第7話 覗き魔事件 2
ナイフを握りながら周りを警戒していると、開いていた窓が閉まり密室状態となってしまった。
覗き魔の狙いが梔ちゃんの暗殺ならば真っ先に障害である僕を始末する必要があるはずだ、だからこそ上着を脱ぎ捨ててナイフを握って臨戦態勢に入り、相手の攻撃に備えているのだが、一向に攻撃を仕掛けて来る気配は無い。
逃げられたか? 暗殺に失敗した為次の機会を狙う為に一度退いたと言う可能性は十分考えられる、だがそれだと窓を閉めた理由が分からない、僕は相手を発見していないのだから追跡を嫌ったと言う訳では無い気がする。
僕らを閉じ込める事に一体何の意味がある? 主導権は向こうが握っているんだ、こんな事しなくても逃げ切れるだろうに。
意味の分からない行動に首を傾げていた僕だったけど、梔ちゃんに裾を引かれた為そちらに振り向く。
すると珍しく、僕の渡した上着で身体を隠している梔ちゃんが何かをスケッチブックに書き込んで居る所だった。
「何か気が付いたの? 梔ちゃん」
『厚い』
「字が違うよ、梔ちゃん」
『とにかくあつい』
そう言われて気が付いたけど、ボイラーを操作されたのか室内温度が上がっており、梔ちゃんも暑さからか玉の様な汗が身体に浮き出ていて肩で息をしている。
慌てて蛇口を捻って水を出そうとしたが、糸が何かで雁字搦めに縛られた様な手応えでビクともしない。
僕はまだ大丈夫だけど華奢な彼女にはかなりキツイ筈、多少強引にでも室内の熱気を逃がす為にナイフを窓に向けて四倍速で投擲、ガラスを砕こうとしたのだけど、見えない何かによってナイフが空中で静止させられた。
続けて二つ四つと投げてみても結果は変わらず、浴室のガラス戸の破壊を目論んでも無駄だった、そして上昇を続ける室内温度によって遂に梔ちゃんが倒れ込み、僕も意識が朦朧とし始める。
これ以上この場には居られない、もたもたしていると梔ちゃんの命が危ない。
フラつく身体に鞭を打ちながらも彼女を抱き抱え、四倍速の蹴りを放ちガラス戸を破壊しようとしたのだが、其処で全身が拘束される、そして同時に相手の能力を理解する。
僕を拘束したのは目に見えないくらい細い糸、即ち相手の使っている能力は
拘束される前ならばいざ知らず、捕まってしまってからでは能力の発動は無意味、その上僕の首を締め上げているので覗き魔は此処で僕の意識を断つつもりだろう。
『だいじょーぶ?』
まだ辛うじて意識を保っていた梔ちゃんが震える手で文字を書いて心配をしてくれている、返事をしたいのは山々だけど声が出ない。
薄っすらと首筋に血が滲み、意識を保つのが限界になる。
薄れる意識の中で、せめて梔ちゃんだけでもと思い、拘束された身体を無理矢理四倍速で動かしてガラス戸を殴り付けるも、虚しく扉を揺らすだけだった。
砕けないガラス戸、二度三度重ねて殴ろうにも今の動きで全身が斬り刻まれた、だから僕が取った行動は一か八かの賭け、現在僕が触れているガラス戸の
かなり強引な技な上、やれるかどうか怪しかったが、ガラス戸全体が目に見える様に劣化し、最後にはフレームの変形によって激しい音を立てながら砕け散る。
それと同時に今度は僕に巻き付いている糸を全て劣化させてから引き千切り、梔ちゃんを割れたガラスで傷付けない様に抱えながら浴場から脱出、ガラスの割れた音で駆け付けた刹那ちゃん達に梔ちゃんを任せてから僕は力尽きた。
次に目を覚ますと保健室、全身に包帯が巻かれて居て点滴も刺さっていて如何にも重傷人と言った状態、指一つ動かせそうに無い様に思えた。
けれど、僕は指先から順番に身体の回復速度を加速させ、手、腕、胴、下半身の順で傷を治療して立ち上がり、脇に置いてあったボロボロの服に着替える。
この劣化や回復と言った使い方は手の平で触れる事で発動する事が出来る様だけど、回復の方はあまり他人に使わない方が良いかも知れない、新陳代謝を加速させて回復を早めると言うのはかなりの無茶、下手をしたら寿命を縮める事になりそうだ。
ベッド脇の時計で時間を確認すると深夜を回っている、隣のベッドでは静かな寝息を立て梔ちゃんが眠っており、コップの水を溢した状態で眠っている刹那ちゃんが居る。
その二人の姿を見た瞬間、僕は天井に向けてナイフを投擲、上から此方を見ていた二つの視線の主の撃破に向かう為、壁を蹴って天井裏に突撃、覗き魔達と対峙する。
覗き魔達はそれぞれ黒髪ロン毛の男と金髪の少年、予想外と言った顔をしながら互いに喧嘩を始めていた。
「おい、どうするんだよカフカ!! お前が煩いからこの厄介な男起こしちゃったじゃないか!!」
「ふざけるな!! 貴様がしっかり睡眠薬をこの男にも盛っておけば済んだ話だろうが!!」
「何だと!! 神にしか切れない糸とか言って自慢してた癖に、あっさり千切られて逃したお前が言えるセリフか!!」
「黙れ黙れッ!!私達の目的はこの男では無く梔のスケッチブックだ!! だからこの男に関してはノーカウント、ノーカウントなんだ!! 大体貴様のバミューダアスポートも物が透過出来ると言うだけで大した事は出来んだろうが!!」
「ば、馬鹿ッ!! 他人の能力をバラす奴があるか!!」
「先に私のカンダタストリングの事をバラしたのは貴様だろうが!!」
ギャーギャーと大の大人と子供が喧嘩している様に呆気に取られたが、僕も病み上がりなので今の内に新しく使える様になった力の実験台になって貰おう。
僕は目の前の二人の疲労感を四倍速にして一瞬の間に体力を消耗させる、そして能力が使えなくなったタイミングで相手を0.25倍速に減速させた後、自分を四倍速に加速して殴り掛かる。
十六倍差の機動力を生かして懐に潜り込み、其処からラッシュをかける様に打撃を連打、目にも留まらない速さで二人をボコボコにした後、二人の首に『少女の肌に欲情した覗き魔です』と言うプラカード付けてみんなを起こさない様に所長室に連れて行きました。
––––––此処の所長、離瑠さんだからこってり絞られてね!!
その後彼らの行方を知るものは誰もいなかった(適当)
クロノス君が使用できる能力
加速:四倍速(感覚の加速も可能に)
減速:0.25倍速(感覚の減速も可能に)
停止:1秒(任意発動不可&無自覚)
劣化:触れている物限定(加速の応用)
回復:触れている人限定&リスクあり(加速の応用)