出撃ドックの廊下をストレッチャーが駆ける
「朝潮さん!しっかりして!意識を保って!」
「バイタル教えてください!」
「そこどいて!」
「はやく酸素つないで!」
駆逐艦朝潮の命は失われようとしていた
魚雷が足元に命中し、右足から腰にかけて広範囲に中度の熱傷
長く艶のあった黒髪は毛先が焼き焦げている
何度嗅いでも慣れない匂いが鼻につく
朝潮の体は今、その傷を必死に自分で治そうとする反動でショック状態に陥っている
かろうじて意識は保っているが、いつまで持つかは分からない
急激に容体が悪化するケースが多い
経験から言えば助かるかどうかは五分五分
簡易バイタルサインが耳障りな警告音を発する
画面の表示が緑から赤に変わる
「ドックまであと少しだからね。頑張って!」
「目を閉じちゃだめ!満潮さん!話しかけてあげて!」
「あ、朝潮!あんた、こんなところでくたばったら承知しないわよ!」
ストレッチャーをエレベーターに押し込む
押し上げられる力を感じると、階数表示がようやく増えていく
こうしている時間がもどかしい
ドアが開くと同時に再び疾走、朝潮が意識を失った
「嫌あああ!朝潮!朝潮!」
満潮が半狂乱になりながら名前を呼び続ける
「明石さん!お願いだから朝潮を助けて!私のせいなの!」
白衣をちぎれんばかりに引っ張ってくる
こんなときは安易に大丈夫だとは返答できない
ドックの案内表示が見えた
扉を蹴破らんかぎりに開き、入渠スペースに向かう
私はぼろぼろになった朝潮の衣服を医療ばさみで切り刻んでいく
ドックでは他の艦娘が治療中だったが、事態を察知したのか湯船から一目散に飛び出す
「そっち、しっかり持って!いくわよ!いち・に・さん!」
シーツごと朝潮の体を持ち上げ、ストレッチャーから降ろし慎重に湯船に浸ける
「高速修復材投入するわよ!みんな離れて!」
私は湯船のわきにある[高速修復(緊急)]のボタンを押し込む
湯船の色が鮮やかな緑に変わり、毒々しい臭いが辺りに立ち込める
同時に朝潮の熱傷部分から激しく気泡が噴き出す
あとは祈るだけ
◇
「明石、お疲れさま」
「ふえ?あ、大淀、ありがとう」
こんなときでも大淀はコーヒーを欠かさず持ってきてくれる
私はソファーから起き上がりカップを受け取る
「ふふ、髪、すごいことになってるわよ」
「え?そうかな?」
頭に手をやると髪の毛は汗でびっしょり、くしゃくしゃになっている
先ほどまであまりに緊張していたから、気にする暇がなかった
「朝潮ちゃん、無事で良かったわね」
「うん、なんとか峠は越えたから、あとは安静にするだけ」
「明石・・・。よくやったわね。ありがとう」
「ううん、私は何にもしてないよ。朝潮ちゃんが頑張ってくれたから」
実際、私は何もしていない。彼女を直したのは高速修復材だ
人間の手術とは違って、病巣を取り除いたり、血管をつないだりするわけではない
高速修復材は艦娘の怪我や悪いところをたちどころに修復してしまう
先ほどの熱傷もみるみるうちに皮膚の色が変わり、健康的な赤みを取り戻した
私は医療に携わる者として、西洋医学も学んでいる
この違和感を感じているのは人間たちと艦娘の中では私だけだろう
気持ち悪い
わけも分からず傷が修復されていく、その光景が
気持ち悪い
高速修復材は艦娘にとって、いざというときに頼れる存在ではあるが
裂傷がみるみるうちに塞がっていくその様が、欠損した指が生えてくる様が
酷く気持ち悪い
「明石?ちょっと大丈夫?ひどく顔色が悪いようだけど?」
「ううん、ちょっと疲れちゃったみたい」
私は無理矢理笑顔を作る
◇
夕飯の時間、艦娘たちが席についてカツ丼をほうばっている
私は口にカツを放り込みながら、考え事をする
お昼頃は忙しくて売店を開けることができなかったから、食べ終わったらすぐに準備をしよう
今日は雑誌の発売日だからみんな首を長くして待っている
あと最近は涼しくなってきたから、アイスの入荷量を少しずつ抑えて冬に備えて・・・
うーん・・・
おでんの時期にはちょっと早いし、衛生的に問題がありそう
そうだ、今年はホッカイロを仕入れてみようかな
出撃した時にも持っていけるし
「ふふ」
私は出撃していくみんなが服の下にこんもりホッカイロを張っている姿を想像してひとり笑ってしまった
「ちょっと明石、突然なにひとりで笑ってるのよ、気持ち悪い」
「えへへ、ちょっと考え事」
もうひとくちカツを放り込もうとすると
「注目!!!」
男性の声が食堂に響いた
声を発した先には白い軍服、この鎮守府の長、横須賀提督の姿があった
皆の視線が集まる中、申し訳なさそうに笑っている
「みんな、食事中に済まない。ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」
「イルカの形をしたペンダントに心当たりのある者はいないか?」
(続く)
次回、「告白」