鋼色の挽歌   作:yoruha

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Felix Culpa (2)

 

 

 

 

 

 

 すさまじい音がした。鼓膜を破りかねない爆音だった。もし耳に鼓膜があったのならの話だけれど。

 勢いよく放り投げられた手榴弾がちょうど目の真ン前で爆発したのだ。かるくまぶたを閉じて、吹き付けてくる熱風の勢いが収まるのを待った。

 煙が収まってから見渡す。視線の先で必死の形相になって逃げまどう姿がある。砂煙の前方に見ることが出来たそれは、奇妙な格好をした賞金首だった。扮装というよりは仮装に近い。服のセンスは最悪らしかった。

 変装のつもりなのだろう。

 最近はハンターとして名が通り始めたアタシを見た途端、いきなり逃げ出した時点で頭が悪いとしか言いようがない。それほど熱心に活動しているわけでもないのに、有名になったもんだ。

 荒野を抜けた砂漠のあたりは無人だったのだ。眼前にそいつだけがいた。

 楽しげな哄笑が響き渡っている。

 町から逃げ出したその男を追いかけていたのだ。そのうちに、男が知らず知らずしてモンスターの巣の近くまで来てしまったらしい。踏み込んだ途端囲まれて、ヴィーグル相手に男は焦って手持ちの手榴弾を使い果たしてしまったようだ。狂ったマシン共は沈黙した。こっちに来たさっきの一発は偶然だろう。直撃させられなかったのが運の尽きってワケだ。

 それでも視界いっぱいを砂ばかりで覆い隠されてしまった。突然の爆風で巻き上がった黄砂によって行く手を遮られる。追いあぐねていると、あっという間に遠ざかってゆく影。逃げ足だけは一流のようだ。

 また距離が離れてしまった。

 周囲には、さっきから笑い声が続いている。激しい爆発はそこら中に置き去りにされた鉄をいじめ抜いた。耳障りな叫び声に混じった人間のものと思しき笑い声は誰のものなのか。少なくとも男が発しているわけではなさそうだ。声の高さは女のものだった。

「あははは」

 この男の名前は知らない。知る必要もない。

 だってここで死ぬヤツの名前なんて知ってもしかたないじゃないか。

「あははははははは」

 生きて連れて行くなんて面倒なコトはしない。殺した方が楽だもんさあ。

 さらに大きくなる哄笑に気を取られていたせいで隙があった。前方で身を翻した男の方角から、数発の銃弾が躰へと撃ち込まれた。広がった衝撃が躰全体を一定の時間硬直させた。フィードバックにも余念がない。ダメージを計算した脳内の機構は、まるで意に介す必要はないと言い返してくる。こんなちゃちい銃で殺そうとしたのか。それとも動きを止めようとしたのか。

 人間はなんて脆いんだろう。ホント、儚い。

「あはははははははははははははははは」

 笑い声は苦い響きを持つに至った。つまらない。つまらない。せっかく追いかけてきたのにつまらないじゃないか。なぁ、あんたさ。アタシにダメージを負わせて見せろよ。これじゃ殺し合いにもならないじゃないか。弱い者苛めなんてするのは三流の仕業だって誰かが言ってたのを思い出しちまうよ。

 オマエ、誰かを殺して賞金首なんかになったんだろ? あーあ。こんな雑魚だなんて思わなかった。くだらない。なんだか殺すのも面倒になってきちゃったぞ。

 笑い声が止まった。アタシが口を閉じたからだ。

 アタシが笑っていたのだと、ようやく気づくことが出来たのは僥倖だった。そうさ、楽しくないのに笑うなんてのはおかしいもんな。

 男が異常に怯えていたのは、狂騒じみてけたたましい笑い声のせいもあったかもしれない。男は若干ながら冷静さを取り戻したのだ。手持ちの武器の無意味さを悟ったのだろう。小型の拳銃を投げ捨てると、無骨な銃を――デザートイーグルだ――を懐から仰々しく取り出した。

 本気になったというより、自棄に近い。手が震えてやがる。おいおい、そんなんでアタシに銃口を向けてあたるのかい。ちゃんと狙いなよ。狙う場所として胸は悪くない。だけどぶっ殺したいなら頭を狙いな。当てるだけでいいだなんて思うのは早計にすぎる。

「し、死ねえッ」

 言葉少なに叫んだのはそんなオリジナリティに欠けた言葉ひとつ。腹部にさっきのとは比べものにならない衝撃が奔った。躰の内部を通り抜けていった威力だが背中まで届くことなく吸収された。

 ノーダメージ。どこからか囁く声。無機質な喜びの声。

 アタシはにんまりと口角を上げる。男が地面に投棄した銃を取り上げた。へえ、コルトSAAだ。惜しかったね。この銃だけでアタシと渡り合ってたら、多少は根性を認めてやっても良かったのに。

 ここまで追ってきたのに見逃すのもつまらない。

 銃を構える。気分はまるで保安官だ。ウェスタンハットでも被ってロープの一本でも持ってくればさぞかし気持ちの良いことだろう。ハンマーを起こし、指をかけたトリガーをそっと引き絞る。

 躰に巻き付けるようにしていたマントが、地面に沿って届いた下からの熱風で持ち上がった。引き金を引いた瞬間、小さな衝撃が銃から手に伝わってくる。眼前で倒れ伏した男の様子を窺う。右腿からは血が出ているのが見える。砂にまみれた相手の目はまだ死んでいない。悪くない。ぜんぜん、悪くないよ。

 ぎらぎらと輝く瞳がチャンスを狙っていることを指し示している。

 先に一発、撃った。

 軽い衝撃のあと、男は弾かれたように仰向けに吹き飛んだ。今度は右肩だ。抵抗する意思を失ったのか、死んでも離すまいとして握りしめていた銃すら取り落とした。手に力が入らないのかもしれなかった。

 もう一発撃ち込んだ。左足の脛の肉がぱしんと情けない音を立ててはじけ飛んだ。ぽたぽたと足を伝って流れ落ちてくる血。砂漠を行くには適さない重そうな靴を雫が染めた。熱さで濡れる傍から乾いてゆくのを見るのは不思議と楽しかった。靴の汚れのひとつとなった黒は、固まった土埃の茶色と共に男の行方を暗示しているみたいだ。ついでに撃ち込もうとしたら固い音だけで銃弾は発射されなかった。弾切れだ。

 逃げられないことを確かめて、ようやく男の近くに寄った。出血はたいして無いのは分かっている。近い町のハンターオフィスに向かうくらいは保つだろう。後のことなど知らないし、正直どうでもよかった。

 手の中の小さな鉄の塊を空に掲げてみた。

 コルト・シングル・アクション・アーミー。別名、ピースメーカー。ははは、皮肉な名前だね。

「さあ、行こうか」

 意識を失って項垂れている男の襟首を掴み、肩に担ぐ。砂漠の真ん中から揚々と歩き出した。血のにおいに寄ってきたスナザメ共が前を塞いでいた。男の側に落ちた大口径の銃のことを思い出し、適当に拾い上げる。

 銃声は全部で六発。一発は発射済みだからだ。そして後に残された数匹のスナザメの死骸を踏み越えて、黙々と足を進めた。熱砂の景色は、照りつける強烈な日差しの元、焼けこげた肉の匂いと、一帯で破壊された鉄くずの色を吸い込みながら、ぼやけて白く輝いている。

 視線を向ければ、さっきバラバラになったヴィーグルの残骸にまみれ、大破壊より更に前から放置されていたであろう戦車の亡骸が悲しく転がっていた。原型は見る影もなく崩れ果て、砂漠がどれだけの人間を飲み込んできたのかなどもはや知るよしもない。だが形は失われたとしても、過去は錆びに隠されながらそこに残り続けるのだ。この世界に、彼らが確かに在ったということを示すために。

 陽炎のはるか遠くに見える町には煙が細くゆるやかに漂い、上空に昇っていた。

 

 

 ハンターオフィスに行くと、たいていの場合、窓口には愛想のない代わりになかなかお目にかかれない美人か、愛想の良い可愛コちゃんが詰めている。ここにくるのはそんな娘と喋る馬鹿話のためだ。今回は別だけど。

 正直むさくるしいおっさんが無骨な手で賞金を渡してくるよりなんぼか嬉しいのである。

 ここはどちらでもなかった。仕事は出来そうだけど、夜のお誘いはあまり無さそうな感じ。

「はい、《ルーズドッグ》ブルーノ本人であることを確認、たしかに身柄を受け取りました。お尋ね者の捕縛、お疲れ様でした。賞金の方ですが……あ、徘徊していたスナザメも倒してらっしゃるんですね。えーと、今回のが合わせて二万Gになります。いまお受け取りになりますか? 溜めてらっしゃるから、そろそろ十万Gになってしまうのですが」

「そーだねぇ、受け取っておこうか」

「はい。ハンター登録名、レッドフォックスさん本人であることを確認しました。賞金はこちらになります、どうぞ」

「はいよ。じゃ、またね。……と、そうだ。ちょっと聞かせてほしいんだけど?」

「はぁ、なんでしょう」

「あのさ――」

 

 

 楽しい楽しいお喋りの時間を終えると、そろそろ日も没する時間になっていた。

「グッドラック」

 心持ち愛嬌の加味された声を後ろから受けて、振り返りもせず手を挙げた。

 手にした革袋には十万G分の紙幣が詰まっている。これをぶら下げて歩くと結構な割合でお馬鹿さんが引っかかってくれるんだけど、今はちょっとそんな気分じゃない。その辺で拾ってきたナップザックに入れて、町の出口に向かう。その途中、

「てめえ、おぼえてろよ……」

 道ばたでさっき捕まえた雑魚が咆えていた。縄でぐるぐる巻きになって身動きが取れないようになっている。オフィスの職員が苦笑しながらその叫びを聞き流している。一瞬、自分に向けられたものと思わずにあたりを見回してから、ようやく気づいた。

「あー……悪い。誰だっけ?」

「ブルーノだ! てめえ、自分で捕まえておいてそれはねえだろーが!」

「へー。名前あったんだなぁ。脇役にしちゃ、こう、ちょっとした秘密結社の幹部っぽい名前じゃないか。大事にしろよ」

「ふざけんな!」

「ふざけてないんだけどなぁ……せっかく助かった命なんだし、もうちょっと有効に使ったらどう?」

「今日の午後、縛り首の予定だとよ」

「そりゃおめでとう」

「ああん?」

「ムチャクチャやってこんだけ生きたうえに、あっさり殺してもらえるんだろ。お前さんは幸福だね。アタシに感謝したほうがいいぞ」

「……くそ」

「ああ、そうだ。ひとつだけ聞かせてくれよ。さっき聞いたんだけどさ、あんたの《ルーズドッグ》ってどういう意味?」

「知るか」

「ここに煙草があるんだけど、一本、あげようか?」

 職員の方は見て見ぬフリしてくれるつもりらしい。欠伸なんかしながら武器屋の外壁に寄りかかった。会話に耳をそばだてること自体は止めないようだ。

 煙草を受け取ってから、苦々しい口調でブルーノは答えた。

「そのままの意味さ。おれのいたところが何故かことごとく敵対組織からの襲撃にあってな。なのにおれだけ生き残っちまったから、そんな名前がついたのさ。いるだけで縁起が悪いやつにはそんな不名誉な名前がくっついちまう。バッドラックや死神ってのも昔はいたみたいだが、ま、すぐハンターに殺されたよ」

「ふうん。負け犬ねえ」

「もういいだろ」

「あ、もうひとつ教えてくれたら、火もつけてやるんだけど」

「きたねえぞ! てめえッ、わざとだな!」

「いいじゃんよ。な、ひとつだけでいいんだ」

「なんだよ」

「アタシのこと見て、どうして逃げたんだ?」

「……あんた、レッドフォックスなんだって?」

 悔しそうに聞き返してきた。

「そうだよ」

「そこの寝たふりしてる男から、さっき聞いてしくじったと思ったんだよ。真っ赤な姿だから、赤い悪魔の方だとばかり……」

「赤い悪魔、ねえ?」

「知らねえのか。いま界隈じゃそいつの噂で持ちきりだぜ。まあ、オフィスの連中は目撃情報が少なすぎるってことで張り紙はしてないみたいだけどよ。素手で鋼鉄の戦車をぶっ壊し、巨大モンスターを相手にしても笑いながら血祭りに上げていく。行く先々を血と炎の赤に染めあげる、最悪の賞金首のことさ。そいつの前に立って生き延びられたヤツはいないって話だもんな。昔はよ、赤い悪魔って言ったら、最強のハンターの名前だったんだがなぁ。それに匹敵するやつがお尋ね者扱いってのも笑い話だぜ」

 そういうのは皮肉って言うんだよ、とアタシは微笑する。

「続きを」

「そいつがヤバイっつうのは賞金首もハンターもおかまいなしってとこだ。おれが知ってるだけでもベテラン――賞金首を二桁は倒してるハンターが、ひいふうみい……四人は殺されてやがるぜ。お尋ね者で消息を聞かなくなったやつの半分はそいつの仕業らしいしよ。賞金首を殺してオフィスに届け出ないなんて、モンスターか赤い悪魔くらいなもんだからな」

「なるほど。良いことを聞いたよ」

「……あ、おい。まさか」

「うん?」

「あんた、赤い悪魔とやり合おうってのか」

「さあね」

「止めておけよ。おれのことを捕まえたあんただから、忠告してやる。相手にしようとしてるのはまさに悪魔だぜ。それに、戦っても誰も信じてくれないかもしれない」

「おや、心配してんだね。分かった、分かったよ。負け犬のブルーノ、そんなにすがりつくような目で見なくても大丈夫さ。だけどアタシに惚れちゃあ、ダメだよん」

「……誰がッ!」

「ああ、それから。ひとつ良いことを教えてやろっか」

「な」

「負け犬に相応しい刑は縛り首じゃなくて、実は牢屋入りだそうだよ。そこのおっさんが何言ったのか知らないけど、お灸を据えるために騙されたのさ。なんでも一般人相手に死人を出したことがないんだって? あはははは。ホントに運が悪かったんだねえ、いやはや」

「え、そんなはずはねえ。さっき、町から逃げるとき、グレネードをあんたに向かって投げつけたはず――あ、あんた。あんな狭いところで爆発したはずなのに……なんで生きてるんだ?」

「あれならアタシが手の中で握りつぶした。火は出たけど、周りにいた連中に怪我は無いよ。こういうのにはコツがあるのさ」

 ウインクしてやる。化け物を見る目つきになって、ブルーノが悲鳴じみた声を上げる。

「……あんた、どうしてハンターなんかになったんだ? 地獄のような女狐ってのはもっとおれたちに近いもんじゃねえのか!」

「さあ? アタシが知りたいよ」

 

 

 

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