第八話 シグレと少女と
かなりの日数が経っただろう。しかし、僕にはそんなことは関係なかった。
時の流れなんてものはとうの昔に止まっていた。親友たちを目の前で亡くした時から、僕は何一つ変わらない。あの時から全く眠れなくなった。眠ろうとするとどうしてもあの時のことが脳内にちらつくのだ。
あのときの笑った顔が。
あのときの怒った顔が。
あのときの泣いた顔が。
彼らと話したかけがえのない時間が脳裏に蘇って、眠ることができなくなっていた。
あのクリスマスの日から一度も喫茶店には帰っていない。どこから回ったのかは知らないが、僕の名前が各層に広まってしまったのだ。
裏切りのレイン。僕はそう呼ばれていた。一度も裏切ったことはないというのに。
許せない気持ちと、恐怖心が僕の中を駆け巡る。僕は装備のフードを深くかぶり、迷いの森の夜道を歩く。
親友たちが殺されてから約半年が経った今、ようやく僕はあることを心に決めた。
レッドプレイヤーの殺害。《ラフィン・コフィン》のリーダー《Poh》によって広められたプレイヤーキルはいつの間にかこの仮想世界で、とんでもないほどの規模にまで達していた。そんな者達によって親友を、相棒を、家族を失ってしまった者は数知れない。
「絶対に……殺してやる」
そんな物騒な決意が自然と口から零れた。そんな時だ。
「きゃああああ! ピナぁ、ピナぁ!」
少女の叫び声が迷いの森に響いた。僕はステータスを余すこと無く使い、全速力で迷いの森を駆けた。
もしかしたらプレイヤーキルかもしれない。もともと、そういう噂を聞いてここを立ち寄ったのだ。その少女の声の元まで走り続ける。
そこにはこの迷いの森では最強クラスのモンスターであるドランクエイプが三体と、一人の少女がいた。その少女が声の主だろう。その主は一枚の羽を持ちながら泣き叫んでいる。
その隙を付こうとドランクエイプはのそのそとその少女へと歩き始めた。
「くそっ!」
僕はとっさに地を蹴った。最強クラスとは言っても迷いの森では、である。一発がそこそこ痛いが攻撃速度の方は別段早くなく、目で見てから回避できる程度だ。
ドランクエイプは僕の存在に気づいて唸り声を上げると、手に持つ棍棒を大きく振りかぶった。
――遅すぎる!
僕は即座に右に避ける。その攻撃は大きく宙を切り、地面と衝突した。その隙を付いて素早く数回斬りつけた。ドランクエイプは内をされたのかわからなかったのだろう。棍棒を地面につけたまま、ホログラムとなって消え去った。
ソードスキルを使った後の硬直が今は惜しい。後ろから棍棒を振るう音が聞こえたためすぐに前進した。そのまま半回転し、棍棒を振り終えたことを確認して今度はその棍棒をすり抜けるようにモンスター目掛けて短剣を突き刺した。二体目を倒し終え、三体目には何もさせること無く切り裂いた。
切り裂いた先には一人の少女。目からは涙を零している。大事そうに抱えている羽からして、彼女はビーストテイマーなのだろう。
しかし、そのモンスターは今はいない。僕は右手の短剣を腰にしまって、恐怖を押し殺しながら話しかけた。
「ごめん……助けてあげられなくて……」
「い、いえ……こちらこそ……ありがとうございます……」
私がバカだったんです、と痛々しく鳴き続けている少女。しかし、そんな少女を僕はただ見ていることしか出来ない。
親友を亡くした気持ちはよく分かる。僕はいてもたってもいられなかった。
「その羽根……アイテム名になんて書いてる?」
少女はその羽根を持って、アイテムウィンドウを開いた。それを恐る恐る見ると、また泣き始めた。
「待って、泣かないで? 心アイテムがまだ残ってるなら……まだ蘇生の可能性があるから」
「え!?」
大事そうに使い魔の心アイテムを持ちながら、少女は声を荒げて言った。それに対して、僕はゆっくりと説明を始めた。
「四十七層の南……思い出の丘、ですか……」
説明を終えると少女は一部分を復唱して、浮かない顔をした。
「今からレベルを上げても……間に合いませんよね……」
少女はそう言ってまた泣き出そうとした。それもそうだろう。
この層にいるようなレベルでは四十七層はあまりにもきつすぎる。それに加えて、三日後には心アイテムが形見に変化してしまうのだ。たった三日でそのレベルまで到達させるには流石に無理があった。
「諦めていいの?」
「……え?」
それでも、僕は多少の怒りを覚えずにはいられなかった。使い魔と言ってもかけがえのない仲間である。そんな仲間が一パーセントでも助かる可能性があるというのに、その場で諦めるのか。
「本当に諦めていいの? それで絶対に後悔しない? しないって言い切れる?」
「……そんなわけ、そんなわけないじゃないですかっ!」
少女は目を見開いて強く言い放った。
「私の……たった一人の友達なんですから……」
「……安心した」
僕はぎこちない笑みを浮かべた。少女は不思議そうな顔を浮かべているが、そんなことを全部無視して、僕は手を差し出した。
「きみの友だち、助けてあげる」
少女は驚いた顔をして、少し思案顔を作る。そして意を決したように僕の手を掴んだ。
「すみません……お願いします。私はシリカって言います」
「僕は、えっと……シグレだよ。よろしくね」
軽い自己紹介を済ませると、僕たちは足早に迷いの森から立ち去った。
冬休み最後の日は友達と遊ぶわけでもなく執筆作業に没頭……。友達はいます。断じていないわけでも、少ないわけでもないですよ?