大海を統べるは、蓬莱の姫   作:空箱一揆

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 ここでの投稿は初めてになります。よろしくです。
 東方出身の鴉が、海を馳せている小説を読んでいたら、なんとなく自分も書きたくなって書き上げてみました。
 某投稿ブログにFate/Zeroの二次を投稿しているので、更新はどうなるかわかりませんが、興が乗ったかたは、是非読んでいってください。
 できれば、海賊ではなく、革命軍寄りで書き進めたいが、その辺は今のところ未定です。




第壱話 「月の追放者と地上の海賊」

 地上は罪に溢れている。

 青く澄んだ海には恥知らずな罪人が流れ出す。

 忠僕なる殺人鬼は、情を得て毒を煽った。

 冷酷な策略家は、策に敗れて気力を失った。

 月の罪人達が、海の罪人達に手を伸ばす。

 汚れた地上で、汚れた罪人達はグランドラインを目指し進む―――。

 

 

 一人、風に流される小舟に揺られながら顔を隠した指先の間から空を眺める。

 見上げた先には、憎らしいほどの青空が広がっていた。

 胸の奥からこみ上げてくる吐き気にとうとう身体を起こす気力さえ失い、今はただこうして照りつける太陽に身を焦がすしかない。

 猛毒を浴びた身体を気力だけで保ち続けるのも限界と感じていた。

 

 「首領クリークは、やはり俺が戻ることを良しとしなかったか……」

 

 首領クリークの元で、海賊として生きてきた十数年は決して嫌なものではなかった。

 暴れて、殺して、勝ち抜いて、それを全て首領に依存していた。

 そんな日々が終わるのは、存外あっけないモノだった。

 艦隊を組んでグランドラインへの突入、その矢先に出会った化物に艦隊は全滅。

 腹を空かせて、とあるレストランにたどり着いたと思えば、自分が首領クリークの言葉に異を唱えるとは夢にも思わなかった。

 そして、まさか首領クリークが敗北するとは。

 その戦闘で、自分は毒を煽って、棺桶に片足を突っ込んでいる。

 

「やり直そうとした瞬間に、俺はお荷物か」

 

 麦わら海賊団の生き様に感化され、自分の足で歩こうと決めたが、もはや首領クリーク海賊団には戻れない。

 確かに、毒でまともに動けなくなった身体では、足でまといもいいところだろうし、毒を食らっていなくても戻れたかは怪しいが。

 

「案外これが首領クリークの優しさか……、なわけないよな。毒が回って、日々弱っていく病人を連れて行けるほど、海は甘くない」

 

 

「海賊ギン、最後は海上で一人くたばるか……、悪党らしい最後だが、できればもうしばらく、海を旅してみたかったなぁ」

 

 最後の時が近いと感じて、武器まで手放してまで海に出てみたが、どうやら限界は近いようだ。

 視界が徐々に霞んでいく。

 滲んだ涙の先で、天使が舞い降りてきたように見えた。

 

「まさか、最後のお迎えが、こんな美少女なら……、俺の人生も悪くなかっただろう」

 

 彼女は女神かと思った。

 こんな美人に迎えられるなら、死ぬのも悪くはないと笑ってしまった。

 艶のある黒髪、桃色の衣をまとった少女は、困った様子でこう言った。

 

「死にたくない?」

 

 声を出す気力もなく、小さく頷いた。

 霞んでいく視界の先で、少女は誰かに囁いた。

 

「永琳、お願い」

 

 鈴の音が転がるような声を聞きながら、いつしか意識は落ちていた。

 次に目覚めた時、それが俺の第二の船出の始まりだった。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

「ねぇ、永琳。ここは一体どこなのかしら」

「すみません、私にもどういうことなのかさっぱりです。河童と共同で、BIC(ブレイン・インプラント・チップ)の研究をしていた時に、姫様が空から丸焼け状態で落下してきて、その直後に、スキマ妖怪が霊夢と乱入してきて、さらに丁度守矢の巫女が、厄神とフラメンコしながら突っ込んできた所まで覚えているのですが……」

「何それ怖い。カオスね、恐ろしいわ」

「輝夜もその状況の一旦なんですけどねぇ」

 

 この理解不能な状況に落とされても余裕を失わないのは不死であるが故か、または信頼する相棒が傍にいるからなのか。

 問いかけたのは、桃色の羽織と紅色のスカートを穿いた娘、名前を蓬莱山輝夜という。

 その問に答えたのは、上下左右で互い違いの赤と青の奇妙な服をまとった八意永琳だった。永琳は、頭上に赤い十字の刺繍がほどこされた、黒いナースキャップ揺らしながら当たりを見回す。

 どこかもわからぬこの場所。周囲に広がるのは青い海。

 しかし彼女らは、さほどこの状況を悲観することなく、この置かれた現状を楽しんでいるようだった。

 輝夜と、その従者である永琳は、ここ五百年ばかり見ることが叶わなかった大海の全貌に懐かしさを感じながら、この光景を満喫していた。

 磯の香りと、べたつく潮風は、彼女らが住む幻想郷では見ることが叶わないものだった。

 二人が住む幻想郷は、博麗大結界によって外来から隠され、閉ざされた世界だ。

 しかし、ここはどうやら博麗大結界の外らしい。

 この場所を特徴付ける物は何も無い。島すら見えないこんな場所では、場所を特定するのは不可能に近かった。

 仕方なく、時折跳ねる巨大魚を見送りながら、ふらりふらりと空を漂い陸地を探す。

 永遠を生きる二人乗って、その時間は一瞬にも満たない。

 しかし、あえて一般人の感覚で言うところ約3時間。

 空を漂っていると一隻の小舟を発見した。

 寄せては返す波に流されて、矮小な小舟があてもなく彷徨っている。

 その上に寝転がる人影。

 もしかすれば遭難者かもしれない。

 

「見て! 永琳、あそこに誰かいるわ」

 

 輝夜は、新しいおもちゃを見つけたように、鼻歌混じりで小舟に近づいて行く。

 久しぶりの海だが、他に何も無い状況にそろそろ飽きて来ていたのだろう。

 そして、小舟を覗き込んだ輝夜だが、急かすように永琳の名前を呼んだ。

 そんな姿を見守りながら、永琳もまた小舟に舞い降りる。

 

 

 

 長いあいだ夢を見ていたように思う。

 頭上から聞こえる話し声に、死んだとばかり思っていたギンは驚愕に目を開いた。

 

「あら、目が覚めたのね。あなた、永琳が居なかったら間違いなく死んでいたわよ」

 

 輝夜は子供のように楽しそうに笑う。

 

「あなた、名前はなんっていうの?」

 

 いつの間にか少女の膝に頭を乗せられていたギンは、体力の落ちた身体に鞭打つようにして上半身を起こす。

 あたりは既に暗く。黄金の満月がデカデカと空に昇っていた。

 

「俺の名前はギンだ。あんた達は一体だれだ? 何のために俺を」

 

 助けたのかと問いただすよりも先に輝夜が名乗る。

 

「私は、蓬莱山輝夜。助けたのは永琳よ。薬を扱ったら永琳以上の天才はいないわね」

「八意永琳です。顔色も悪くない、脈も正常。おそらく大丈夫みたいね」

 

 近づき顔を見つめる永琳に、ギンは顔を赤らめる。

 

「民が苦しんでいるなら、助け道を示すのが姫の役割じゃないかしら」

 

 美の芸術を体現したような笑。それを振りまくその姿は、地上に舞い降りた天女のように浮世離れしていて、美しかった。

 

「私達遭難しているの。なぜだか、気がついたら周りが海ばっかりだし」

「全く、こう簡単に外に出られるのだとしたら博麗の巫女も何をしているのか」

 

 この大海原の中に身一つで放り出されるなど、かなり重大な危機のはず。なのに、その言葉からは一切の焦燥が感じられないのは何故だろうとギンは思った。

 

「所で、ギンはどこにむかっているのかしら。もしよければ、私たちを近くの島まで連れて行って欲しいんだけど。あなた、幻想郷や、博麗神社っていう場所をしっているかしら?」

「幻想郷に博麗神社……。いや、しらねぇ、そもそもそれはどこの島にあるんだ。東の海では、そんな場所聞いたことないが、かなりの田舎なのか?」

「幻想郷は東にあるはずよ。まさか、ここは日本から遠く離れているのかしら。はあ、こんな時うどんげがいれば、月と交信できたのに、肝心な時にいないんだから」

「おいおい、月と交信って一体何言っているんだ。日本っていう国も聞いたことないし、ひょっとして、遭難したショックでおかしくなっちまったのか?」

 

 真面目な表情で不可解な事を口走る二人に対して、気の毒そうな表情のギン。

 

「あら、外来人はロケットっていうモノで、月に行ったりできるんじゃないの?」

「もしかして、ロケットって外来人にとっても秘密兵器みたいなもので、一般公開されていないんじゃないかしら」

「いや、そんな馬鹿な研究やってる奴いないだろう。月っていうのは、空に浮かんでる月だよな。どうやったらあんな高いところまで行けるんだよ」

 

 その答えに、永琳と輝夜は顔を見合わせる。

 もはやギンは、二人が遭難したショックでおかしくなったと信じていたが、永琳も輝夜も一考に気にした様子は無かった。

 

「まあ、ないものを言っても仕方ないわね。ギン、貴方の命を助けたんだから、このまま近くの島まで乗せて言ってもらうわよ」

 

「載せるだけなら構わないが、食料も残り少ないし、次の島まではまだだいぶあるぞ」

 

 ギンが言うには、次の島までは順調に言って後五日かかるらしい。

 

「仕方ないわ。永琳、この男を連れて空を飛んでいきましょうよ」

 

 その方が速いという輝夜対して、ギンは眉をひそめる。

 

「嬢ちゃん、ほんとに大変だったんだな。危ないから、船から落ちないように気をつけな」

「失礼ね。空を飛ぶくらいなんてことないわよ。ほらね」

 

 ふわりと、優雅に空を舞う少女の姿に、思わず見入ってしまう。

 

「なっ! 驚いた。お嬢ちゃん悪魔の実の能力者だったのか。一体どんな能力者なんだ」

「悪魔の実? 一体なんのことかしら。その実を食べると、空を飛んだりできるの?」

 

 空を舞う輝夜を笑顔で眺めていた永琳が、興味深く尋ねる。

 

「悪魔の実を知らないのかい。悪魔の実は、食べると海に嫌われて泳げなくなる代わりに、不思議な力を得る実のことだ。俺が直に見たことあるのは、ゴムゴムの実って言われるものがある。そいつを食べるとゴムの様に身体が伸びたり縮んだりする。後は、名前は分からないが巨大なガレオン船を真っ二つにできる能力者も居る。スパスパの実とかそんな名前じゃねぇかな。そいつのせいで、俺のいた艦隊も全滅したしな」

 

「へぇ、なかなか面白そうね。―――でも、外来に、そんな幻想がまだ残っていたなんて……。身体にそれだけの変化を及ぼす幻想ならば、とうの昔に、幻想郷入りしていてもおかしくなさそうだけど、悪魔の実なんて聞いたことないわ。それで、他にどんな実があったりするの」

 

 空から、降りてきた輝夜も興味深そうにギンの話に耳を傾ける。

 

「ああ、それ以外だと、嵐を引き起こしたり、火を吹いたり、不死のように切っても死なない身体になったりするらしい。俺も実物見たのは二種類だけだが、グランドラインに入ればそんな奴ゴロゴロ居る」

 

 そこまで、聞いた永琳は少し考こんだ様子で、輝夜に尋ねた。

 

「ねぇ姫様、せっかく外に来たんだから、ちょっとばかし悪魔の実っていうのを研究してみたいんだけど」

「いいわね。最近妹紅との勝負もマンネリしてきたところだし、それがあればもっと楽しい殺し合いができるかもしれないわ」

「殺し合いって、嬢ちゃん一体何者なんだ」

 

 見た目は普通の少女なのに、話し出してからはその雰囲気の中に歪が見え隠れしていた。。

 まるで、容姿と中身が噛み合っていないような感覚。

底知れぬ不信感は、これまで戦ってきた海賊とは違った不気味さを纏っていた。

 

「そうだ、せっかくだからギンのこともっと話してよ。面白かったら私の部下にしてあげるから」

 

 その夜からしばらく、ギンは海賊時代の冒険をぼかしながら語っていく。

 その語りに耳を傾ける少女は、本当に楽しそうで、先ほどとは違い、年相応の美少女に見えた。

 

 そんな輝夜の評価が、ギンの中で書き換えられたのは、その日から二日後の事だった。

 

 

 

「嬢ちゃんどいてな。コイツはてめぇの手に負えるやつじゃねぇ」

 

 きっかけは、単純だった。

 輝夜が、通りかけた大きい船を見つけそれが海賊船だっただけだ。

 食料が少なくなっており、運がいいのか悪いのか、近くを通りかかった黒猫を象った艦首の船。

 遠目にそれを見つけた輝夜は、一人でふわりと船をめがけて飛んでいってしまった。

 その姿を追いかけようとする永琳に、ギンは、見捨てるのも目覚めが悪いと言って、一緒に連れて行ってくれと頼む。

 自分でもどうしてそんなことを言いだしたのか分からなかったが、以前は何も感じていなかったが、命を救われた恩義を感じているのだろうとしか思えなかった。

 そして、ギンが懸念したとおり、輝夜は、周囲を粗暴の悪い悪漢に囲まれていた。

 下っ端海賊は、空から舞い降りた少女に度肝を抜かれたようだが、やはり見た目が戦闘と無縁のお嬢様に見えたようで、完全に舐めきった様子で輝夜を船の端に追い詰める。

 下衆な妄想と声を振りまきながら、輝夜を舐めまわすように見つめる海賊達。

 そんな輝夜を庇うように甲板へ飛び降りると、ギンはどすの効いた声で海賊たちを威圧する。

 

「てめえら、東の海最強の海賊、首領クリーク海賊団の総隊長鬼人のギンを知らないのか。悪いことは言わねぇ死にたくないなら大人しくしてな」

 

 ざっと見渡したところ、十数人。

数に任せて徒労を組む以外に芸のない連中にしか見えない。

 これぐらいならば、無手でも大丈夫だと、ジリジリと近づく海賊達を十分に警戒しながらギンは告げる。

 

「いいぜ、嬢ちゃん、永琳さん。あんたらに助けてもらった借り、ここで返させてもらうよ」

 

 刹那、余裕ぶった表情の下っ端海賊に向かい駆け出すと、振り上げた刀が振り下ろされるよりも早くに、溝内へ拳を叩き込む。

 さらに、その隙をついて背後から迫ってきた、海賊に回し蹴りを放ってデッキへ沈める。

 気を失って倒れる海賊達から、刀を二本奪い取ると、一斉に襲いかかって来た海賊達に向かって行き、叩きつけるようにして切る。

 以前の愛用であるトンファーは失ってしまったが、此処にいる海賊程度ならば、刀二本もあれば十分だろうと考えて、振り下ろされる剣をかいくぐっては、刀身で殴りつけるかのように海賊達を沈めていく。

 海賊たちの最初に見せていた余裕も、その頃には焦りに変わり、次第に数を減らしていく。

 ここまで追い詰められて、海賊たちは自分たちの目の前にいるのがどれだけ危険な猛獣であるかを知ったようだ。

 背後に控える輝夜達を人質に取ろうとするが、見かけによらず永琳も、手近な敵を捕まえては、簡単に海へと投げ飛ばす。

 

「やるねぇ。永琳さん」

「あなたも存外ね。あなたが姫様に仕えてくれたら、今ならイナバ達もいないから重宝するわよ」

「それもありかもな……」

 

 顔色が悪くなる海賊団とは逆に、余裕の会話すら出てくる二人。

 だが、一方的にやられていく海賊団の中に、幹部らしきものが現れた。

やせ型猫背の男と、太った巨漢の男。

 共に似合わない猫のコスプレをした二人は、永琳達の会話の隙をついて飛び出してきた。

 

「シャムッ! 行くぞッ」

 

 巨漢の男は、猫の爪を模した武器をかざして力任せにギンにぶつかる。

 

「くッ、それなりのやつが居るじゃねえか」

「ニャーバン兄弟だッ! あいら死んだぜ!」

 

 咄嗟に両手の剣で受け止めるが、予想以上の怪力に押し込められる。

 その隙を掻い潜り、小さい影が永琳に走る。

 

「きぃッ! 死ねッ!」

 

 すり抜けられた事に、危機感を感じるが、身を案じた時には既に終わっていた。

 

「まだまだ、力不足ね」

 

 あまりにものほほんとした口調だが、向かってきたシャムの手首を掴み取ると、ねじるようにしてその体を海へと放り投げる。

 一瞬のあとに水しぶきが上がり、海上には気絶したシャムが浮かんで来た。

 

「なにっ、貴様ら、よくもシャムをッ!」

「おい、相棒を気にしてる暇わないぜッ」

 

 吹き上がる水しぶきに気をとられブチの隙をついて、全身をバネのようにして巨漢を押し返す。

 そして、よろめいた所で、鳩尾へと蹴りをめり込ませる。

 

「ぐがぁっ」

 

 さらに、反撃する隙も、避ける隙も許さずに、前のめりになったシャムの顔面へ、膝蹴りを叩き込む。

 浮いた顎。

 気絶寸前の晒された首筋へ一線。

 頚動脈を一刀のもとに切り裂かれ、盛大な血飛沫を上げる。

 力なくして倒れ落ちる身体に、終わったと確信した。

 生き残った海賊も、声を上げることなくその様子に立ち尽くす。

 あらかたの作業が終わったかに思えた。

 しかし、突如背中から、刃を突きつけられたような感覚が走る。

 振り返ると同時に、両手の剣を交差させる。

 乾いた金属音は、悲鳴の代わりに響き渡る。

 防御したはずの剣が砕け散り、ギンの身体に無数の斬撃が刻まれる。

 

「ほう、致命傷を避けたか? 思ったよりやるようだな。クリーク海賊団は、グランドライン突入と同時に全滅したと聞いたから、どんな名前負けの雑魚海賊かと思えば、少しはやるようだな」

「雑魚だとッ! ふざけるなッ! 首領クリーク海賊団が雑魚だと」

 

 その挑発に憤るギンだが、目の前に現れた男の珍しい武器。猫の手と呼ばれる指先から伸びるようにして取り付けられた剣を見て、冷静さを取り戻す。

 

「貴様その武器聞いたことがある。百計のクロか? 処刑されたはずの貴様がどうして生きているのか知らねぇが、素直に処刑されていなかった事を後悔させてやるッ!!」

 

 憤怒押し殺したギンとは、対照的にまで冷め切った視線。

 両手の剣を威圧するように構えながら、クロは言い放つ。

 

「情報は何よりも力になる。自分の力を測りそこねた無能の落ち武者風情が、いまでは小娘のお守りとはな。大艦隊の名前も落ちたものだ。風評も、あてにならん。しかし、この程度の雑魚どもに手間取るとは、黒猫海賊団も落ちたものだ」

 

 まるでゴミを見るような目で、倒れる仲間を見下ろすクロ。

 そして、クロの背後では、永琳が大量の血を流しながら倒れている。

 その表情に声も出せずに驚く輝夜の姿。

 

「てめぇ、殺したのか」

「さあな、生きていても直ぐに死ぬだろう」

 

 これまで何度となく、女子供を殺してきたギンだが、今は自分でも驚くほどの怒りを感じていた。

 おそらく、あの海賊らしくない海賊達に感化されてしまったのだろう。

 そんな自分をバカらしく思いながら、油断なくクロを睨みつける。

 たとえ、残虐性が薄れたとしても、その技量が落ちたわけではない。

 そしてなにより、この目の前の男に対しては一切の手加減という感情が浮かんでこなかった。

 警戒すべきはクロのスピード。

 圧倒的な速度差は、戦いの上で十分な脅威になる。

しかし、その速度に対して効果的な攻略法をギンは思いつかない。

隠しきれない苛立ちを募らせながら、たまらずクロに殴り掛かる。

 振りかぶった拳。

だが、その拳はクロに掠ることさえできずに虚空を薙いだ。

 圧倒的に無防備な姿を晒した瞬間、ギンの身体は、視覚からの斬撃をモロに浴びた。

 

「ぐっ、こいつ(速いッ!)」

「病か? 怪我か? 弱っているな。どちらにしろ、その身体では、俺には勝てん」

 

 たまらずに膝を付き、大量の血を流す。

 それでも完全に倒れないのはただの意地だ。

 憎しみを込めて見上げる先で、クロは誰よりも冷めた視線を向けていた。

 そんなクロに対して、輝夜は芝居でも見た口調で語りだす。

 

「面白い武器ね。まるで猫か、奇術師みたい」

「もとより奇策を兼ねた武器だ。正面からの斬り合いには向かん。しかし、私の速度があれば、問題ない」

 

 クロと対話する輝夜からは、一切の恐怖も感じられない。

 ただ知人と話すような口調でクロを見つめる。

 

「ねぇ、賭けをしない?」

 

 クロの視線をものともせず、物怖じしない声色で輝夜が問う。

 

「私はあなたに一切攻撃しないわ。そして、あなたが私に傷をつけられたら貴方の勝ち。私が勝てばあなたは私の臣下になる。あなたが勝てば私が貴方のものになってあげてもいいわ」

「随分と舐められたものだ」

 

 顔を傷つけぬように、落ちたメガネを直しながら、クロは輝夜を値踏みするように観察する。

 

「そうね、時間は「そんなものいらん、すぐに終わる」いいわ」

 

 瞬間、クロが消えた。

 それは高速の移動によるものであり、実際に姿を消しているわけではない。

 以前、麦わらを被った海賊に、見切られてしまたった技であるが、目の前の女性が自分の技を見切れるわけもないと考えていた。

 一瞬で終わるはず。

 高速で輝夜の死角へと入り込み、撫でるようにして武器を猫の手を振るう。

 それでこの戦闘は終了のはずだった。

 計画とも言えない、単純作業に勝利を確信した瞬間、恐怖を感じたのはクロ自信だった。

 輝夜を切り裂いたと思った場所には誰もおらず、無防備に晒されたクロの喉元には七色に輝く枝が突きつけられていた。

 

「私の勝ちね」

 

 突きつけられたのは奇妙な枝だった。

 宝玉が実ったようにも見える珠の枝。

 枝先には寸分の狂いも、迷いもない。

 後一歩でクロの命を奪い取れる、その寸前まで突きつける。

 その事実にクロの背中に、冷たい汗が流れ落ちる。

 輝夜の動きが全く見えなかった。

 クロ自身が認識できない速度。

 それは、彼女が“抜き足”以上の速度で動いているということだ。

 

「大人しく私のものになりなさい」

「冗談。これからが本物だ“杓死”」

 

 クロは、油断した輝夜から高速で離れると、今度は自分の持ちうる最大の技“杓死”を発動させる。

 クロの危険性をいち早く察した海賊たちは、我先にと船内へと逃げ出していが、そのうちの何人かは、背中から切り裂かれた。

 

「全く、これだから男はだめね。いいわ、貴方のその技、私のスペカで破って上げる」

 

 輝夜は、命のやり取りをしているというのに、手慣れた様子で懐から、一枚のカードを取り出す。

 

「あなたにこの難題が解けるかしら。難題『蓬莱の弾の枝』」

 

 光輝く七色の宝玉に、危険を感じたクロは、その光めがけて、最大速に切りつける。

 輝夜の眼前まで迫った刃。

 しかしそれは、何者も傷つけることなく、宝玉から放たれる弾によって砕かれ、クロの身体を吹き飛ばす。

 極限まで加速した身体は回避することもできずに、虹色の弾幕を諸に受けて、船のマストへと叩きつけられた。

 消失した光の根元で、輝夜は傷一つなく微笑んでいた。

 何をされたのかも理解できずに、クロの思考は困惑していく。

 

「ぐっ! な、なんだその力は」

 

 痛みで気が遠くなるのを必死に押しとどめながら、優雅に立ち尽くす輝夜の姿を見つめ返す。

 

「須臾を操る程度の能力よ」

 

「それほどの力を持ちながら、程度とはよく言う」

 

 麦わらの海賊といい、どうも最近負けが込んでいる。

 しかし、今日の負けは、以前の麦わらに敗北した時とは大違いだ。

 もし、今日以降麦わらと再戦すれば、勝てる自身はある。

 だが、目の前の少女は、麦わらの海賊と明らかに格が違う。

 何をされたかすら分からなかった。

 麦わらを被った海賊と戦ったときは、油断したとは思ったが、確実に勝てない相手だとは思わなかった。

 復讐しようとすれば、やりようはいくらでもある。

 だが、この少女にはどうやっても勝てるイメージが湧いてこない。

 最速の技を持ちながら、触れる事も、傷つける事もできず。

 おそらく彼女には、友人と遊んでいる感覚でしかないのであろう。

 圧倒的な力に対する恐怖と、屈辱に、もはやクロという海賊の全てが崩れ落ちるのを感じた。

 思えば、田舎の小娘を利用して、海賊をやめようとした時点で、クロという海賊の生命は終わっていたのだ。

 自分から幕を下ろした道に、いつまで情けなくしがみついているのか。

 今更クロネコ海賊団の船長を続ける気分でもない。

 おそらく、近いうちにクロネコ海賊団は、自分による反感で分裂し、崩壊するだろう。

 

「それだけ強ければ、俺如きを従える意味もないだろう。殺せッ!」

 

 もはや、人生などどうでもよくなれという気分で、わめき散らす。

 

「あら、お姫様には臣下と民が必要じゃない?」

 

「賞金首の臣下など、持つ意味などないだろ」

 

「私も同じ罪人。地上は流刑の場、この地上で生きることこそが償いでしょ」

 

「俺を傍に置くと、いつかお前を殺すかもしれないぞ」

 

「いいわ。殺しに来なさい。そしたら、私が殺してあげるから」

 

 クロは、その言葉が全くの真実であり、自分が殺しに来ることすら折り込み済みで、迎え入れると言う輝夜の言葉に目を大きく開けて驚く。

 それは、おそらく昔から分かっていた、自分という存在の矮小さを再確認させる物であった。

 クロは頭がいい、だからこそ、自分たちの戦力ではグランドラインへ向かうことの無謀さを熟知していた。

 クロにとって、東の海が最良であり、ここが唯一、自分が戦える場所なのだ。

 

「ふっ、はっはっはっ。まさか、たかが東の海の海賊風情を臣下に迎えるとは、傑作だッ!!」

 

 こんな、ゴミのような海賊団を拾い上げて、この少女は一体何をしたいのだろう。

 まるで、狂ったように笑うクロを倒れた海賊達が、すがるような目で見つめる。

 

「いいだろ、今更こんな海賊の船長など気分じゃ無かった。あんたの気まぐれに付き合ってやる。おいッ! お前たち、今日限りでクロネコ海賊団は解散だ、好きにしろッ!」

 

 突然の解散宣言に周囲はざわめき出すが、それ以上彼らに何かいうことはなかった。

 なにせ、彼らに勝つことができる者が誰ひとり居ないのだから。

 

「おっ、おい、嬢ちゃん。本当にこんなやつ仲間にするのか?」

 

 クロの発言に驚き、痛む身体を支えるギン。

 

「黙れ、球磨タラコッ! 姫様の言葉に逆らうのかッ」

「タラッ! なんだとッ、インテリメガネッ!! てめぇこそ馴れ馴れしいんだよッ」

「というか、貴様は一体何だッ!? 部外者はとっとと出て行けッ」

「なんだと、仲間に誘われたのは俺の方が早いんだからなッ」

 

 目の前で、言い争うギンとクロを笑いながら見守っていた輝夜は、両手を打ち鳴らして喜びを表す。

 

「それじゃあ、ギンも私の仲間になってくれるのねっ」

「えッ、そりゃまあこんな奴と一緒の船に載せてたらアブねえからな。姫様だったら、身を守るやつが必要だろ」

「俺がやるから必要ない。貴様の方が危ないわッ! 嫌ならとっとと降りろ」

「あなた達、仲がいいわね? ―――達みたい」

 

 声を揃えて「仲良くないッ!」と言い張る二人。

 騒がしくなった甲板で、ゆっくりと永琳が起き上がった。

 

「姫様、もう終わりですか?」

「あら、おはよう永琳。別に、気を使わなくてもよかったのに」

「バレていましたか。流石姫様です」

「それじゃ、早速けが人を治療してあげて」

「はい。心得ました」

 

 

 

 その後の永琳の治療によって、瀕死状態だった元クロネコ海賊団員は一命を取り留めた。

 しかし、それはクロネコ海賊の存命を意味しない。

 帆の海賊旗は、満月へと姿を変えて、船首の黒猫は、白く塗りつぶされた。

 蓬莱山輝夜の名の下に、新たな勢力が名声を上げるのは、それからそう遠くない日々のことであった。

 




ここまで、読んでいただいてありがとうございます。
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