「御免ください」
ドアのない、トタンと角材でできた小さな小屋の壁をノックする。
「あのう……御免ください」
入口から中を覗き込むと、真正面にぶち抜けた出口が見えた。
2、3歩で通り抜けられそうな距離にある出口からは瀬戸内海が見える。それはまるで、その出口の形に切り取った一枚の絵画のように見えた。
「誰も居らんのかな?―――向こうじゃろうか」
ひとりごちて、絵画の枠をくぐる。
目の前には船着き場と一面の海、そしてポツポツと海面から突き出た島々とそこに架かる橋が見えた。見渡す限りの絶景である。
おまけに人が誰もいない。波が岸壁に打ち付ける音と、頭上で悠然と滑空するトビの鳴き声だけが聞こえてくる。心の奥に焼き付けられた故郷の光景が目に浮かんだようで一瞬、我を忘れて景色に見入っていた。
「現代日本も意外と捨てたもんじゃない……なんてねぇ」
「あっ!」
えっ?
女の子の声だ。声のした方を見てみるとそこには桟橋と…………大発?
「お待ちしておりました!お迎えに上がったのであります、少佐どの!」
「え?…あ、ああ………ご苦労さまです。―――|灯山(ひやま)と申します、これから宜しく」
「申し遅れましたっ。自分、あきつ丸と申します!陸軍から出向しております特種船丙型の艦娘なのであります!」
陸軍式の敬礼をブチかましながらかつて旧陸軍に存在した|艦(ふね)の名を口にし、眼前の大発動艇に乗り込む少女。
年は10代後半であろうか。黒い詰め襟の上衣と短いスカート、白い肌とまっすぐ切り揃えた黒髪の対比が目を引いた。
彼女が軍に所属する『艦娘』であろうことは容易に想像がついたが、ここまで若く華奢な少女がそうであるとは。いやはや全く、軍というのも分からん所だ。
「さ、お荷物をこちらへ」
「重いですよ?」
「そのくらいは平気なのでありますよ――――よっと。では少佐はこちらへ」
「あ、はい………」
やっぱりそこは艦娘。見た目に背いてものすごい力持ちらしい。
引こずってきた巨大なスーツケースを奪われて身軽になった僕は、言われたとおりに大発に乗り込む。この先の生活に一抹の不安を覚えながら。
そしてこの瞬間から、僕の『提督』としての生活が始まった。
…………本当にうまくやっていけるのだろうか僕。本当に本当に心配だ。
エンジン音を響かせながら海上を進む大発動艇に揺られ揺られて数分後。
我らが基地に新しく配属されたという青年将校、灯山|基晴(もとはる)少佐を眺めながら自分、あきつ丸は思案していた。
一応は少佐という階級のれっきとした日本人の海軍将校らしいが、その格好がどうにもこうにも変なのだ。
新海軍制式の士官帽と黒いダブルの冬季制服上下、私物であろうやはりダブルの薄墨色のロングコート、首元にスカーフのように巻かれた黒く荒いメッシュの布。ここまではいいのだが、いずれの服の胸元にも略章や徽章は付けられておらず、驚いた事に階級を示す肩章すらも見当たらない。
しかしそれより圧倒的に目を引くのは、腰に巻いた革製のガンベルトに提がったホルスターに収まる巨大な拳銃だ。ホルスターが全覆式であるために中身は見えないが、シルエットからしてリボルバー式の拳銃であるようだ。
確かに新日本軍でも旧軍と同じく自衛用の拳銃については私物の使用が認められてはいるが、今にも昔にも|斯様(かよう)な大砲を提げている将官など皆無である。
旧陸軍の将校でも護身用には中型の二六年式拳銃や南部自動拳銃、あとは舶来のブロウニングで事足りたというのに。海軍おそるべし。
(顔は……まあまあでありますが)
格好はいかにも軍人らしいが、その格好の割にはどこか幸薄そうな雰囲気で、やや細い目と下がった眉尻が穏やかな印象を抱かせた。が。
(左目の怖いアレは何でありますか……)
左目に着けた真っ黒な眼帯、しかも中央部から親指ほどの太さの、レンズがはめ込まれた円筒が突き出ている。
イメージとしてはスコー○ドッグのバイザー部分を眼帯にして、レンズを一つだけに減らしたような感じ、といえば(一部の人には)分かりやすいかもしれない。(もしくは不殺の誓いを立てた筋肉モリモリマッチョマンの変態な人型未来ロボが液体金属未来ロボに立ち向かう映画の、3作目の割とラストでボコされた後のマッチョロボ)
なんだか穏やかで優しげな顔をそれが台無しにしている気がして、ちょっと残念な……だからといって他人なのでどういうことは無いが、そう思った。
「あの、灯山少佐」
「何ですか?」
何やらソワソワしながら海や島を眺めていた少佐が船首側にいる自分に向き直る。
やはり口調も表情も柔和そのものではあるものの、左目の奇怪な眼帯で印象ぶち壊しだった。
「答えにくい質問でしたら申し訳ない。―――その左目は?」
「これですか?あー……まあ、色々あって。でも失明したとか怪我しとるとかじゃなくてですね」
言いながら、灯山が眼帯を外す。
少し寄って注意深く見てみたものの、右目と特に変わらない赤茶の瞳があった。
「見た目は普通でしょ?でもこれだとピントが全く合わなくて頭痛とか酷いんですよ。……眼帯は固定できる|片眼鏡(モノクル)みたいなもんです」
しばらく眩しそうに細めた左目を見せていた少佐だったが、それからすぐに眼帯を着けてしまった。どうやらあの眼帯があって初めて両眼でものが視えるらしい。
「クルマ運転したり鉄砲撃ったりするときは要るんですけど、メガネやコンタクトレンズじゃどうも駄目でしてね」
「そうでありましたか……」
革手袋をした手でポンポンと腰のホルスターを叩きながら微笑む少佐。
自称怖い某軽巡のは怖くないが、こっちの眼帯は割と本当に怖い。眼帯を外した時の『素顔は二枚目でありますな』なんて感想もまるっと吹き飛ぶレベルで。
「では僕からもなんぼか質問いいですか?」
「はっ。何なりと」
「では、そうですね…………まずは施設のことなんですが―――」
それからしばらく、他愛ないといえば他愛ない質問が続いた。
曰く、『艦の保有量は』とか、『居住設備はどうか』とか、『前任者はどんな人物だったか』とか。どの受け答えでも笑顔で頷きながら話を聞いていた少佐だったが、最後の前任者の話だけは同じように笑っているようで少し目が鋭かった。どうやら、なにがしかの因縁でもあるようである。
そんなこんなで十数分、ようやく進路方向に我々艦娘が所属する海軍基地『第2呉地方隊|先島(さきのしま)基地』―――通称『第二呉鎮守府』、その港が見えてきた。
「少佐殿。あれが先島基地なのでありますよ」
「う、そうですか……ああ怖ぇなぁ……どうしょうかなぁ……」
「?」
艦娘が使用する艤装の特性上基地の規模は若干小さいが、それでも第2呉地方隊として日本国の防衛の一翼を担う鎮守府である。設備はこれ以上なく整っているし、上の意見に束縛されることもそうそう無い。日本国海軍にいれば誰もが羨むポストに就けたというのにこの男、どうしてこうも非常に不安な顔をしているのか。
「失礼ですが少佐殿、何かご不安でもあるのでありますか?」
「ない……いやある。いやしかし………金剛さんが……Z1……東独……うぅ」
「…………………」
闇は深そうであった。
(そういえば今朝がた、金剛型の居室が騒がしかったでありますな)
主に長女の一番艦。
あまりの騒音に隣室の扶桑型次女がキレていたのが記憶に新しい。
「ほ、ほら少佐殿!もうすぐ上陸するでありますよ。お気を確かに」
「うぅ」
スーツケースを引き出し、気が進まない様子でヨロヨロと大発の舷側へ寄る少佐。
見た目は厳つい癖して中身は随分と軟じゃk……ゴホン、繊細な感性をお持ちの方のようである。
これでもかとばかりに濃い面子が集結した我等が鎮守府で、果たしてこの先この提督はやっていけるのだろうか―――。
(正直、不安しか覚えないでありますな………)
平成の世、冬の一日。
目の前の男から視線を外して見上げれば、空ばかりは青々と澄み渡っていた。
「ううお腹痛い……いっそこのまま海底に沈んでしまいたい…………」
「……………」
…………空ばかりは、青かった。
あきつ丸が好きで、建造できたと同時に改にすべく単艦で演習しまくって、気付いたら勝率30%くらいになってました。わぁい(白目)