大海を統べるは、蓬莱の姫   作:空箱一揆

2 / 3
お久しぶりです。
一年近く開けてしまいまして申し訳ありません。
最近知り合った友人に今年中に次話投稿すると約束しましたので、頑張って何とか、書き上げました。
久しぶりの執筆なので、かなり不安ですが、興味が湧いた方は、ぜひ読んでいってください。


第弐話 「逃亡者の末路」

「姫様を裏切る算段は付いたかしら?」

 

 薄暗い回廊で、向けられる視線は、極めて冷めたく、鋭いものであった。

 続いて、床板を踏みしめる乾いた音が響く。

 一歩一歩と軋む足音と共に、逃げ場を奪い去るように永琳がクロへと近づく。

 暗がりに隠された永琳の表情が、少しずつ明確になっていく度に、クロは全身の血の気が失せていくのを感じた。

 恐怖が全身をくまなく支配する。

 逃げ出そうとする防衛本能すらも委縮して、筋肉はただ硬直する。

 そこに在るのは、今が過ぎ去ることだけを願う、無力な弱者の姿であった。

 向けられた表情は、感情が欠落した能面ように無機質である。

 しかし、その瞳の奥に深く押し込められた殺意だけは、能面の仮面すらも押し分けて感じ取れる。

 耳に流れ込む声色は努めて低く穏やかである。

 だが、その裏に潜む圧倒的な怒りを押しとどめることはできていない。

 白く柔らかい指先が、クロの喉元を優しく撫で上げた。

 ただ、撫でられる動作でありながら、クロの身体は動きを止める。その感覚は、全身を生きたまま食い殺される哀れな小鹿のように錯覚するほどだ。

 

「今のあなた如きが、姫様に牙を見せることすら許さない」

 

 力の入らない右手首を柔らかな手が掴む。

 振り払う意志すら奪い去られて、主の意思を無視した手の平が、ゆっくりと永琳の腹部に添えられる。

 柔らかく暖かい感触に、クロは戦慄した。

 

「薬師殿……、一体何を――」

「『殺しに来なさい』姫様はそう言ったわね。でもねぇ、貴方の爪が姫様に届くことはない」

 

 切りつけたはずの傷がなかった。

 あれだけ流れたはず血が、傷口がすでに消失している。

 そこには健全な肉体が、何事もなかったかのように存在している。

 あの時に切り裂いた感触は、確かなものであったはずだ。

 だからこそ恐怖する。

 流れた血の量から考えるに、ここに立っていることさえ不可能なはずであった。

 その事実が、クロの頭脳に働きかける。

 何故、この薬師は平然と生きているのか?

 その問いに対して、始めに思い出したのは、不愉快な麦わらを被った海賊の姿であった。

 この海には、悪魔の実という不思議な果実がある。その実を食することによって、海で泳げなくなる代わりに、悪魔のような力を手にすることができる。そんな、幻想のような奇跡が、この海には存在するのだ。

 そしてクロは、この東の海に、剣で切り裂いても死にはしない不死身の海賊がいるという噂を思い出した。

 道化のバギーと呼ばれる海賊である。

 船団の規模は、さほど大きくない。しかし、屈強な配下を力で従え、猛獣すらも従えるほどの強者であると聞いている。

 集めた情報から、正面から敵対することを避けていた海賊団の一つであった。

 おそらく、その化け物と同格の能力者なのであろう。

 

 「私が――」

 

 嬲るように、恐怖が刷り込まれていく。

 指先がひび割れた眼鏡に触れた。

 

「その前に――」

 

 ガラス越しに二人の視線が交差する。

 次の瞬間、眼鏡は剥ぎ取られて、乾いた音が廊下に響く。

 生身の眼球が視線を交わす。

 

「貴方を殺すから」

 

 死ぬ。という思考すら浮かんでこなかった。

 知覚すべてを拒絶するように、脳が停止する。

 覗き込まれた眼球を通して、脳内のすべてを見透かされているような感覚を受けた。

 何かを話そうとして、一切の言葉がでてこないことを自覚した。

 それが、懺悔の言葉であるのか、ありふれた言い訳であるのか、分からない。

 ただ、何か言わなければという感情だけが先回りする。

 しかし、言葉は出てこない。

 

「理解できたら、後で私のところに来なさい。あなたのそれを治してあげるから」

 

 その言葉を最後に、これまで与えられていた死の気配は失われていく。

 その後の事は覚えていない。

 甲板で行われていた宴会で、恐怖を忘れるように酒を飲み続け、気が付けば部屋の中に転がっていた。

 

 

 

「ちっ、最悪だ」

 

 ここ数年ぶりに忘れていた頭痛に、こめかみを抑えて起き上がる。

 その横では不愉快ないびき声が聞こえてくる。

 阿保面をさらしながら、呑気に床に転がる無精ひげの男は、一升瓶を抱えて幸せそうに床の上で眠りこけている。

 その姿からは、かつての大海賊艦隊、鬼神のギンと呼ばれた残忍な男とは、微塵にも思えなかった。

 

「おいッ! てめぇが何でここに居るッ。とっとと起きろッ!」

 

 行き場のない苛立ちから、無防備に転がるその背中を蹴りあげる。

 

「がッ!? 誰だッ!? なにしやがるッ!」

 

 潰れたカエルのようなうめき声をあげながら、背中を抑えて起き上がる。

 寝ぼけた面で、こちらを見上げると、すでに空になっていた酒瓶を逆さにし、残った滴を口にたらす。

 

「クロッ! てめぇ、朝から喧嘩売ってんのかぁッ!?」

 

 いまだに酔いが冷めていない様子で、口を開く。

 

 吹き付けられる酒臭い息に、頭痛が余計にひどくなったように感じて、クロ顔をしかめる。

 これ以上酔っ払いの相手をするのも嫌になり、水を求めて調理場へと移動するために、その脇を無言で通り抜ける。

 何か言いたそうに、肩を掴みかかるが、酔っ払いの動作を最小限の動きで躱すと、足早に部屋の外へと向かう。

 耳に聞こえる怒声が大きくなった気がしたが、一切気にせずにその場を離れようとドアに手を掛ける。

 そんなときであった、乱暴に扉を叩く音が響いて、一人の元海賊が飛び込んできた。

 

「くっ、クロさんッ! 大変だッ、でッ、出たッ!!?」

 

 ひどく取り乱した様子に不快さが増した気がした。

 クロはこの苛立ちをどこにぶつけようかと考えていた。

 

「うるせぇな。昼間っから一体如何したって言うだ」

 

 睨み付けるように、男を見据えると、身体を縮こませて怯むが、それが逆に冷静さを取り戻したのか、男が一気にまくし立てる。

 

「甲板に出たんだッ!!」

 

 これ以上話を聞くのも面倒になったので、クロは愛用の鞄を肩に掛けながら、甲板を目指して歩きだす。

 その様子を後ろで見ていたギンも、ようやく酔いが抜けてきたようで、元海賊に問いかける。

 

「あっ? 一体何があったっていうんだ」

「タコがっ! 魚人がッ!?」

 

 その一言に、クロはわずかに眉を顰めて振り返った。

 甲板からは、騒がしい声が聞こえて来ていた。

 

 

 

 登りきった太陽が照らす甲板の上には、屈強な男達が集まっていた。

 その荒くれ者達が囲み、武器を向けるのは、たった一人の魚人であった。

 弱った。どうしたものか? と、心中で嘆くのは、六本の腕を持つ人とは異なった異形の姿。

 幸運か不幸か、偶然の手助けにより、海軍の捕縛から、たった一人で逃げ出したタコの魚人は、今再び絶望の淵に立たされていた。

 隙間なく取り囲む荒くれ達は、見た目の粗暴さとは裏腹に、極めて高い統制を持っていた。

 それでも普段の力量が出せれば、この程度の人数から逃げだすのは、十分可能であった。

 しかし、このときばかりは、タコの魚人“ハチ”にとって悪いことが重なっていた。

 腹が減って、まともに力が出せないだけでは飽き足らず、奇妙な三刀流の人間によって受けた傷が、再び痛みを発していた。

 薄皮一枚を残して切られた傷は、無理をしなければ開かなかったであろう。

 しかし、すでに開ききった傷は、まともな治療すらできないハチの体力をむしばんでいた。

 苦痛に表情をゆがませるハチは、普段能天気といえる頭を必死に働かせて思考を巡らせる。

 海へ飛び込むのはいい、しかし甲板から海中へと潜む間に、無防備な背中に攻撃を受けるだろう。

 体力が万全のときであれば、多少の傷はものともせずに突き進めるであろうが、全身が痛むこの状態で、再び海中へ潜んでどれだけの時間を生きながらえることができるだろうか?

 すでに武器もなく、まともに戦う力は残されていなかった。

 腹が減って動けなくなる中、海中で休んでいるときに、目の前にたらされた丸い団子に食いついた結果、この状況に陥っていると思うと、非常に情けなくなってくる。

 そんな中で唯一救いがあるとすれば、目の前の人間達が魚人という種族を極度に警戒しているために、強引な攻めに転じてこないことであろう。

 僅かな勝機を求めて、静かに人間達と、甲板の状況を観察する。

 髑髏の旗は掲げられていない。

 だが、目の前の人間達は、いっぱしの海賊のように見受けられる。

 太陽の光を受けて輝く満月旗の下で、下手に動くこともままならず、時間だけが無常に過ぎていく。

 その時間はハチにとって、決して好転することのない致命傷であった。

しかし、この積みきった状況を打破する方法は浮かんでこない。

 決断が下せぬ中、じりじりと奪われていく体力にハチは最後の賭けに出ようかと考える。

 そんなときであった。動き出した状況はハチにとって更なる不運を運んできた。

新しく甲板に姿を現した男達の存在である。

 

 

 

「おっ、魚人が一体この船に何のようだ?」

 

 ギンは、持っていた二本の刀を鞘から解き放ち、型も何も関係なく、目の前の魚人に向けて突き出した。

 

「おい、下手なことはするな。このあたりは魚人海賊団の縄張りから外れているはずだが……、囲まれているやもしれん」

「魚人ねぇ、まともに戦ったことはねぇけど、そんなに強えのか?」

「魚人の現れる所、海そのものが牙を剝く。無残に砕けた船を俺は見たことがある」

「ニュー、ちょっとまってくれ。俺は今一人だ、仲間なんていやしねえ。みんな捕まっちまった」

 

 あわてて、否定するハチであるが、その言葉を頭ごなしに肯定するほど、クロはこの海賊時代を軽視していなかった。

 ただ一つだけ気になるのは、ハチの身に酷い怪我が見られることだ。しかし、それだけの理由で、警戒を緩める気はないと、鋭い視線をハチへと向ける。

 ハチの仲間が囚われたとして、逃げられたのが、たった一人であると証明できるであろうか?

 実は残った残党が、食料や物資を求めて、この船を沈めるために大掛かりな仕掛けを船底に設置している可能性もある。

 クロは、東の海で暴れまわる魚人海賊団が、きわめて周到な計画性をもって行動していると、以前から脅威を感じていた。

 長年暴れまわった魚人海賊団が、そう簡単に壊滅するとは思えない。そんな考えもまた、クロに警戒を促すのだ。

 素早く殺してしまうべきだろうか? 

 それとも、捕えて情報を引き出すべきだろうか?

 そう考えて抜き足を発動させようとした瞬間、まるで計ったかのように少女の声が響き渡った。

 

「あら、それが魚人? 初めて見たわ」

 

 クロが従う、たった一人の少女、蓬莱山輝夜が姿を現した。

 

 

 

 騒ぎが起こる少し前、輝夜と永琳は船長室の中で、調理師に作らせた団子もどきを咀嚼していた。

 もっしゃもしゃと、水気の多い小麦の塊に貴重な砂糖をまぶして口に入れる。

 小麦はあまり上等ではないようだ。

 不細工な大小の塊をつまみながら、暖かい白湯で流し込んでいく。

 永琳がわずかに肩を落とした。

 期待はしていなかったが、永琳は、半ば想像通りの結果を胃の中に流し込んで、これからの事を考える。

 船に残されていた、小麦、チーズのおかげで飢え死にすることはないだろうが、料理の味のひどさに顔をしかめる。

 中規模な海賊船としては、十分にやっていけたであろうが、輝夜の食事としては到底足るものではないと永琳は考える。

 当の輝夜は、あまり食べたことのない保存食を面白がっているようだが、至急食事については改善を試みたいところだ。

 そんなことを考えているところに、バンダナと猫耳をつけた男が、大慌てで船長室へ飛び込んできた。

 

「姫様ッ! タコが団子を吊り上げてッ、船の中にッ」

「まあ、一杯飲んで落ち着きなさい」

 

 飛び込んできた男に対して、落ち着くように命じると、手にしていた白湯をそっと差し出した。

 差し出された湯を一気に飲み干すと、その熱さに男は咽返る。

 二、三度咳き込み、やっとの思いで息を整える。

 男は調子を僅かに取り戻して、再び言葉を言い直す。

 

「すっ、すみません。そっ、それよりも、魚人がこの船に乗り込んできました」

 

 “魚人”という言葉に、輝夜は大きく目を見開いて立ち上がる。

 そして、楽しそうに永琳に話しかける。

 

「永琳、魚人だって。幻想郷には魚人って居たかしら? せっかくだし見に行きましょう」

「魚人はまだ、幻想入りしていなかったと思いますが? インスマウスとか言う地方では未だに目撃されているようですし、後100年ほどは入ってこないかと」

 

 いそいそと外へと向かう輝夜に続いて、永琳もまた立ち上がる。

 

「ちょっ、待ってくだっさいッ! 魚人ですよッ! そんな調子でいいんですか!?」

 

 東の海で強力な影響力を持つ海賊たちの情報は、以前から頭に叩き込まれている。

 それが、恐怖となりっている元海賊団の男が叫ぶ。

 巨大な拠点を持つ魚人海賊団。その脅威を深く知っているがゆえに冷静ではいられない。

 そんな男を前に輝夜は告げる。

 

「落ち着きなさい」

 

 歓喜と自信を孕んだ声色に、男はただ静かに平静を取り戻す。

 

「私が居る限り、この船は沈みはしないわ」

 

 蓬莱山輝夜は海上の舞台へと進み上がる。

 

 

 

「騒がしいわね」

 

 騒音に満ちた甲板が静まりかえり、開かれた扉へと視線が集まる。

 

「彼? が魚人ね。幻想郷では見たことないわ。あなた、一体何をしに来たのかしら?」

 

 ひょうひょうとした口調で、ハチの身体を観察し終えると、にこやかな笑みを浮かべて輝夜は問いかける。

 

「にゅっ! 俺はちょっと腹が減って目の前に団子が通ったから」

 

 弁明するハチ。輝夜はその満身創痍である姿に優しげな笑みを浮かべる。

 

「姫様。こいつが本当のことを言っている保障もありません。むしろ囮かも」

「囮? どういうことかしら」

「魚人海賊団は、巨大な渦潮を操って船を沈めると聞きます。もしや海中で何か仕掛け終えているかもしれません」

 

 クロの言葉に、軽く握った拳を口元へあてながら輝夜は考えを巡らせる。

 

「あなた名前は?」

「にゅ? 俺の名前はハチだ」

「そう、ハチ。あなたは海賊なのかしら?」

 

 余裕を崩さずに、まるで駆け引きを楽しむかのように輝夜が問う。

 楽しそうに問答する輝夜の横で、永琳もまた、その奇妙な姿を観察する。

 吸盤を有する左右それぞれ三本の腕。タコの魚人に頭蓋骨はあるのだろうか? 興味は尽きない。

 幻想郷の外に、いまだにこれだけの異形が残っているとは、面白い。

 久々に興味を惹かれる被験者だ。

 この海は、いまだ幻想を残している。

 ここは、もう一つの幻想郷なのかもしれない。

 

「あなた、海賊だったの?」

 

 有無を言わさぬ態度で輝夜は告げる。

 

「ニュー、確かに俺は海賊だったけど、アーロンさんもクロオビ達も捕まっちまった。一人で海賊を続けるつもりはねえ」

 

 輝夜が一歩踏み出す。それだけで周囲を取り囲んでいた男達は、素早く道を譲る。

 

「そう。あなた一人で逃げ出したのね。たった一人で?」

 

 「そうだ」と返すハチの目を、黒曜石のような瞳がまっすぐに射抜く。

 

「捕らわれた仲間を見捨てて、たった一人で逃げ出したあなたに行く場所などあるのかしら? 貴方はそれを許すのかしら? あなたの過去には興味はない。ハチ、あなたの今を、これからを教えて頂戴?」

 

 言葉に詰まったハチに向けて、静かに突き出したのは、以前クロを撃ちぬいた宝玉の実った枝であった。

 ハチの動きが止まる。

 突きつけられた枝に脅威を感じたわけではない。

 突きつけられた現実という言葉が、ハチの動きを止めさせた。

 逃げ出すことに精いっぱいで、共に捕まった仲間を助けることなど頭になかった。

 海軍から逃げだし、意図的に考えないようにしていた事がハチの頭を駆け巡る。

 何故一人で逃げ出したのか?

 確かに、あの時は一人逃げ出すのがやっとだったが、本当にそうだったのだろうか?

 もっと上手い方法があったのではないか?

 少なくとも、誰か一人は助けられたのでは?

 すでに過ぎ去った時を考えることは無意味でしか在りえなく、それでもハチの良心を蝕んでいく。

 ただ一人逃げ出した自分は何処へ行くのか? 

 これまで海賊であった自分が、たった一人で故郷に戻るのか?

 果たして戻ってもよいのだろうか?

 助けに戻るべきではないのだろうか?

 かつて、たった一人で、尊敬する恩人の敵を討つために海軍に立ち向かったアーロンさんのように。

 敵わぬと知っても戻るべきなのだろうか?

 それとも、すべてを割り切り、これまでの事を捨てて生きていくのだろうか?

 おそらくこのままいけば仲間と会うことは二度とないだろう。

 アーロン海賊団は人の世界でいう悪である。

 しかし、仲間との絆そのものに悪という言葉は関係ない。

 これまでに共有した時間と、育んだ信頼を失ってもいいのだろうか?

 自分だけ、のうのうと生きていていいのだろうか?

 わからなくなった。

 自分自身の頭が良いとは思わない。

 しかし、この答だけは自分で出さなければいけないものだと感じた。

 考え込むハチの前で、輝夜の笑みが一転して真剣な表情へと変わる。

 

「あなたは――、死ぬべきじゃあないかしら?」

 

 はっきりと。確信に満ちた声が響く。

 

 確かにそうかもしれないとハチは思った。

 これから先、かつての仲間達に起こることを考えると、自分だけが安穏を過ごすことが酷く卑怯なことに感じられた。

 すでに、この場所から逃げ出そうとする意志は失われていた。

 ただ、最後に選んだ答えは、無言で目の前に立つ少女を見つめ返す事であった。

 突きつけられた枝の周囲に虹色の光が渦巻いている。

 これまで生きてきた中で、もっとも美しいと感じるその光景を最後に、自身の終わりを感じとる。

 周囲で取り囲んでいた元海賊たちもその光景に息をのんだ。

 神秘的な美しさは、この場所を異世界の様に染め上げていく。

 思考すらも放棄させるほどの美しさに、クロが知らず知らずの内に笑みを浮かべる。

 成り行きを見守っていたギンは、刀を下して、光を突きつけられながらも、無防備に立ち尽くす魚人を見据える。

そして、それらすべてを観察するように、ただ一人だけ舞台を眺める観客のような視線を向ける永琳。

 ハチにとってその光は、閻魔の審判にも思えた。

 これまでの行い、それらすべては、自分を地獄に落とすように感じた。 ただ、その罪から逃げる意志だけは思い浮かばなかった。

 ただ、その判定を受け入れるかのようにハチは静に光を見つめる。

 

「神宝『蓬莱の玉の枝』」

 

 宣言と同時に放たれた光の玉は、かつてクロが受けたものよりも強い光を放っていた。

 ただ、その速度だけは、あの時よりもゆっくりと感じられた。

 ハチは動かない。

 すべてを受け入れるかの様に、光の玉を見つめ返す。

 永遠にも感じられる一瞬の束の間。

 幻想的な美しさの後に続くのは、轟音となる波のうねり、そして降り注ぐ大量の豪雨であった。

 豪雨の過ぎ去った後に残るのは、蓬莱の光の名残にも思える、七色の橋。

 そして、先ほどと代わりのない姿で立ち尽くすハチの姿であった。

 値踏みするような輝夜の表情に、笑みが灯る。

 

「過去を捨てて私の所に来なさい」

 

 輝夜は嬉しそうにそう言った。

 

「永琳、ハチを治療してあげなさい。クロ、宴の準備をしなさい」

「はい分かりました。誰か、支えてあげなさい」

「御意」

 

 輝夜の命令に、永琳とクロは動き出す。

 さらに、永琳の言葉に反応して、魚人に近づくことをためらう元海賊達を押しのけて、ギンが楽しげな表情を浮かべながらハチの元へ駆け寄る。

 

「おいッ、タコハチ大丈夫か?」

 

 今にも意識を失いそうなハチの身体を支える。その動きに続いて、ブチが反対側の肩を支える。

 船内に消えていく4人の背中を後に、ざわめきだした元海賊達、そこへクロの激が飛ぶ。

 

「お前ら何している。とっとと宴の準備を始めろ。コックは調理場へ、残りは甲板の片づけだッ」

 

 あわただしく動き出す船上の人間達。その空には、うっすらとした虹が、一瞬の奇跡を忘れさせぬように浮かんでいる

 

 医務室で薬瓶を取り出しながら、永琳はハチのこれからを考える。

 逃げ出した魚人は、臆病なウサギのように、輝夜の元から離れられないだろう。

 逃げ出した者に、居場所などないと悟ってしまったのだから。

 




本当はもう一人引き込むところまで書きたかったのですが、切がいいのでここで投稿させてもらいます。

この作品を読んでの感想などいただけましたらうれしいです。
よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。