同じ感じなの?」
顔を見合わせる、古城と雪菜。
「まあ一応。 似た感じだな」
「先輩、帰ったらお風呂の掃除ですからね。 サボりは許しませんからね」
「えー、メンドイ。 オレのダラダラする時間がなくなる……。まだ一回も使ってないんだし大丈夫じゃね」
古城たちのマンションの修理は完了しているが、家具や、身の回りの物がまだ揃っていないので、悠斗たちのマンションに居候をしてるのだ。
「いえ、定期的に掃除は必要です。 埃がついてるかもしれないので」
雪菜は、私がリビングとキッチン周りを担当します。と言っていたが、古城は唇を曲げていた。
「……わかりました。 先輩のご飯の量は、今後減らすことにします」
「それは勘弁。……はあ、解ったよ。 やればいいんだろ、やれば」
「最初からそういえばいいんです」
唯里は動揺していた。 四人の会話を聞いていると、最早、夫婦の域だ。
四人の自然なやりとりを、唯里は暫く無表情に眺めていたが、やがてついに発作的な衝動に襲われて、
「夫婦か!」
思わず天井目がけて大声で叫ぶ。
「な、なんだ!?」
「唯里さん?」
「どうした?」
「もしかして、凪沙のお料理が口に合わなかったとか?」
古城たちが、驚いた顔で唯里を見た。 四人とも、唯里が突然なにを言い出したのか理解できないという表情だ。 よもや自分たちの行動に問題があるとは、夢にも思ってないのだろう。 だが、そんな雪菜たちの仲睦まじい姿は、ほんの少しだけ唯里の罪悪感を溶かしてくれた。
雪菜が唯里の代わりに危険な任務に就いたことには変わりないが、第四真祖と呼ばれた少年は何所か気だるげで、これといった危険はないし、紅蓮の織天使と呼ばれている少年も、優しく友達想いと解ったからだ。
紅蓮の織天使には、監視役が就いてないと聞いていたが、凪沙という想い人が隣にいる限り、危険はないと判断できる。
第四真祖、暁古城。 紅蓮の織天使、神代悠斗に対して抱いていた緊張感と警戒心も消えていた。
「ごめんなさい、なんでもないから。 ちょっと叫びたくなっただけだから」
「お、おう」
古城が、おどおどと返事をする。
そして、一つの疑問も感じていた。
冷静に考えれば古城たちには、唯里やグレンダを助ける義理はないのだ。 彼らがこの地を訪れた理由は、凪沙を保護する為であり、安座真と戦う理由などない。
なのにどうして、唯里たちの為にここまでしてくれるのか──。
その理由を知りたくもあり、同時に、それを彼らに聞くのが恐くもあった。
一つだけ解っているのは、古城と悠斗、そして凪沙を──姫柊雪菜が信頼している。ということだ。
そして見えない絆、とも言えばいいのか、四人からはそれが感じ取れた。
――閑話休題。
グレンダは腹が膨れて眠気を催したのか、布団の上に丸くなって再び寝息を立てている。
だが、グレンダの耳がピクリと動き、彼女は低く唸った。
古城たちも気づいていた。奇怪な魔力の持ち主が、この山小屋へと近づいている。唯里がそれを古城たちに告げようとした瞬間、雪菜が立てかけてあった“雪霞狼”に手を伸ばすのが見えた。
「……飛龍です」
「見つかったのか……早かったな、くそ」
「……もしかしたら、安座真だけじゃないかも知れない。 何か、奇妙な気配も感じる」
「……うん、凪沙も感じる。 何か、朱君たちと魔力の波動が似てるね」
シリアルバーの残りを口に含んで、古城と悠斗が素早く立ち上がる。
よく見れば古城も雪菜も、悠斗も凪沙も靴を履いたままだった。 安座真たちの襲撃に備えていたのだろう。
慌てて追いかけようとした唯里を見て、雪菜が冷静に伝えてくる。
「唯里さんはグレンダさんをお願いします。 もしもの時は、
「
山小屋を出て行く雪菜たちの背中を見送って、唯里は思わず苦笑した。
当然のように雪菜が口にした一言を、思わず口の中で繰り返す。
「(私たち、かあ……)」
邂逅は、次話になりそうです(-_-;)
戦闘回かー。上手く書けるかな……。
ではでは、次回もよろしくです!!