鋼色の挽歌   作:yoruha

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「無題」

 

 

 

 

 

 一人のバギー乗りに贈る。

 

 

 

《彼らから聴いた話》

 

 場末の寂れた酒場のマスターの場合。

 

 ん? ガルシアのことが聞きたいって? ガルシア……ガルシアねえ……ああ、あいつか。思い出したよ。バギー乗りでガラ悪いハンターだよな。そこだ。いまアンタが座ってる隣りの椅子にいっつも偉そうに座ってやがったよ。っと悪りいな、まだ掃除してねえが勘弁してくれ。

 あいつのことって言われてもなぁ、たいしたことぁ俺は知らねえぜ。せいぜいが安いウイスキーを不味そうに飲みやがるヤツで、口が悪くて、いつも自信満々に女に声を掛けては、手ひどく振られてやがった。

 強かったかどうか? あぁ、そうだな。あんなナリしてクチだけのヤツらが多いなかじゃマシだったぜ。バギーなんて稀少っちゃあ稀少だし、まともな戦車乗りに比べりゃ馬鹿にされることのが普通なハズなんだがな、アイツはハンターとしても、バウンサーとしても腕は確かな方だったよ。砂漠に出てったひよっこどもは、むしろ戻って来ねえのが大量にいんだ。ちゃっかり生きてたんだからそれなりに強かったハズだぜ。

 んー、賭けは負け続けてたから、ツキにゃあ見放されてたんじゃねえかな。有名になるってでけえ声で叫んでは飲んだくれて、絡まれてはソイツら殴り倒して、んでうちの店の女の子にコナかけようとして顔に赤い手形もらってたりしてたな。ったく、イケすかねえヤツには違いねえよ。正直モンって呼んだら俺が嘘吐きになっちまうさ。コインで勝負する度にムキになって勝ちに拘ってやがったしな、負けず嫌いなんだか、勝ちが好きなんだかまでは分からねえけど……根性はそれなりにあったのは認めるよ。たぶんアイツみたいなのが、この世界に一番合ってたのかもしんねえ。荒野を走って来た後にな、バギーがくたびれて見えてても、あいつが乗ってる姿はわりかし悪くなかったからな。

 そうだ、まだツケが残ってるんだ。あいつに会ったらさっさと払えって言っといてくれ。出世払いってことになってるが、いつになるか分かんねえし、最近顔見せねえし。死なねえうちに払ってくれりゃあこっちとしちゃ万々歳だ。早いとこ頼むぜ。賞金首の一匹や二匹は狩ったらしいから、儲けてるハズなんだ。ほれ、そこ見てくれ。あいつが金の代わりにって勝手に残してったもんだ。鉄のフカヒレっつうのらしいんだが、酒場に食えねえツマミ置いていってどうするつもりなんだか。自慢げにそこに投げて床に刺さったまんまだよ。なんなら、あんたそれ喰わねえか? やっぱ嫌か。ま、そりゃそうだわな。

 ガルシアって男はイケすかねえヤツだったが……なんでか、俺は嫌いじゃなかったぜ。こんな酒場にはあんな男がくるもんだろ。そんなかでも美味そうに酒呑んでやがったから、こっちとしちゃ良い客よ。

 いつでも張りつめてばかりだったし、群れるのが苦手だったみたいだけどな、なんつうかさ……実は、あいつ寂しかったんじゃねえかなあ。前にな、あいつが一人で飲んでるの見てて、そんなふうに思っちまったことがあったよ。

 

 

 

 

 小さな店の女性店員の場合。

 

 ガルシアさん? あ、うちのお得意様ですね。かなり年季入ったバギー乗りの。話が聴きたいんですか? ええと、……店長ー、少し時間大丈夫ですかぁ? はいっ、じゃあ休憩入りまーす。っと、それじゃお話し始めましょうか。

 ううん、といってもあんまり詳しいわけじゃないんですけど……どんなひとだったかが知りたいって言われてもですね、いつも豪快に安い装備買い込んで行くひとでしたよ。ええ、ときどき主砲の37mm砲が大破したままお店に入ってきますし。直しに戻ってくるより、いくつか積み込んだまま戦車戦してたんじゃないでしょうか。実際のトコロまで私は知りませんが、たぶん逃げるのが嫌いな人だったんだと思います。モンスター狩りのために、砂漠で夜を越すこともあったみたいですね。あ、いや、聞いた……というか見たんですけどね、砂塵で機械サソリのでっかいの、えと、確かサソリガンでしたか、そんな名前のモンスターと戦ってる姿を。

 壮絶っていうか、格好良い戦い方でしたねー。バギーを綺麗に乗り回していて、尻尾からの砲撃を避けながら突撃して、近距離からの連続射撃してましたから。普段の口調とか態度とか見てることからじゃ考えられませんね。繊細な運転でしたもの。

 かなり強いハンターさんだったと思います。この店に来る方々を見ていると、なんだか強さってのが分かってくるんです。装備の選び方や、手入れの仕方、戦車の傷なんかでもよおく違いが出てますから。強いハンターさん、つまり……まあ、この場合戦車戦闘の上手い方ってことになるんでしょうけど、そういうひとはダメージの受け方が優しいんです。装甲の厚い部分に上手く相手の攻撃を誘導してるのか、自分から避けてるのか、どっちにしても凄腕の人っていうのは確かにいるんです。ほら、あなたみたいに。あなたもその戦車からすると、ハンターさんですよね? ほら、この装甲タイルの剥がれた部分は全部エンジンや内部コンピュータから外れた位置に当たってるじゃないですか。こういうのを自覚的にできるひとって、あまり戦車も壊さないひとですからね。ふふっ、お世辞じゃないですよ。

 あれれえ、後ろにあるそのバギーってガルシアさんのバギーじゃないんですか? あーっ、やっぱりそうだ。前に傷ついてたところがそのままになってる。ほらほら、これですこれ。変な風に傷が付いちゃってるのに、ガルシアさんったら直さないでくれって。うん? 言ってませんでしたっけ、うちの店は修理屋も営んでおりますので。つまり多角経営なのです。

 あー、お話に戻りますけど、その傷。少し離れた位置からだと、なんか名前みたいに見えるんですよ。ガルシアさんにそう言ったら、いたく喜んでましてね。この傷、俺様のバギーにゃもってこいだぜ、だそうです。よっぽど嬉しかったんでしょうねえ。ただ、おかげで修理一回分は不必要って断られちゃいました。商売としては少しばかりもったいなかったです。

 ところでどうしてそのバギー、お客さんが乗ってらっしゃるんですか? え、はい、……ガルシアさんはとっても大事にしてらっしゃったので不思議なんです。小さな子供みたいにそのバギーのこと好きだと、私にはそう感じられてましたから。たぶん簡単に譲ったりするようなものじゃないんじゃないかなぁ、って。

 わ、いつの間にかまた話逸れちゃってますね。すみません。どうもお客さん相手だと饒舌になっちゃう癖があるんですよ。ガルシアさんの印象ですよね。

 そうですね、あのひとはいいひとだったと思います。すこし乱暴でしたし、かなり目つき悪かったですし、ものすっごく我が儘だったし。それに、口の悪さで、とても損してました。

 えへへ、これは私の勝手な考えなんですけど。きっともう少しだけ意地っ張りじゃなければ……今ごろには、有名なソルジャーさんのマリアさんみたいに、名を馳せていたかもしれないですね。

 そうだっ。……いま、ひとつ思い出しました。チンピラみたいなグラップラーに私が絡まれていたとき、ガルシアさんが横から喧嘩売って、彼らを叩きのめしてくれたことがあったんです。

 考えてみると、あのとき私を助けてくれたんだって、そう思いますね。

 

 

 

 

 宿屋二階で客待ちをしていた女性の場合。

 

 ガルシアのコト聴きたいってのはアンタ? アァ、あいつでしょ。そりゃ常連さんだったもの、ちゃあんと覚えてるわよぉ。どんなオトコだったかって言われても、そうねぇ……ヒトコトで言っちゃえば下手ね。オンナの扱いがまるでなっちゃいなかったわ。最近顔も見せやしないしサァ、まったくやれやれよねえ。

 ツマンナイ話でもいいって? んじゃ話すケド。あのオトコさ、狩ったばっかりのモンスターの賞金でパァっと豪遊しちゃってくれててね、アァ、そのときアタシも酒場に一緒にいたんだけどぉ、おだいじんってヤツよ。オゴりで高ぁいお酒も飲ませてもらっちゃったんだぁ。でねでね、ガルシアったらめちゃくちゃ酔っぱらって、最後にはカウンターで寝ちゃってねえ、あー、いま思い出しても楽しかったし大変だった夜のコトよ。いつもは周りに喧嘩ばっか売っては怖がらせるだけのチンピラのクセにさ、そんときだけはよっぽど嬉しかったのか、すっごく好い笑顔してんだもんねぇ。いや、格好良かったのよホント。普段のアイツからじゃなぁんも気づかないだろうけど、悪いヤツじゃなかったの。

 あ、その顔は、分かるって顔かい? 分かってくれるのかぁ? あはっ、ありがとー。よく見るとアンタって意外に可愛い顔してるわねぇ、どう? なんなら今晩空けとくし、今からでもいいし、お金もいらないよぉ。ふふふ、おねーさんといいことしましょうよぅ。え、ダメ? 忙しい? ……あーそっかぁ、ざぁんねん。

 断られちゃうなんてねぇ、そんなに魅力無くなっちゃったかしら。ま、お堅いのも良いけど、たまには遊びなよ。とくにオンナから誘ってくれた場合にはさ。うんうん、素直でよろしい。次から気をつけなよぉ。

 ガルシアのおハナシに戻りましょ。アァ、でもまあベッドの上じゃ乱暴過ぎたコトが一番印象深いんだわね。そこがもったいなかったかもしれないかもよ、おおかた、いつもはオンナの子に避けられるんでしょ。可哀想っちゃあ、可哀想なヤツなのよ。狼なんか気取って、一人旅してたみたいだけどさぁ。やっぱ、友達少なかったんだろうから。そうそう。あんなオトコのくせにサァ、あいつ、寝顔は可愛かったんだ。それがガルシアを嫌いじゃあない理由かな。

 なんだかんだ言って、案外に羽振りも良かったよ。ああいうオトコは、たぶん楽しく生きられてんのよねえ。あーあ、うらやましぃったらありゃしない。アタシもあんくらい馬鹿やってられたらなぁ。

 あっと……アンタさ、あの馬鹿に会ったら伝えてくんない? あんとき腹は立ったけど、けっこう楽しかったよ、ってね。

 

 

 

 

 街の路地裏に立っていた男の場合。

 

 ガルシア? 誰だよ、んなヤツの名前知らねえよ。ああん? ここらに来てたバギー乗りだと? あ。思い出したぜ、あの野郎か。クソ野郎だろクソ野郎。ヒトサマの顔面に一発喰らわせておいて逃げやがッたチンピラな。だろ? 違うってのかァ? てめえに文句言われる筋合いじゃねえよ! ざけんなコラ、オレに訊いておいてクチ挟むんじゃねえッ!

 オイ! てめえはなんだ、あの野郎がまたオレたちの邪魔するために送り込んできやがったのかァッ!? もしそうなら今度はギタギタに引き裂いてスナザメの餌にしてやるよッ! オイ、なんだその顔は。アアン? やんのかテメエ!

 ……その傷はなんだって? フン、性根の悪い売女に引っかかれただけだ。テメエみたいなスカした野郎には関係ねえよ。ったく、じろじろ見んなッつってんだろ!! それとも何か、本気でスナザメの巣に放り込んでやろうか? 殺すぞ!

 るせえなァッ! ただの引っ掻き傷だって何度言ったら分かんだよ、クソッ! ガルシアに付けられた傷? どこにんな証拠があんだよコラ。オレのコトァ舐めてんのかよガキ。とっとと失せろ! 邪魔だッ!

 ケッ、しつこい男ほどウザイもんはねえな。だからガルシアに付けられた傷じゃねえって言ってんだろ? ガキはミルクでも飲んでお寝んねしとけ。詮索すんじゃねえよ! だから見るなつってんだろ! マジにぶっ殺すぞ! だからもう帰れよ。なぁ。早く帰った方が身のためだぜ。テメエのコト心配して言ってやってんだ。オレみたいなヤツがこんなに譲歩してやってんだからよう、素直に帰るってのが人情だろ? 帰れよ。ほら、帰ってくれよ!

 よし、行ったな。

 あの野郎、次見つけたらただじゃおかねえぜ! ……あ、いや何でもねえよ。だから帰れって。

 ……いきなり戻ってくんじゃねえよ。もう、戻ってこねえよな……びびっちまったじゃねえか……あ、オイ野郎共! とりあえずハンターにはなるたけ喧嘩売んな。肝に銘じとけ! ヘタすっとこっちが死ぬかんな、気を付けろよ!

 

 

 

 砂漠で休憩中だったハンターの場合。

 

 ガルシアのことか。まあ、あんまり良い評判は訊かなかったが、それなりに筋は通ってたんじゃないかな。いやさ、そこそこ悪いこともやってたかもしれないが、グラップラーに与していたのは見たことないんだ。十把一絡げのハンターに比べれば、かなり強かったのは間違いないし。どこだったか、……スワンだ。あの町の人間の言葉を借りれば、「お前は強い。強いヤツは正しい」ってなところか。まあ、こんな言葉じゃグラップラーどもと同じになっちまう気もするけど。

 あいつ、死んだんだって? ハンターオフィスで職員と話してたら、マリアさんの訃報と一緒に情報が入ってきてさ、驚いたよ。あのマリアさんと凄腕のハンターが他にもいたんだろ。そのなかにガルシアがいたからさ、余計にね。もしかしたら……あ、いやなんでもない。気にしないでくれな。いやいや、マリアさんには二度くらい話する機会があってっていうだけさ、そんなに親しくなれなかったよ。彼女は憧れだったけどね。ガルシアはたまたま酒場で一緒になることが多かったから、多少は人となりも分かってるつもりさ。

 しっかし、マリアさんすらテッドブロイラーに勝てなかったっていうのに。誰だろうな、グラップラーの連中を壊滅させたハンターは。もしかして君だったりするのかい? はははっ、冗談だよ。そこまで若いハンターで成し遂げられるレベルの偉業じゃないさ。君だったら尊敬するしかないけどな。彼らのことは噂でしか聞いてないけど、賞金首をことごとく狩っていったっていう凄腕も凄腕、超一流だぜ。グラップラーの実体も掴んでる人間が少なかったっていうのにさ、よくもまあ本拠地から何から何まで突き止めたもんだ。それだけでも賞賛に値する。そう思うだろ? え、そんなことはない? ふーむ、見解の不一致だね。ま、少なくともその彼らが現在の最強だっていうのは間違いなさそうだ。マリアさんの後継者らしいしさ。……あ、すると、彼らはやっぱり若いのか。うーん、会ってみたいものだね。

 ガルシアのことといってもなぁ、マドの町で死んだとしか訊いてないんだけど、もしかして生きてるとか? いやね、彼のバギーを見たっていう話を最近よく聴くから、不思議だって思ってたんだ。

 あとは……いつも一人だったな。旅するときも、戦うときもさ。誰も信用できねえって、ずぅっと言ってた。所詮は酒の席だからあやしいもんだけど、あいつに友達がいるって話も聴いたことないしな。弱いヤツは悪いって、スワンの人間みたいな台詞がよく出てたし。よっぽど負け犬が嫌いだったんだと思う。……足引っ張られるのは誰でも嫌なことだけどさ。戦いが好きだったのか、強いことが好きだったのか、そこまでは分からないけど。

 うん、さっきちょっと言いよどんだのはそれでね。ガルシアが誰かと一緒に戦って死んだのが、どうにも信じられないんだ。もしかしたら、あいつにとってマリアさんたちは友人だったのかもしれない。自分を越えるような人間には、好意のひとつも持ってたんだろうと思うよ。意地っ張りだから、たぶん、いや絶対にそんなことは自分で言わないヤツだったけどさ。

 

 

 

 

《追記》

 

 銃で穿たれた痕、いくつもの危機をくぐり抜けてきた証が、そのバギーには刻み込まれている。ときにはモンスターの爪で抉られた深い傷が、装甲の裏へと突き抜けたこともあった。砂塵に削られ、酸で溶かされた焦げ跡も見受けられる。幾度も修復された車体とその装甲、上部に取り付けられた副砲の機銃、その横には使い込まれ鈍色の輝きを発す大型主砲。ボルトで窮屈そうに締められた特殊装備は後方にあり、砲弾が積み込まれたままになっていた。それらについた傷こそ、戦場を駆けるバギーにとっての勲章だった。

 いつかのこと。主人は血を、バギーはオイルを流しながら必死に戦い抜いた日々。有り金はたいて買い付けてきた機銃が大破したとき。主砲の一発でモンスターを打ち砕いたあのころ。洗車の際に窓を閉め忘れて車内が水浸しになった思い出。何もかもはバギーに名残を残し、彼の最初の主人の名はバギーの車体に刻み込まれている。悔しさも嬉しさも悲しさも楽しさも、バギーの生から、主人の死まで。すべてはここにあった。死に至らしめ、また利用した者たちへの復讐も果たし終えた。

 いま運転している彼が、二人目にして最後の主人になるだろう。苦労を分かち合ったこのバギーはもう保たない。長くを耐え抜いてきたバギーも、度重なる激戦にとうとう限界が来たのだ。

 彼は荒野を抜けていく。

 風を切って走った。いくらか岩で揺れはしたが、慣れた運転で速度は落とさない。流れていく景色は寂しげで、やけに静かだった。木々の緑が遠くに見えた。岩山を背後に、湖を横目で覗きながら道無き道を進んでいく。太陽の光で湖面の輝きが白く揺れる。水没した過去の遺産が水底に窺えた。

 世界は広い。遠くに目をやればどこまでも空は果てしなかった。

 いつしか砂漠にたどり着いた。些少だが数の減ったモンスター数匹を撃ちつつ、真ん中を突っ切ってバギーはひたすらに進む。スナザメの巨大な死骸が視界の片隅に映り込んだ。幾分小さくなっているようにも思える。とすれば、おそらく他のモンスターが喰らっているのだろう。細かい砂の乗った風が吹き、視界を遮った。構わずに真っ直ぐに道を行けば、すぐさま抜けられた。

 更に先へ。

 岩肌を晒した山々の脇を抜け、湖を回り込むように。誰も来そうにない僻地にも似た場所を走り続ける。そのうちに見えてくるのは世界が見渡せそうな、大きな崖だった。目的地に到着したのか、彼はバギーの速度をゆるめた。ゆっくりと、止まる。

 ひどく寂しげに、ひとつの墓が存在していた。名前も刻まれないほど、小さな小さな墓標。バギーから降りた彼は、黙したままそれに歩み寄った。崖から湖が広がっていた。遥か向こうにあるはずの港町は微塵も姿が見えない。

 朽ちた死者の墓など珍しくもない。世界はどうしようもなく荒れ果てていて、何人もの旅人が砂漠の途中で力尽きる。理不尽に死する者も決して少なくないのだから。

 だが、名も無き墓標には花のひとつも無かった。

 そのことが、彼にはとても悲しく思えた。

 

 そこにバギーを残したまま、振り返らずに彼は去った。

 役目を終えたバギーは眠る。

 傷ついた自らを誇るように、そして主人を守るように、小さな墓に寄り添いながら。

 

 バギーに刻まれた名はガルシア。

 最後まで意地を張り通した、バギー乗りだった男の名である。

 

 

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