冷たい監獄に明かりが灯る
部屋はコンクリート造りで周囲には窓一つない
時折、水が地面をたたく音がぴちょりと聞こえ、濁った水たまりを広げていく
空母ヲ級はそこにいた
腕と足を太い鎖で繋がれ、目は閉じられており身動き一つしない
頭部の艤装は無く、本来であれば白魚を思わせるような肌にはあちこちに傷と痣がある
遠くからコツコツと多数の音が響いてくる
そして錆の目立つ鋼鉄の扉が甲高い音と共に開くと男たちが入ってきた
白の軍服に身を包んだ者が数人、その顔はいずれもニヤケ顔で下卑た笑みを浮かべており、次々と上着を脱ぎ始めた
狂宴が始まる
◇
工作艦明石はいつも通りの業務に右往左往していた
艦娘の出撃準備前に艤装の最終確認、その後持ち込まれた艤装の保守点検と改修、それが終わると戻ってきた艦娘の傷の手当て
昼食をかき込んで担当する売店へと向かう。日用品やお菓子、雑誌などを買い求める艦娘の相手を終えると再び午後の出撃準備に備える
日が暮れれば、夕食をかき込んで再び売店へ向かい、半分居眠りしながらお釣りを手渡す
ようやくお客が少なくなってきた頃、大淀があったかいコーヒーを持ってきてくれる
5分とたがわぬ毎日の流れ
「はい、明石。お疲れさま」
「うあー。大淀もおつかれー」
コーヒーを口にしつつも、売り上げの計算を続ける
もらったお金と出ていったお金の収支がぴったり合うことは滅多にない
特に夕方はぼんやりしているので、多めにお釣りを渡してしまうことがある
律儀にお金を返してくる駆逐艦もいたが、ほぼ毎日やらかすのでお金はとっておくように言っている
「明石なんだか眠そうね、ちょっと頑張り過ぎじゃない?」
「うん、ねむいー、でも今日中にやらなきゃ。あー箱根でも行ってのんびりしたいなー」
近頃の明石の趣味は妄想である
実際は忙しくてまともに休暇を取ることはできないが、売店の隅にある旅行用のパンフレットを見ながら自分が温泉に浸かっている姿を想像する
お風呂から出たら、美味しいものを食べて、早めに布団に入って意識が途切れるまでテレビを眺める
いいなー温泉
最近は妄想がますますエスカレートし、電車の時刻表を眺めながら1日の流れをメモにとっている
朝6時に横須賀鎮守府を出たら、横須賀線に乗って大船駅まで行って乗り変えして5分・・・
あ!朝食は駅弁にしようかな?うーん・・・シウマイ弁当のチャーハンのがいいなあ
ぽんぽん
頭に衝撃を感じる
「う?うぐう・・・」
「ほら、明石起きて!それ、今日中にやらなきゃ行けないんでしょ?」
そうだった、今日中に・・・
あ・・・
経理帳によだれが垂れ、インクがにじんでいる
外を見ると日はすっかり沈んでしまった
ついさっきまでは、箱根の温泉の中に浸かっている夢の中だったのに
なんだか悲しくなってきてしまった
「うう・・・、おおよどー。疲れたよー」
「どうしたの?急に、しょうがないわね。私がお店閉めておくから、今日は早めに布団に入って休んだら?」
「うん、おおよどー。ありがとー」
なんだか急に疲労感が出てきて大淀に甘えてしまった
大淀は私にとって姉のような存在で、いわゆるデキル女である
甘えればちゃんとそれに答えてくれるし、いざというときには背中を叩いて励ましてくれる
えへへー、おおよどおねえちゃんありがとー!
「本当にありがとうね、今度なにかでお返しするから。あ、そうだ冷凍機の中のアイス、好きなの食べていいよ」
「もう、いいから、お風呂いってらっしゃい」
私は寝起きでけだるいながらも、大淀の言葉に甘えて売店をあとにする
◇
「うはー」
ドサッとベッドに倒れ込むと、大の字になって目をつぶる
ちょっと目が疲れているようで瞼がつっぱっているような感じがする
うー、お休みほしいなー
今度、提督にかけよってみようかな
ゴロンと横になり机の上の旅行のパンフレットを見つめる
艦娘の大攻勢のおかげで深海棲艦の被害はみるみる減ってきた
こうして、旅行に行きたいなどと考えるのは、数カ月前までは考えられないことだ
船は再び往来を始め、漁業も場所を限定しながらも再開され始めている
箱根の旅館で新鮮な海の幸が食べられるようになるのも時間の問題なのかもしれない
前回は休暇申請を提督に蹴られてしまったけど、明日にでももう一回行ってみよう
出来れば大淀も一緒に行けたらいいのだけど
おおよどお姉ちゃんはお仕事大好きなひとなので、かえって迷惑になるかも
提督の補佐で私と同じく一日中走り回っている
深海棲艦が完全に撃滅されれば、一緒に行ける日も遠くないだろうな・・・
う・・・ねむ・・・ふあ・・・
◇
あれ?いまなんじ?
「ふああ」
目をこすり時計を見ると
えと・・・午前4時半?
確か寝たのが8時頃だったから、うーん変な時間に起きてしまった
隣のベッドからは大淀の規則的な呼吸の音がする
音を立てないように、ベッドから降りて冷蔵庫に向かいコップ1杯のミネラルウォーターを口に含む
背伸びをしてトイレにでも行こうかなと思っていると、窓の外から誰かの声がする
カーテンの向こうで姿を見ることはできないが、男性の声だと思う
それも数人、鎮守府の職員はもう働いているのだろうか
特にそれ以上の興味は湧かなかったけれど、私もすっかり目が覚めてしまった
トイレついでに運動不足だし、散歩にでも行こうかなと外履きに履き替える
◇
夜明け前の鎮守府にまだ動きはない
鳥達の声もまだ控えめで、日中とは違い空気によどみが少ないように感じられる
岸壁に沿って歩を進めると、灯台の明かりが回転している
いつもとは違う様子の景色が楽しくてなんだかわくわくしてきた
辺りを見渡しても誰もいない、まるで世界に私一人のよう
少し調子に乗って防波堤によじ登る、まだ暗いので落ちたら怪我をしてしまう、「よっと」慎重に両手でバランスをとりながら立ち海を眺める
腕時計を確認すると日の出まではもう少し、せっかくだからその瞬間を拝んでから戻ろう
防波堤に腰を掛け足をぷらぷらさせる
お尻がちょっと冷たいけど、楽しさがそれを上回っている
足の下にはテトラポッドが積み重なっていて、波のしぶきがその間から上がってくる
海鳥たちの舞う姿が灯台の光に反射しては通り過ぎていく
そろそろかな?
遅刻することなく時間通りに太陽が昇ってきた
水平線の色のグラデーションがじわりじわりと変化を見せ、辺りを照らしていく
何度見ても感動する光景に大きく深呼吸する
「ふはー」
せっかくなので防波堤の上に立ち上がってもう1回、大きく息を吸い込んで空を見上げる
闇から光に主役が交代し、灯台の明かりが役目を終える
さて、帰ろうかなと視線を下に向けると
ぼろぼろになったヲ級の死体が転がっていた
(続く)
次回、「別れ」