終戦工作艦 明石   作:秋津洲かも

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別れ

それは死体ではなかった

 

死人のような真っ白な肌だが、うつ伏せに倒れながらもわずかに動いている

 

明石は艦娘を治療を担当しており、医療に携わる者の本能からか、なんとかして助けたいという感情が先頭に立った

 

あわてて防波堤から飛び降りる

 

「ちょ、ちょっとあなた大丈夫?」

 

咄嗟に駆け寄り、声をかける

 

触れてみると恐ろしく冷たい、海水の温度とほとんど大差ないだろう

 

意識はあるようだが、目は虚ろでどこを見ているのか分からない

 

どこか怪我をしているのだろうか

 

「お、お前は・・・・艦娘・・・か?」

 

彼女は震えながらもこちらに手を差し出してくる

 

私は驚きつつもその手を両手で包み込む

 

「ええ、そうです。あなたは・・・深海棲艦ね」

 

形は人間のものと大差ないが、白い肌、冷たい体温そして心臓の鼓動が感じられない

 

私の声を聞いて彼女の苦痛に耐える表情が少し緩み、すがるようにこちらを見つめてきた

 

彼女の状態を確認するのが最優先と判断し、一度手を離し、負担をかけないように、体をゆっくりと仰向けにする

 

外傷や出血がないか体を満遍なく見渡す

 

体中に傷が刻まれているその様は、慣れているはずの私でさえ目をそむけたくなった

 

それは間違いなく拷問によって受けたもの、裂傷、挫傷、熱傷、骨折

 

そして同じ女性として嫌悪感を感じずはいられない仕打ち

 

助けたいという私の思いは一瞬にして打ち砕かれ、安らかに最期を迎えさせてあげたいという願いに変わる

 

羽織っていた上衣を彼女にかけ、再び彼女の手を取る

 

「願い・・・聞い・・・てくれ」

 

「はい、何でしょうか?」

 

私は無理矢理笑顔を作る

 

今まで何人にこの願いをされただろうか

 

立場上、助からない者を幾度となく見送ってきた

 

その願いは母を想う者、仲間を想う者、提督を想う者

 

「深海棲艦・・・は、戦いを・・・望んでいな・・・いない」

 

いずれでもなかった

 

「はい」

 

「こ、港湾棲姫と・・・話を・・・してくれ」

 

役目を終えたことに安心したのか、彼女の顔が微笑みに変わる

 

私は死の予感を感じ取った、触れている手から力が失われていく

 

「あななたたちは戦いを望んでいない、港湾棲姫と話をすればいいのね」

 

「そう・・・だ」

 

「それを誰に伝えたいの?誰に託したいの?」

 

「あ・・・ああ・・・」

 

いけない、最期の時が迫る

 

あなたは誰にその想いを伝えたいの?

 

彼女は私に視線を向ける

 

さ、最悪・・・だ、死を前にした願いを誰でもない、そんな・・・彼女は私に遺志を託すつもりなのだ

 

そんなのは重すぎる、耐えられない

 

彼女はゆっくりと視線を外し、空を見上げる

 

ようやく青に変わった空をじっと見つめ何かに想いをはせている

 

同じ色の青い瞳から涙が溢れていく

 

彼女は瞼を閉じ、満足そうな表情を浮かべると二度と動くことはなかった

 

そこにあるのは誰かの幸せを願っている顔に他ならなかった

 

光が彼女だった体を包み、やがて光が消えるとそこには私の上衣だけが残った

 

私は様々な感情が頭の中を交錯するも、1つの映像が思い浮かぶ

 

彼女の最期の顔は、私の見送った人間のものと、艦娘のものと、なんら変わりがなかった

 

その事実に呆然としながらも上衣を拾い上げる

 

その下にはイルカの形をしたペンダントがあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は鎮守府に戻るため歩を進める

 

先ほどの出来事に感情の整理が追い付かないが、あの場に居続けることはできなかった

 

どうするか、少なくとも1つは決まっていた

 

提督に今回のことを話すつもりはない

 

裏切るだとかそういうつもりはないけれど、彼女が託した想いを考えると提督に話したとしても事態は好転しない

 

私は疑われ、立場を悪くするだけだろう

 

人間と私達艦娘の間には超えることの出来ない壁がある

 

提督が私たちに良くしてくれていることは間違いないが、私たちが人間たちを守りたいという気持ちに嘘偽りはないが

 

この長く続いている戦争の中で、恐らくどの艦娘も感じたことがあるだろう

 

戦場経験の少ない私でさえその違和感に気付いた

 

私達の存在はどちらかというと人間よりも、深海棲艦に近い

 

解明できない力で海に浮かび、解明できない力で互いに刃を交える

 

深海棲艦には艦娘の攻撃しか作用しないし、その逆も同様となる

 

そして同じ若い女性であるということ

 

決して誰も口には出さないが、心のどこかで感じていることだと思う

 

ポケットの中のペンダントに指をそわせる

 

誰が彼女にあれだけの仕打ちをしたのか、それは考えるまでもない

 

私は腕時計で時間を確認し、出撃準備の作業に向かう

 

 

 

 

(続く)




次回、「違和感」
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