ODIUM   作:hahya

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第4話

 私 新井最愛と中村歩は本屋から建宮小学校までの道中、コンビニにたち寄ることにした。まあ今晩の食料だけでも確保しようというだけの話だが。

 今、私たちはコンビニに来ている。

 まあ、案の定、店員はいない。

 コンビニ弁当の品選びをしていると、歩が私に声をかけてきた。

「おい、新井」

 私は弁当を選びながら返事をする。

「なんだ?」

「何でそんなに弁当を買おうとしてる」

 歩は不思議そうな顔でこちらを見ている。

 実際私は買い物かごの中に弁当を20個ほど詰め込んでいた。歩はまだ弁当を選んでいる私に疑問を抱いたのだろう。

「明日もこの街に居続けようと思う」

「帰るんじゃねえのか?」

「状況が分らないなら、あまりここからは大きく動かないほうがいいと思ってな。さすがにここまでくれば人がいると思ったが、考えが甘かった」

 そうなる場合、明日の朝の分の食料も必要になるだろう。最悪明後日、明々後日の分も。

 その場合は、無限ではない食料は出来るだけ節約したい。

 私は歩に

「消費期限が近いものから持っていくほうが無駄が無くなる。お前はそこのサンドイッチとかおにぎりとか、まあ適当に選んでおけ」

 歩は怪訝そうな顔を見せると、

「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃねえよ」

 私が首肯すると歩は続ける。

「こんなに買って、節約くらいしようと思わないのか」

「金の話をしてるのか?」

「当たり前だろ、割り勘でも相当無駄遣いだぞ、この量」

 私は即座に答える。

「割り勘なんてしなくていいだろう」

「じゃあお前が払うのか」

 私は歩に諭すように言う。

「バイトもしていない女子高校生が金を持っているわけ無いだろう」

 しばしの沈黙があった。

 この場の空気に耐えられず私は切り出す。

「なぜ黙る」

「俺は払わないからな」

「?」

「割り勘でもねえ、お前が自腹切る気もねえなら俺が払うってことじゃねえか」

「大丈夫だ」

「何がだよ?どっち道そんなに持って行っても朝昼晩食い終る前に消費期限切れちまうよ」

 たしかにこれだけの弁当だと明日の昼ころには既に廃棄処分となるだろう。

「それもそうだな、ならばこの弁当だけでも十分すぎるな。それじゃあお前は水とお茶を持ってこい。それに金を払う気は無いから安心しろ」

「万引きかよ」

「安心しろ、警察なんか機能していない。そもそもこの状況だ。いきなり目の前で人が消えるなどという訳の分からない状況に遭遇してしまった。私たちは事件の被害者だろう。それでも金を払おうとする奴はどうかしている。」

「だとしても万引きしていい理由にはならねえだろ」

 歩の顔が険しくなる。

 確かに歩の言っていることは道徳的には正しい事であるだろう。道徳の授業で模範解答にしたいくらいだ。

 歩をどう説得しようか。こいつにも分かりやす例えはないだろうか。

 私はしばしば考える。

「そうだな、ゾンビが現れたとしよう」

「はあ?ゾンビ?」

 歩が素っ頓狂な声で聞いてくる。

「まあ聞け。理性を持った人間は私たちだけだ。そこで大型ショッピングモールに篭城した。ついでに無料で食べ物も拝借しましたっていうシチュエーションはよくありそうだろ?」

 ゾンビ映画において篭城というのは死亡フラグでしかないのだが。ついでにショッピングモールも。

 歩は怪訝そうな顔をした。

「それとこの話は何の関係も無いだろ?」

「関係大有りだよ。私たちの今の状況はそこからゾンビがいなくなっただけの世界だ。この訳の分からない状況で、金を払い続ければいづれ無くなるだろう。そうなれば空腹に耐えられなくなって、結局盗むってことを覚えてしまうだろう」

 しかし歩も喰い下がらない。

「でもやっぱり金は払えるうちは払ったほうがいいに決まってる。どうしようもなくなって、何か食べないと死にそうになったときにやむを得なく盗んだんならしょうがないと思う」

「しょうがなくは無いだろう。そもそもお前は…」

 今の状況の理解が出来ていないのか、と言おうと思ったが自粛した。ここで相手を煽る言い回しはやめたほうがいいか。しかし今こいつが言っていることは感情論に過ぎないことは確かだ。私は歩に質問する。

「お前は今の状況が正常だと思っているのか?」

「そんな訳が無いだろ」

「ならばお前はイカレてるよ。明らかに破綻した現実の中で秩序を守ろうとするお前は。今の現実を受け止められないなら、いつかお前は自分の中で破綻するぞ」

 例えばこの世界の全ての人間が私のような自分の利益のためだけに生きていたとしよう。そこには騙し合いと殺し合いの世界が待っているだろう。その末路が戦争ともいえるだろう。そこには多くの無駄な死が生まれ、同じ数の悲劇が待っているだろう。しかし科学の進歩には大きく貢献することだろう。化学の進歩は戦争と共に生まれてきたのだから。ではもしこの世界が歩のような善人で埋め尽くされ、誰も利益を追求しない世界があるとしたら。そこは何も諍いはない誰も不幸に陥ることの無い世界だ。しかしその先は緩やかに衰退していくのを待つだけの世界だ。この両極端、どちらにしよ不幸は生まれる。ならば私は争いのある世界を選びたい。今のこの状況で自己満足の善人がいても邪魔なだけだ。

 私にとってはこいつは善人の形をした悪にしか見えない。

 歩は私に睨みながら聞いてくる。

「何を言っている」

 

「お前の言っていることは正しい。どうしようもないくらいな。しかしそこには合理性が無い。掟破りをすることに慣れろとは言わない。ただずるくあることに慣れろ」

 歩は何も答えなかった。

 

「私は先に行く。ここまでくれば建宮小学校までの案内表示もさがせばすぐ見つかるだろう。それを頼りに私を追って来い」

 

 

 

 現在17時を過ぎたあたり。

 

 

 建宮小学校に着いたころには既に17時20分を過ぎていた。

「案外時間がかかるな。それにしても全然変わらないな、ここは」

 私がこの学校に在籍していたのは5年ほど前。コンクリートの無機質な壁が懐かしく感じる。

 生徒玄関は閉まりきっていた。近くの教職員用の玄関は開いていたが、今は警備員もいない。

「たしか1階に職員室があったな。2、3階に教室が集中していたか。それにしても懐かしいな」

 私はまず職員室からよることにした。家庭科室の鍵を入手するためだ。弁当をこのまま置きっぱなしというのはさすがにすぐに傷むだろう。私は職員室のマスターキーを手に取る。他の教室の鍵よりも大きなキーホルダー親鍵と書かれた木の板がぶら下がっていた。

「マスターキーを触ったのは初めてだな」

 なんとなく高揚感に浸りながら私は家庭科室に向かう。家庭科室は鍵がかかっていた。鍵を開けると私は冷蔵庫の前まで行く。地味に重たかった買い物かごををおろすと、その中の弁当をすべて冷蔵庫の中につめ込んだ。中には卵が4パックと生クリームの素みたいなものが数個入っていた。家庭科の授業でお菓子でも作るのだろうか。

「さて、と」

 少し疲れた。

 小学校6年間で一番最後にいた教室。6年2組の教室へ向かう。特別な思い入れがある訳でもないが、希薄ながらもその教室がこの学校で一番新しい思い出が残っている場所だ。

 教室に入ると私は教員用の椅子に腰を掛けて教室を見まわす。昔はちょうどいいと思っていた机や椅子も、今ではかなり小さく感じる。なんとなく自分の成長を実感しながら、私は感嘆に浸る。

 そういえば歩はどうしているだろう。ふと、先ほど歩に言ったことを思い出す。もしかしたら建宮小学校へ向かう途中追いついて来るかもしれないと思ったが、結局合流もしないまま学校に着いてしまった。私に失望してあのままどこかへ行ってしまったのか?まあ、今日あったのが初めてだから、あいつと私の中に亀裂が走っても思うところは特に何も無い。しかし初対面の相手に向かってイカレてるとかいったし、さすがに私も分を弁えるべきだったのかと思ってしまう。

 私は机に顎をつけて外を眺める。おそらく先ほどまではここにも生徒がいたのだろう、開けっ放しの窓から心地いい風が教室に流れ込む。

 

 目を覚ました。外は少し薄暗くなっていた。どうやら寝むってしまったらしい。

 私はボーっと外を眺めている。さっきまでは暖かかった風もすこし肌寒くなってきた。少し体が冷えてきたので窓を閉めようとする。すると校庭の脇の道から歩と知らない男女数人がこちらに向かって走ってくる。どうやら追われているようだ。しかし、

(なんだ?あれは…影?)

 歩たちを追うようにして人影(らしきもの)が歩いてきている、というより歩いてるのに走って逃げている歩たちとの差が離れない。遠目からでも歩(と他の奴等)はなんとなく分かるが、後ろから追ってきている?人影はぼんやりしていた。影といってもなんとなく白く発行していて、夕焼けの西日に当たってできた細長い影だけがクッキリ見えている。男か女なのかもここからじゃ全く分からない。なにせぼんやりしているのだから。まあこんな世界なのだからあんな意味不明な奴がいてもおかしくは無いのだろうか。しかし、

「私はあの訳の分からないものを見てこの世界だからと納得してしまった。自分が気持ち悪い。私もあいつと同じようにいかれてしまっているのだろうな」

 もしくは壊れてしまったのか、ということは考えないようにする。

 そう思いながら、私は大声で歩を呼んだ。

 

 歩が校門まで来た頃には後ろの人影はもうすぐそこまで来ていた。片手に一袋ずつビニール袋を抱えながら息を切らしている。

「こっちだ!」

 私が生徒玄関を開けて歩むを呼ぶ。

「新井!!玄関、閉める準備しておけ」

 後ろからは男女が2人ずつ付いて来ていた。

「誰?あれ」

「知るかよ、とにかく早く走れ」

「もう…限界…」

「頑張れ、あと少しだ」

 と見知らぬ男女が何か言っている。しかしそんなものはどうだっていい。私は今のこの状況よりも歩がここに来てくれたことに安堵していた。

「早く入れ!」

 私は大声で叫ぶ。

 一番後ろにいる女が玄関に入ると、私は鍵をかけた。外にいる人影は立ち止まった。目や鼻、口はあるべき場所に無くただぼんやりとしたものが目の前にいる。顔の部分を凝視するが、それが何を考えているのか(そもそも意思の相通ができるか)は分からない。しばらくじっとしていると、その影は教教員用の玄関へ歩いていった。

「はあ~」

 と鈍くさそうな女が床にヘたれ込む。

「美香ちゃん大丈夫?」

と少し茶髪気味の女が声をかける。

「マジでなんだったんだよあれ」

「聞いても誰も分んねえよ」

 とメガネの男と体格のいい男が話す。

「歩、こいつらは誰だ」

 歩は両手に持っている袋を床に置くと、

「ああ、ちょっとな。それよりここ、戸締りは大丈夫なんだろうな?」

 そういえばさっきの影のようなものは教員用の玄関のほうへ行った。私はこいつらを生徒玄関を開けて、中に入れた。しかし私がここに入ったのは生徒玄関ではなく、職員玄関だ。鍵はかかっていない。そもそも鍵が開いていたのだからそこから侵入したのだから。

「まずい、こっちだ!」

 私は走り出す。後ろにはへたり込んだ女を引っ張り上げる女と、それを待つメガネの男が、体格のいい男は早くしろと急かしている。こいつら、もたもたしすぎだ。こちらから教職員の玄関まではそれなりに距離があるが、影はそこまで来ている。しかしそれは先ほどとは違い歩いてこちらに向かってくる。文字通り歩く早さで。それでも目と鼻の先に来ている。

「遅い、先に行くから着いて来い」

 私が先に走ると、後ろから歩(とその他)が付いてきた。目的地は家庭科室。ちょうど影が来る方向とは逆の位置にあり、一応篭城するにしては先ほどの冷蔵庫の中にいれた弁当がありるので十分だろう。家庭科室までいくと、最後に入ってきた歩がドアを閉めた。するとガタガタガタ、とドアが大きく開こうとしている。

「そこの男共、ドアを押さえろ!」

 私が命令口調で言うと、メガネの男と体格のいい男も必死に抑えつけようようとした。それでも開けようとする力が強すぎて余り意味がなかった。男3人でこれなのだから相当強い力でこじ開けようとしているのだろう。

「鍵をかけろ!」

 メガネの男が誰にでもなく叫ぶ。

 他の女2人は呆然とそれを眺めていた。

「無理だ、ドアを完全に閉めた状態じゃないと鍵は閉まらない」

 声を張り上げて私は叫ぶ。

「じゃあどうするんだってんだよ」

 体格のいい男が叫ぶ。

「ならば、カウント3で力を少し緩めろ」

「は?何するつもりだ」

 歩が聞いてくるがそれを無視してカウントを始める。

「3、2、1」

 すると、ドアが数センチ開き、私はその瞬間に右脚をそこに突っ込んだ。影のようなものを蹴り飛ばしたが、蹴ったときの感覚はなんともいえないものだった。まるでそこにいないのではないかと錯覚したくらいだ。空振りだったのかと思ったが、ドアの力が弱まったようだ。どうやら蹴り飛ばすことが出来たらしい。家庭科室のドアは、男3人の力でピシン…とは閉まらなかった。私が右脚を突っ込んだままだったので、そのまま私の脛にぶつかった。

 

 脚を引っこ抜く。

 激痛が走った。私は涙目になりながら床に倒れこみ、

「早く鍵をかけろ!」

 と叫ぶ。ドアの隙間からはこちらに手を伸ばす影がみえた。

 鍵を閉めてからしばらくガタガタ、とドアが揺れた。しかししばらくするとその振動は治まりはじめた。どうやらあれは鍵が閉まっている建物、部屋には入ろうとはしないようだ。と断定するにはまだ早いが、今はそう思いたかった。

「いっつ…」

 自分の脚を見ると、赤いような青いようなどす黒い痣が出来ていた。それを見ただけでも、今の自分の痛みをさらに倍増させた。少々力を抜いていたからといっても、大の男3人の力でドアに挟まれたのだ。

「ふふふ、これは少しひびが入ったかもしれないな」

「何笑ってんだよ?お前、無理をして、骨が折れてるかもしれないんだぞ」

 歩は必死だった。

「お前、日本語がなんとなく可笑しくないか?」

 私が立とうとすると、右脚に激痛が走る。

「無茶をするな、今冷やすものを用意する」

 歩が肩で私を支える。

「あの、私が用意します」

 茶髪の女がそういった。

「すまんな、よろしく頼む」

 一応初対面なのだから礼くらいはしなくては

「待てよ、今椅子を用意する。お前はそこの机にもたれかかっていろ」

 歩が椅子を取りに行こうとすると、私は机に腰をかける。

 しかし私は歩の服を引っ張る。どうしてそんなことをしたのか分からない。

「どうした、新井」

「許して、くれるのか?」

 そんなこと言おうともしていないのに勝手に口が動く。

「何がだ」

 歩が聞き返す。

 目を合わせずに答える

「その…私はお前にひどいことを言った。それなのに、お前は私を攻めようとしない」

「確かにさっきまで俺はお前を軽蔑していた。だからすぐにはここまで来なかった。しばらく街をほっつき歩きながらずっと考えていた。でもお前の考えも正しいと思った。それに今の俺たちは被害者だろ?何とでも言い訳は立つさ」

「その袋は?」

「コンビニで盗んできたもんだよ」

「この犯罪者め」

「お前に言われたくない」

 私は笑った。歩も笑っている。

「おい、新井」

 歩の声が低くなる。

「もう無茶をするな」

「程度による」

「じゃあ、せめて今みたいに無茶なことをするときは俺に言え、頼むから」

「ならばいやと言うほどお前をこき使うぞ」

「分かったよ姫様」

「姫と言うな」

 茶髪の女が氷をタオルに包んで持ってきた。

「そういえば、こいつらはなんだ?」

「ああ、そうだったな。とりあえずお前が椅子に座ってからだ」

 

 

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