街を出て数日後からだった。いつかお前に殺された賞金首の敵討ちだとか、自分を最強だと勘違いしている賞金稼ぎとか、殺したヤツの身内だとかで報復に来た連中が大量にいた。人目につかない場所までおびき寄せて皆殺しにした。
ハンターとしてのレッドフォックスの名前を知らないがために、赤い格好をした人間を手当たり次第に狙っていたらしい。アタシに行き着いたのは運が良いのか悪いのか。この分だと、無関係に殺された赤い服を着た女性がいそうで気分が悪い。
とにかく、殺すつもりなら殺されることも覚悟の上に決まっている。
それから一ヶ月近く、アタシは死人の群れを呼び寄せているようだった。生きていようが死んでいようが、どちらにしろ同じことになった。噂でもばらまかれたのか、それともとうとう赤い悪魔の賞金額が決まったのか。困ったもんだ。
殺したくない相手まで殺しちゃうのはあんまり気分の良いもんじゃない。ここんとこ晴れやかな気分になった憶えがない。
適当に追っ手をまいて、荒野を歩いて抜けた。
小さな村に着いて、宿にでも泊まろうかとしていたときのことだ。
近くにはトレーダーキャンプしかないし、オフィスすら無い村だ。偶然うろついていたときに見つけた。地図にも載っていないのだろう。そんな村だから、多少はゆっくり出来るかと思っていた。
歩みが自然と止まる。
背後の気配は素人のものだった。尾行するにしても、もう少し上手に隠れないといけないことを忠告してあげるつもり振り向いたとき、思いっきり困ってしまった。
「えっと……お嬢さん、なにかようかい」
「あのっ。お願いがあるんです」
「待った、お嬢さんが探している相手の名前を言ってみな。それによってアタシも返答を変えるからさ」
「――」
息を呑んだ。
びくびくしながら口にしたのは、
「ハ、ハンターの方ですよね」
という、曖昧な答え。アタシを特別探していたんじゃなくて、ハンターを求めていたらしい。興味が湧いて対応を変えた。
「オーケー。仕事の依頼なんだ?」
「は、はい」
「まず内容は」
「アタシの護衛をお願いしたいんです。ベルディアまで」
「ふうん。一人旅は初めてみたいだから教えてあげるけどさ、それってソルジャー……傭兵向きの仕事だよ。付け加えると、アタシは壊す専門でね。守る方はあんまり得意じゃないんだ」
「……お願いします」
「いや、だから」
「お、お願いしますっ!」
強い口調に一瞬だけ気圧される。
「ま、とりあえずそこの酒場で話を聞こうか。報酬とかも決めなきゃいけない。どうやら別の事情もあるみたいだしね」
「……はい」
「で、名前は?」
「ジェシカって言います」
「そう。あ、マスター。ダイノルフィズ、一杯ちょうだい。お嬢さんは?」
「ボムポポ酒を」
「だってさ。よろしく。で、報酬については……まあ、成功報酬でいいんだけど、いくらぐらい出せる?」
「それなんですけど、これが私の全財産です」
そういって取り出した財布の中身は、傭兵を雇うにはギリギリといったところだ。相場というものも一応決まっているものだし、一般市民が出すには充分高い。これでもかき集めた方なのだろう。この町の住人だとすると、それほど裕福ではないことも分かり切っている。
返答を待ちわびている姿は不安そうだった。まるで子犬のようだ。
「アタシを雇うには少し足りないな」
「なら、ダメ……ですか」
悲しそうに呟く。
「但し、事情の方を正直に、包み隠さず話してくれるんだったら料金の方はサービスしてあげるけど?」
「い……言えません」
「じゃあこの話は無しだ」
「……ごめんなさい。分かりました」
「あ、ひとつ聞かせてくれるかな。アタシに断られたら一人でも行くつもり?」
「はい」
「へえ、そりゃ勇気がある」
「え?」
「だってさ、賞金首に狙われてるってのに、武器も持たずにたった一人でここからベルディアまでじゃ、まず生きて帰ってこられないだろ?」
ひっ、と彼女は息を呑んだ。手を口元に持っていったさりげない仕草が感じさせたのは、触れたら折れてしまいそうな細い腕だという印象だった。荒事を目の前にしたら、即刻気絶しそうな華奢な娘だ。
「なんで……それを?」
「カマかけただけだよ。お嬢さん。わざわざハンターに頼む理由なんて、それくらいじゃないか」
「……武器なら、ありますから」
「使いこなせるようには見えないけど」
「せめて相打ちにもちこめればいいんです。それに、あなたは護衛を断った。代金も払えない貧乏人の私が何しようと、関係ないことでしょう?」
「うっわ、惜しかった。最初からそういう気概が見えてれば話も聞かずに放置してあげたんだけどなぁ。さっき言ったはずだよ。話してくれたらサービスしてあげる、って」
「……ハンターさん」
「アタシの名前はレッドフォックスだ。よろしくねー、ジェシカ」
「は、はいっ。よろしくお願いします!」
ごん、と鳴った。
テーブルにすごい勢いで頭をぶつけたようだった。笑いを堪えながら、これだけ言った。
「あのさ、ここの払いだけお願いできるかな?」
「あ、かまいませんけど……これが全財産なんですけど……」
アタシは聞こえないふりをした。
「任せたよ、じゃ、行こうか」
いた場所がドアンの周辺にある小さな村だったという事実が判明したのは、ジェシカの先導で丸一日かかってドアンに到着したためだ。ここから砂漠を抜けてアリス・ワン、金があるなら列車に乗ってイースト・ゼロまで一気に行ける。無ければトンネルを抜けるという面倒な作業が待っているわけだ。
砂漠の途中で小休止した。見た目通りに華奢ではあるが、足腰はそこまで弱くない。深窓のお嬢様というわけではない。町娘なのだ。
一定の速度を守って進む。この分なら日が落ちる前に街まで辿り着けるだろう。線路に沿って行くのが一番簡単だけど、最近になって荷物を襲うことを憶えたモンスターが増えているらしい。護衛なのだし、無用な危険は避けるべきだった。
「と、思ったんだけどさ」
「はい?」
頑張って歩いているジェシカに、あごで正面を指し示す。
バイオバズズやATホーネットの群れが向かってくる。狙いはジェシカらしかった。
「きゃっ」
可愛い悲鳴だこと。
「後ろに下がっててくれる? ジェシカにゃ指一本触れさせないから」
「はい、お願いします」
さっさと片づけよう。と、ふと思いついたのは武器を使うことだった。
銃は腰に、剣は背中にある。手っ取り早く殲滅するために持ち歩くようになったのだが、威力がありすぎてあまり使う機会が無かったのだ。
剣を手に縦横無尽に走り回る。ジェシカは立ちすくんでいる。こういうのを目の当たりにするのが初めてというわけでもないだろうに、立ち向かう勇気が足りないようだ。
真っ二つに切り裂いた機械蜂が爆発する気配を背中に、彼女の前へと一気に飛び込んだ。突如、吸収しきれないショックが発生した。躰を支えきれずに転がる。背後からの衝撃は爆風ではなく、機銃によるものだった。
振り返った先にあったのはガンタワーだ。決して怖い相手じゃない。怖い相手じゃないが……なんでこんなところに。
銃に持ち帰るには間に合わない。手持ちの武器は剣だった。砲台がこちらを向く方が早い。弾丸を切り裂くことは不可能じゃないが、今やっている仕事は護衛だ。ジェシカはどこにいる? 後ろ。避けるにしろ弾くにしろ、先に攻撃しないことには無事とは言えない。
銃では威力が足りない。一撃で破壊するにはいささか距離が離れている。くそっ、ドラグノフでも持ってくるんだった。
思考が焦りを叫んでいた。しかし躰は最短の道を綺麗に動く。殺戮する手段を識っている通りになぞってゆく。それを意思の力で押さえつける。制御を自ずから狂わせた反動か躰が言うことを聞かない。軋む。ナニカが苦しげに唸る。話が違うぞと怒っているみたいだった。
思い通りにならない躰を、あるはずもない痛みを感じながら、動かした。
「――これで、どうだ」
そして火薬の炸裂する耳障りな音がした。瞬間的に腰から崩れたジェシカを狙っているのが軌道からも確認できた。腕を伸ばす。
「きゃあッ!」
砲弾が突き刺さった手のひらを起点にして、巨大な爆炎が吹き上がろうとする。摩擦熱と衝撃が伝わると躰全体に危険を訴え始める。思い切り前方の地面に叩き付けることでその威力を少しでも抑えようとした。
上手く行ったのか行かなかったのか、分からない。
背後での荒い吐息を耳にして即座に足を動かす。剣は切るためのものだ。力任せの一閃で鋼鉄でできたガンタワーの外殻がひしゃげる。もう一度振り切ると、火花を散らしながら内部の機構と共に嫌な音を立てた。鉄を叩き割ったのだ。
振り向いてみると、一応、ジェシカは腰を抜かしているだけのようだった。よほど恐ろしかったのだろう。蒼白な顔で地面を見て俯いている。
「無事?」
聞くと、ジェシカはこくこくと大きく首を縦に振った。
「村の外に出た感想は?」
「怖い。怖かったです」
「なら行くの、やめるかい?」
「いいえ」
「でもさ、ベルディアに行ってどうするんだ?」
「妹が住んでるんです。アラン様のお屋敷で、メイドとして働いているんだって」
「そう」
「一目、会いたかったんです」
「……分かった分かった。じゃ、もうちょっと頑張って歩こうか。アリス・ワンはここからそれほど距離もないから」
「はい」
アリス・ワンに着いて最初にやったのは、まともなベッドにジェシカを寝かせることだった。安宿でもかまわない。初旅で神経が疲れ切っていたらしく、早々と寝ついた。ぐっすりと熟睡しているのを確かめてから椅子に腰掛けた。
窓から空を見上げる。星の見えない夜空だ。
最終の列車はすでに出たあとだったから、どんなに早くとも明日の早朝まではこの街に留まることになる。今のうちにレオンとやらに会いに行ってみるのも良いかもしれない。と、ここまで考えてかぶりを振る。この娘の護衛の最中だ。それ以外のことはやらない方が良い。
なんでこんな面倒な仕事受けちゃったんだろーなー、なんて考える。誰かに重ね合わせている? はっ、まさか。
だいたい、そんな風に思える人間はいないんだ。
階下は人間同士の喧嘩で騒がしい。酒に飲まれた男と、喧嘩っ早い馬鹿が取っ組み合いをしているようだ。叫び声だけでその原因まで分かるというのは両者とも、悲しいほどに単純な性格なのだろう。アタシは飛び火しそうにないことが分かって放っておくことに決めた。
やがて静かになる。いいかげん酒場も終わる時間だった。出歩くような連中はまともな生き方をしていないヤツらだけの時間。善人達はすやすやと眠りについている。
こんな人々の日常もむなしく、夜はただ更けてゆく。
後ろ向きに座り、椅子の背もたれにあごを載せてぼうっとしてみた。あれこれ考えても答えが出ないことは分かり切っていた。だから耳を澄ませる。遠くで聞こえる慌ただしい足音や、サイレンサーで薄まった銃声の響き、誰かの悲鳴。そういったものを聞き流しながら、風の声だけを耳に留めた。
列車に乗るときのジェシカとのやり取りは見物だった。
「なんでこのお金から出すんですかっ! これは、あなたが受け取る報酬です! 私にはそれ以上の支払い能力は無いんです! 最初にそう言ったじゃないですかあっ!」
と、言い切って満足げにはぁはぁと息をついた。ジェシカに深呼吸させてから、よーしそれじゃあこうしよう、と大げさに頷いておく。
「分かった分かった。じゃあまず、アタシがその金を先に受け取らせてくれ」
「え……あ、はい。どうぞ」
こういうときは素直に渡すんだ。不思議と。
「うん。店員さん。これ列車のチケット代ね。ふたり分。そ、もちろん三等客室で。はいはい、じゃあそういうことで」
「あれ? あ、ちょ、ちょっと。待ってってば、レッドフォックスさん!」
「さー、早くしないと乗り遅れるよ」
「え、ええ、あのっ」
「ほれ、そんな大声あげて注目集めたら恥ずかしいだろうに」
よっと、ジェシカを片手で持ち上げて運んでしまう。列車内に入ると他の乗客の目もあって、流石にそれ以上荷物扱いで持ち運ぶわけにもいかない。降ろしてやると不満たらたらの顔で文句を言ってきた。
「ま、いいじゃん」
「良くないですっ」
「それよりほら、見てみなよ。良い景色じゃないか」
「はぁ、……あ、本当に」
「別に後から請求したりしないよ。安心しなって」
「そういうことを言ってるんじゃないんですっ! もうっ……」
すねたように笑う顔が、ちょっぴり可愛かった。
時間よりも人為的ではあるけれど、景色はひとところに留まることなく流れ続けるものだった。列車が走り続ける限りはずっと。それは人間が行き続けている限り、時間が流れているのを感じ取れるということとそう大した違いはないのかもしれない。
それはそれとして。
そっぽをむいて不満を表明しているジェシカの横顔に語りかける。
「列車内にカジノもあるんだってさ」
「はあそうですか」
「食堂車にも行ってみるのも良いかもしれない」
「ああ、そうですか」
「一等客室の乗客のフリして部屋の中に紛れ込んでみるとか、どーだろ」
「ご勝手に!」
「そんなに怒らなくったっていいじゃないか」
「怒ってません」
「あはは。まあ、そんなに長い旅じゃないんだしさ」
「それより、報酬はどうするんです」
「だーかーらー、言った通りだって。酒場での支払いでちゃらだよ。これでもめいっぱいサービスしてあげたんだからさあ。泣いて感謝されこそすれ、こうして怒られる謂われはないと思うんだけどねえ」
「分かりました! 感謝してます! でも最初に言った分はしっかりと払わさせていただきますからね!」
「意地っ張りだなぁ」
「どっちが」
ジェシカは聞こえないよう、小さな声だがはっきりと呟いた。聞こえてしまったから、座席に深く腰掛けながらも苦笑を隠さなかった。
カジノにジェシカを無理にでも連れて行ったのは、アタシが行きたかったから以外の何物でもない。
「コイン、一枚借りるよ」
「どうするんです?」
「なぁに、遊ぶだけさ。正々堂々とね。でも、まっとうな勝負、つっても店側に有利なルールなんだけど」
「そうなんですか?」
「そーだよ。そうじゃなきゃ、わざわざトラブルを引き寄せる火種になるカジノなんて誰も経営しないもん。世の中、ギブアンドテイクで廻ってるのさ」
「……やっぱりやめておきません?」
「だから遊ぶだけだってば。心配しなさんな。ジェシカは見てるだけでいいからさ」
席に着いた瞬間、ディーラーは視線をかるく背けた。鉄火場をくぐり抜けてきた歴戦の――というには度胸が無さ過ぎる。若い男だ。雇われディーラーにしてもいささか経験不足、と言ったところか。
「まずはルージュから。替えたチップは一枚だけだから、当てに行ってみよう」
赤か、黒か。
狙い通りに入れるだけの腕があると見れば、わざと当てさせてやるという遊び心も持ち合わせているだろう。
予測通りに、赤の19。
「おめでとうございます。楽しんでいってくださいね」
「ああ、ありがとさん」
たとえば運命が誰かの趣向通りに動されるようなものならば、幸運のあとには落とし穴が待っているだろう。所詮、人間はそれを真似ることしかできない。意味もなく幸運だけを与え続けようとすることは難しいのだ。だからショーとして演出し始める。ひとつの舞台。ひとりの主役と、それを彩るための脇役達を配置しようとする。
三度、当て続けた。
イーブン。再びルージュ。ついでに、黒の23。チップは2枚、4枚、そして140枚に増える。もちろん全額、そっくりその通りに注ぎ込んでおく。
当てさせてやろうというディーラーの狙いどころが容易く読める。次で一度裏切られなければならない。腕が動く。ルーレットが回り出す。そして一枚のチップを残してゼロに置くと、玉が入るのを待つ。
男は怪訝そうな顔をして、その表情をすぐさま消した。滑るような流麗な動きで玉が入る。転がりながら鳴る摩擦の音、速度が落ちていき数字ごとを隔てるための敷居の部分に引っかかり、跳ね返る。
ゼロの隣に玉は落ちる。
「うわ。惜しかったです」
ジェシカが本当に残念そうな顔でつぶやいた。それを耳にしたディーラーが微笑を浮かべた。ふたり分の感情を秤ながら、ジェシカに顔を向けて答えた。
「いやほんと、惜しかった。そうだ。ジェシカさ、この最後の一枚で賭けてみない?」
「え、でも」
「ジェシカの好きな番号は?」
「あの、その」
「じゃあ……」
「あぅ。……えっと、えっと。その、5で!」
「オーケー。じゃ、5にしよう」
会話が終わるのを律儀に待っていたディーラーは、すっと微笑を引っ込めて他の客の動向に目を配る。隣を覗く。若い女がふたりという組み合わせだ。意外にも注目されていたらしく、逆隣にいた白髪の紳士と目があった。
「失礼、麗しいお嬢さん方なので、つい目を奪われてしまいましてな」
「そりゃどーも」
「あ、回すようですぞ」
ルーレットが廻る。運命の車輪のごとく。玉を握っている手には汗ひとつかかないよう訓練されているのだろう。冷静にどこに入れるべきかを図っている。だが客を楽しませるという目的よりも、搾り取ろうとしているのが見え見えなのはいただけない。
ジェシカの方はと言えば、なんだかんだ言って真剣に玉の行方に集中している。慣れない遊びに夢中になっているのだ。アタシはかるく首を傾げ、ディーラーの顔に向かってにっこりと笑いかけた。
玉を投げ入れる行為の最中だった。
男の心中をうかがい知るのはそう難しいことではない。何度勝たせても、どんなに華を持たせてやっても、最後には自分のテーブルにすべて置いていかせるのがつとめだ。そしてそれを邪魔するつもりはない。
ただ、にんまり――いや、にっこりだっけ?――と笑いかけただけで、動揺してしまう程度では、まだまだ修行の必要があるだろう。最後の一枚を奪い取ろうとする役目だった玉は、くるりくるりと輪を描いて、やがて収まるべき場所に収まった。
5だ。
35倍の配当が来て、ジェシカは大はしゃぎしていたのを見て、満足した。ディーラーの渋面はこの際無視しておこう。不粋な真似をしない方に賭けておいたけど。
チップは、テーブルを離れてジェシカがスロットを繰り返しているのを見ているうちに一瞬で無くなってしまった。儲けることが目的じゃなければ、外すことも遊びなのだった。
列車を降りるときにはわだかまりも解けていた。と、思っていたのだが、実際はジェシカが諦めただけだったようだ。
「ハンターの方って、みなさんこうなんですか?」
「こう、って?」
「……分からないならいいです」
肩をすくめておいた。
だから一応言っておくと、イースト・ゼロに到着してすぐ、騒ぎに巻き込まれたのはアタシのせいではない。もちろんジェシカが悪いわけでもない。あえて言うなら、運が悪かったのだ。
「で?」
倉庫の前で、武器屋の親父が睨みをきかせていた。これっぽっちも怖くないのだが、やはり厳つい顔の筋肉ヒゲ親父なせいか、ジェシカが怯えていて小刻みに震えている。参ったね。こりゃ。
「アンタらは巻き込まれただけだってのか」
「そうだよ」
悪びれずに答える。
「こんな可憐な乙女ふたりと、こんなアホ面のおっさん達を一緒にしないでもらいたいもんだね。横流し組織なんかにゃアタシらは関わってないよ」
「どうだかな。言い逃れるために仲間を陥れるヤツなんざ掃いて捨てるほどいるぜ」
「その程度で裏切られるようなのは元から仲間じゃないじゃない?」
「それもそうだ」
「ま、信じてくれとしか言いようがないね」
「いいだろう。あんた、名前は?」
「アタシはレッドフォックス。こっちはジェシカだ。これからベルディアに向かうところなんだけど……良い迷惑だよ、まったく」
「ふうん。レッドフォックス、レッドフォックスね……ああ、ハンターのか!」
「そうだけど?」
「あんたの名前は聞いたことがあるよ。巻き込んで悪かったな。あ、じゃあ可憐な乙女ふたりというより、美女と野獣じゃないのか?」
「あっはっはっは。おっさん、冗談が上手いな」
「……あー、いや、悪かった。…少ないが、取っておいてくれないか」
「えらく待遇が違うねえ」
「いやさ、あんたがトッ捕まえた賞金首のひとりがな、うちの店から武器をかっぱらったヤツだったんだよ。そいつを懲らしめてくれた礼だ。路銀の足しにでもしてくれ」
「じゃ、ありがたく受け取っておくけど」
「ああ、良い旅をな」
「おっさんも良い商売をね」
「がははは。違いない」
「じゃあね」
イースト・ゼロを出てすぐ問いかけた。ジェシカがいきなり振り向いたアタシの顔を見てびっくりしていた。
「よく考えたらさ」
「はい?」
「ジェシカ、囮をやりたかったんだろ?」
「……」
なかなか陽気だった旅のうちに、そのことをすっかり失念していたらしい。沈黙してしまった。彼女の手を取り、普通を意識して歩かせながら、付け加えた。
「そいつは仇かなんかか? それとも目撃者は消す、みたいな?」
「それは」
「言いたくない、ってのはナシだよ。ここまで来たら別にかまわないだろ?」
「……はい」
「どのみち、ちゃんと後ろから着いてきてくれてるしさ」
それを聞いて反射的に振り返ろうとした彼女の動きを片手で押さえる。
「流砂地帯を行こうか。ちょっとキツイ道だけど大丈夫かい?」
「私のことは気にせず」
「そういうわけにもいかないよ。雇い主の意向は大事にする方なんでね。……まあ、ひとに雇われたのは初めてなんで、流儀ってのを決めかねてもいるんだけど」
「レッドフォックスさん」
「そうそう。遠回りだし、周りが砂だらけの中を半日は歩くよ? いいね」
「はい」
言葉通りに砂だらけの道を通る。いや、道無き道をだ。
「大丈夫かい」
「へっちゃらです」
「そりゃ良かった。じゃあ、もっと遠回りしてもいいんだ?」
「う。……ごめんなさい」
「強がるくらいなら最初から別の道のが良かったかね」
「いえっ。いいんです」
「じゃ、先を急ごうか。時間が掛かる道を早め早めに抜けていくんだからさ」
「はい」
途中、奇妙な塊を見つけた。
「なんだあ、これ?」
知っているような気もしたが、それの名前が分からない。砂漠でも枯れずにあるのだから、サボテンの一種なのだろうが。
「あ、緋牡丹ですよ」
「ふうん?」
「緋牡丹は全身が真っ赤なんです」
「アタシみたいに?」
ジェシカは冗談と受け取ったのか、笑った。
「あはは、そうですね。それで、サボテンなんですけど……葉緑素が無いから光合成出来ないんです。そのままじゃ生きていけないんですよ」
「へえ」
「それでどうするかっていうと、他のサボテンに接ぎ木するんです。増やしたかったらの話ですけどね」
「なるほど。やっぱりアタシと同じよーなもんなんだ」
「レッドフォックスさん?」
「なあ、ジェシカ――」
不意に口をついて出そうになったのはこんな一言だった。
――アタシのこと、憶えていてくれよ。
だが言葉にする前に、口を閉じた。こっ恥ずかしくなったのだ。
「あー。いや。なんでもない」
「?」
少し距離を行ったあと、ジェシカは唐突に声を出した。
「緋牡丹って、一種の特殊変異らしいです。でも、私は綺麗だと思うんです。それに……自分だけでは生きられないってこと、人間なら、みんなそうじゃないですか」
「……ジェシカ?」
「あ。ごめんなさい。その、つい」
「いや。ありがと」
「はい?」
またしばらく黙って歩いた。
小高い山になっているあたりで説明を促した。
砂漠越え用のマントは大きめだったから、彼女の体もすっぽりと覆う。熱砂にゆらめく陽炎が周囲の暑さを教えてくれている。不慣れな旅で体力的もそろそろ限界が来ているのかもしれない。ジェシカは息を荒げながらもゆっくりと喋った。
ジェシカによれば、グラップラーと呼ばれるタチの悪い集団の残党が彼女を狙っているらしい。アタシはその連中を知らない。だからどれだけ危険な存在なのかはよく分からない。そもそもアタシにとって危険な存在など、いるのかどうかすら分からないのだ。
だが、ジェシカの感じている不安は本物だった。狙われていることが分かったのは運ではなく、ジェシカが村で過ごしているうちに周囲の人々と仲良くなったおかげだった。ジェシカの容姿について調べていた連中がいるという話が流れてきて、その連中の風体を記憶と照らし合わせたからだった。
それを信じる限り、自分の力を出し切って戦うことが出来るかも知れない。胸を躍らせている。アタシの内心など知り得ないジェシカには悪いけれど、とうとう満足させてくれるほどの敵と出逢えるのかもしれない。
待ち遠しかった。
ちょっぴり胸が痛んだが、ほとんど気にならなかった。
「へぇ、姉妹揃ってこの地方の外から来たのか」
「はい。あの村にご厄介にならせてもらっているうちに、妹もこっちに逃げることができたことを知りまして……」
「で、自分を追っているそのグラップラーとかいう奴らにも知られちゃったと」
「グラップラー自体は、もう壊滅しているんです。ひとりのハンターさんの手によって」
「ハンターの?」
「私もよくは知らないんです。ただ、私たちは間接的とはいえ助けられました。村の食料とか、奪われたりもしてましたし」
「ああ、そうか。ハンターのが良かったわけはそういう理由もあったんだ」
「そして、私たちは平穏な生活を取り戻した――そう、思いました」
「違ったわけか」
「グラップラー残党がやってきて、村の人間を一人残らず灼きました。人間を黒こげになるまで燃やし続けました。村は灰になりました。生き残ったのは数人。父も母も私と一緒に逃げようとして、捕まりました。妹ともばらばらに逃げたので村のその後のことは分かりません。分かるのはひとつだけ。あいつらは狂ってます。人間を笑いながら殺せるようなやつは、みんな狂ってるんです」
怯え。恐怖。そして怒り。
ジェシカは訥々と語り始める。口調には胸の奥底には隠しきれないほどの激情が込められている。
「続けて」
「私がなんで狙われているのか。理由は最初さっぱり分からなくて、見当も付きませんでした。でも、最近になってようやく思い出したんです」
口ごもってからジェシカは、意を決してアタシに話した。
「それから、気づいたんです。私と妹のことを間違えているんだって」
「……双子なんだ?」
「そっくりだってよく言われます」
「なら、妹さんが狙われる理由はあるってことか」
「たぶん、再生カプセルのせいです」
「なんだいそれ?」
「その、偶然手に入れちゃったんです。レッドフォックスさんは転送事故って知ってます?」
「聞いたことはあるよ。アタシは転送センター使えないから、一生遭遇することは無いんだろうけどね」
「そうなんですか?」
「色々理由があってさ」
「……えっと、とにかく転送事故が起きまして、変な研究所にたどり着いちゃったんです。そこに迷い込んだとき、機械が動いている音を聞きつけて……行ってみたら、『人間の回復力を一時的に激増させ、生体のレベルまでの賦活を行う』って説明書きがあったそうでして」
「そりゃまたとんでもないカプセルだ。妹さんはさっさと使わなかったの?」
「父も母も跡形もなくなってしまいましたから、使う相手もいなかったんじゃないかと思います」
「……で、どうしてそれが狙われる原因に?」
「あのころのグラップラーにはひとり、悪魔みたいな男がいました。最悪の賞金首です。男の名は、テッドブロイラーと言います。さっき言ったハンターさんとの死闘の末に倒されたそうです。でも」
「やれやれ。死体が冷凍保存されていた、なんて展開かぁ」
「笑い話にもなりませんよね」
そのときアタシが考えていたのは、そのテッドブロイラーとやらならば、アタシを互角に戦えるだろうかということだった。ジェシカはアタシの考えなど気づきもせず、沈痛な顔で喋っていた。遮って先を続けた。
「……だが、死者は普通、生き返ったりはしないもんだ。再生カプセルは、妹さんがまだ持ってるんだろ?」
「たぶん」
「いいのかい、アタシなんかにそんなヤバイ話しちゃって。アタシが心変わりして、ここでジェシカをゆっくりじっくり殺してからさ、妹さんを襲いに行くとは考えなかった?」
「少し、考えました。けど」
「けど、なんだい」
「レッドフォックスさんのこと、信用しちゃいましたから」
「あんたって騙されやすいヤツの典型だと思うぞ」
「でも、ひとを信じるってそういうことでしょう?」
「……わかった、わあったっての。はいはいアタシの負けだよ。そろそろ連中が来るころだろ。引き離した分の距離は詰めようと思えば詰められるし、やっこさん、そんなに気が長い方じゃないと見える。もうすぐ――そら来た」
背中にジェシカ、取り囲むようにして現れた奇妙な服装をした男達を前に、アタシは気楽にかまえて立っていた。
「オマエはハンターか?」
「ああ、レッドフォックスって言うんだ」
「カカッ。赤い狐とは洒落た名だなぁ。オレたちがハントしてやるよ」
男は全部で五人。分かりやすく同じ格好をしている。怪しいことこの上ないのだが、誰も関わり合いになりたくなかったのだろう。ジェシカの話によると、こんなんでも賞金がかかっているらしい。この辺のハンターオフィスで支払いを受けられるかどうかは不明だったが。
「ハンターの証たる戦車も持たずに、オレたちを相手にしようとする蛮勇は褒めてやるぜぇ。だが、オマエみたいな間抜けはここで死ぬのが運命なのだ。カカッ」
リーダー格らしき男が偉そうにあざ笑う。
すとん、と間の抜けた音がして、次の瞬間には足にナイフが刺さっていた。膝から土の上に頽れた。地面の固さを久々に感じた。容赦なくナイフが三本、背中に連続して突き立った。
視界の端に捉えたジェシカは泣きそうな顔だった。砂漠を少しだけ抜けたため、サバンナとでも呼ぶべき風景だった。その中でも一番場違いな格好から、甲高い悲鳴が上がる。死んだとでも勘違いしたのか。笑える話だ。まったく。
「サーア、連れてこぉい」
三人ほどが近寄ってくる。背中から血が流れていないことに気が付いたらしく、ぎょっとして立ち止まった。不可解そうな声でリーダー格の男が撃てと命じる。言われるまま男達は自分の銃のトリガーに指を掛ける。
どん、どん、どん、と誰が撃っても代わり映えのしない鈍い音がした。
何事もなかったかのように立ち上がった。
「カカッ。備えあれば憂い無しだぁな。防弾だぜ、全員、頭を狙え!」
「あははっ。そいつはちょっと困るなあ。アタシの頭ん中はこれでもデリケートなんだ。女の子には優しくしなきゃダメだってママに教わらなかったかい? 口説き文句も、エスコートの仕方も失格だよ。尻尾巻いて帰んな。そしたら殺さないであげるからさあ」
軽口を無視して命令を発する男。苦笑いを浮かべて、結末を見届けてやることにした。ジェシカは信じられないものを見る目つきでアタシとグラップラーの残党とやらを見比べている。
「撃て!」
どん、どん、どん、どん、どん。衝撃。だが、一発も当たっていないことに喋っていた男が気が付いたのは、自分が吹き飛ばされてからだった。どん、と銃声が鳴るタイミングに合わせて殴り倒す。三度繰り返し、異常な速度で投げつけられたナイフを指先で止めたところで不審を抱いた。
「なんだ。人間じゃないのか」
「カカッ。オレは人間さぁ。ただ、ちょっぴりあちこちサイボーグになっただけでなァ!」
通りで。普通の刃物じゃ歯の立たないアタシの躰を傷つけるられるわけが分かった。
「ヒャッハア! オレはハンターが嫌いなんだぁ。正義ぶったやつらが嫌いなんだぁ。オレの邪魔する連中は殺したくなるくらい嫌いなんだあああああッ! カカカカカカッ! シャッ! シェハッ! チョワーァッ!」
「どこの鳥の鳴き声を真似してるんだかなぁ……」
そしてどれだけの量を隠し持っていたのか、服の裏にびっちりと縫いつけられたナイフを取り出し、刹那の後にはそれが自分に向かって投げつけられている。速度は尋常ではない。瞬間的な筋力だけなら全身サイバーウェアたるアタシと同じか、それ以上かもしれない。
だが悲しいかな、それだけだ。
剣を使うまでもなく悉くはたき落とした。
「カギェッ」
投げられながら、一本を掴んで投げ返した。それが頭に刺さったのだ。笑い声を上げようとした口と表情のまま、額からナイフを生やした男が前のめりに倒れた。動かない。
「あーあ。やっぱし雑魚だったか」
あと一匹、残っていたなぁと思い出して振り返る。
オートマグを構えた男が、ひどく沈痛な笑顔でアタシに銃口を向けていた。二丁拳銃だった。手の一方はジェシカに狙いを定めている。この場合、ジェムる偶然を期待するのは無理があるだろう。確率的には悪くない賭けだけど、負ける気のない勝負で運なんかに賭けるのは性に合わない。力も技も及ばないときには、運命の女神をせっついてでも働かせる。つまり、今はそのときじゃないってことだ。
「すまないな。これでもリーダーは実はわたしでね。部下達の無礼をわびるよ」
「そのわりには止めなかったじゃないか」
「そこはそれ、上手く行ったら行ったで喜ばしいことだからさ。ああ、失礼ついでに武器も捨てていただけないだろうか。これでもわたしは礼儀を重んじるんだ」
言われた通りに剣と銃を捨てる。相手も触れない程度の距離を目がけて。そこまでするとは思っていなかったのか、男は薄く笑った。
「人質を取るやり方がやけに慣れてるな。普段からこんなことしてるのかい?」
「もちろん。人質を捕まえる練習と、人質を使って他人を脅す訓練は一日として欠かしたことがないよ。それと人質を黙らせる手段についても毎日考え続けている。わたしのたったひとつの趣味さ」
「三つあるじゃないか」
「違う違う。人質を愛しているんだ。分からないかね?」
「さすがにその趣味は面白すぎてさっぱりだよ」
「ウウム。目の覚めるような美人となら、美学について語り合ってみたかったんだが……仕方ない。永遠に眠ってもらうことにしよう」
「格好付けた台詞の練習も鏡の前で一時間くらいしてるだろ、アンタ」
「よく分かったね?」
「分からいでか」
「おお、もしや君も同士かね? 長年迫害され続けたわたしの気持ちが分かってくれる希有なひとかね?」
「んなわけあるか。脳みその腐り具合から判断しただけだ」
「そうか。それは残念だ。とても残念だ」
「ああ、アタシもちょっと残念だよ」
「ふむ? それはどうしてかね?」
「それはな――」
ジェシカが目で合図していた。アタシは会話を引き延ばしていた。そして、今のがチャンスだった。ふたり同時に動いたせいでどちらを狙うかで迷うはずだ。それを見越して真横に動いた。狙いやすいように。
いつの間に手にしていたのか、ジェシカは奇っ怪な形状の銃を振り回した。あれは……オメガブラスターか?
射程は無関係だ。ビーム兵器の特徴として、跳ね返されない限り、その過大な威力は大抵の敵を体ごと灼いてしまう。アタシを巻き込まないようにした躊躇いのせいで狙いは若干甘くはなったが、位置の関係でリーダーを名乗った男は直撃を受けたはずだった。
事実、周囲までをも巻き添えにしたのか、地面は熱線のために溶けて飴状になっていた。倒れていた男達も肉の部分が蒸発したのか、骨すら見えない。
たしかにこんな武器があったなら、ジェシカが最悪、一人旅を断行する決意をするのもむべなるかな。しかし現実はそれほど甘くは出来ていなかったようだ。
ひとつには、サイボーグとなった男の死体が消えていること。
もうひとつには、リーダーだという男の姿が無いこと。蒸発したとも思えない。なら――背後だ。
「狙いが甘かった、と言うべきかね」
ジェシカの背後に回り込んでいた。むき出しになった機械の腕が地面に叩き付けられる音がした。部下を盾に使ったのだ。それからジェシカの手からあっさりと光線兵器を取り上げると、間を置かずこっちに向けた。ジェシカは蒼白な顔で取り返そうとするが、そもそもの体力も体格も、何から何まで違いすぎる。一撃ではじき飛ばされて、まだ陽炎の立ち昇っている地面の近くに転がっていった。
ジェシカは意識を失った。緊張の糸が切れたというよりは、体に溜まったダメージの大きさに耐えられなくなったのだろう。死にはしないだろうけれど、怪我が無いとも言えない。
「さてと、では、レッドフォックス君とやら。ひとつ提案があるのだが」
「なんだい」
「わたしの増援が来たところで、正々堂々と勝負といこうかね」
遠方からキャタピラの地面を舐める重低音が鳴り響く。戦車だった。こういうタイミングで現れる戦車にロンメルを選ぶ辺り、男の根性の悪さが見え隠れしている。
「フフフフフ。これをただのロンメルだと思っているのかね? だが違うのだよ! こいつはロンメルゴーストだ! 以前、ハンターによって壊された自動規律思考型の戦車を修理改造し蘇らせた。それだけに留まらず、我が軍団は見事これを支配下に置いたのだ! 具体的に言うと、一番新しいグラップラー軍団の部下なのだよ!」
「ご託はいいさ。強いのか、弱いのかだけ言えばいいよ」
「ウォンテッドモンスターとして追われていたこともある、と言えば分かってもらえるかな? ハンターの君には」
「あはは、いいね、いいねえ!」
嬉しかった。やっと出逢えたのかも知れなかったから。
「喜んでもらえて大変けっこう。お代は命で支払ってもらおうか、というのがお約束かね?」
「アタシは素手でアンタらをぶっつぶせばいい。明快なルールだ。殺されてもネチネチと文句は言わないでおくれよ。手加減しないでもいいんだろ?」
「もちろんだとも」
その後、何を考えていたのかについては正直あまり記憶にない。いつものやつだった。躰の内奥で歓喜に打ち震えているソレが、最初のころに比べ、だんだんと大きくなっているのを感じていた。なおも凶暴に、より凶悪になってゆく動き。けれど。
アタシは狂ってなんかいなかった。
精緻さなど求めてはいない。破壊。破壊。ただ破壊だけが目的となった。ロンメルゴーストは躊躇を知らず、瞬時に敵と判断したらしく、男の命令を待つまでもなく攻撃を仕掛けてくる。機銃を打ち鳴らす。まるでラッパだ。息の続く限り、弾の続く限り撃ちはなったあとには主砲の三連発だった。
「アカイアクマ……」
亡霊の声とやらか。
「ワタシヲ ハカイシタ ハンター オナジ ……コロス!」
男がそれに乗じてオメガブラスターでしつこく狙ってくる。オートマグを投げ捨てていたらパクっておこうかと思ったのだが、さすがにそんな軽率な真似はしていない。
こちらの躰全体へ照射しようとしているのが見え見えだった。避けないわけにも行かない。それが喩え罠であっても直撃されたらさすがに躰でも保たない。
特殊兵器による一閃が、アタシのいた場所と跳んだ先までを消失させた。エクスカリバーだ。線上にいる敵をすべて薙ぎ払う、ビーム系光線兵器のひとつの完成型。オメガブラスターが発生させた熱線を拡散させることによって照準の甘さを補い、多人数を相手に出来る個人戦装備なのに対して、こちらはそこまで優しい装備ではないのだ。
対要塞、対戦艦向きに誂えた光条収束型決戦兵器。一撃で分厚い防御用装甲に大穴を空けることが可能なのが利点。欠点は、威力の大きさを優先させすぎて動く相手に当てるのは意外に難しい、ってところか。
兵器の知識なんて要らんところで役に立つものだ。自分で持ち歩けそうなものを探したときに調べた甲斐があった。正直なところ、アタシみたいなのを相手取るには素晴らしく相性が良い武器だ。偶然とはいえ、背中にひやりとしたものを感じる。
所詮はそれだけだ。
アタシを殺せる武器を持っていたからといって、使いこなせなければ意味がない。安全装置の外し方もしらない子供が銃を持っていたところで、ガタイの良い大人には勝ち目がないのと似たようなものだった。
殺し方を知っているだけで、戦い方を知らないのだ。話にならない。満足させるにはほど遠い。
加速してゆく視界の中の時間。男が動く。アタシはそれを先回りして腕を砕く。右手で殴る。左手で掴む。ごきりと素敵な音がする。どこを砕いたのかの結果も見ずにロンメルゴーストの主砲の前に男を投げつける。
主砲が打ち込まれる。男は必死になって体をよじる。人間の体はもろい。そして意のままになってくれない。男は方を破壊されていたらしく腕が上がらない。主砲がかすめた。ぽーん、と面白い具合に上空まで弾け飛んだ。
アタシが動く。一人と一台はまだ動けない。
「あ……」
場違いな声。呆然としている娘の目に浮かぶ恐怖。戦闘には無関係と判断。
無視。
景色から色が消え失せる。薄暗い闇のなかで、高速で動き続ける視野内のすべてを停止させて捉える。行き過ぎた動体視力があらゆる動きの終わりまでを告げてくる。モノクロームのなかで黒が向かってくる。白は無であり、黒は有だった。はっきりとした映像となって、容易く捕まえることができた。
躰は鮮やかな雷光の動きだった。いつの間にか、ナニカが躰を支配していた。アタシも素直に明け渡したものだ。
ロンメルゴーストの主砲を殴りつける。筒の円がぐにゃりと歪んだ。
男の方を向く。まだ生きている。蹴り飛ばした。千切れる足。不必要な情報が削除されゆくそのプロセスを寸断する。
生命活動に必要な部分だけを残した。デリートする。勢い余って殺してしまう寸前に力を抜いた。四肢がもがれた男は泣いているのか声にならない声で叫んでいる。意味を読み取る理由はない。抵抗できないよう体を踏みつけた。
ロンメルゴーストはまだ戦闘する意思が残っている。男の脇に落ちたオメガブラスターを手にして飛び込む。近距離から浴びせるとしゅううと鉄の溶ける音がした。真っ赤になった。赤。男は無くなった部分から血を流している。色が戻った。
男が叫ぶ。
「テテ、テッドブロイラァサマァアアア――ッ!」
喉を蹴る。声帯が壊れたのか、二度と喋らなかった。いや、死んだのか。しまった。やりすぎた。
アタシは動き続けた。
ロンメルゴーストの内部に手を突っ込んでその神経と呼ぶべきケーブルを無造作に引きちぎる。血に似た薄い赤のオイルが零れ出す。
そいつは喋る。
「マタ ワタシハ コロサレル」
答えるため、口は勝手に喋っている。
「機械が死ぬ? ハッ、くだらない。元々生きてもいないもんが死ぬわけないだろ? それとも何か、意思が在ればお前は生きているとでも主張すんのか?」
「アカイアクマ……ワタシヲ コロスナ」
怯え。
「壊すな、の間違いだろ」
「ワタシハ シニタクナイ…… シニタクナイ…… シニタクナイ……」
恐怖。
「そういや蘇ったって言ってたっけか。亡霊ならさ、悪魔と最後まで踊っていきな」
「……ワタシハ、 」
怒り。
「殺そうとするヤツが殺されるのは当然の理だ。自分が生きているっつうなら、アタシから見事、生き延びおおせてみせろ」
「ワタシハ、イキテイル!」
歓喜。
粉砕された主砲を無理矢理旋回させ、アタシの動きを阻害した。燃料が切れるのはもうすぐだ。タイムオーバーだということにも気づかずにロンメルゴーストは叫びながら戦いを挑んできた。
「イキテイル! イキテイル! イキテイル!」
虚空を震わせる咆哮。地響きに重ねて鋼鉄は歌う。
「オマエ ヲ コロシテヤル――!」
憎悪。
極言してしまえば、生きると言うことは戦うということだ。そして時に他者を殺すことでもある。その生存を賭けた戦いに敗れたものから順番に死んでゆく。そうでなくて、どうして生命が尊いものだなどと言えるだろう。
本来、それに罪悪感を抱く必要など無いのだ。それは良心という幻想が生み出すまやかしに過ぎない。行ってはならないというルールを作ることで、ひとは自らに錯覚を起こさせる。過去の人類は、その矛盾によって自他を守ろうとしただけなのだ。今や人間は極限状態に類する、このルールの通用しない世界で生きる羽目に陥った。もはや罪の概念は意味を為さない。あるのは自分の意思を裏切るか、それに従うか。その二者択一の結果だけだ。それ以外はすべて虚構に言い訳を求めていることに等しい。
罪を得るとはすなわち、心を持つと言うことだ。
その罪を乗り越えることこそ、ひとは幸福と呼ぶ。
心を肯定しろ。それが生きるということでもあるのだから。
シニタクナイからコロス。イキタイからコロサナイ。その二つはまるで違うようで、結局は同じことなのだ。だから……アタシとこの機械仕掛けの亡霊も、きっと変わりはしないのだ。
本気で戦ってやろう。アタシがそうしてほしかったように。
死にかけたロンメルゴーストは必死だった。当たりもしない副砲を全門開放し、機銃が熱で歪む寸前まで掃射を行う。エクスカリバーの残弾数はそう多くは無い。時間との勝負であることを嘆くように一発一発を丹念に狙い始めた。この至近距離だ。アタシの頭と体を二つに切り離すくらいの威力はあるだろう。
光線兵器の利点は何よりもその早さ。射程内にある標的に当たったなら、その絶大な威力は大気に殺されながらも決して射軸からは逃さない。だから狙いを定められた時点でほとんど終わり。
逆に言えば、狙いを定められない限り無駄弾を撃たせることが可能となる。とは言え相手は人間ではないのだ。正確さを捨てて賭けに出るとも思えない。距離を取らずして攪乱を続けるだけでも勝手に死ぬだろう。
しかし、そうしなかった。理由があるわけじゃない。
「ラストダンスのお相手は悪魔がしてやるってんだ。泣いて叫んで喜びな」
「オオ……イキノビル……コロス……」
動揺。
この気持ちはたぶん同情とは違うものだ。共感でもない。依存でもなければ、愛情ともほど遠い。あるいは絶望だとか、憐憫だとか、空虚だとか、そういうものに見えることもあるだろう。
おそらく、ここにある感情にはまだ名前がないのだろう。気づきえなかったがために。
だからこそ、こうして戦うことだけが真実に思える。それを他に呼び表すための言葉を知らない。渇きを癒そうとするだけの欲望とは別にわき上がったこの感情を抱いたまま、全力で殺すのだろう。
じゃあな、命を得た戦車。
そうさ。あんたは確かに生きていた。認めてやるよ。
そしてここで、アタシの手によって死んだんだ。
嬉しさに笑う。
笑っていた。悲しいと思いながら、アタシは笑っていたのだ。
「あははははははははははははははははは――ッ!」
手は容易く鋼鉄のシャシーを引き裂いて、心臓部にある基盤を叩き割る。集積回路のその上で踊り飛び交っていた電撃を気にもせず握り砕く。エクスカリバーを発射するため限界まで蓄えられていたプラズマエネルギーは行き場と逃げ場を失う。あまりの眩しさに閉じかけたまぶたを押し開く。
輝きがわだかまり、膨れあがってゆくのをこの目で見た。
言いようのない気持ちに突き動かされ、胸のなかに抱きしめた。人体を蒸発させるほどの熱量を持った破壊の光と、アタシの躰のどちらが勝つだろうか。
不思議と怖くはなかった。
しくじれば辺り一帯は地図から消滅するだろう。その場合には、ジェシカの護衛という依頼を果たせないことになる。その心配だけが妙に胸につっかえた。運命なんか信じてやるつもりは毛頭無かったが、こういうシチュエーションなら、幸運の女神を働かせてみたくはあった。
どれだけ時間が経ったのか分からない。だが、生きていた。熱気と焦げ臭い空気に囲まれている。燃えるものも無いくせ、周囲では小さな炎が熾いていた。
躰を支えきれず、ごろりと横に転がる。うめき声も上げられない。躰の半分ほどが焼けこげ、もう半分は爛れていた。力を入れても上手く動かない気がする。自己修復が追いつかないほど、神経部分もめためたにされた。たぶん今、頭を狙われたら逃げられないし、あっさりと死ぬだろう。ここまで無防備な状態になったのは初めてだった。
それもいいかもしれない。
のたれ死にこそアタシには相応しい。ありもしない目的を探し――夢を、果たそうだなんて、烏滸がましかったのだ。
「……レッドフォックス、さん?」
後ろから、アタシを呼ぶ声がした。
アタシの名前。
ジェシカは怯えている。
「あ……あああ……」
漏れてくる声はアタシのぐしゃぐしゃになった躰を見たせいだろう。
ははは、声が出ない。
まあ見た途端、悲鳴をあげられるくらい、どうってことないけどさ。
「……ごめんなさい」
そう、ちょっと傷つくだけ……あれ?
「巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
泣いてるみたいだね。どうしたのさ、ジェシカ。
あんたに泣きながら謝られる理由なんて、これっぽっちもないんだよ。ねえ。ねえってば。
死んだって思われてるのはシャクだけど、大丈夫だから。
泣かないでよ。
ねえ、ジェシカ。
あんたは両親の仇を討って、自分を守りとおしたんだからさ? もっと喜ばなきゃいけないだろ?
なんで、泣く必要があるんだい。
なあ。
きっと悲しそうな顔をしてるんだろうね。あんた、妙に優しいところがあるから。
「私が頼まなければ、こんな酷い目に遭わなくてすんだのに……私のせいで!」
しゃくりあげている声を聞き続ける羽目に陥った。正直、こういうふうに泣かれるととても胸が苦しくなる。どうしていいのか分からない。
ジェシカの方へ、顔を向けることもできなかった。
躰の機能は完全に停止しているのだ。おそらく自己修復だけを優先的に働かせることによって回復を高速化しようという判断だろう。いつもは他の作業の片手間で、バックグラウンドに行われる身体機能の整備機構が、アタシの躰の命令権を奪い取っている。
アタシの意思では指一本どころか、レセプター以外の感覚がすべて自由にならなくなっている。
顔の向きの方向。視覚は一応、まともに動いている。聴覚は働いている。皮膚は、触覚が麻痺している。口は動かせない。言葉を発することは出来ない。躰は辛うじて動くだけの余力を残しているだろう。だがアタシに動かせないだけだった。
だとすれば――
アタシでないアタシは、何をしようとしている?
たぶん、ほんの一瞬。
不用意に、ジェシカがアタシの躰に近づいたそのとき、
「え……?」
跳ね起き、ジェシカの胸を手で貫いていた。
赤。
真っ赤に染まったアタシの手。アタシの顔に飛び散った赤い雫。地面にぽたぽたと落ちてゆく血。あたりを取り囲んだ炎。赤。驚いた顔。
ジェシカは自分の胸にぽっかりと空いた穴のことを忘れたみたいに。
微笑して。
それから、
それから……
「……良かった」
生きててくれて、良かった。そういう意味だった。
どうしていいのか分からない。
混乱。困惑。カオス。
ナニカが――赤い悪魔が、躰の支配権を凶暴な手段で、取り返す。感覚が戻る。
ノイズ。絶望。後悔。
いつか見た赤い景色と同じ。
悲しみ。
空白。
そして――慟哭。
何秒もせずジェシカは倒れる。駆け寄る。やっと躰が主導権を返したからだ。ジェシカに触れる。彼女の急速に冷えていく体がもう手遅れだってことを伝えてくる。心臓を直截えぐられたなら、生きていられる人間などいないだろう。
躰はダメージの回復に努めていた。無防備な状態に晒されている最中だったから、自動的に敵を殺すという行動を起こした。それだけのことだった。
アタシの意に反して。
あるいは、心の奥底が求めていることが、生き延びるという選択そのものだとしたら、それはアタシ自身の意思に他ならなかったのかもしれない。
血の気の失せたジェシカの顔に触れる。青白くなってゆく彼女は、それでも満足げに微笑んでいる。アタシは言葉を失った。さっきみたいに、喋れないからじゃない。空っぽだったからだ。
すべてを飲み込んでいくこの気持ち、この形のない感情が、途方もなく深い悲しみを育てるように。
今にして、アタシはその名を知った。
孤独。
涙は出なかった。
無人の荒野で、アタシは一人きりで壊れたように叫ぶ。怒りと、悲しみと、それにも増して巨大な虚しさを込めて。
自分自身を、ひたすらに呪おうとして。