1983年 3月7日
旧フィンランド領 ウツヨキ
弁慶を新たに迎えたヴァンキッシュ試験小隊はバレンツ海につながるフィンランド北端まで来ていた。
バレンツ海には数多くの日本帝国の艦船が停泊し、難民の到着を待っていた。
当初、難民の移送は車で予定されていたが、ロヴァニエミハイブの活性化に伴い、計画は急速に前倒しにされ、徒歩での移動となった。
難民たちおよそ5万人はすでにイヴァロを発ち、欧州道路E75線を北上し、バレンツ海まで海路のあるフィンランドの北端ウツヨキを目指し最短ルートを歩いていた。
その距離およそ150キロメートル。
5万人もの大規模な行軍である。女、子供、年寄りも多く、1時間に進める距離は約2キロメートル。
到着まで必要な行軍時間はおよそ75時間。
さらに夜間を差し控えると、一日に行軍できる時間は半分となる。
つまり、約1週間もの間5万人は歩き続けなくてはならなかった。
イヴァロとロヴァニエミとの距離はおよそ160キロメートル。
衛星がロヴァニエミハイブの活性化を捉えた翌日の3月4日に難民たちはイヴァロを発っていたのですでにその行路の半分まで来ていた。
難民の守備は、都市防衛隊と日本帝国陸軍1個師団がその防備につき、行軍に随行していた。
だが、その早い難民たちの動きに反して、ロヴァニエミハイブは動きを潜めていた。
弁慶は、その報を聞き安堵した。
だが、都市防衛隊の一人。
弁慶がこの世界に来た時に力になってくれたミカ・テスレフ少尉が弁慶へと個人的な頼みを申し出たのだ。
それは彼の娘イルマのことだった。
娘イルマが、ウツヨキに向かう難民たちの中に含まれていないというのだ。
母親が都市防衛隊に申し出て発覚し、当初は5万人の行軍のどこかにいると思われていたが、日本帝国軍と都市防衛隊が調査した結果どこにもいないということがわかった。
都市防衛隊はイルマがまだイヴァロに残っているのだと結論を下した。
父親が帰ってこないにもかかわらず、自身だけ逃げることを良しとしなかった少女が難民都市に一人残り、父の帰りを待っているのだった。
いつ死んでもおかしくない父の安否に娘が悲しまないように配慮したその行動が娘を置きざりにしたのだ。
少女一人のために、都市防衛隊をイヴァロに戻すわけにもいかなかった。
対応策を考えあぐんでいたところに弁慶が戻ってきたのだった。
ミカは、弁慶に頼むほかなかった。
弁慶は、そのことを聞きすぐに巌谷、篁、武蔵に話をした。
「俺たちだけでイヴァロに行き、少女を保護するしかない。」
弁慶が断言すると、武蔵もそれに続く。
「おう、早く保護しねえとマズイぜ。エヴァンスクハイブのBETAがいつこっちにむかってくるか、わからねえ。」
武蔵、弁慶の言葉に、巌谷は眉をひそめた。
「少女を瑞鶴に乗せろということか。」
「まいったな。それは厳しいな。」
瑞鶴は、つい去年完成したばかりの日本帝国最新鋭機だ。そんな機体に、一般人しかも他国の人間を乗せるわけにはいかなかった。
その上、ゲットマシンにも乗せるわけにはいかなかった。
ゲットマシンのコックピッドなどに少女を乗せれば、少女の体は耐えきれない。
巌谷、篁両名は、紅蓮中将を説得にかかることにした。
紅蓮も一存では決めることができなかったため、本国の許可を取るため瑞鶴は待機。
弁慶、武蔵は、先行して少女の保護に向かうこととなった。
「俺たちが許可を取る、巴達は先にむかってくれ。」
弁慶がベアー号、武蔵がジャガー号に乗り込んだ。
「久しぶりだな。この感覚。」
「先輩! お願いしますぜ。」
「まかせろ! ゲッターロボ発進!!!」
格納庫のゲッター3が3機のゲットマシンに分かれて、大隅を飛び立つ。
「チェェェェェンジイィィィィィ!! ゲッター2! スイッチオォォォンンン!!!」
3機が再び分かれて、先日弁慶が戦った形態へと変化した。
武蔵、弁慶は、最短でイヴァロに辿り着く方法を選んだのだ。
「いくぞ弁慶! 舌噛むなよ!」
「応!」
音速を超える速度でイヴァロを目指す。
「本当に、3機に分かれて別の機体になったぞ。裕唯?」
巌谷が、驚愕の目でそれを見上げた。
「まいったな。本当にまいった。我々は、アレに追いつけるんだろうか。」
篁は、技術力の違いを思い知られたが、その眼は前を向いていた。
「いつか追いついてみせる。」
技術者としての篁裕唯は、力強くそう言ったのだった。
10分後
だれもいなくなった都市に辿り着いた武蔵と弁慶は、少女を探し始めた。
「イルマー!」
「嬢ちゃん! 出てこーい!!」
大声で呼びかけるが、返答はなかった。
「当たり前だが、人っ子一人もいねえ!」
「早く見つけねえと。」
都市、難民キャンプを数十分ほど見回ったが、少女を見つけることはできなかった。
「巌谷だ! 巴、車!聞こえるか!」
「おう!聞こえるぜ!巌谷!瑞鶴の承認は降りたか?」
「もうすぐだ! それよりエヴァンスクハイブからBETA梯団がそっちに向かっている。」
「なんだって! このタイミングで?」
沈静化していたエヴァンスクハイブから突如BETA梯団の北進。
弁慶と武蔵は、このまま少女を探し続けるか、それとも切り上げるかの選択を迫られた。
その時、弁慶に難民キャンプの端にある廃工場が目に入った。
「先輩! あそこかも知れねえ。イルマが遊んでいた場所だ。」
「それに懸けるしかねえか。弁慶! お前はあの工場を探せ! 俺は、BETAを足止めする。」
武蔵と弁慶は、二手に分かれ、武蔵は、エヴァンスクハイブから向かってくるBETA群へ、弁慶は、ゲッターを降りて廃工場へと向かった。
ものの数分。
武蔵の操るゲッター2は、BETA梯団の最前列と会敵した。
突撃級が大群を成して北を目指していた。
「ゲッター2で戦うなんて初めてだぜ! これまでの借りを返してやる!」
武蔵は勇んで、瑞鶴を操縦していて感じていたフラストレーションをぶつけるように叫んだ。
ゲッター2がBETAを足止めするために、突撃級の群れへと飛び込んだ。
廃工場の中で、少女は息を潜めていた。
「パパは絶対帰ってくる。」
少女―イルマ・テスレフは、毛布を体に巻くことで寒さを凌いでいた。
その眼は少女の年齢にしてはあまりに強く、諦めを知らないものだった。
その時、工場の門が大きな音を上げて開いた。
「見つけたぞ! 嬢ちゃん!」
弁慶が、少女の姿を認めて駆け寄った。
「誰ですか?貴方は? 私は、パパが帰ってくるまでは絶対にこの場から離れませんよ!」
「安心しろ。パパに会わせてやる。さあ一緒に……。」
「パパに!?」
少女の顔に安堵の笑みが生まれた。
その時だった。
轟音が工場内に響いた。
「おじちゃん。アレ。」
イルマは恐怖の表情で後ろを恐る恐る指さした。
そこにあったのは、血のような赤。
弁慶が先ほど通ってきた門から赤い手が伸び、門をこじ開けた。
「馬鹿な! 早すぎる!!」
門をこじ開け、工場内に侵入したのは戦車級だった。
弁慶編 14話終
忘れられたころに更新。