いつの日だったか、自分には生きている意味なんて無いんだとそんな風に思うようになっていた
毎日代わり映えの無いモノクロの部屋の中で只一人いる自分。天井も光も机もイスも全てが変な白黒のモノクロだった
ただ、例外をあげるとするなら定期的に運ばれる食事と健診に来る人は白衣と全身が黒いモヤみたいなものを纏っていることぐらい
ちょうどその日いつもと同じ時間に健診に誰かが部屋に入ってきた。誰かと言うのにも理由があるのだが一番の理由は黒いモヤのせいで顔がはっきりと認識できないからだ
「どうしてみんな白と黒しかないの?僕はどうして生きてるの?」
これまでに幾度と行われてきた健診で初めてそう自分は誰かに対して疑問を口にした
「時が来ればわかる」
どうとらえたものか返事はこう返ってきた。結局答えは曖昧なまま誰かは無言で健診を続け、やがて部屋にはまた一人とモノクロの部屋だけになった
誰かの言う時とはなんなのか、そもそもこの部屋はずっと居続けている自分に時なんていうものは存在しているのだろうか
誰かは何を思ってそう答えたのだろうか。この部屋しか知らない自分には答えの意味が理解できるはずもない
そこから先を考えることを放棄した自分は、部屋の隅に置いてあるベッドに身を任せる感じで横になり、静に瞳を閉じた
どのぐらい時間を眠っていただろうか。寝ぼけた頭が徐々に意識を鮮明にしていくのを感じながらそっと目を開く
ベッドとは対面の壁に掛かっているモノクロ時計には8時、と白い針が告げていた
そういえばこの時間帯は食事が運ばれてくるんだった
時間の意味に気づいたのと同時に、おなかは空腹を訴えるかのような大きい音を部屋に響かせた
一つため息をついてからゆっくりと体を起こし、ベッドのふちに腰をかけてから、また一つため息をついた
意思とは関係なく体は生きようともがく。例え生きている意味なんて分からないのに、時間という概念なんて分からないのにお腹は訴えてくる
何とも現金な物だ、自分のおなかを見つめながらそう思った
その時、部屋のロックが外れる音が耳をうち視線をそちらに向ける。そして勢いよくカシュっと部屋の自動扉が開く
扉から現れたのは白いトレイを運んでくる黒いモヤの誰か、ではなく他の誰かだった
服装も裾の長い研究服みたいなやつだけど色が黒だし素材も違う。何より今まで色んな誰かを見てきたけど、この誰かには例の黒いモヤみたいなものが見られない
「お姉さんは、誰なの?」
「さあね。お姉さんは何だと思う?」
癖っ毛のない真っ直ぐに垂れ下がった髪を肩まで伸ばした女性は疑問に対してまた疑問を投げかけてきた
「分からない。でも、お姉さんはきっとふつうじゃないのは分かるよ」
「ふつうじゃない、ねぇ……」
返答しながら部屋中をグルッと見渡し、軽いため息をついてから自分を見つめる
「少なくともここの連中や坊やに比べればまだまだふつうだと私は自覚してるつもり」
どういう意味?
そう答えようと口を開きかけたその時、相手は腰に手を伸ばしたその手からL字のような何かをこちらに向けてきた
初めて見るL字の物体は誰かのように黒いモヤみたいなものに包まれていて、背筋が寒いようなそんな感覚を与えてくる
「ごめんね」
静かにそうつぶやいた相手は指に力を込める。その時見た相手の表情はどこか寂しいような、陰のある顔をしていた