終戦工作艦 明石   作:秋津洲かも

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大本営

大淀に手を引かれたまま廊下を足早に歩く

 

強く握りしめられたその手に、私は幼子のようについていく

 

もう片方の手にあるペンダントが汗にまみれる

 

きっとなにかまずいことをしてしまった

 

ひどく怒られたような気分で涙腺が開いている

 

嫌だ、この後、絶対に大事ななにかが失われる、大淀に見捨てられるかもしれない、そんな予感が心中を満たしていく

 

部屋にたどりつき、すぐさま鍵を閉めると大淀はひとつ大きなため息をつき、ようやく握られていた手から力が抜ける

 

「明石、何が・・・いえ、少し落ち着いてからにしましょう」

 

泣きじゃくる私の姿を見て、気まずそうにコーヒーカップの棚へ足をむける

 

かちゃかちゃと磁器のぶつかる音に続き、液体の注がれる音

 

私は立ったまますんすんと鼻を鳴らしながら、袖で涙をぬぐう

 

どうしたら数時間前までの穏やか日常に戻れるのかと後悔が襲ってくる

 

やっぱり話すんじゃなかった

 

ペンダントなんて拾うんじゃなかった

 

散歩するんじゃなかった

 

テーブルの上にカップがコトンと置かれると、優しく肩に手を置かれる

 

「ごめんね、明石。ほら、コーヒー入れたから一緒に飲もう?」

 

「・・・」

 

椅子が引かれ、おぼつかない足取りでなんとか腰をかける

 

大淀がコーヒーをすする音だけが聞こえ、

 

時間が過ぎていく

 

「明石、ね、ほら提督もあんなに大きな声だすから、私もびっくりしちゃって・・・何があったか話してくれる?」

 

「うん、昨日、朝起きて散歩してたら、ヲ級がいて、死にそうで、助けようと思って・・・、でも助けられなくて・・・、気付いたらペンダントがあったの」

 

「ヲ級って深海棲艦の?」

 

「うん」

 

「そのペンダントはヲ級が持っていたの?」

 

ゆっくりゆっくりとだけれども大淀が優しく促してくれたおかげでなんとか私の知っていることは伝えることができた

 

ただ1点、ヲ級が拷問されていたことを除いて

 

湯気の失われたカップをじっと見つめる

 

提督が拷問に加担していた可能性など伝えたくない

 

「分かったわ、私が提督に話を聞いてくるから明石はここにいて」

 

「だめ!!!」

 

「え?」

 

「いいから!私、明日、大本営に行けばきっとそれで済むから!」

 

この明るい鎮守府を壊したくない

 

大淀の描く提督の姿を壊したくない

 

これ以上平穏な日常を壊したくない

 

私はどうなってもいい

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

翌朝、大本営に出向く必要は無く、迎えの車が来た

 

黒塗りで窓にスモークのかかったセダンが3台

 

薄暗闇のなか、大本営の男性職員は挨拶もなしに無駄のない動きで私を先導する

 

スーツ姿で軍人というよりもサラリーマンと言われた方がしっくりとくる

 

促されるままに最低限の荷物を持って車に乗り込む

 

大淀は深夜まで提督に話を聞くことを譲らなかったが、同様に私も譲らなかった

 

二人とも疲労困憊になって結局、一睡もできずに朝を迎えようとしていた

 

午前五時、提督が部屋に訪れ、すぐに大本営への出発を告げると、そのまま鎮守府の正門へ向かった

 

 

鎮守府はいまだ夜のとばりの中にある

 

そんな中、建物の一か所、提督室だけが光を放っている

 

心残りは別れ際に大淀の見せた顔、私への疑問、提督への疑念の表情

 

二人は今頃、言い争ってないだろうか

 

 

 

「出発します」

 

職員がドアを軽く叩くとすぅーっと滑らかに景色が動き始める

 

高級車の奏でる穏やかな振動は私のぼんやりとした警戒心を徐々に奪い、意識を溶かしていった

 

二度とこの鎮守府に戻ってくることはないとも知らずに

 

 

 

◇

 

 

 

「明石さん」

 

目を覚ますと車は既に停止していた

 

隣に座る男性職員が遠慮がちに私の肩を叩いている

 

大本営は一度訪れたことがある

 

赤いレンガと分厚いコンクリートの陸の要塞、私語を許さないような荘厳な雰囲気に包まれている

 

入り口に立つ警備兵でさえその眼光は鋭く、一般の兵とは比べ物にならないような身のこなしをする

 

内部では白の軍服を纏った老練の将校たちが論戦にしのぎを削っている

 

 

 

しかし車のドアが静かに開かれるとそこは見るからに大本営のそれではなかった

 

恐らくは地下の駐車場、同じような黒のセダン、ハッチバックがずらりと並べられている

 

天井は低く照明の抑えられた広い空間にコンクリートの柱が延々と並ぶ

 

鈍重な空気を纏うそれらは私の心に不安を纏わせる

 

大本営の地下にこのような空間はなかったはず

 

途端に周囲の職員の姿が怪しく写る

 

 

うん、やはり軍人ではないと思う、皆疲れた顔で頬がへこみ痩せこけ、彼ら自身がこれから起こりうる何かに緊張しているような感じ

 

荷物を肩にかけ、車から降りると途端に彼らが私を中心に囲む

 

「こちらです」

 

先頭の男性が絞り出したような笑顔でエレベーターを手で示す

 

エレベーターに乗り込み扉の方を向くとすぐさま違和感に気付く

 

一見すると平凡な作りのようだがスイッチにも上部にも階数を示す表示がどこにも無い

 

疑念が疑念を呼び、彼らが地獄の窯に立つ鬼のように感じられる

 

 

 

チンと場の空気にそぐわない音と共にエレベーターが開くと見知った顔が目に入る

 

「お久しぶりです。明石さん」

 

「待っていたぞ」

 

あれ?3人の内、1人は見たことが無い、こちらに深々と頭を下げ、顔こそ見えないが艦娘ではないはず

 

可能性を頭に巡らせていると、エレベーターの戸が閉まりそうになる

 

あわてて歩を進めようとするも間に合わない

 

「どうした?早く降りないか」

 

「む、武蔵さん?なぜこんなところに?あ、すいません。ありがとうございます」

 

すんでのところで戸を押さえつける武蔵さんの手が舞い込んできた、センサーが反応し再び戸が開き、進み出ると今度は微笑みと目が合う

 

「鳳翔さんも?どうなってるんですか?あ、すいません。お久しぶりです」

 

「ふふふ、お元気にしていましたか?」

 

最後に姿恰好こそ上下黒のスーツにタイトスカートそしてパンプスと人間に近いものの

 

白い肌、赤い瞳、そして直感的に感じる人間とは異なる親近感

 

「はじめまして港湾棲鬼です。あなたが明石さんですね」

 

 

(続く)




次回、「ペンダント」
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