恐怖に囚われた少年は舞台を演じる   作:Narvi

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第十七話 一日限りの『お姉ちゃん』

 これ以上喋っていれば、言葉を聞いてしまえば僕はもう抜け出せない。甘美な味を体感してしまえばしまうほど、あのときの記憶が蘇る。

 僕は未だシリカに背を向けたまま。自分でもわかるくらい歪んでいる僕には、シリカの顔を伺うなんて出来なかった。

 

 みんなと馬鹿みたいに騒いだ時。ムードメイカーのあの人がいつも場を騒がせ、あの人がそれを止める。そんな光景を見て笑い合うメンバー。

 みんなと攻略しにいった時。あの人が向こう見ずに行動してヘマをして、周りを敵に囲まれしまう、なんてこともあった。その後はみんなクタクタで、その場に倒れこんだのを覚えている。

 

 あの時。あの人が。

 そんな記憶が、僕の頭のなかで行ったり来たりを繰り返す。そんな懐かしい記憶。取り戻すことは出来ない飛散した過去。

 

 だからこそ、僕は必要以上に人と関わらない。なのにキリトと再開して語り合って、リズベット武具店の近くに店を構えて、アルゴと情報を交換しあって。

 そしてとうとうギルドメンバーの敵討ちをすることを決意したはずなのに。必要以上に人と関わらないと、改めて決意したはずなのに。

 

 

 

 今、僕の目の前にはシリカがいる。

 

 

 

 僕の中で、シリカはもう《大切な存在》になっていたのだ。

 

 おかしな話だ。一年前にギルドメンバーを失ってしまうという大事件があったというのに、一人だけ生き残った僕はまたそのときの安心感を得ようとしているのだから。

 僕にはその資格がないと散々言っておいて、知らぬ間にそれを求めている。絶対に殺すなどと意気込んでおいて、一人殺した程度で僕の精神はボロボロだ。

 

 あの日から僕は自分を演じ、偽り続けると決めたはずなのに、今はどう頑張っても笑みを浮かべることは出来なかった。

 

 いくら考えても、いくら自分を偽っても。

 シリカを嫌いになんてなれなかった。

 

 

 

 だから、それだからこそ。

 

 

 ――僕はシリカが嫌いだ。

 

 

「……近づいちゃ、ダメですか?」

 

 シリカは小さい声で呟いた。

 

「今まで騙されて、危険な目に合わされた私は、人殺しのレイン君に近づいちゃダメですか?」

 

 シリカの小さい声は僕の耳にしっかり聞こえる。僕は何も答えない。答えたくはない。

 

「レイン君が人を殺したことも知ってる。レイン君が元ギルドリーダーで、メンバーをレッドプレイヤーに殺されてしまったことも、そしてそれを自分のせいだと思って悔やんでいることも知ってる」

「それは――」

「でもっ!」

 

 僕の言葉は、またシリカの言葉に遮られた。

 否定したかった。メンバーが死んでしまったのは本当に僕のせいで、僕がヘマをしなければメンバーは今も生きていたのだと。

 しかし、言おうとして振り向いた視線の先には、涙を流しているシリカがいた。

 

「でも……私はレイン君に……レインに会いたいんです」

 

 その今にも崩れてしまいそうな笑顔は、今まで見てきた笑顔の中で、一番美しかった。

 とても人間らしい笑顔。今までの人を騙す最低な笑顔とは違う。知らないうちに忘れてしまっていた、本心からの綺麗な笑顔だった。

 

「ダメですか? おかしいですよね……。こんなに騙されて、名前すら知らなかった相手と会いたいだなんて……」

 

 シリカは少し下を向いて言った。

 

「それでも……。私は短い期間だったですけどレイン君と一緒にいてとても楽しかったんです。知らない世界をたくさん知れて、いろんなことを教えてくれて嬉しかったんです。たまに見せる笑顔を見るのが、私は好きだったんです」

「嘘つかないでよ!」

 

 僕は叫んだ。幻想を見ているようだった。

 嘘だと思いたかった。また騙されているのではないか、と思った。もう二度と騙されたくない。二度と失いたくはないから、僕は必死に拒んだ。

 

「嘘じゃないです」

 

 しかし、シリカはきっぱりと、僕の言葉を一蹴した。

 

「昔のことを忘れろ、なんてことは私には言えません。でも、きっとこんなことは望んでないよ……。みんなもレイン君には幸せでいることを願っていると思いますよ……?」

「わかってる……わかってるけど……」

 

 そんなことはわかっていた。死の瞬間、言われた言葉。今でも耳に残る生きて、という言葉。

 復讐なんていらない。敵討ちなんて望んでいない。そう言って、最後まで生きることを願ってくれた最愛の人。

 

「だからって……。もうどうしたらいいのか……。」

 

 僕は表情を隠すように下を向いて、両手で頭を抱えた。

 もう後戻りは出来ない。溢れ出しそうになる憎悪の念に、僕は突き動かされてしまった。最愛の仲間たちを失ってしまった。許せなかった。

 だから、今更そんなことを言われたって、どうしたらいいのかわからない。もしかしたらみんなは僕のことを恨んでいるかもしれないという恐怖に、僕は囚われてしまっていたのだ。死の間際に言われた言葉が本心だって、そんな確証なんてどこにもないのだから。

 

 いつまでも悩み続ける僕の腕を、シリカはそっと掴んだ。顔に覆っていた僕の手はすぐに離れ、涙にまみれた僕の顔が顕になる。急に恥ずかしくなって抵抗しようとするが、素早さ重視だった僕のステータスではレベルの低いシリカにすら抵抗出来なかった。

 その僕の両手はシリカの両手にぎゅっと、優しく包まれた。

 

 きっと、僕は飢えていたのだ。人との関わり、心からの信頼感を得ることを。

 味方なんてどこにも存在せず、ただ窮屈な恐怖感の中で自分を演じている。しかし、それはただの空想で、そう思い込んでいただけ。

 

 シリカは僕の手を胸元まで持って行くと、強く念じるように、深く暖かな言葉を呟いた。

 

 

「私は……レインの味方ですよ」

「うぅ……」

 

 その呟きは僕の心に深く染み入った。嗚咽が口からこぼれだし、目頭がとても熱くなっていく。

 次第に抵抗はやめていた。僕の手をつかむシリカを拒むことはなく、むしろ心地よいなんて思ってしまっている。

 僕は必死に口を閉じようとする。しかし、僕の目元からは暖かな雫が頬を伝い、それとともに言葉ではない声が溢れ出そうとしてくる。

 そんな必死の抵抗すらも、シリカは良しとしなかった。

 

「我慢しなくてもいいんですよ……。だって、私はレインよりも『お姉さん』なんですから……」

 

 今日だけ。この一日だけなら、許されるだろうか。

 

 僕は一日限りの小さなお姉ちゃんに、甘えるように大声で泣いた。




 とうとう残すはエピローグのみ! さすがの僕もこの展開の前書きではふざけることを諦めました!

 特に意味は無いですけど、シリカが姉でレインが弟みたいな展開も書きたかったのでこの年齢設定にしたという理由もあります。低年齢なことには理由がありますけど、明確なところまでは決めてなかったんですよね。だからこれが決め手となって、この年齢です。

 途中から内容だけ一人歩きし始めて色々と考えた結果、この展開に落ち着きました。本当に大変だった……。
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