あと連載はありません。
「あけましておめでとうございます」
俺はマスターに新年の挨拶をする。
今日は一月一日。年明けの初日。一年の始まり。めでたい日だ。
「――ああ、あけましておめでとう」
マスターも挨拶をしてくれる。今は午前六時、本当は日付が変わった瞬間に挨拶をしたのだか、やはり日が上ったあと居住まいを正し改めて挨拶をした方がいいと思い軽くシャワーを浴びて、服も着替えて今に至る。
因みに俺は普段着で、マスターは深い紺色の和服を着ている。
マスターの着物は新品だ。マスター曰く正月は歳神様を迎えするために門松や鏡餅を飾り、その年の五穀繁盛や健康祈願などを願いお祝いする行事。その中には正月にふさわしい着物を新調し新年を迎えていた習慣。『着衣始《きせはじめ》』というのがある。
それにしても、
――よく似合っている。
そう思うと、なぜか、頬が熱くなる。
畳みに正座をして、威風堂々と腕を組んでる姿は、本当に、見惚れるほどに、似合っている。
――って、なんで俺は着物姿のマスターを見て熱くなっているんだ!
しかし、そんな豆知識を披露するあたり、
――本当におじいちゃんみたいだな。
「――しかし、誰も起きていないな」
マスターは周りを見渡してため息をつく。居間にはいびきを立てている藤ねえと、そのいびきにうなされているイリヤ。
桜は年越し直後の宴会の片付けをしたあと、家に帰って慎二達の世話をしに行った。
遠坂は何でも
セイバーはマスターと競うように多めに用意していた鴨とお餅入り年越しそばを食べ尽くし、そのあとお神酒を飲んだ後自室に戻り寝ている。
――そばは十玉も用意していたのに……。あの二人だし、しょうがないか。
「どうしようマスター、みんな起こす?」
「――ふむ。もう少し寝かせてやりたいが折角の元日に寝正月というのも情緒がない」
「でも、藤ねえは『初日の出見たいから寝ていたら起こして!』って言っていたから起こそうとしたけど起きなかったし……」
そう、初日の出の十分ほど前に起こそうとして起きなかった。むしろ反撃に鋭い右ストレートを食らった。
イリヤは軽く揺すったけど起きなかったからそのままにした。
「しょうがない、私が起きそう」
マスターがおもむろに立ち上がり、藤ねえとイリヤの側に行く。
「マスター気を付けて」
「問題ない」
マスターは優しく二人に触れて、静かに呟く。
「感電。
弱」
瞬間。
猫のように背中を丸めて寝ていた二人、
その二人の丸まった背筋がピンっと伸びた。
そして、
「「痛!」」
二人が叫ぶ。
二人が飛び上がる。
二人がのたうち回る。
「おはよう、二人とも。そして、あけましておめでとう」
「『あけましておめでとう』じゃないでしょテスラさん!」
まず声を上げたのは藤ねえだ。相当痛かったのとまだ痺れが残っているのか動きがぎこちない。うまく起き上がれなく、まるで水揚げされた魚のようだ。
「痛い! テスラ、もう少し手加減してよ」
イリヤも抗議の声を上げるが、藤ねえより電力が弱かったのかすぐに立ち上がった。
「大河は起こそうとした士郎を寝相とはいえ殴ったお仕置きだ。イリヤも同様に起きなかったが少々やりすぎたようだな、すまない」
「もう、しょうがないな。確かに士郎が起こしてくれたのに起きなかった私も悪いし」
「ちょっとテスラさん、私と対応が違いすぎる。横暴だ」
「さて、セイバーを起こしに行くか」
「こらーー無視するなーー」
マスターは藤ねえの抗議をどこ吹く風と無視して歩き出す。
その後滞りなくセイバーを起こし、みんなシャワーを浴びて着替え居間に揃ったところで改めて新年の挨拶をする。
「イリヤ、大河、セイバーあけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
「「おめでとうーー」」
「――ふむ」
礼儀正しいセイバーとは対照的に、ひたすら軽い挨拶をする二人にマスターは何か思うところがあるのか、おもむろに二人に近づき、二人の肩に手をのせる。
そして、
「感電。
中」
バチン!
静電気が弾けるような音と共に二人が倒れる。
二人はピクピクと小刻み震えている。
「二人とも年始の挨拶くらいはきちんとやりなさい。特に大河は教師なのだから、特にだ」
「マスター、いいの?」
俺は二人に指さして聞く。なにせあの音である。流石に心配にもなる。
藤ねえはともかく、イリヤ本当に大丈夫だろうか。普通の魔術ならともかく、マスターの電撃は普通ではないから流石に堪えているようだ。
「なに、問題ない。数分もすれば回復するだろう。それよりもだ」
マスターはそう言うとこちらに向き直り、腕組をすると袖の辺りをごそごそとしだした。
――またなんか変な機械出すんだろうか?
以前にも土蔵の物を使って『テスラマシン』なるものを作り、愛機の一号が電気駆動の高性能バイクに魔改造された日には膝をついて落ち込んだ。涙した。
なのにとうのマスターは『そうか、項垂れ涙するほどうれしいか』と言うあたりどうしたものかと思う。
本人は至って、純粋に、親切心でやっているので怒るに怒れない。
そういうわけで正座しながらも臨戦態勢をとる。
セイバーも魔改造されたかき氷機を思い出したのか、同様に臨戦態勢をとる。
そして、ついに、マスターが袖から
「士郎、セイバーお年玉だ」
「「………………………………は?」」
俺とセイバーは無意識に構えていた。
マスターは呆気にとられている俺たちをじっと見ている。
「どうした二人とも?」
「いや、なあセイバー」
俺は何となくセイバーに同意を求める。
「ええ、士郎」
セイバーもどう返したらいい困っている。
ここで空気を切り替えるために俺は先陣を切る。
「……マスター、お年玉ってどうしたの」
「士郎はお年玉も知らないのか?」
マスターは問いかけてくる。
「――いや、知っているけど……」
「知っているのならいいが、一応説明しておこう。
お年玉というのは、大人が子供に正月の祝いだからとお金をあげることだ。元々は鏡餅を分けていたのだが現在ではお金が主流だから私もお金した。
因みに私がこの国にいた頃はお餅の他に金品などもお年玉と言ていたな」
――本当にこういうところはおじいちゃんみたいだな。
以前ならこういうことを思い浮かべると顔に出たらしいが、今では気づかれない。手慣れたものだ。
俺たちはマスターからおっかなびっくり封筒を受け取る。
「さて、二人ともお年玉は一度神棚に供えてから開封しなさい。一応は神々への供物なのだから」
そう言われて俺達は神棚にお年玉を供えて
俺は慌ててマスターに突き返す。
「マスターこんなに貰えないよ」
それを聞いたセイバーは、は! っとした表情をしてマスターに抗議を始めた。
「そうですテスラ。私は子供ではないし王だ。お年玉という施しは受けない」
――どうしよう。ここは突っ込むべきだろうか?
マスターは俺たちの前に手をかざして落ち着くように促す。
「落ち着きなさい二人とも、まず士郎についてだがその金額は正当なものだ。普段から炊事家事洗濯と立派にやっている。そんなお前は普段食費や諸経費以外受け取ろうとしないからこういう機会がないと渡せない。
いいか士郎労働には正当な対価が必要だ。士郎はそれを胸を張って受け取る権利がある。むしろその金額でも少ないくらいだ」
「でも」
俺はなおもマスターに抗議をしようとする、が、それは切り上げられる。
「次にセイバーだが、お前はその姿の時に選定の剣を抜き、そして王となった。
故にまともな子供時代を享受していない。いや、時代が、世界が、国がそれを許さなかった。だが私はその生を辱めたり謗ったりするわけではない。今は今で、あるものを享受しても良いのではないかと言っている」
「しかし……」
「それにそれは士郎も望んでいることだ」
セイバーはいきなり俺に顔を向ける。
「そうなのですか士郎?」
セイバーが上目遣いで俺を見つめてくる。まじまじと見られている。
――セイバーどうしたんだろう。少し照れる。
頬が少し熱い。
「――ああ、そうしてくれると俺も嬉しい――」
「そうですか――」
「「………………………」」
――どうしようこの沈黙と空気――
「さて、二人も納得したようなのだな。居間の二人もそろそろ回復している頃だろうからイリヤにもお年玉を渡したら出かけるか」
「出かけるって何処に?」
「リンと桜のところに決まっているだろう。みんなで初詣に行くんだ」
その後、マスターは居間で回復していたイリヤにお年玉を渡して、俺、マスター、セイバー、イリヤの四人で遠坂と桜を迎えに行く。因みに藤ねえはお年玉をもらえず駄々をこねてマスターに雷撃と説教をされた。
間桐邸に着いた。
藤ねえの説教と雷撃のあとマスターは俺とセイバーを着物に着替えさせた。いや、
俺は赤銅色の着物を、セイバーは澄み渡る青空の中にイングランドの国花バラがちりばめた着物とユニオンジャックの飾りのついた簪をしている。イリヤは紫色の着物には雪が描かれている。
マスターは扉の前に進むとインターホンを鳴らした。それから五分ほどしてから扉が開いた。
「……はーい、どちら様ですか」
桜は仮眠でもしていたのか、少々疲れた顔をして出迎えてくれた。
「おはよう桜」
「ってテスラさん! ということは……」
「おはよう桜、疲れているなら改めるけど?」
桜は驚いてマスターの後ろにいる俺たちを見た。桜の顔がどんどん紅くなっていく。
「ちょっと皆さん待っていてください」
バン!
桜は扉をすごい音を立てて閉める。扉が再び開いたのは十分後の話だ。
寒かった。
「お待たせしました」
現れた桜は、その名の通り桜色を基調とし、所々にボタンやユリの華をあしらった優しい色合いの着物姿を披露してくれた。髪飾りも《桜の花》で本当によく似合っている。
「皆さんあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
それで皆さんはどういった用件で?」
「「あけましておめどう」」
イリヤは家での雷撃が懲りたのか、礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。
「ああ、あけましておめでとう。要件は皆で初詣に行こうかとな。それに桜に渡すものがある」
「私にですか?」
「ああ、少しまて」
マスターは袖をごそごそとする。その瞬間桜は引き攣った顔をした。流石に臨戦態勢にまではならなかった。
「お年玉だ」
「あ、ありがとうございます……ちょっとこのお年玉多すぎませんか?」
「士郎たちにも言ったが適正な額だ。去年一年の労働の
「わかりました。ではありがたく頂きます」
桜が手提げに封筒をしまう。俺たちの時のように神棚に供えろとは言わないのは間桐家に思うところがあるのだろう。
「それで先輩、この着物どうですか?」
桜がその場でくるりと回って見せてくれた。
「ああ、よく似合っているよ」
「そうだなよく似合っている。その色合いは褥でもよく映えるだろう」
――マスターーーーーー!!
「ぷぷ。桜にはお似合いの言葉ね」
桜はさっきの紅い顔が可愛く見えるくらい真っ赤になっている。
あと、イリヤは一言余計だ。
「? どうした桜。そんなに顔を紅くして時間が押しているから急ぐぞ」
マスターは桜を半ば放置しつつ先に進む。
――桜、ドンマイ!
あと、ライダーは商店街でバイト中だ。
遠坂邸に着いた。こちらでもマスターがインターホンを鳴らした。
そして十分経ったが静かだ。
「ふむ」
マスターが扉に手をかける。
「ちょっとマスター家宅侵入は」
「問題ない。我々はリンの友人であり、
「違う! その認識は違う! どこの田舎の常識! いつの時代の話!」
しかし、当事者のマスターは気にすることなくドアノブを回す。
そして、次に来るものは予想がついている。
扉に魔法陣が展開される。
「みんなにげ」
「バリツ式雷電払い落し」
扉の前にいる人間を標的にしたガントが放出される。マスターはバリツでそのすべてを落とし、とどめに扉を前蹴りで粉砕した。
マスターは静まり返った玄関を数秒見てから歩き出した。
「リン勝手に上がるぞ」
「マスター待って」
マスターが玄関に踏み入った瞬間四方八方から迎撃魔術が発動する。が、それらすべてはマスターのバリツの前では意味がなかった。
その後も発動し続ける迎撃魔術を迎撃するたびに遠坂邸には轟音と振動が発生する。遠坂がこちらに来たのはマスターがドアノブを回してから五分後だった。
「……なんで……こうなっているの?」
遠坂はひどく疲弊していた。
「リン、ひどく疲れているようだが報告書作成は難儀しているのか?」
「…………ええ、そういうことにしておくわ。それよりも壊した物は弁償してねテスラ」
遠坂がマスターを睨んでいる。
「ああ、わかった。後で請求書を送ってくれ。あと、リンこれを渡しておこう」
マスターが袖に手を入れる。遠坂はそれを見て後ろに跳ね飛んで八極拳の構えをした。過剰反応だ。
しかし、そんな遠坂の反応を気にせずマスターは袖からのし付きの封筒を出した。
「リン。お年玉だ」
「――は? これを渡すために来たの?」
遠坂は呆気にとられる。そして遠坂は封筒を受け取らず、遠目から注意深く凝視している。まだ警戒を解いていない。
「それもあるが初詣にみなでいこうと思ってな。そう言えばアーチャーはどうした?」
「アーチャーなら新都の方に見回りに出しているから今日一日は帰ってこないわよ。
こんなことなら出すんじゃなかった」
後悔先に立たず、遠坂は運がなかった。だか遠坂、最後の小声はもう少し小さい方がいい。ここまで聞こえたぞ。
「はぁ、まいいわお年玉は遠慮しとく、そんな歳でもないしね。あと、着替えてくるから客間で待っていて、桜は私の着替え手伝って。
それと、紅茶飲むなら戸棚の一番下のやつ使ってね」
遠坂は言いたいことだけ言うと桜と一緒に自室に向かった。俺たちは客間に行き紅茶を飲んで待つことにする。
遠坂たちが降りてきたのは十分程経ってからだった。
「じゃじゃーん。どう。似合っているでしょ」
現れた遠坂はバラのように紅い着物に身を包んでいた。よく見るとその中には朱い蝶が舞っている。髪には白いノシギクの簪をしている。
「――衛宮くん。感想は?」
「ああ、よく似合っているよ遠坂」
俺は素直に称賛する。
「ありがとう」
遠坂は照れ臭いのそっぽ向いてしまった。自分から感想を催促したのにもかかわらず。
そして、マスターが口を開こうとすると。
「よく似合って「ありがとう」」
途中でぶった切った。たぶん何言われるかわからないから、言われる前に言葉を切ったんであろう。
賢明な判断だ。
「さあ、みんな行きましょう」
そのまま遠坂は初詣に行こうとする。
マスターはというと、
「ふむ。照れているのか?」
と、見当はずれなこと考えている。
余談だが遠坂はお年玉を終始受け取ろうとはしなかった。そして後日頭を抱えて絶叫し、後悔したのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここは冬木市新都の中央にある駅の改札口まえ、そこには二人の白人がいた。
「タマーラ、ここが次に公演する街なのね」
最初に言葉を発したのは写真機を携えてあちこちを物珍しそうに見回す少女だ、黒い厚手のコートに身を包んだ少女だ。雪のように白くきれいな髪を肩甲骨あたりまで伸ばした少女アンナ・パヴロワ。
その姿はまるで雪の妖精そのものに見えて、道ゆく人々が時折立ち止まって惚けるほどである。
「そうねアンナ、ここが次の私たちの舞台よ。
あと、人を写す場合はちゃんとその人に許可をとってからにしなさいね」
傍らの返答し諌めた少女、その少女は赤、黒、と隣の少女に比べてカラフルで垢抜けたコートをきて、腰まで伸ばした癖のある茶髪が印象的な少女はタマーラ・カルサヴィナ。
「これからどうしようかタマーラ?」
「まずは何処かで暖をとりましょう。この国の寒気は痛みを伴うような寒さではないけど、身に染み込んでくる寒さが堪えるからね」
「じゃあ
アンナが矢継ぎ早に提案する中、顎に手を添えて傍聴し続けていたタマーラは口を開いた。
「んー。あの小僧のおススメを参考にするのは癪だけど――せっかくだし喫茶店に行こうか」
――かわいい、かわいいアンナが行きたそうにしているし。
「うん。わかったタマーラ、じゃあ行こう」
アンナは笑顔で返事をして、タマーラの手を握りしめ走り出す。相当楽しみしていたみたいだ。
タマーラはそんなアンナに引っ張らそうになりながらも、すぐに体勢を立て直してアンナと並走する。
「アンナ、はしたないわよ。淑女なんだからもっと――」
「いいの。寒いから早く暖を取りたいし」
アンナは楽しそうに、本当に楽しそうに笑う。いや、楽しいよりも嬉しいのだろう。
だって、また、こんなに暖かな日常という演目が続いているのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
マスターと一緒に初詣を終えて、喫茶店『アーネンエルベ』で休憩をとることになった。
元日だというのに人がそれなりに入っており緑髪ツインテールとオレンジ色ショートカットのウェイトレスが所狭しと働いている。そんな二人をマスターはしげしげと見ている。
「ふむ。正月というの勤労に励むとは感心だな」
――割と真面目に見ているようだ。安心した。
だが突然、二人の来客によって騒がしくも賑やかな店内が静寂が訪れた。
「うわー暖かいねタマーラ、それにしてもこんなところにユーリーが言っていた喫茶店がこんなところにあるなんてすごい偶然だね」
始めに入ってきた雪のように白い髪の少女は厚手のコート脱ぎながらお店に入ってくる。
「そうねアンナ、すごい偶然だけど、あんまり嬉しくない。まるであいつの掌で踊っているみたいで。
けれどアンナ、入店直後に脱ぎならが歩くのは止めない。立ち止まってから脱ぎなさい」
カラフルて垢抜けたコートを立ち止まって脱いでいる癖のある茶髪の少女は白い髪の少女に何か注意しているようだ。
「あれはロシア語ね。それも古いわね、多分帝国時代のやつね」
イリヤは何を言っているかわかっているみたいだ。流石はアインツベル家のお姫様。
それにしてもきれいな少女たちだった。俺の周りはマスターを筆頭にたいがい美人は多い、その二人は俺の周りにはいないタイプの美人で見とれてしまった。それは、店内の客はもちろんウェイトレス、セイバーたも例外ではなく二人に釘付けだ。
――マスターは――
俺はマスターの視線はどこに向いているか確認する。当然のように二人に向いてはいるが、その向いている先はアンナと呼ばれた少女の
俺はマスターを肘で突っつく。
「マスター、女の子の胸元を凝視するのやめなよ」
「いや、そうだな。
気のせいか」
マスターは何かを懸念して注視(凝視は言い過ぎだったかもしれない)していたようだ。マスターがこういう時は何かあるかもしれない。
「どうしよう千鍵ちゃん、外人さんだよ? きれいな人だよ。雪だよ」
「うるさいなひびき、ここは日本だ。日本語を話せないやつが悪い、つまり怖じ気つぐことはない!」
「相変わらす緑はお客に横暴ですね。しかし、ここは礼儀と礼節の国日本。つまりお客様をもてなすに当たって伝統文化であり、由緒正しいツンデレメイドとして接た」
「あたしはツンデレじゃない!」
「あぶならたまかりて」
お店の奥が騒がしい、あと何か硬いものを折ったような音がしたが大丈夫だろうかこのお店。
「それにしても日本人は礼儀正しいと聞いていたけど入店の挨拶もないの」
突然茶髪の少女が日本語を発した。それにより店内がざわつく。
「まったく、このグローバリズムの時代に、未だに外国人を珍しがって、なおかつその外国人が日本語喋ると驚いて、本当にここは先進国なの?」
日本語を話した少女は腕組をして不満を漏らす。そして店内を見渡すとざわついていた客はまた静まった。
「タマーラ、そういうことあんまり言うのはよくないよ」
傍らの少女は茶髪の少女を宥める。茶髪の少女も少し言い過ぎたと思ったのか、悪態などをつくことなく表情を笑顔に変えて少女に向き直る。
「そうねアンナ、こんなところで八つ当たりしても益はないし、迷惑かけるのも私の信条に反する」
カタカタカタ、奥から緑髪のウェイトレスが二人の少女に駆け寄る。
「いらっしゃいませ。すいませんが本日は満席で、相席でよろしければご案内できますが」
「どうするタマーラ、私は別に構わないけど。むしろこの国の人たちと交流もしたいし」
「交流うんぬんはともかく私も構わないわ、今から他のお店を探すよりもここで暖をとりたいし。じゃあ案内してウェイトレスさん」
「かしこまいりました」
緑髪のウェイトレスが二人を連れてこちらに来る。
「すいませんお客様、相席よろしいでしょうか?」
緑髪のウェイトレスの提案に俺はみんなを見渡す、みんな特に不満というわけではないようだ。
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ではお客様こちらにどうぞ」
「ありがとう親切な極東紳士さん。私はアンナ・パヴロワよろしく」
雪のような少女がお辞儀をしてからマスターの隣に座る。
「相席の了承ありがとう。私はタマーラ・カルサヴィナこれからしばらくの間楽しい時間を一緒にしましょ」
茶髪の少女は恭しくスカートの裾を摘み頭を下げる仕草はとても洗練されていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
つられて、というか、慌てて挨拶をしようとして立ち上がり足をテーブルにぶつけてしまった。それを見た二人とイリヤはクスクスと笑い。桜は苦笑い。遠坂は手を額に当てて呆れる。マスターは座った後頭を撫でてくれた。
――はずかしい。
それから全員が自己紹介をして一時間ほど楽しい談話はが続いた、一部話がかみ合わない部分もあったがもっとこの二人と話したい、知りたい、そう思えるくらい魅力的な人たちだった。
あと、ここのお代はマスターが出すと言ったら二人は遠慮したが伝票がかさばり、どれが自分たちの伝票かわからなくってしまいこの提案を承諾した。
「じゃあ、二人はこの街にバレエの公演に来たのね」
――なるほど道理ですらっとしてきれいなわけだ。
「よろしければ皆さん見に来ませんか? スポンサーからチケットを何枚かもらっているの。誘いたい人がいたらどうぞって」
アンナは手提げのカバンからチケットを何枚か取り出す。
「いいんですか?」
「ええ、ここで会ったのも何かの縁。っていうのはこの国の言葉でしたっけ?」
「ありがたく貰っておきましょう士郎、士郎も偶にはバレエみたいな芸術鑑賞も悪くないわよ。むしろこれからはそういった物を嗜むのも必要よ」
イリヤがいやに勧めるが、たしかにバレエなんてまともに見たこと無いし、いい機会だからもらっておいた方がいい。
「じゃあありがたく貰います」
「ええ、ありがとうシロウ」
アンナが笑顔でチケットを渡してくれる。その笑顔は花のようで見とれてしまう。
「こほん」
タマーラが咳払いをして自分がアンナの顔をじっと見ていたことに気づいた。
「す、すいません」
「い、いえ」
俺たちは弾かれるように、お互いにチケットから手を離した。初対面の人に二度目の失態。
マスターひらつくチケットを片手で受け取って、もう片方の手でまた頭を静かに撫でてくれる。
――はずかしい――
気恥ずかしくなって視線を泳がせている内にアンナの顔が視界に入った。アンナも若干頬を紅く染めて顔を逸らしている。彼女も彼女で少し恥ずかしかったようだ。
「しかし本当に貰ってもいいんですか? こういったチケットは」
桜がこの微妙(初々しい)空気を換えるために控えめであるが話題を変える。
「あ、え、」「大丈夫よ。元々この国に渡したい人はいないし、コンスタンチン先輩たち――アカデミーの先輩たちは研究に熱心で追いかけてきてくれないのよ。一番のファンって言ったくせにね。
コンスタンチンのあほ」
口どもるアンナの代わりにタマーラが代弁してくれた。ただ、彼女は最後に、小言ではあるが誰かの悪態をついていた。これほどの女性に悪態つかせるとはいかな人物なのか気になる。
「しかし、ずいぶん静かになったと思ったら私たちだけしかいないわね」
そう初めに切り出したのは遠坂だった。言われてから店内を見渡すとあれほど賑やかだった店内には自分たちだけしかいなかった。
「そう、静かな分周りに気遣いしなくって楽よ」
イリヤはそう言い紅茶を啜る、だが少し奇妙に思えて、背中が薄ら寒い。
そういう予感は大概当たる。なぜか、人間いやな予感ほど当たるのはなぜだろうか?
さあ、耳を澄ませ、目を配れ、心せよ。TYPEMOONの混沌はすぐそこまで来ている――
聞こえる。聴こえる。キコエル。
近くから擬音化できない奇妙な音が這いよって来る。
TYPEMOONの闇から生まれ落ちた混沌が、
ルールブレイカーにして、
掟破りの存在、
菌糸類が生み出した最終兵器。
「ニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
こだまする奇声、耳をつんざく奇声、とある家政婦なら発狂するであろう奇声。
「お前たち猫耳になれーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「なに」「なんだ」「なんなの」「耳がいたい」「く」「いったいこの声は」「この声はまさか」
みんな立ち上がり警戒する。あたりを見渡すと足元に形容しがたき猫のような何かがある。いや、いる。
「なんだおま「バリツ式雷電連続かかと落とし」」
言い切る前にマスターに切られた。そして、足元の
「……マスター、いったいどうしたの?」
俺は恐る恐るマスターに尋ねる。
「――ああ、この生物は依然助手のネオンとその友人たちを
――ああ、前科もちなんだ。
「痛い! そこの白詰襟の人何する……って! あんたはあの時の自称英国紳士!」
――あ、回復した。
「なんであんたがこんなところにいるんだにゃ! って言いますか、あんたの世界物騒すぎるにゃ!
《グレートキャッツビレッジ》に新しい同胞を勧誘しようと色んな所にいったが本当に一等物騒だったにゃ霧に隔絶された街で見つけた金髪ロリや獣耳娘を
とめどなく、矢継ぎ早に、
「そうか、それは気の毒だな。っで、次はこの子たちといことか?」
「そうとお~り、最近は《グレートキャッツビレッジ》も人物不足でにゃ~」
この生物もなんだか苦労しているようだ。
「というわけでもらったーーーーー!! 「させん」」
生物がアンナとタマーラに飛びつこうとした、しかし二人の間に黄色い外套をした齢十歳ほどの少年が立ちふさがった。いや、正確に10センチほど浮かんでいる。
「ユーリー!」「ユーリーさん」「ペルーク!」
三者三様の名で呼ばれた少年は今なおもその手に握りしめたものを砕かんばかりに力を込めている。ここまでその頭蓋が軋む音を響かせながら。
「やあ、久しぶりだね僕の可愛いアンナ、素敵なタマーラ、親愛なるペルクナス。
っで、この国の言葉を知っておいて役に立ったろタマーラ。あと、あんまりアンナの趣味を邪魔しないでくれるかな、僕は彼女の写真がとても好きなんだ」
現れた外套の少年、ユーリーなる少年は三人のことを知っているようだが……
「ユーリー! この生物はあんたの仕業!」
「違うよ。僕にはこんな
ユーリーは人懐っこい笑顔をする。その笑顔はこちらに全く警戒心のない、警戒をさせない笑顔なのに――少年を見ていると背筋が寒くなる。この少年は
「――ペルーク」
マスターが険しい顔でユーリーに問いかける。その瞳は、憎しみや恨みとは違う、嚇怒の念が滲み出ている。マスターがこういう顔をするのはひどく珍しい。
「大丈夫だよペルクナス、今の僕は君の輝きをどうこうするつもりはないから。――今の僕は
ああ、君の懸念はわかるよ。そちらも大丈夫、僕に直接触れなければ問題ない。空気感染もしないから。まあ、触れたらこうなるけどね」
俺はユーリーが握っている生物を見るとある変化があった、その生物はなぜかやけどをしていて、ほかにも毛が抜け落ち、発疹、肌が浅黒くなっている、たぶん皮下出血だ。そして、その様に満足したのか放り投げた。
「これに懲りたらさっさと消えろ醜穢なりしモノよ」
だが、一目で重篤な状態とわかる生物が、手を膝に掛けて立ち上がる。
「引くわけにはいきゃない、ここで引いたら、またあの世界を巡るかもしれない。いや、それ以前に今後の出番がどんどん減るかもしれにゃい! 何よりもあちしが主役になれない! ある陸軍憲兵大尉が言った。『諦めなければ、いつかきっと夢は叶う!』っと。故に、ここにいる全員、《グレートキャッツビレッジ》に来てもらうにゃーーーーーーーー!」
奇妙な生物が奇声を上げると店内の景色が一変した。奇妙不可思議魑魅魍魎、頭の悪い建造物と植物みたいな何かが群生する変な桃色紫空間となった。
もっとも大きな変化はあたり一帯にあの生物の類似種が跋扈していた。
「さあ、ここはあちしたちの領域、ホーム、陣地、その名も《グレートキャッツビレッジ》! さあどうする数の上ではあちしたちに絶対優位。つまり、おとなしく全員猫耳になれーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ふーーんおもしろい
ユーリーはあたりを物珍しそうに見渡している。遠坂はこれを《固有結界》かどうかを検証している。
「――あれ? あまり驚かれない?」
「ねえ? ここは丈夫?」
話が不穏になってきた。
「え? そのつもりですけど……」
その空気をこの生物たちも感じたのであろう、額から滝のように汗を流している。
「そう、最後の質問だけど君名前は?」
いま、ここにいる全員の首にに死神の鎌がそえられる。
「えーーと、ネコアルクと申します。でなぜ最後?」
「決まっているじゃないか」
ユーリーが、これまでで一等、無邪気な笑顔で答える。
「――
ユーリーが宣言した時、いつの間にかマスターの電気騎士が現れておりユーリーと俺たちの間に
「ありがとうペルクナス、これで心置きなくやれる」
「お前のためではない、この子たちのためだ」
「それでもだよ。じゃあネコアルクたち、
――
白銀の盾と電気騎士で遮られて見えなかった、
だだ、わかったのは――
――――閃光が――――
――――ネコアルクたちを――――
――――すべてを、焼き尽くす――――
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
光が収まった時、景色はいつもの《アーネンエルベ》に戻っていた。幸いなことにあれから時間は進んでいない、二人のウェイトレスは辺りを見てため息をついている。この手の展開に慣れているのか慌てた様子がない。そして、なぜか青い携帯をへし折っている。
「――いったい何だったんだ」
「ペルクナスの楔よ、君が気にすることでないよ。それよりもアンナ、タマーラ、時間はいいのかい?」
ユーリーがアンナとタマーラに時間が迫っていると報告する。
「時間――ってもう公演一時間前じゃない! 行くわよアンナ! ユーリー今日のところ感謝してあげる。けどアンナには手は出させないからね。
じゃあごちそうさまミスターテスラ、皆さんステージで待っている、良き青空を」
タマーラは余り見ないデザインの懐中時計見て声を上げ手早く荷物をまとめてアンナの手を引っ張って行く。
「ああ、まってタマーラ、皆さん公演来てくださいね。良き青空を」
こちらがろくに挨拶をする間もなく二人は店の外に出て行ってしまった。来るのが突然ならいなくなるのも突然だった。
――でも、また会いたいな。
その後、貰ったチケットの日付がおかしいことに気づき、公民館に問い合わせもしたがパヴロワ劇団という劇団が公演した記録もないし、予定もないらしい。
タマーラ・カルサヴィナ アンナ・パヴロワ 二人の名前もなかった。
「結局あの二人は何だったんだろうか?」
俺の呟きにマスターが答えてくれた。
「あの二人は本来、お前たちとは交わることない存在だ。なんの因果か、宝石翁の計らいか、それとも気まぐれか。しかし、いずれまた会うこともあるかもしれない。
その時は存分に語り合えばいい。まだ、お前たちには時間がある」
「そうだね。また会えるといいな――」
沈みゆく夕日を背に帰路につく。正月もおわりいつも通り日常が戻ってくる。以前マスターのいた世界の話を聞いた時太陽がもう見えないと言っていた。だから、いつか一緒にこの夕日を、朝日を、太陽を見たいな。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
海上を進む機関蒸気船、その一等客室でアンナとタマーラは静にお茶をしていた。
「ねえタマーラ。あの五人はどうして公演に来てくれなのかな?」
アンナは落ち込んでいた。短い時間だったが確かな友誼を結んだと思った人たちが来てくれなかったのはショックだった。
「ねえアンナ、あの人たちも事情が出来たかも知れないじゃない。だってチケットを渡したのも突然だったし……でもあの喫茶店が消えていたのは変だしね。またユーリーの仕業かも知れないわよ」
「うん」
タマーラの必死のフォローも傷心のアンナには空振り。アンナはついに目に涙を溜め始めてしまった。
タマーラはアンナに胸に抱きしめ、背中を優しくたたく。
「落ち込まないでアンナ、また機会はあるわよ。それにあの人たちは軽薄な理由で約束を破る人たちには見えなかった。だから次の機会を待ちましょう。その時はこう言ってやるのよ『以前の公演は今回と同じくらい素晴らしいものだったんだから見逃して損したわね』ってね」
アンナはタマーラを上目遣いで見つめ、タマーラが目元をぬぐった。そして、アンナに笑顔が戻った。
「そうねタマーラ。あの時見なかったのを後悔させないとね」
「その粋よアンナ。やっとアンナにもエイダ主義のなんたるかがわかってきたようね」
「そんなんじゃないよタマーラ」
「うふふ」「あはは」
そのあとも二人のお茶会は深夜まで続く、そして、眠りに落ち。朝日同時に幕が上がる。
今日という暖かい一日が始まる。
日常という演目が始まる。
優しい日々が始まる。
新年あけましておめでとうございます。え? もう正月は過ぎている? いいじゃないですか。年賀状だって十日くらいまでならセーフ(うろ覚えですが)らしいので問題ないです。
あと、この正月にFGOでなんと我がカルデアに福袋ガチャを含めて★5サーヴァント五枚 ★4二枚のきました。
しかも、★5には聖処女ジャンヌが降臨なさったのです。ほかにも太陽神の御子。おっぱいタイツ師匠。駄狐。
★4はアタランテとアン・ボニー&メアリー・リード と一気に賑やかになりました。
今日はこのあたりで。
では皆様今年もよろしくお願いします。良き青空を。