Code Geass ~Lost Colors~ 永遠の〇 作:阿寶
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夕食の片付けを済ませ、今日一日の仕事を全て終わらせてから、ライは自室に戻る前にヤエ達家族がプライベートで使用している応接間に足を運んだ。
昼にユキに切ってもらった髪を指先でいじりながら、応接間の襖を開ける。
そこにはヤエとユキがいた。
ヤエは厳しく真剣な様子で応接間のテレビを見つめ、ユキも彼女の隣で祈るように掌を胸の前で組み、少し肩を震わせながらテレビを眺めていた。
彼女たちが見つめる液晶テレビから流れる人々の喧騒。どうやら何かの実況中継のようだった。
「お疲れ様です。ヤエさん、ユキ。これ、何の特番ですか」
そう二人に訊ねると、ライは冷蔵庫からオレンジジュースの缶を取り出し、遠慮なくグビグビと飲みだした。
真剣な表情を浮かべながらテレビを見ていたヤエは、ライに気づくと彼にソファに座るように促した。
「先日起きたクロヴィス総督暗殺事件、その容疑者である枢木スザク君を軍事法廷所まで移送しているところの実況中継よ」
ヤエから中継の内容を聞き、ライの呆けた顔が強張った。
「この子、日本国最後の首相、枢木玄武の息子ですよね、確か」
「えぇ、私たちは何度かこの子に会ったことがあるの。まだユキもスザク君も幼い子供のころだったけれど」
ライは少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに冷静になって頭の中を整理した。
ヤエの家門は敗戦後、ブリタニアにその財産のほとんどを没収されたが、それ以前の彼女は日本国政府とも深いつながりを持つほどの名の知れた資産家の令嬢の一人であったため、枢木スザクと面識があったとしても不思議ではないだろう。
「彼も今は私たちと同じ名誉ブリタニア人。・・・いえ、彼は軍に身をおいていたから、きっと私たちには想像もできないほどの壮絶な人生を歩んできたんでしょう」
テレビを見つめるヤエの瞳に厳しい怒りのようなものが映った。
ユキと同い年の少年が、歩むことを余議なくされた修羅の道に対する憤りなのだろう。
「彼は本当にクロヴィス総督を暗殺したんでしょうか」
ライは静かにヤエに訊ねた。
「私は・・・ そうは思わない。少し乱暴なところはあったけれど、彼は子供のころから正義感の人一倍強い子だったし、暗殺なんて卑劣な手を使うようなことは決してないと思う。それに・・・」
言いかけて、ヤエは少し考え込んだ。
「クロヴィス総督がお亡くなりになった後、暫定的ではあるけれど、政権は純血派と呼ばれる人々によって抑えられている」
「純血派ってあの、名誉ブリタニア人制度の廃止を訴えている、ブリタニアの極右思想の人達のことよね、母さん…」
ユキの問いかけに静かにうなずくヤエ。
「成程、ヤエさんはこれが何者かによって――恐らくはブリタニアの右翼派閥組織によって仕組まれた演出だと」
ライは目を細め、テレビに映る護送車に張り付けにされた少年を睨むように見つめた。
そこには昼間見せたあどけない少年の顔は完全に成りを潜め、凍てつくほど冷徹な表情があった。
「えぇ、おそらくは。彼らにしてみればブリタニア内部の人間から犯罪者を出すわけにはいかないでしょうから。その点、名誉ブリタニア人であるスザク君を暗殺者に仕立て上げることができれば、軍内部から名誉ブリタニア人制度を完全に撤廃することができるでしょうし、この事件を足がかりに、名誉ブリタニア人制度自体を日本から廃止することが将来的に可能になるかも知れない」
不安と怒りで少し声を震わせながら、ヤエはユキとライにそう説明した。
「じゃあ、スザク君はそのための人身御供ってこと・・・? 非道い」
ユキが目をテレビから背けて俯く。
彼女の瞳から、溜まっていた涙が一筋流れ落ちた。
ライは、ただ静かにテレビの中継を見つめ続けていた。
枢木スザクを張り付けたトレーラーが横を通りすぎるたびに響きわたる人々の怒声。
おそらく、ブリタニアへの愛国心の強い者たちを予め沿道に集めておいたのだろう。
キャスターの報道もすでに出来上がったテロップを読みあげているだけのようで、ライブにしてはあまりにも内容が単調過ぎる。加えて、印象操作を狙ったような発言ばかりだ。
演出だと思えば、この中継からそれを裏付けるようなものが色々と見えてくる。
(・・・あの男は)
トレーラーを先導するナイトメアフレームのハッチが開き、コックピットから悠然と一人の男が立ち上がった。
――ジェレミア・ゴッドバルト
ブリタニア軍の純血派の盟主でもあり、現在のエリア11を統括する代理執政官だ。
彼がメディアの前に堂々とその姿を現すことは、純血派の皇族への忠誠、クロヴィス総督の死への哀悼のアピールと、彼自身の自己顕示欲によるものであろうとライは解釈する。
(・・・揃いすぎている)
ライはちりちりと何か熱いものを首筋に感じた。
――何かが起きる
それは今の彼にとっては勘以外の何ものでもなかったが、失われた彼の記憶の中の経験則からして、こういった完成された舞台でこそ、常に起こるはずのないイレギュラーが発生することを彼は確信していた。
考えられることといえば、反ブリタニア組織の枢木スザク奪還であろうか。
しかし、中継から映し出されたブリタニア軍の配備はほぼ完璧で、トレーラーの進行ルートの逆側から、もしくは後尾から急襲することはできたしても、そこから退却する手段がない。
即座に挟撃を受けて殲滅されるのが落ちだろう。
ライがそんな考えをよぎらせていた時、ブリタニア軍の行進が急に停止した。
予定外の停止に小さな動揺を見せる報道キャスター。
ライもまた、起きたイレギュラーの正体を突き止めようとスクリーンを凝視した。
「あれは・・・」
進行ルートの逆側から突如現れた一台の車。その後部の荷台にはブリタニアの国旗が描かれている。
『こ、これはクロヴィス総督の御料車です!』
キャスターは困惑しながら上ずった声を上げた。
死んだはずのクロヴィスの車が、枢木スザクを乗せたトレーラーに向かってゆっくりと前進してくる。
この状況からして、中に乗っているのはまず間違いなく枢木スザク奪還を画策しているテロリストだろう。
この状態なら、いつでもそのあからさまに怪しい車を蜂の巣にすることができるはずのブリタニア軍であるが、その車が前総督のものであり、またジェレミア執政官の停止命令もあってか、ただその進行を傍観しているだけだった。
「ねぇライ。あれって」
「あぁ、おそらくスザク君を奪還しにきたテロリストだろうね。前総督の御料車を使うことでブリタニア軍とメディアを混乱させ、同時にジェレミア執政官の注意を引き、彼の無謀なテロリストに対する好奇心と人一倍強い自己顕示欲を刺激した」
「スザク君、助かるかな…」
「それは・・・ わからないよ。けれど、あの車に乗っているであろうテロリスト。手口の鮮やかさといい、敵陣の中を車一台で乗り込む胆力といい、かなりの切れ者だ。あれだけ手の込んだ演出を見せているんだ。ちゃんとこの後のことも考慮しているんだろう。こんな大舞台で竜頭蛇尾に終わるとは思えないしな。ジェレミア執政官は喰われるかもしれない」
隣のユキとは目を合わさず、中継だけを睨むように見つめ続けるライ。
ユキは涙で少し腫れた瞳をきょとんとさせて、何時もとは違う様子のライの横顔をマジマジと見つめた。
「結局、ライはあの車に乗っている人達がうまくスザク君を助けるだろうって思っているってこと?」
そう訊ねられて、ライは少し困った顔を浮かべて自分を覗きこんでいたユキを見つめ返した。
そして、泣いていた彼女の頭をくしゃくしゃと撫でて、おどけた様子で舌を覗かせた。
「う~ん、あの車に乗っている人間がテロリストで、目的がスザク君の奪還ならね。ていうかこれ、全部僕の推測だから。偉そうなこと言ってるけどほんとは全部的はずれかもよ」
ユキにはそう言ったがライは自分の推測をほぼ確信していた。
直後ユキは、ライの、予言にも近い神のごとき推測の的中を目の当たりにする。
『出てこい! 殿下の御料車を汚す不届き者が!』
ジェレミアがそう言い放つと、ブリタニアの国旗が描かれた蒼いカーテンが炎によって焼き払われた。
そのカーテンの背後から、仮面をつけた全身黒づくめのマントの人間が、悠然とその姿を現した。
『私は―――ゼロ』
黒い仮面を被った人間は厳かに名乗りを上げた。
「ゼロって・・・」
ヤエがその名を聞き、一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、ライには彼女が戸惑った理由が解らなかった。
ふと、ライは“ゼロ”という名を自らの境遇と重ね合わせた。
無、空っぽ、虚構、不吉な言葉を連想させる記号・・・
その名はきっと記憶のない自分にこそふさわしいのではないか。
目覚めた時に感じた虚無。この世界そのものを虚像と感じた自分自身。
当時、確かに彼は“ゼロ”だった。
では、今は違うのか。
そうだ、違う。
何故なら彼は、失われた記憶から自身の名前を拾い上げることが出来たからだ。
(ライ ――それが僕の名前だ。例え始まりは“ゼロ”であったとしても、今はユキやヤエさん、ダンが側にいる。彼らがいる限り、僕は“ゼロ”なんかじゃない)
――Liar 嘘つき――
「!!」
誰かの
その聲が伴う激しい頭痛の痛みに耐えきれず、彼は溜らず小さな呻きを上げ、身を屈め額を強く抑えつけた。
「ライ、大丈夫!?」
額を強く抑えつけながらライは、慌てて彼を介抱しようとしてくれたユキとヤエに「大丈夫」と告げて作り笑いを見せた。
それから、気を取り直してもう一度中継の様子に注意を向けた。
ゼロと名乗った黒仮面は、ナイトメアフレームに囲まれて絶対絶命の窮地に立たされていたが、その立ち振る舞いは相変わらず堂々としており、余裕すら感じさせるものだった。
「大したものだ」
ライが小さな声でゼロに賞賛を送ったその時――
――パチン!
ゼロが振り上げた指先でスナップを鳴らす。
すると車の荷台がバラバラになり、その中から直径2メートル程の奇妙な鉄の球体が出現した。
中継を見ていた3人の顔が緊張によって強張った。
「・・・あれは、ひょっとして何かの兵器かしら? 爆弾?」
「いえ、あの形状からして爆弾ではないでしょう。兵器であったとしても、それがどんな特性を持ったものなのかがわからない。事実、周りを取り囲む民間人も困惑の体を見せてはいますが、まだあの場に留まっています。もしあれが爆弾などの類で兵器として認識されているものであれば、今頃あそこはパニックに陥っていますよ」
「けれどブリタニア軍の動きも止まったわ。この状況ならゼロという男を拿捕することはとても容易いことだし、普通そうするでしょ。それをしないのは何故?」
ライはさっきから健気に背中を摩ってくれていたユキに「もう大丈夫」と言って、再び軽くその頭を撫で、痛みの引いた頭で少し自らの考えをまとめてみた。
「そうですね。恐らくヤエさんの言った通り、あの球体は何かしらの兵器なのでしょう。しかし、あれが兵器であるということは軍内部の人間、それもジェレミア執政官を初めとする上層部の人間にしか知られていないほどの機密事項なのではないでしょうか。その証拠といってはなんですが、沿道にいる人間やマスコミ、そして僕らもあの球体が何なのか見当もついていない。付け加えてブリタニア軍もね。だからああやって混乱も見せずに唯々ジェレミア執政官の指示を待っている」
ライの推論を聞き、ユキが少し怒りを滲ませた口調で彼に訊ねた。
「じゃあ、あのゼロって人は、民間人の人達に気づかれないまま、彼らを人質にしたってこと?」
「おそらくはブラフだろうけど、そうなるね」
ユキの問いかけに静かに応え、ライは再び思案を巡らせる。
(しかし、まだ足りない。この圧倒的不利な状況を打破するためにはもう一つ鍵が必要だ。どうするつもりだ。ゼロ)
その時、状況が一変した。
突如、今まであまり聞きとることの出来なかった現場の音声が良く聞き取れるようになったのだ。
次いで画面もゼロを至近距離で捉えている。
『・・・うな。・・・スを殺したのは枢木スザクではない。クロヴィスを殺したのは――』
『――この私だ』
突然のゼロの告白にライ達はあっけに取られた。
「・・・嘘」
「自殺行為としか思えないな。いくら人質がいるからとはいえ、ここでその告白はないだろ」
ライは、今まで自分が組み立てていたゼロという男が描くであろうシナリオを頭の中で崩壊させた。
もはやこの男には未来はない。打つ手などないはずだ。
仮に枢木スザクの無罪が確定したとしても、その代わりにこの男が今此処で死ぬだけ。
彼の目的は純粋に枢木スザクの釈放だったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
まだ、何かあるはずだ。
ライは再び、頭の中でこれからのゼロが取るであろう行動を構築していく。
そして様々な仮定の中で、彼はあり得ない結論を一つ見出した。
そう、もしも自分がゼロであったのならば、あの絶望的な状況を“容易く”打破することができる。
しかし、それは絶対に彼以外には出来ないことだ。
だからこそ、ライが最終的に導き出した結論は絶対に“あり得ない”ものであった。
『イレブン一匹と引き換えに、ここにいる大勢のブリタニア人の命が救えるんだ。悪くはない取引だとは思うんだがな』
自分の置かれた状況がわからない狂人なのか、ゼロはこともなげにそう言い放った。
「――驚いた。本当にライの言った通りみたいね」
ゼロの一言と、ライの事前の推察により、ヤエもゼロの目的と球体の正体に確信を持つ。そしてライのその洞察力に感嘆した。
彼が予測した通り、ゼロの目的は枢木スザクの奪還、そして車の荷台に積まれたものは、その場の人間全てを巻き込む殺戮兵器であった。
『こやつは狂っている! クロヴィス殿下を暗殺した大罪、その身で購うがいい!』
逆上したジェレミアの怒声とともに、いっせいに銃口をゼロに向けるナイトメアフレーム達。
そのとき――
『いいのか? 公表するぞ。“オレンジ”を――』
ゼロがジェレミアに対し、「オレンジを公表する」と意味不明のことを言い放った。
ユキはライが手にしていたオレンジジュースの缶に目をやり、ライも一瞬自分の手の中の缶を見つめてしまう。
『私が死ねば、公開されることになっている。そうされたくなければ――』
ゼロを乗せた車が、ゆっくりとジェレミアが騎乗していたナイトメアへと更に距離を詰めていく。
『私たちを全力で見逃せ! そっちの男もだ!』
無謀極まりない要求だと、その中継を見ていた全ての者が思った。あの純血派の当主ジェレミア・ゴッドバルトが、御旗である皇族を殺害したと公言するゼロの要求を聞き届けるなど、と。
だが、ジェレミアはその命令に何の躊躇も見せずに従った。
『わかった。その男をくれてやれ』
数秒、誰もが言葉を失った。ジェレミアの予想外すぎる返答に思考がついていかなかったからだ。
兵士達は混乱して互いに顔を見合わせる。
そんな彼等にジェレミアは苛立ち、怒声をあげて兵士達に再度命令を飛ばした。
枢木スザクが張り付け台から下ろされて、拘束具を纏ったままゼロへと引き渡されていく。
民衆達はそのあり得ない取引を唖然としながら見守っていた。
「・・・ねぇ、ライ。オレンジって?」
ユキがライに訊ねた。
「え? あぁ、多分ゼロは、事前にジェレミア執政官について何らかの不正行為の情報を取得していたんだと思う。オレンジってのはその情報のコードネームか何かだろう。けれど・・・」
ライは言葉を詰まらせた。
枢木スザクがゼロの元までたどり着くと同時に、車に積まれていた球体から紫色の煙幕が噴き出した。一斉にパニックに陥る民間人達。
直後、一騎のナイトメアフレームがゼロに向かって発砲しようとするが、ジェレミアが騎乗していたナイトメアフレームによって全力で阻まれた。
その刹那に、ゼロと枢木スザクは高架下へと飛び降り、その場から見事に脱出を成功させた。
ゼロの追撃を試みた純血派のナイトメアフレーム達は、ジェレミアの全力の逃走幇助によって悉く妨害されてしまう。
そして、ゼロは枢木スザクとともに租界の闇へと消えていった。
先ほどの球体は毒ガスを模したブラフだったようだ。民間人には一人の死傷者も出ていなかった。
メディアは相変わらず混乱した現場の情報を収集することができずに奔走していた。
「スザク君、助かったね、母さん」
ユキが心からの安堵の表情を浮かべる。
だが、ヤエは複雑な心境であった。彼女は相変わらず憂いを帯びた瞳でテレビを眺めていた。
「そうね。結果がどうあれ、彼は殺されずに済んだわ。それは喜ぶべきことなんだけれど」
「――そうですね。彼の逃走により、これから日本人に対する弾圧が始まる可能性がある」
ライは静かにヤエが憂慮しているであろうことを答えた。
「えぇ、この地域コミュニティは恭順的な名誉ブリタニア人によって形成されているからまだマシかもしれないけれど、租界付近のゲットーは・・・地獄よ」
二人の言葉を聞き、ユキも暗い翳をその表情を浮かべた。
「・・・7年前の戦争の影を、この国は今も引きずっているんだね。あの時、私はたくさんの友達と、そして父さんを失ったけれど、今でもそんな悲劇はこの国のあちこちで起きているんだよね・・・」
彼らは恵まれた家庭に生まれ育ったので、終戦後、イレヴンとして差別や迫害を受けることはあったが、日々の生活に困窮するようなことはなかった。
しかし、それがこの日本では例外中の例外だということを彼らも知らないわけではなかった。
今でも、多くの同胞である日本人がブリタニアによって蹂躙され、その命を紙切れのように扱われていることを彼らは知っていた。
ユキもダンも7年前の戦争の地獄を経験してきたため、今の自分達の生活が決して当り前に与えられたものではないことを理解していた。
「ゼロ」
ライが唐突もなく、黒仮面の名を口にした。
その名を聞いた時から感じ続けている、得も知れぬ不安感に包まれながら。
「ゼロの目的は一体、何なんだろうか。クロヴィス前総督を殺害し、枢木スザクを救出し、その行動の果てに彼が求める結果とは」
そして、ライの頭の中に最悪のシナリオが過ぎった。
――日本解放のための戦争?
もしかすると、彼は7年前の悲劇を繰り返そうとしているのか。
確かに、現状の日本は各地でブリタニアに対する反乱やテロ、紛争が後を絶たない。
それでも、ヤエ達家族のように今を受け入れ、生きていくことに必死になっている人間がそこには存在する。
彼らにとっては、日本人という名も、権利も、誇りでさえも、愛する家族の前ではほんの些少なことにしか過ぎない。
再び戦争をするということは、そんな彼らのささやかな生活すらも巻き込み、壊すということだ。
だが、租界を囲むゲットーで生活をしているイレヴン達は、想像を絶する程に過酷な現実を強いられている。
そんな彼らにしてみれば、ブリタニアからの日本解放は確かに渇望されるものなのかもしれない。
ゲットーに住む人間だけではない。大多数のイレヴンや名誉ブリタニア人は今でも、ブリタニアにより激しい弾圧を受け、虫けらのように迫害されている。
そんな彼らの現状を知りながら、今のヤエ達家族の幸せを守りたいと願うのは果たしてエゴなのだろうか。
(エゴだ。だが、それがどうした)
当たり前の話ではあるが、ライはもともと、自分にこの国を救うほどの力があるとは思ってはいない。
目の前の人達を守ることの出来る力さえあればそれでいいのだ。
例え、自分の見えない場所で苦しみを強いられている人々がいたとしても、自分には彼らを救うことなど出来はしない。
ならばせめて、自分の身近にいる人達には幸せに生きてもらいたい。
それが彼の、唯一の願いだった。
いかに大義があろうが、いかに正義であろうが、今の彼等の幸福を壊すものは許さない。
そんなものが現れたのならば、全身全霊を持って叩きつぶす。
――例え、悪魔に魂を売ってでも
「ライ、どうしたの? ゼロのこと話してたら急に黙り込んじゃって」
「・・・ううん、なんでもないよ。普段あんまり使わない頭使っちゃったから疲れただけ」
そんなライの答えにヤエとユキは溜らず吹き出した。
「ライは本当に不思議な子ね。普段はぽけ~っとしているのに、ことこういうシリアスな話になると人が変わったように冷静になる」
「だよねぇ。学校に行ってないのに私より勉強できるし、いろんなこと知ってるし」
ライには自分自身に関する一切の記憶がないが、なぜか生活知識を始めとする様々な知識だけは残っている。
基礎的な学問はもちろんのこと、経済学や心理学、物理学や機工学といった専門的分野までを、おそらくは修士課程程度まで極めていた。
「僕、きっと記憶を失う前は超がつくほどの天才だったと思うんですよ。それが記憶を失ったことの反動で、今は天才バ○ボンになってしまったみたいなんですけど。おかげで脳みそ使うとどっと疲れてしまうようになって。もう多分、一週間はまともに物事が考えられないと思います」
二人は「はいはい」と呆れながら軽くライの寒い冗談を受け流した。
いや、本当のところライはマジである。そのことを証明するかのように、彼の真剣な眼差しはまっすぐと呆れる二人を捉えていた。
(まるで相手にされていない・・・)
気を取り直して、ライは先ほどのゼロとジェレミアのやり取りを思い出し、もう一つの疑問点について考えを巡らせた。
――“オレンジ”を公表する
人々がジェレミアの取った行動の動機づけをするというのならば、おそらくはその内容の公表を怖れてのものだと思うだろう。至極当然の流れだ。
しかし、ライにとって、それだけではあのジェレミアの行動の理由としては不十分なのである。何故か。
第一に、スザクの解放を即決した点だ。
いくら“オレンジ”が暴露されることを怖れたとしても、あの即決はあり得ない。
最終的に解放を決断する選択を取るにしろ、なんらかの交渉を挟む余地はあったはずだ。
ゼロは自分の命と引き換えにオレンジが公開されるといった。スザクの解放はあくまで副次的なものであり、オレンジの公表とは直接的な関係性はない。
第二に、ジェレミアが身を呈してまで二人の解放を手助けした点だ。
普通ならば、ブラフの毒ガスが噴射された時点でテロリストを拿捕するべきだった。
テロリストである彼らをあのようにあからさまに庇い伊達することは、明らかに不自然だ。
あれではまるで「自分には、この二人の逃走よりも知られてはならない不正事実があります」と自ら公言しているようなものだ。
味方であるナイトメアフレームに銃を向け、全軍にテロリストの逃走を妨害するなと伝えた。
あの時、メディアが全世界に向けて放送していたことを忘れていたのか。そんな馬鹿な話はない。
最後に、“オレンジ”とはなにかということだ。
そもそも、クロヴィス前総督暗殺の容疑者である二人をみすみす見逃してまで隠し通すような不正とはなんだ。
クロヴィスは曲りなりにも皇族であり、純血派にとって象徴である存在だ。
その殿下を殺害した真犯人と名乗るゼロとの取引に応じ、あまつさえ全力で逃走を幇助するなど、失脚どころの話ではない。軍法会議ものだ。下手をすれば極刑すらあり得る。
オレンジというものがどれほど醜悪な不正行為だとしても、最終的なメリットデメリットを考えれば、あそこはテロリストを拿捕することが最優先のはずだ。
例えオレンジが公表されてジェレミア自身の信用や立場が失墜したとしても、クロヴィス前総督の仇であるゼロを逮捕したという新たな大義が生まれる。
勿論、オレンジがジェレミア個人の不正事実に関するものではないということも考えられる。例えば、彼が“公になると困る第三者”を庇っている場合などだ。
だが、そうである可能性は極めて低いし、仮にそうであったとしても論点は同じこと。
それが、純血派の象徴であるクロヴィス殿下の死と釣り合いが取れる程に重要なことなのか、ということだ。
これらのことを考慮して、ライが最終的に下した結論は2つあった。どちらも最後まで一つに絞り込めなかったものだ。
一つは、ジェレミアが本当に愛すべき阿呆だったということだ。このことについては説明する必要はなかろう。
そしてもう一つ、こちらの可能性はライが、ゼロ自身がクロヴィス前総督暗殺の真犯人だと答えたときに考えた、万に一つもあり得ない、いや、あってはならない結論だった。
(ゼロは僕と同じ力を持っているのかもしれない)
――ギアス
いかなる相手であろうと自分の命令を遂行させる“絶対順守”の力。
コードというギアスとは異なった特殊な力を持つ人間との、“ある契約”を条件として与えられるその力は、与えられる人間の思想や人格等の影響によって発動する力は様々だが、その能力の全てが常識では考えられないほどの超常の力を持つ。
しかし現代階において、記憶を失ったライは、ギアスとは自分やおそらくゼロが保有しているであろう絶対順守の力のみであると思っている。
これから説明するライの持つギアス能力は、あくまで記憶を失った現代階での彼の“知識”によるものである。
ライのギアス能力は、自分の声帯を媒体として、相手の聴覚を通して命令を下す性質のものであった。
複数いる人間の中から対象を絞り込み、ギアスをかけることも可能だ。
しかし、彼のギアスには2つの弱点がある。
ライのギアスの対象が1人だけなら命令は確実に遂行されるのだが、対象が複数になると、ギアスの能力が拡散し絶対命令を下すことができない可能性がある。
つまりは、命令を確実に遂行させることの出来る相手は一度に一人だけということだ。
そして、彼はギアスを連続して使用することができない。
この力を使うとき、彼は相当な精神力を必要とする。従って、連続でのギアスの使用は彼の精神に膨大な負荷を掛けることとなる。
なぜ、彼がギアスを使用する際にそれほどまでの精神力を必要とするのか。
そのことに関して、今は“力の調整”のためと言及するに留めておく。
それらの弱点を補完するために、ライはもう一つの力を使う。
このもう一つの力は、おそらくはライの持つギアス能力を自己の意思で調整することによって生まれた副産物のようなもので、一種の洗脳や催眠効果のようなものであった。
ギアスをかける対象に、ライが説得や演説、勧誘を実行する。対象が少しでもライの言葉に同調する意思があれば、そのもう一つの力によって容易くその心を彼の思惑通りに傾倒させることができる。(ただしこの力も、絶対順守の力ほどではないが、かなりの精神力を必要とする)
彼のギアスには、対象が複数で在る場合、その者達の“意思”が強く影響する。
対象であるものが、ライの命令に対して肯定的な意思を抱いた場合、ギアスの成功確率は著しく上昇するのだ。
そのため、相手の意思をうまく誘導した後に、絶対順守(正確には“絶対”ではない)のギアスをかけることにより、肉声の届く範囲であれば制限人数に関係なく命令を下すことができる。
ゼロはあの時、本当にジェレミアに対してギアスを使ったのだろうか。
こればかりは、確証もなく推論でさえないのかもしれない。ただの憶測である。
しかし、限りなくゼロに近いとはいえ、可能性は否定できない。事実、そうであるのならば、ジェレミアの取った不可解な行動の全てに説明がつく。
ゼロがギアスユーザーであり、ジェレミアに命令を下したのであれば、そのトリガーとなった言葉は、
――全力で私たちを見逃せ――
その後、文字通りジェレミアは全身全霊をかけてゼロと枢木スザクを見逃している。滑稽なほどに。
一般人にとってはライのこの憶測など都合のいい阿呆の妄想であろうが、彼にとってはそうではない。
事実、この超常の力を彼自身が保有しているのだ。彼にとっては、世界で自分だけがギアスという力を持っていると考えること自体が不自然だった。
ライは心から、自らの憶測が間違っていることを願った。
もしも、ゼロが自分と同じギアスを保有しているのであれば、日本の独立解放戦争を引き起こすことも充分に可能なことだろう。
そして、おそらくゼロは(ギアスを保有しているのであれば)それを目的としているはずだ。
そうなれば、否応にも名誉ブリタニア人であるヤエ達家族が巻き込まれていくことになる。
最悪の場合、7年前に起きた悲劇が日本中で再び引き起こされることになるだろう。
彼が本当にギアスユーザーであり、戦争を引き起こす災いの種であるのならば――
ライの瞳が、すっと輝きを失い、暗い夜の帳を映したような深い藍を宿した。
「・・・ライ、今、すごく怖い顔してたよ。どうしたの?」
「へ? ごめん。怖かった?」
ユキに声をかけられて、我に返るライ。
それから軽く舌を出して、ユキにいつもと変わらぬ悪戯めいた笑顔を見せた。
「ちょっとイメージチェンジでもしてみようかと思ってさ。さっき色々くっちゃべってた時の僕、クールで格好良かったでしょ。だから、これからはクールでニヒル的な路線でいこうかと思って。それで色んな自分の可能性を模索していたんだ、こんな感じもありかなと思ってさ」
おどけた素振りを見せた後、ライはもう一度先ほどと同じような凍りつくような怜悧な表情をユキに向けた。
しかし、明らかに先に見せた表情とは違う。その瞳の奥には彼女を気遣った優しさが溢れていた。
「くすっ、止めなよ。ライがどういう性格か知ってるから。すごく変だよ。それ」
「残念」とライは少し俯いて落ち込んだそぶりを見せた。
ユキも微笑んだが、彼女は心の何処かで気づいていた。
あの表情は、ライが心の奥底に秘めた何らかの決意の現れであるということを。
彼女にとって、あのような表情をする人間を見たのは、ライが初めてではなかった。
子供の頃、自分達を守るためにブリタニアとの戦いを決意した優しかった父親が、ユキを抱きながら遠くの空を見つめていた時に一瞬だけ垣間見せた、あの阿修羅のような表情にライが重なる。
人は、自分以外の大切なものを守るためなら、人でなくなることすら厭わない時がある。
自らの命は勿論、他者のそれでさえも大切なものを守るための駒として扱う。
それは確かに悪なのだろう。
大切なものを守るために、誰かの大切なものを壊す。
そんなことが当たり前のように続く世界は、ユキにとっては、やはりどこか狂っていて、それでいて悲しく思えた。