「イルカの形をしたペンダントに心当たりのある者はいないか?」
開いた口はそのままに箸からカツがこぼれ落ちた
カツはどんぶりに着地することは叶わず、テーブルの上に転がる
周りの艦娘は自分に関係のないことを自覚すると、手を上げる者がいないか周りを見渡す
「イルカ?イルカのペンダントって提督の趣味ではないわよね?」
「誰かに渡すものだったんじゃないかしら?」
「きっと噂の女性にあげるつもりだったんじゃないの?」
無反応はすぐに邪推に移り、きゃあきゃあと声が上がる
そんな中、がたっと椅子を跳ね上げ立ち上がる者がいた
「テイトクー!ワタシにくれるつもりだったんデスネー!無くしちゃったのは残念デスけど、その気持ちだけで十分デース!」
「お姉さま!食事中です。抑えてください!」
「皆さんこっち見てますから」
一切手がかりを得ることの出来なかった提督は艦娘たちの思わぬ反応に目を丸くする
「ああ、いいんだ。後で何か気付いた者がいれば執務室に来るように。食事を続けてくれ」
提督がきびすを返し、食堂をあとにするも話のネタを与えられた艦娘たちはそこかしこで噂話に盛り上がっている
私が顔を上げると正面の席に座る大淀は私をじっと見つめ、眼鏡のフレームが照明に反射して怪しく光る
あ、これ間違いなくばれてるや
「へえ明石・・・。あなた・・・ううん、なんでもないわ。やるじゃない」
微笑ましくも生暖かい声が飛んできた
あれ?予想と違う反応だ
「へー、あなたがねえ。ふーん」
大淀さんなんだかちょっと楽しそうですけれど
「ちょちょちょ、なに勘違いしてるのか分からないけど私は関係ないよ」
箸を口に持っていく
口を閉じるもそこにあったはずのカツは無く唇に箸の感触だけを感じる
気まずくなって大淀のほうに、視線を戻すと
そいうことにしておきましょうか、という表情で私を見ている
違うんだってば!
◇
今日はやっぱり雑誌の売り上げが多い
紙面には恋愛テクニック特集の文字があり、付録はおまじないの道具
恥ずかしそうにレジに持ってくる子がいじらしい
わざわざ他の雑誌と一緒に重ねて持ってこなくてもいいのにね
夕食を終え売店に立ち、艦娘の相手をしながらも今後どうしたらよいのかという焦燥感が私を責める
提督はペンダントの存在を知っている、それはヲ級が身に着けていたもの
ならば提督はヲ級へのあのひどい仕打ちに加担したのだろうか
普段の提督の振舞いを見ている限りそれは考えにくい、いや、考えたくない
提督が艦娘を大事にしているのは言動だけではなくしっかりと行動にも表れている
作戦会議を入念に行い、現場に立つ艦娘の意見を積極的に取り入れている
決して無理な運用はせず、大破になれば即撤退
今回、朝潮ちゃんの命を救えたのもその運用方針のおかげ
生活面では福利厚生を充実させ、何不自由なく毎日を過ごせている
そして何よりはあの大淀が提督を信頼していること
『ちょっとズボラなところもあるけれど、一生懸命な人よ』
お酒が入って、嬉しそうに語るあの姿にうらやましいとさえ感じた
決めた!
執務室に行こう
行って、全てを話そう
岸壁で深海棲艦を、空母ヲ級を発見したこと
その体には拷問の傷があったこと
ヲ級が力尽きたあと、ペンダントが残されたこと
「あの、明石さんこれ」
眼前に恋愛テクニック特集の文字が躍る
「ぴゃあ?!」
表紙の男女は仲睦まじく抱き合っている
「ひ、あのこれください」
「あ、ごめんね・・・満潮ちゃん?」
賞状をもらうような恰好で両手で雑誌をレジに向けている
「あ、あの明石さん。朝潮を助けて頂いて本当にありがとうございました」
お辞儀が深くなる
「そんな、いいのよ。それが私の仕事なんだから。でも、本当に無事で良かったわね」
「はい!」
ぱあーと笑顔が花を咲かせ、泣いて腫れぼったくなっていた瞼はもう見る影もない
「えへへ、それにしても満潮ちゃんも恋愛に興味あるんだ?」
「へ、あ、あのこれは違うんです!荒潮が読みたいって言ってたから!それに朝潮にも見せてあげようと思って!それに!それに・・・」
満潮ちゃんの顔は真っ赤に変わり、ぷるぷる震えている
あらら、やりすぎちゃったかも
売店の担当者たるもの、誰がどんな卑猥な物を買おうとしても、素知らぬ態度で毅然としてレジを叩かないとだめね
「意地悪言っちゃってごめんね?はい、お釣り」
受け取ると、満潮ちゃんは袋に入った雑誌を胸に一目散に退散してしまった
その可愛らしい後ろ姿を見て、思う
こんな日常が続いて、そして戦争が終わればあの子たちにももっと楽しい未来が待っているに違いない
けれどもその予感とポケットの中にあるペンダントが放つ不安が混じり、私は何とも言えない気持ちになった
おっと、もうこんな時間、そろそろお店を閉めなきゃ
◇
「どうぞ」
男性の落ち着いた声が入室を促す
扉を開けると足元から赤い絨毯が目に入り、緊張に興奮が加わる
話したらどうなるか、結局思考が決着することなく来てしまった
視界が開けると、椅子から立ち上がる提督と傍らでコピー機に向かう大淀の姿
大淀は待っていましたと意味深な視線を投げかけてくる
けれども席を外して二人きりにするつもりはないらしい
「やあ、明石。執務室に来るなんて珍しいな。そうだな。用件を当ててみせよう」
執務はあらかた終えているのか、リラックスしたムードのなか会話が始まる
「うーん、そうだなあ?寒くなってきたから、おでんを売店で販売したい、違うか?」
「いえ」
「あ、休暇か?それはちょっと申し訳ないんだけど・・・明石、どうした?」
提督は私の深刻な表情に気付き、笑みを控えめにする
「これです」
ポケットに手を突っ込みペンダントを取り出す
チェーンを持ち、前方へ掲げるとシルバーのイルカが静かに揺れる
一瞥すると今度は提督が深刻な表情をする番となった
口元を手で押さえ思考体勢に入っている
私は話す内容を整理し終えると、思い切って口を開く
「あの、これは昨日
「待て!いいんだ。何も話さなくていい!」
突如上がる大きな声にコピー機を操作していた大淀の表情が固まる
発言を遮られた私は呆然となりながら、次の言葉を待つ
待つこと30秒、ようやく静寂が破られる
「明石、きょ・・・いや、明日の朝一番で大本営へ迎え。業務のことは心配しなくていい」
「大淀、今日はもういい、ありがとう。ちょっと一人で考え事をしたいんだ。明石は出かける準備だけしておいてくれ」
「提督?分かりました。ではあとこれだけお願いします」
大淀は書類を机に上に置くと、心配そうにしながらも言葉に従い扉へ向かう
思考を停止していた私は大淀に手を引かれるままに退出する
翌日、私は横須賀鎮守府の艦娘ではなくなった
(続く)
次回、「大本営」