シュトレイゼンの後をついて行くライザー。その後ろに娘が背後を警戒しながら続く。
シュトレイゼンが壁の一部を蹴飛ばす。すると、その奥に長い空洞が現れた。どうやら召喚された家からかなり離れた場所に出るらしい、と推測したライザー。
時々後ろの様子を確認しながらも、3人は前に進む。
「この道は、宮や屋敷を見渡せる山の七合目ほどの場所に出る。数個前の先祖が造らせたというが、そんな話はどうだっていい。問題は、そこに大臣の配下が山のようにいるだろう、ということだ」
「隠し通路なんだろ?」
ライザーの疑問に、シュトレイゼンは眉を顰める。
「隠し通路っつっても造ってから優に200年は経ってる。国の偉い奴らならある程度知っている道になってるのさ。王家の隠し通路ってのは何個もあるが、俺達の屋敷から繋がってるのは一つだけだし、そこも知ってるやつは知ってる。大臣は知らなかっただろうが……大方、屋敷の使用人あたりを脅してすでに場所を特定してるだろうよ」
「じゃあ、どうするんだ?」
ライザーの質問に、シュトレイゼンは娘を指差した。
「お前の出番だ、シュリヤー。そして悪魔さんよ」
その言葉に、今まで蚊帳の外だった娘が髪をかきあげながら言う。
「私はお父様と違ってこの国に未練はないけれど、私が生き残る為にあなたを使わせてもらうわね」
「使いこなしてみせろ。楽しめないようなら、俺は裏切ってしまうぞ」
「あなたこそ、私の踊りについてこれるかしら?リードはしてあげないわよ?」
「見ての通り上流階級の出でね、ダンスは得意なんだよ」
言い合っている二人を背にし、王は少し先を見た。トンネルの上に空いた穴から、月の光が輝いていた--
--時刻は、夜。満月が暗闇を晴らすように光る。そんな月光の中で数十人の男達が、一つの大穴を囲んでいる。
そしてそこから数百メートルほど離れた隣の山で、大臣が双眼鏡を覗きながらピーナッツをかじっていた。
「大臣殿、未だ王シュトレイゼン、ならびにその娘シュリヤーは出て来ません!屋敷を焼いてから三時間ほど経っております。大臣殿の兵はともかくとして、王の暴政に立ち上がった市民達は、痺れを切らし穴に突入しようとするものや、逆に家に帰ってしまうものも出ております!」
その視界の外から現れた私兵の一人の声を、大臣はさして驚きもせず受け流す。
「そんなことは直接見てわかっておる。帰りたい者は帰らせれば良い。だが、突入は断固阻止しろ。あの愚王も抜け道がバレているのを知ったら、屋敷の方に引き返してしまうだろう」
「しかし、屋敷の方にも多数の兵を配置しているはずでは?」
大臣はピーナッツを数個口に入れ、一気に噛み砕く。
「それでは奴の死に様を見れぬだろう?宮殿を抑え、寝室に突入しても逃げ去り、逃亡先の屋敷を焼いても生き延びているしぶとさ。あやつにここで他の国へと落ち延びられると厄介だ。奴の死をこの目で確かめねば、安心できぬ」
手が震えるのを抑えようともせず、大臣は言い放つ。
「あと少し、あと少しで王座が--」
不意に、視界が消えた。レンズが白に塗りつぶされた。突然のことに目が眩んだ大臣は双眼鏡を思わず落とし、そして前を見て驚愕した。
そこにいたのは一匹の巨大な鳥であった。それは全身を赤々と燃やし、その羽を揺らすたびに熱風が山の木々を薙ぎ倒す。それは巨大な城のような大きさで、先程火をかけた宮殿から飛び出してきたのではないかとすら思えた。月の存在を歯牙にもかけないほどの煌々とした明るさで、視界に入れるだけで目を焼かれるようだ。しかし大臣は、それから目を逸らせずにいた。
大臣も国の中枢部にいるだけあって、魔法の存在や王が優秀な魔法使いであることは知っていた。しかし、
「き、聞いてないぞ!ふざけるな!」
でたらめだ。そう思いたかった。そう信じたかった。
その言葉に反応したのか、火の鳥は首を前に向けると。
『キュガァァアアアアァ!!』
咆哮と共に山の下、眼下に広がる街に向けて、炎を放出した!
振っていく炎弾。それは目を瞑っても消えず瞼の裏に残り、そして開いた時には更なる惨状が広がっていた。
街が燃えている。
何代もの先王が創ってきた由緒と伝統のある街が、自分が麻薬によって弱体化させ、手中に収めた街が、燃えている。自分達が燃やした宮殿と同じように、街の家も畑も道も、平等に赤々と燃えている。国が燃えているのだ、と大臣は思った。
炎の発する熱風がともに持ってきたのか、民の悲鳴が、恐怖の声がはっきりと聞こえる。その恐怖が伝播したのか、私兵も言葉にならない声をあげる。
そして、その火の鳥の上、天から声が上がった。大臣が忌み嫌った、あの男の声だ。
『フハハハハ、この
その言葉に喉が干上がりそうになりながら、大臣は無理やり言葉を紡ぐ。
「ふざけるな……もうお前は終わったんだ!この国は俺の物だったんだ!だからといって首都を滅ぼすなんて!麻薬中毒者だって反逆者だってお前の国民だろう!」
『悪をも全て救います、なんてぇのは阿呆の言うことだぁ!
国民は!国民であればいいのだ!麻薬がそんなに好きかぁぁぁっ!!』
火の鳥が叫びに応じたように咆哮する。
『今までの時代が間違っていたのだ。国民はあの快感を忘れることなど出来はしない。だから、この
その言葉と共に、火の鳥が大きく膨れ上がる。その炎が、ついに月を呑み込んだ時、王は叫ぶ。
『
次の瞬間、火の鳥の翼から先ほどの炎弾とは比べものにならない大きさの炎の塊が飛び出した。それも一つではなく、何十、いや、百を優に超える!
首都のシンボルが爆発四散した。街にはとうとう地割れが見えてきた。熱風によって今いる山も下から燃えている。この身を炎が襲うのもあと数分後だ。
それらを全て理解して、大臣はもはや考えるのをやめた。
全てを放棄し、ただ終わりを待った。
炎がその真正面までたどり着く。
それが、大臣を襲い--
--「がぁぁあああ゛あ゛あ゛……あ?」
いつのまにか、視界は晴れていた。顔を触ろうと手を動かそうとするが、動かない。どうやら縛られているようだ。
その目の前に、一人の男が現れた。
「調子が悪そうだな、大臣」
王・シュトレイゼンがいやらしく笑いながら、仰々しく口にする。対して大臣は叫ぶ。
「何を言うこの悪魔め!首都を全て燃やすなどという歴史に残る悪行、この国が許すと思ったか!?」
「おいおい、何を正義面してやがる。この国がああなったのはお前のせいだろ?俺はそれを正そうとしただけだ。
それに、周りを見てみろよ」
言葉に、大臣は垓下を見下ろす。
そこには、昨日までと同じ街があった。王の宮殿の焼け跡以外、いつもと変わらない首都がそこにあった。
「俺が魔法使いっていうのは前に言っただろ?お前らに見せたのは全てが幻覚だ。それでお前達が麻痺した後、ゆっくりとお仲間もろとも捕まえさせてもらった」
その言葉を聞いた大臣はハッとし、唇を噛んだ。
「お前らは全員、反逆罪で捕らえさせてもらう。これで麻薬派は終わりだ。この国も少しはマシになるだろうさ」
連れて行け、という言葉とともに、幻覚で大臣達が惑っていた間に呼び寄せた王の兵に連れて行かれる反逆者一行。それを尻目に、シュトレイゼンは後ろに控えていたライザーに話しかける。
「どうだった?楽しめただろう」
「いやぁ、面白かった。舞を利用して術式を描いているのか。範囲も広くて効き目も強い。文句なしだな」
「その分舞は時間も精度も範囲も、全ての規模が大きくなるのだけれどね」
魔法を使った本人、シュリヤーが言葉を紡ぐ。
「それに、お父様やあなたの協力があったから幻覚の信憑性が増した訳だし。お父様が幻覚に声を乗せて、あなたが熱風を届けたからこそ大臣達はハマったのよ」
「フェニックスは炎と風と命を操る家、そのくらいは当然だ!」
格好をつけるライザーに、シュリヤーもニコリと笑う。
それを見て、シュトレイゼンはライザーに告げた。
「なぁ、もし良かったら俺の娘を連れてかないか?」
談笑していたライザーとシュリヤーは、その言葉に驚く。
「いやなに、現在首都の周りは麻薬派、及び大臣派がそこそこ多い。過激派は今回捕まえたが、まだまだ影に隠れてる奴らがいる。そいつらをあぶり出すためには、何か理由をつけて俺が正義、大臣が悪という構図を国民に知らしめておきたいんだ。
国民が同情してくやすいのはやはり、死だ。現在の俺の一人娘が死んだ、という事実に対してまともな国民は俺を憐れみ、支持してくれるだろう」
「そのために、娘を遠くに追いやろうってのか?」
少し怒り気味のライザーに、シュトレイゼンは首を振った。
「娘には、もっと広い世界を見てもらいたかった。月並みな言葉だが、俺の本音だ。
お前になら、任せられる」
ライザーはシュリヤーを見た。シュリヤーは少し悲しそうな顔をしている。
そのシュリヤーの前に、シュトレイゼンが立った。
「お前の母も、俺も、お前にはこの国を飛び越えて活躍する女になってほしいと願った」
「……その通りです。私はこんなところで燻っている女じゃないわ」
シュトレイゼンは、顔が向かい合うようにしゃがむと、シュリヤーの頭を撫でた。
「すまない、ありがとう」
「ありがとう、さようなら」
お久しぶりの投稿です!お待ちしていた方、申し訳ありません。
最新巻で再びライザー君がイッセーと戦うフラグが立ったようで、非常に嬉しい!アニメでも元気そうで安心しました!
今回も読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
これからもよろしくお願いします!