「ここにいる全員を殺す。しかし一人だけ生贄をさしだせば残りのものの命は助かるだろう」
もし、こんな悪魔のようなはたまた神のような存在に二者択一の選択を迫られたら、あなたならどうするだろう。
誰かの犠牲によって多数が救われるなら。
たった一人が犠牲になるだけで多く救われる命があるなら。
ある人は必要最低限の犠牲で済むのならと犠牲になるべき一人を決めようとするだろう。
ある人は自分一人が犠牲になればと自己犠牲を発揮するものもいるだろう。
この場合は一人が犠牲になるのが最善である。しかし私はこの答えがどうしても納得できない。
「私の命で助かるものがあるのなら」と、一人の自己犠牲があった。大勢が助かった。たった一人の犠牲で救われた命は、自分たちが助かったことに安堵し、「彼のおかげで私たちは助かった。これからは彼の分まで力強く生きよう」と、彼の犠牲を正当化しようとするだろう。
では彼の犠牲はどうなる?大勢にとってはハッピーエンドとなっただろう。しかし彼からみた物語はどうなるだろう。そこで終わりだ。それは間違いなくバッドエンドだ。だから私はこの最善が最善であるとは絶対に思わない。もしそのような立場になっても私は、自分だけが助かりたいと思ってしまうだろうから。
誰かを犠牲にするくらいなら全員道連れにしろよ、と。絶対に死にたくないのなら、一人も犠牲にせずに生き残る方法を選べ、と。私は思う。まあ、今からする話とは全然関係ないけど。
1:記憶喪失とは
さて皆さんこんにちは。ご機嫌いかがだろう。私は機嫌がとても悪い。まあしかしながら今回は世間でもよく耳にするあの言葉について話してみよう。目が覚めると「ここは何所?」「私は誰?」とか何とか。身元不明のその人物は病院に連れて行かれ、カウンセリングやらなんやらで何かをきっかけに記憶を取り戻すなんてオチがまってそうだが。世間では記憶が欠落してしまっている状態を記憶喪失というらしい。まあそんなことはどうでもいいちゃあどうでもいいが。私の今の状況からしてなんとなくこんなことを思ってしまったのだ。ほんとどうでもいいことだ。しかしながらまずは私が誰かというお話をしよう。
私の名前は佐藤あおい。高校2年生。普通の公立高校に通ってる。記憶喪失ではないから絶対。記憶はある。というより自分のことなんだから忘れるわけないよね。でもこの状況はなんだ?わけが分からない。といきなりこんなこと言われても皆さんには皆目見当もつかないだろう。今のこの話をするには今朝に遡ることになる。
7月23日夏休み初日
「う~ん、今何時?」とベッドから起きた私は昨日のことを思い出す。
「ああ、そうか。今日陽菜と遊ぶ約束してたんだ。8時にくるんだよね。・・・もう七時半じゃん、やば」
陽菜というのは私の同級生である。本名は高橋陽菜。誰とでも気さくに話す、天真爛漫な女の子だ。昨日私は彼女と買い物に行く約束をしている。あまりにも流行に疎い私に痰を切ったらしい。携帯には彼女からのメールが2件。
7/22 23:23 明日はよろしくね~
2人で遊びに行くのってはじめてだね
楽しみにしてもうねるよ~
土田君には黙っとくからwww
土田君とは土田芳野。私と陽菜の同級生である。・・・絶賛片思い中。
私は「うっせ」と呟きながら唇の端を吊り上げ、次のメールを見る。
7/23 07:23 おはよ~ 昨日はそのまま寝ちゃったかな?
今日は目いっぱいオシャレしていくからね~
そういえば土田くんも今日駅前行くらしいよ?
会えちゃったりして~
私はムッとなりながらメールの返信をしようと思ったが、陽菜がうちまで来るのはあと三十分、彼女をいたぶるのは彼女と会ったときでいいだろう。しかしながら三十分での準備はできるだろうか。とにかく服は適当にTシャツを着てズボンはジーンズで・・・ああ寝癖やばい。顔も洗って歯も磨くとなると大体二十分くらいか。結構余裕で準備できるわ。女子力そんなないか。準備そんな時間かかんないか。皮肉ですよ自分に対しての。
30分後、インターホンがなる。適当に食パンを食べながら私は玄関にでる。
「おっはよ~!!陽菜だよ~!!メール返信なかったけど今日土田くん駅前いくんだっ」「うっさい」
陽菜が全てを言い切る前に私が被さるように言う。・・・陽菜を見た。それにしても・・・
「陽菜その格好・・・」
そう、陽菜の格好が・・・
「へっへ~オシャレしちゃった~」
「カワイイ・・・」
カワイイのである。
ホワイトのインナーにピンクのテーテラードジャケット、ライトブルーのダメージジーンズそして何より
「やっぱ陽菜かわいい頬っぺたカワイイ~食べちゃう!頬っぺた食べちゃう!あと土田のことは黙っとけ~」
といいながら私は陽菜に抱きつきながらハムハム。
「ちょっとやめてよ!ちょ!ほんと舐めないで!もう!!」
「よいではないか~」
「エロ代官か貴様わ~」
「アッハ~陽菜カワイイ♪」
と(私が)笑いながら、いつものふれあいをする。私は今日の目的を思い出しながら
「そういえば今日一万しか用意してないけど足りる?」
「もちろんだよ~ていうか一式揃えるならそんないらないよ~」
「え?でも陽菜のそれ、結構かかってそう」
チッチッチと人差し指を振りつつ陽菜は
「お金をかけてオシャレをするんじゃない。いかに安物で高価そうなオシャレをするのかが学生のオシャレのコツよ」
「お~名言」
と私は関心しつつ、
「じゃあ、今日たのんだよ陽菜」
「・・・・・」
陽菜からの返事がない
「どうしたの?」
「いや~でもね~、あおいのその格好・・・」
私はムッとしつつ
「悪かったわわね、ダサくて」
と自分がダサいのかといわれてる気がして
「いやいやいや!」と陽菜は否定しつつ
「なんかあおいって何着ても可愛いんじゃない?」
「え?そう?」と私は自分のファッションセンスを褒められ上機嫌になり、
「いや、ファッションセンスは皆目ないに等しいんだけどそのファッションを着こなせるって」
前言撤回。自分のファッションセンスを詰られ少々不機嫌になった。下げて上げて下げるってなんなのもう。
「陽菜こそ何来ても似合いそうだけど。」
「いや~その服は小柄な私じゃ無理っしょ。スレンダーな人じゃないとちょっとねえ~」
「でも今日は私にいっぱいオシャレ教えてくれるんでしょ?」
う~んと陽菜は唸りつつ、
「あなたの話を聞く限り今日はそうとう苦戦するだろうなとは思ってたけど、何でも着こなせちゃうなら別よ。私が服選びの奥義を教えてあげる」
そうこうありながらあたしたちは駅に向かう。そして、
目を覚まし時計を見るとすでに10時を過ぎていた。まあ今日から夏休みなのだから部活で朝練がある連中意外はさぞかし盛大にだらだらするだろう。しかし、昨日はわけが分からなかった。土田芳野は昨日のことを思い出す。
授業が終わりホームルーム、運動部やら文化部に所属していない俺は後は帰宅するだけだ。明日から夏休みであるので友達と夏休みの計画を話しつつ、帰る準備をしていた頃、
「土田~、ちょっと来てよ」
とクラスメイトの高橋陽菜から呼び出された。彼女は俺と小学校からの同級生だが小中高と同じクラスになったのは今年が初めてだ。話しをしたこともなく顔だけは知っているという関係だが。
「え~と、高橋さんだよねなに?」
「陽菜でいいよ~苗字だと長いし」と笑いながら「えっとね~明日なんだけど駅前に喫茶店できてたじゃん」
「あ~あそこな~結構話題になってるよな~」
その喫茶店は、チェーン店のお店が並ぶのが多い中、唯一(駅前で)個人経営のお店であるらしく評判もいいらしい。
「それがどうしたんだ?」
高橋は表情を変えずに
「明日15時半くらいかな?そこの喫茶店に来てよ。その時間なら結構空いてるから」
「え?どういうこと?え~と、陽菜さん・・・」
と俺が質問すると高橋は携帯を出し、
「とにかくメアド交換しよ」と言葉のキャッチボールを無視しだした。
「え?だから何で」と聞き返すと「いいから交換しよ。ほら赤外線」と無理やり連絡先を交換させられた。
昨日の晩から、「23日、15時半よろしくね」という確認メールが3件。「こなかったらどうなるか分かってる?」というヤンデレ全快な脅しメールが2件。そして今朝7時のモーニングコールをシカトしたあと、マナーモードに設定しなおし二度寝を決め込んだ。そして現在10時過ぎ、メールの通知は約10件余り、もちろん全て高橋陽菜からだ。メールの件名は「起きた?」「今日分かってる?」などのものが多い中、10分ほど前に受信したメールからは「へんしんしろよ」との催促が。パタンと携帯を閉じると、俺は三度寝を決めようとする。そしてまたメールが届く。内容は「呪呪呪」とわけのわらない文字が。
「な、なな、なんだよこいつ。これ、じゅ?のろい?なんて読むんだ?ていうかこれに深い意味はちゃんとあんのか?と、とりあえず返信」
”わかった15時半な。
遅刻しないようにするから”
と返信すると数十秒後に返信がきた。「はやくへんしんしろよ」と。
「・・・・・・・・・・何こいつ怖い」
まだ時間はかなりあるが、土田芳野は早めに家を出ようと決断した。
12時を過ぎ、私と陽菜はファミレスでご飯を食べていた。私の服選びは洋服店に行って数十分もかからなかった。その理由は、陽菜が洋服店の店員に言ったたった一言。
「このマネキンの服一式試着していいですか?」
私は絶句した。オシャレというのは「この服とズボン合うくない?」「こっちのほうがよくない?」みたいなことを話し合いながらするのではないか。姉の御下がりばかり着ていた私はそんな女子高生みたいなことを想像していたのだが。
「だってあおいちゃんどうせ何来ても似合うし、マネキン一式なら毎シーズン流行に乗り遅れることはないでしょ」
「で、でももっとちゃんと選んで・・・」
「私はこれが着たくても似合わないんだよ?」
と陽菜は俯く。
「大人っぽい服着れないんだよ?」と涙声のまま「あおいはなんでも似合うんだから後は私の服選びてつだってよ~」
「え?私が悪いの?ええ・・・ごめん泣かないで~」
と私が言うと、
「まあ一応いくつかあるマネキンから選んだからこれが一番エロ、いや、可愛いから」
とケロッとした顔で言う。
「え?あ、そう。ま、まあ私のために選んでくれたわけよね一応。」
そして私の服を買った後は陽菜の服選びにずっと付き合わされていた。彼女自身はこの服は小柄な私には似合わないというのだが、
「陽菜もどんな服着ても絶対に似合うのに」
「そんなのあおいに言われたら冷やかしにしか聞こえないよ~」
「いやいや、ロリっ子があえて肩出しニットとかを着て大人をもとい私を挑発するとか、もっとエロいの着てさ」
「ロリって言うな~小柄って言え~それになんで私が挑発する対象があんたなのよ、エロって、私がさっき言ったこと聞こえてたの?」
「さっき言ったのってなに?」と聞くと陽菜は「何でもない」と即答した。
と陽菜は店員から届けられた和風おろしハンバーグを食べる。私もチーズハンバーグを食べながら聞く。
「ていうか服選んでる最中誰とメールしてたの?なんか10分おきくらいにメールしてたけど」
と聞くと、「そこらへんは、ほら、そんな気にしなくてもいいからさ」ということらしい。誰にメールしていたのだろう。
「それよりさ」と陽菜が話を切り出す。「今日何時まで遊べるの?」
「う~んと、多分夜遅くなるまでに、この時期なら七時くらいになら帰っても怒られないと思う」
陽菜はニヤニヤ笑いながら
「そうなの」と。
「なんかへんな事考えてる?」
「たった今セクハラしてきたあんたには言われたくな~い」
「まあ、御もっともだけど」
私はハンバーグにチーズを絡めながら口に運ぶ。
「この後は適当にカラオケでもしながら時間つぶすよ~」
「時間つぶす?ってこれから予定があるみたいに」
「いやいやいやいや」と首を振りながら「ただの言葉のあやだよ」
そして陽菜はまたニヤニヤする。
今は2時半を過ぎた頃か。俺は高橋と約束した1時間早く目的地に着いた。目的地といっても、駅前の噴水広場、喫茶店前のベンチに座ってるわけだが。
「早めにきたけどなんにもすることねえな」
携帯を見ると最後に俺が高橋にメールを返信してから「はやくへんしんしろよ」の返信以来まったく来ていない。今朝からスパムのごとくメールが送られてきたのに、いきなり届かなくなるとなんとなく落ち着かない。
どこか違う店に入ろうとも思ったが、待ち合わせが喫茶店なだけあって、時間をつぶすために別の店でお茶をするというのはどこか忍びなく感じる。
「はあ・・・ていうかなんで俺こんなにあせってんだ?」
高橋とは小中高同じ学校であるが、クラスが同じではなくとも中学に入ったあたりから、カワイイとは思ったこともある。今も、正直緊張している。すると携帯がなる。高橋陽菜からだ。
7/23 14:34 今何所にいる?
まだついてない?
とメールが来た。
え~と、とりあえず返信しなきゃな。
「今、駅前の噴水・・・と」
するとすぐに返信が来た。
7/23 14:36 じゃあ今すぐ行くわ
待ってて♪
「音符って、あいつちょっとは俺に打ち解けてくれたのか?」
俺は自分が笑っていることに気がつかなかった。
「お~い土田~」
高橋の声がした。そこに一緒にいるTシャツジーンズの少女は、、、
陽菜が急に駅まで行こうといった。
「ちょ、ちょっと陽菜!そんな急がなくても」
「いいの!ていうかあおい着替えないの?折角服買ったんだし」
ハアハア・・・と息を荒げながら、
「うん・・・これはこんど陽菜とデートする時に着るんだ」
「ま~それはうれしいけど、う~ん、まいっか」
と何か陽菜は開き直ったらしいが
「ほら、あそこ」
「?」
あれは、あそこのベンチに座っているのは、
「土田君?」
陽菜はニコッと笑った。休日に絶賛片思い中の土田くんと過ごせるのならどれだけうれしいことだろうか。陽菜はこのことを知っていてここに私を呼んだのか。そして、
「お~い土田~」
陽菜が土田君を呼んだ。
記憶はここまで。今の私の状況を説明すると私は駅前にいる。まあ当然だろう。だってさっきまで駅にいたし。しかし状況がまったく違う。今は昼なのに人の気配が全くしない。人がいなくなった。いやいきなり消えたのだ。私の記憶が飛んだのか、
「なら私は記憶喪失状態ということになる・・・よね?」
独りになった駅前噴水近くで彼女は呟く。
「どうなってんのよ全く・・・意味わかんない」
何これ、皆、何所?
「陽菜~!土田く~ん!どこなのよ!!」
得体の知れない不安が私を襲う。
ここまで明確な記憶がありながらいきなり知らない状況に陥ってしまった。気絶したとか、眠ってしまったとかではない。そこで私は考える。
記憶喪失とは何だろう。それにこれは本当に記憶喪失なのだろうか。
「というより分けわかんない!腹立つ!ってかムカつくんですけど~」
誰もいない街に彼女、佐藤あおいの声が独り響く・・・。