真GR(チェンジ!! ジャイアントロボ)~戯曲セルバンテス~   作:いぶりがっこ

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第二話

 ――終末の光景が、見渡す限りに広がっていた。

 

 灰褐色のひび割れた大地の上に、生命の痕跡を真っ黒に塗りたくった世界が 、地平の果てまで延々と続く。

 所々、風化した瓦礫の跡が文明の名残を覗かせなければ、安っぽいテレビゲームのように、背景が延々とループしているのではないかという錯覚すら覚える有様である。

 せめて、黄昏時に相応しい茜色が大地を染め上げてくれたならば、 戻らぬ時間の大きさに涙を流す事も出来ようが、天空を覆い尽くすのは、心の底まで滅入らんばかりの曇り空。

 いかに凄惨なる風景とは言え、こうまでに色味も変化もないと、流石に三日で慣れる。

僅かばかりの希望に駆り出され、延々と変わらぬ光景を拝み続ける事になったこの男……。

 BF団十傑集・幻惑のセルバンテスともなれば、尚更である。

 

「――やはり君も、元の世界が恋しいと思うかね?」

「ん?」

 

 セルバンテスに問われた竜馬が、操縦桿片手に曖昧に応じる。

 答えを決めかねているというよりも、質問の意味を理解できてないのようであった。

 

「ワケ分かんねえ事を言うおっさんだな。

 恋しいも何も、俺が物心つく前から、世界はこんな有様だったんだぜ。

 四十年前の話だ。

 アンタだって元の世界の事なんざ、ロクすっぽ覚えちゃいないだろうに?」

 

「……む、ああ、そうか。

 そう言えば、そういう事になっているんだったね、迂闊だった」

 

「何だよ、そりゃ……?」

 

 要領を得ない中年の言葉にぼやきつつも、少年の目がレーダーを追い続ける。

 二人を乗せたゲットマシンは、目的の地へと近づきつつあった。

  

「っと、見えてきたぜ、あれが俺達のねぐら、早乙女研究所さ」

「ほう」

 

 竜馬に促され、セルバンテスが興味深げに地上を見下ろす。

 と、言っても、風光明媚な地として知られた浅間山は既に無く、そこには赤黒い岩盤がぶつかり合っては断層を刻む、代わり映えのしない終末世界の山岳が広がるのみであった。

 山裾の一角に、焼け焦げた巨大なパラボナアンテナの名残が無ければ、あるいは当の竜馬ですら、その地が自分たちのホームであることに気付かないのではあるまいか。

 

「見たところ、あの建物はすっかり朽ち果ててしまっているようだが……?」

 

「あれは旧研究所だ。

 俺たちの今の住居は地下にあるのさ」

 

 言いながら、竜馬が機体を旋回させる。

 ゲットマシンはそそり立つ絶壁の中央、岩肌を分割する渓谷のような断層の隙間を、器用にも縫うように進んでいく。

 やがて、断層は徐々に広がりを見せ始め、壁面に掘られた無数の虚穴から、文明の光がぽつり、ぽつりとこぼれ始めた。

 

「これはまた……!

 フフ、まるでかつての梁山泊のような要害ではないか」

 

「またワケのわかんねえ事を……、まぁいいや、格納庫はもうすぐだぜ」

 

 程なく、二人を乗せたゲットマシンは、一際大きな虚穴から延びる滑走路へと気体を躍らせた。

  

「おお!」

 

 機体より降り立ったセルバンテスが、思わず嘆息をもらす。

 無理もない。

 彼の眼前に現れたのは、かつてのBF団の本拠と比べても遜色ない、近未来的とも形容すべき巨大なハンガーであった。

 

「素晴らしい、地獄のような荒野の世界に、これほどの技術が残っていようとは」

 

「……っつても、ここは四十年前の建物をそのまま使っているらしいからな。

 立派なのはここと、あとは研究所の中枢だけだぜ」

 

 半開きになった鉄扉の隙間を潜り抜ける。

 瞬間、聴覚を丸ごと奪われるかのような猥雑な「声」が、セルバンテスを包み込んだ。  

 成程、竜馬の言う通りであった。

 視線の先にあったは、ひび割れ、崩れかけた広い廊下に、百年は時代が遡ろうかという典型的な坑道が巡らされた、実に雑多な風景であった。

 だが、それ以上にセルバンテスを驚かせたのは、そこが『人』の世界であった事である。

 

 一体どこから拾い集めてきたのか、朽ちかけたクズ鉄の山を吟味するヒッピー風の男たち。

 図面を片手に声を張り上げ、延々と言い争いを続ける白衣と土方。

 混沌とした人並みを縫うように駆ける、薄汚れた格好の子供たち。

 まるでどこぞの闇市にでも紛れ込んだのではないかと錯覚してしまうような、熱気に満ちた猥雑な世界。

 セルバンテスが長らく忘れていた『人』の住まう世界がそこにはあった。

 

「……何とも、凄まじいものだな。

 ここが研究所なら、彼らもまた『所員』と言う事になるのかな?」

 

「まっ、研究所っつっても、ガキの頃からここは俺らの家みてえなもんさ。

 何でもこの施設の地下じゃあ、【シズマドライブ】の発電設備が生きてて、それでここの人間の生活を賄っているんだとよ」

 

「何と……、シズマドライブが!」

 

 竜馬の言葉から飛び出した予想外の言葉に、セルバンテスが興奮の声を上げる。

 

 シズマ・ドライブ。

 それはかつて、セルバンテスが巡った多重世界の中で、『幾人かの』シズマ博士が実用化に成功した、次世代エネルギー理論の総称である。

 完全無公害、完全リサイクルを謳うそのシステムは、人々から第三のエネルギー革命としてもてはやされ、世界の繁栄を約束するものであった。

 

 短くセルバンテスがうなる。

 確かにこの世界にもシズマドライブによる発電設備が現存していると言うのならば、この過酷な環境の中で、人類が生き延びていた事に対する説明がつく。

 

(だが、どういう事だ?

 ゲッター線とシズマドライブは、本来、相容れない理論であるはず)

 

 ふと疑問が浮かび、思わず首を傾げる。

 ゲッター線なる存在が数多の世界で発見されながら、その全容が解明されなかった理由。

 その理由の一端が、シズマドライブの発明にある。

 

 常に暴走の危険性を孕むゲッター線のエネルギー開発は、次世代エネルギーとしての安定性、実用性に秀でたシズマドライブの登場により、急速に開発熱を失い、廃れていく事になる、と言うのが、大筋の世界の歴史であった。

 そんな、本来競合相手であるはずのシズマドライブを、ゲッター線研究の中核に使うなどと言う発想は、これまで彼が渡り歩いた世界には存在しない、埒外の発想であった。

 

「ふふっ、これは俄然、興味が湧いてきたな。

 次世代エネルギーの主流が既に確定していたと言うのならば、

 一体この施設は、何のために建造されたと言うのかね?」

 

「ん? ああ、いや……

 俺はその、四十年前の人間じゃねぇし、詳しい事は……」

 

「ゲッター線研究の目的は、初めから次世代エネルギーの開発には無かったのですよ」

 

 しどろもどろとなった竜馬の言葉を引き継ぐ形で、後方よりスーツ姿の包帯頭が現れる。

 件の胡散臭いスーツの男、白昼の残月であった。

 

「ほう、どうやら『軍師殿』は、そちらの事情に詳しいと見える」

 

「まあ、その辺りの話はおいおい……。

 竜馬君はここらで結構ですよ、次の出撃まで羽を休めておいて下さい」

 

「そうかい? じゃ、後は好きにさせてもらうぜ

 それじゃな、おっさん。

 博士に会うなら心の準備をしといた方がいいぜ」

 

 などと軽口を叩きながら、竜馬が人だかりに消える。

 若きGRのパイロットは、やはり人気があるのか、先々で声をかけられては威勢良くそれに応じている。

 

「ふふ、あれじゃあ羽を休めているのか広げているのか、分かったもんじゃありませんね」

 

「ふむ、ときに残月君、『博士』と言うのは?」

 

「さて、竜馬君がどちらの事を言ったのかは分かりませんが……。

 セルバンテス殿にはまず、ここの所長である、【早乙女博士】にお会いしてもらいます」

 

 そう言って、つかつかと残月が歩き始めた。

 人だかりに消える竜馬の姿を見届けた後、セルバンテスもその後ろを追った。

 

 

 乾いた靴音を響かせ、二人が長い廊下を進む。

 おそらくは施設の中枢へと近づいているのであろう。

 床や外壁の崩れは徐々に目立たなくなり、対照的に、行きかう人々の姿は、徐々にまばらになり始めていた。

 周囲を見渡しながら口髭を撫で付け、ポツリとセルバンテスが問いかける。

 

「……先ほどの話の続きだがね」

 

「ゲッター線研究の目的についてですか?」

 

「うむ。

 ゲッター線研究の目的、あるいは……、軍事利用、ではないのかね?」

 

「…………」

 

 セルバンテスの口調に、珍しく緊張の色が混ざる。

 無理からぬ事である。

 セルバンテスの脳裏には、かつて別の世界において目の当たりにした、ゲッター線の暴走事故による惨劇の跡が蘇っていた。

 

 二十六名もの所員が一夜にして消失したという、前代未聞の事件。

 強大なエネルギーの放出により燃え尽き、蕩け、放棄された設備。

 実験用のロボットの暴走により刻まれたのだと言う破壊の爪痕。

 ゲッター線の未知の反応により結晶化した、まばゆいばかりの金属の世界。

 

 かつての原子力のと同等。

 いや、制御法が未解明である事を鑑みれば、ゲッター線の脅威は遥かに上であろう。

 そういう意味では、ゲッター線のエネルギーは確かに『光球』に対抗しうる可能性を秘めていたとも言える。

 

 ふう、と一つため息を吐いて、何か諦めたように残月が口を開く。

 

「その推論は、当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか?

 と、言うよりも、セルバンテス殿。

 その問いに対する答えは既に先ほど、あなた自身が目にしているはずですよ」

 

「……?」

 

「この世界のゲッター線は、初めからアンチ・エネルギーシステムへの抑止力。

 地球を燃やし尽くすであろうジャイアントロボへの対抗策として

 研究が進められていたのですよ」

 

「まさか!」

 

 予期せぬ残月の言葉を、反射的にセルバンテスが否定する。

 かつて、人類が繁栄を謳歌していた近未来。

 あの頃、ありとあらゆる世界に天才的な化学者、稀有な能力者の類が星の数ほど存在していたが、それでも尚『地球の燃え尽きる日』を避けられた世界は皆無であったのだ。

 

 今ここに、アンチ・エネルギーシステムの危険性を早期に把握し、その対策のためだけに、モノになるかも分からない未知のエネルギーの研究を推し進めていたプロジェクトが存在すると言う。

 セルバンテスにとって晴天の霹靂であった。

 

「ですが、可能性としては十分に考えられる事でしょう?

 あなたのように、偶然、GR計画が及ぼす災厄を予知できた能力者がいて。

 同じ時代に、偶然、ゲッター線の持つ可能性に気が付いた科学者がいたとして。

 そんな二人が、偶然にも出会う事が出来た世界が存在するならば……」

 

「それが、この世界だと――」

 

 

ド ワ オ ッ!!

 

 

「なっ!?」

 

 突如として後方で爆風が巻き起こり、分厚い鉄扉が弾け飛ぶ。

 二人が会話を中断し、巻き起こる黒煙を睨み据える。

 やがて煙の先から、分かり易い危険人物像を体現したかのような、ギョロ目の禿頭がひょっこりと姿を見せた。

 その姿を見た残月が、大きくため息を吐き出す。

 

「……敷島博士、またですか」

 

「ヒヒ! なんじゃ、軍師のボウヤか。

 何、例のリモコンを解析しとった所なんじゃが、ちぃっとばかし欲張り過ぎたわい……っと!」

 

 敷島と呼ばれた分かり易いマッドサイエンティストは、そこでセルバンテスの存在に気付き、眼球の大きく飛び出した右目を、にゅっと彼の方へと向けた。

 歴戦の十傑集・幻惑のセルバンテスも、男の圧倒的な個性の前に思わず鼻白む。

 

「ムホホ! そうか、お前さんがボウヤの言ってた『救世主』どのか!

 ええ! 実にええ体つきをしとる、

 どうじゃ? ワシの実験に付き合ってみる気はないかね」

 

「あ、いや……私は」

 

「ああもうメンドくせぇ! この際全身をビルドアップしてみるっちゅうのはどうじゃ?

 千年万年旅をしようがビクともせん体に改造して――」

 

「博士」

 

 一人で勝手に興奮しだした狂人の妄想に、残月が冷静に割り込む。

 

「セルバンテス殿は大事な使命を帯びた身なので、そう言う物騒な話は後日」

 

「なんじゃい、お前さんだってワシの腕前はしっとるじゃろうに」

 

 などと、敷島はしばらくの間、不満そうにボヤいていたが、それで興味が失せたのか

何やらブツクサ呟きながら、研究室の中へと戻って行った。

 

「……残月君、今の御仁は?」

 

「敷島博士。

 見ての通りの奇天烈な老人ですが、兵器開発の腕にかけては

 所内でも右に出る者のいないパイオニアですよ」

 

「敷島博士……、敷島……、敷……島……?」

 

「さあ、とりあえず彼の事は放っておいて、まずは早乙女博士の許へ急ぎましょう」

 

 と、まるでそれが日常の光景であるかのように、残月がさっさと歩みを進める。

 セルバンテスはしばらくの間、敷島の部屋を入口を見つめながら、何事か首を捻っていたが、

 

「まさか、な」

 

 小さく呟いて、急ぎ足で残月の後を追った。

 

 

 早乙女博士。

 

 現代科学におけるブラックボックスと謳われた、ゲッター線研究の第一人者にして、当代随一のロボット工学者。

 そして同時に、三百名近いスタッフを束ねる、早乙女研究所の頭脳と言うべき研究者である。

 

 だが、そんなインテリじみた肩書とは裏腹に、今、セルバンテスの前にいるその人物は、まるで歴戦の兵のような鋭い眼光を宿した老人であった。

 

「よくぞここまで来られた。

 ワシがこの研究所の所長を勤める早乙女じゃ」

 

「……お初にお目にかかります。

 私はセルバンテスと申す旅の者。

 もっとも、あなた方の言う『救世主』かと言われれば、全く自覚はありませんがね」

 

「フム」

 

挨拶もそこそこに、早乙女はしばしの間、セルバンテスの全身をジロジロと観察していたが、

やがて、小さくため息をついて口を開いた。

 

「……にわかには信じがたいが、アンタが複数のパラレル・ワールドを渡り歩く能力者じゃと言う軍師殿の言葉、今の所は信用するしかないようじゃ。

 アンタの素性を探っとる余裕は、今のワシらには残されてはおらんからな」

 

「……その事ですが、私はまだ、この世界の事情を把握できておりません。

 まずは、今この世界で何が起きているのか、お聞かせ願えませんか?」

 

「うむ、と言っても、まずは、何から話せばよいか……」

 

 そう断って、早乙女はボリボリと白髪頭を掻きながら、天井の片隅を見据えていたが、そのうちにぽつり、ぽつりと口を開き始めた。

 

「この研究所が設立したきっかけについて、軍師殿からは聞いていたかな?」

 

「なんでも、アンチ・エネルギーシステムの対抗策を研究していたと」

 

「そうじゃ。

 もっとも、当時のゲッター線は未解明な要素ばかりの危険なエネルギーよ。

 研究には常に細心の注意が求められておった。

 万一の暴走事故に備え、ゲッター汚染の拡大を防止できるシェルターに、外界とのつながりをシャットダウンした後も、自給自足で職員達を賄えるだけのシステム。

 広大な地下プラントや、当時最新鋭の発電設備だったシズマ・ドライブの導入も、全てはゲッター線を万全の態勢で研究するためだったというワケじゃ」

 

「そうだったのですか……」

 

「そして皮肉な話じゃが、世間から半独立化した研究所の機構によって、結果的にワシらは『地球の燃え尽きた日』を乗り越える事が出来た。

 あの日……、未完成だったゲッター線のバリヤー諸共、地上の施設は燃え尽きてしまったが。

 引きかえに地下の研究設備と、近隣からの避難住民だけは守り通す事が出来た。

 もっとも、大変じゃったのはそれからじゃったがのう……」

 

 早乙女の言葉はやや途切れがちになり、所長室に重苦しい空気が溢れだす。

 彼の口から出るのは、災厄の危機を乗り越えた人類の戦いの記録である、

 思い出話のような気楽さでできるものではない。

 

「復興は、遅々として進まなかったよ。

 いかにシズマドライブが、永久リサイクル可能なエネルギーとは言え、一度に供給できる電力には限りがあったし、食料の備蓄も避難民の人数には釣り合わなかった。

 その他、工業、医療、福祉……。

 最先端のロボット工学は、皆の生活を守るのには、あまりに無力じゃった」

 

「…………」

 

「それでも人々は力を合わせ、瓦礫をどかしながら、少しづつ、生活の範囲を広げて行った。

 同時に、ゲッター線の収集装置も活動を再開させた。

 分厚い層雲の切れ間から降り注ぐエネルギーを、少しづつ、各研究施設へと蓄え続けた。

 他の人類の生存の可能性を求め、外の世界に打って出る準備を整えるまでに、四十年近い時が流れてしまったがの」

 

「それが、今から一年前の話、と言うわけですか?」

 

「左様。

 じゃが、そこでワシらが出会ったのは、あの忌わしいBFロボ、じゃった……」

 

 早乙女はそこで一端言葉を切って瞳を閉じ、室内に静寂が満ちた。

 だが、いかに悲痛な記憶であろうと、時の流れは物事を解決してくれはしない。

 やがて、再び意を決したように、早乙女が瞳を開いた。

  

「ヤツらとの遭遇戦により、試作型のゲッターロボは大破し、搭乗者も全員が死亡した。

 人類は再び、滅亡の危機に曝されたんじゃ。

 そんな折じゃったよ、そこの軍師殿が、ワシらの前に現れたのは……」

 

「残月君が……」

 

 早乙女の言葉に、セルバンテスが残月の方を見やる。

 だが残月は、別段口を挟む事も無く、無言で早乙女に続きを促した。

 

「軍師殿が持ち込んだ、ジャイアントロボの設計図を基に、ワシらはアンチ・エネルギーシステムとゲッター線の複合炉心を開発し、新型の機体へと搭載した。

 同時に、かつての草間博士が名機・GRシリーズを参考に設計を一から見直し、独力で陸・海・空問わず戦闘できる機体へと、大幅に改修を施したんじゃ」

 

「あの新生GR……。

 それこそが【真・GR計画】と、言う訳ですか」

 

 セルバンテスの言葉に、早乙女が力強く頷く。

 

「GRチームと新生GRは、当初の期待以上の成果をもたらした。

 だが、それも長くは続かなかった……。

 敵のBFロボは神出鬼没で、GRに打ち果たされる度に却ってその数を増し、まさに無敵の神の軍団の如く、我々の前に立ち塞がったのだ。

 そしていつしか、軍団の頂点に、あの【神体】が、姿をみせるようになった」

 

「……ガイアー」

 

 ポツリと、セルバンテスがその名を呟く。

 BF団の禁忌・神体ガイアー。

 BF団首領・ビッグファイアの乗機とも、策士・孔明がGR計画完遂の要として建造させた、究極のロボとも言われるが、その詳細は一切が不明であり、十傑集に名を連ねるセルバンテスであっても、正体を探る事は叶わなかった。

 

 ただ一つだけ、セルバンテスが知っている事実。

 ありとあらゆる世界において、ガイアーとジャイアントロボは共に争い、やがて、世界を燃やし尽くす運命にある。

 それは。平行世界の傍観者であった彼のみが知りうる、血塗られた因果である。

 

「……アレはかつて、四十年前に、確かに機能を停止した筈じゃった」

 

長い沈黙の後、早乙女が再び口を開いた。

 

「それが何故、今頃になって再び動き出したのか……。

 セルバンテス君、アンタはあのガイアーの行動について、何かしら推測は出来んの?」

 

「……残念ながら」

 

 そうか、と早乙女が大きな溜息をつく。

 だがこの時、セルバンテスの嚢中には一つの仮説が。

 いや、まだ早乙女に語る事すら憚られるような、突拍子の無い妄想があった。

 

 かつて、数多の世界を巡る旅の中で、セルバンテスが悟った一つの結論。

 いかなる選択肢を積み重ねようとも地球は燃え尽き、人類は死滅する運命にある。

 これは理屈ではない。

 ガイアーとジャイアントロボの戦いを追い続けたセルバンテスの経験がそう語るのである。

 この世界の歴史もまた例外ではなく、四十年前の戦いの中で、一度地球は燃え尽きている。

 

 だが、この世界には一つの異物――、ゲッター線の存在があった。

 

 ゲッター線の未知の力の介入により、人類はかろうじて死の淵を脱し、再びGRの冠した機体を操り、ついに外の世界に飛び出すまでに至った。

 

 しかし、()()()()()ガイアーは蘇ったのではあるまいか?

 運命を本来の形――人類の滅亡という結末に導くため。

 そして、ジャイアントロボの末裔を、今度こそ根絶やしにするため。

 言うなればあのガイアーは、神体と言う形をとった、運命の亡霊なのではあるまいか?

 

(……我ながら、何を馬鹿な事を)

 

 次々と湧き上がってくるとりとめの無い思考を、頭を振って払い落す。

 意識を改めるべく、セルバンテスが話題を変える。

 

「それにしても早乙女博士、あなたは凄いお方だ」

 

「うん? 何だね急に」

 

「私がこれまで巡った世界において、アンチ・エネルギーシステムへの対抗策を打ち出せた人間は、ただの一人もいませんでしたよ。

 その答えを、未知のエネルギーであるゲッター線に求めたのみならず、短期間の内に実用化にまでこぎつけるなど、とても並みの人間では……」

 

「いいや、ワシは大した事はしとりゃせんよ」

 

 セルバンテスの賛辞に対し、早乙女はぶっきらぼうに応じると、この男には珍しい穏やかな瞳で、机に立てられていたフォトスタンドを軽く撫でた。

 

「その昔、鼻っ柱ばかり強い世間知らずだったワシの論文を拾い上げ、実用化に向けた理論を構築し、実際に研究機関を作れるよう働きかけてくれた人間がおったのじゃ。

 残念ながらその人は、四十年前のあの日に、故人となってしまったが。

 その恩師……、草間博士の尽力が無ければ、ワシも人類も、とうの昔に死滅しておったよ」

 

「なんと、草間博士が……!」

 

 早乙女の言葉からこぼれた懐かしい響きに、セルバンテスが感嘆の声を漏らす。

 

 草間博士。

 

 その孤高の科学者は、GRシリーズの生みの親であると同時に、かつてセルバンテスの生まれた世界において【草間の乱】を引き起こし、世界を燃やし尽くそうとした極悪人として、人々から恐れられていた人物である。

  だが、セルバンテスの知る草間博士は、噂とは裏腹に理知的で、瞳の奥に強い使命感と憂いを宿した人物でもあった。

 

 長い付き合いである。

 郷愁が胸元までこみ上げ、セルバンテスは、そっと机の上の写真を覗き込んだ。

 

 ……が、

 

「うっ!? こ、これは……」

 

 思わずセルバンテスが狼狽の声を上げる。

 写真に写っていたモノは、彼にとって、それほどまでにショッキングな光景であった。

 

 古びた写真に肩を並べる二人の若者――。

 

 写真左側の男については、何ら問題無い。

 背が低く、がっちりとした体型に、情熱と野心が混じり合った若者らしい瞳。

 ここに四十年の辛酸が積み重なったならば、セルバンテスの眼前にいる、峻厳な白髪頭になるのであろう。

 

 問題は、向かって右側の男――。

 痩せ型で背の高い、20代後半と思しき男。

 早乙女の言う『草間博士』なる人物の方だ。

 その穏やかな瞳の色には、確かに彼の面影がある、瓜二つだと言ってもいい。

 

 だが、何かが違う。

 写真の中の「草間」は、セルバンテスの知る男よりも遥かに若い。

 何より、草間は隻眼だったはずである。

 外見上、最大の特徴であった左目の傷痕が、写真の人物には全く見当たらないのだ。

 

 勿論、年齢や容姿の違いなど、パラレルワールドにおける誤差の範疇と説明も出来よう。

 だがセルバンテスはこの時、自分が犯した思い違いの正体に気が付き始めていた。

 

「セルバンテス君、一体どうしたと言うのかね?」

 

「……早乙女博士、その、草間博士の、本名と言うのは?」

 

「……? 草間、()()博士じゃが……?」

 

「お、おお……!」

 

 セルバンテスの胸中に熱い物がこみ上げ、たちまちの内に視界がぼやける。

 溢れ出た言葉は呻きにしかならない。

 早乙女が怪訝な表情を向けるも、それでもセルバンテスは、嗚咽の声が漏れるのを抑える事が出来ずにいた……。

 

 

 ――草間大作

 

 幼き頃、父・草間博士よりGR計画の要であるジャイアントロボを託され、地球の未来を一身に背負う事となった、運命の少年。

 

 かつて、BF団の十傑集が一人『幻惑のセルバンテス』が、異世界へと旅だった当初の目的は、この少年からジャイアントロボの操縦権を取り上げる術を求めての事だった。

  

 だが、そこでセルバンテスが見たものは、彼の想像を遥かに超えた世界。

 大作少年が死に、暴走したロボが地球を燃やし尽くす、おぞましき未来の光景だった。

 

 はじめセルバンテスは、その光景を悪い夢として忘れ去ろうとした。

 夜空に広がる星の数ほどにも存在する、可能性の世界の中で、たまたま全ての歯車が悪い方向に噛み合い、最悪の展開を引き出してしまった世界を垣間見ただけなのだ、と。

 

 だが、いくら世界を超えようとも、待ち受けていた運命は同じであった。

 

 大作の死とジャイアントロボの暴走。

 そこにどのような因果が成立しているのかは分からない。

 大作の死が暴走の引き金となる事もあれば、ロボの暴走に巻き込まれる形で、大作が死亡する事もあった。

 だがいずれにせよ、二つの事象は常にワンセットでセルバンテスの前に立ち塞がり、最期にはいつも、地球が燃え尽きる結末をもたらすのであった。

 

 

 

 ――残念ながら、こちらの世界の大作青年も、運命から逃れる事はできなかったらしい。

 

 だが青年は、その短い生涯を賭けた研究の中で、世界の運命を少しだけ変えた。

 彼が推し進めたゲッター線の研究は、アンチ・エネルギーシステムの脅威を克服した。

 甚大な犠牲を払いながらも、人類は滅亡の未来を乗り越え……、

 そして今、セルバンテスの心にも一つの希望を灯したのである。

 

「……そうか。

 こちらの大作君は、世界を救っていたのか」

 

 静寂の満ちた室内で、ぽつり、とセルバンテスが呟きを洩らす。

 大作が命と引き換えにもたらした一滴の救い。

 それは、絶望の荒野の中で終焉を迎えようとしていた、セルバンテスの心まで救っていた。

 

(……それならば、大作君が残したこの世界は、私が守り抜かねばあるまい)

 

 ことり、と、セルバンテスの体内に、重い何かが収まる。

 激情の嵐が過ぎ去った後、セルバンテスの瞳の奥底には、一つの使命感のみが残っていた……。

 

 

 

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