Infinite・Possibility   作:びじーうぇいてぃんぐ

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まことに勝手ながら思うところがあり書き直しました。申し訳ありません。


第1話「忘却を越えて」

 IS学園のとある教室。周りにはたくさんの受験生が椅子に座っている。

 みんな緊張しているのだろう。顔に焦りを貼り付ける生徒もいれば石のように固く無表情の子もいる。

 今日はIS学園のIS適正試験日、待機所として案内された教室では学力試験に合格した受験生が自分の適正試験の順番を今か今かと待っている。

 アタシはそんなしんと静まり返った緊張感の漂う教室の中で、周りにいる同年代の子の多さに驚いていた。

 育った街は人口が少なかった。その上学校へは通っていなかったので、そもそも人がこんなに大勢いる場というのは滅多に無い。

 通っていた道場のみんなが一堂に会しても八人程度、この教室を埋めることはできないだろう。

 

(いや、義隆(よしたか)正義(まさよし)の兄弟はこの前東京に行っちまったからみんなあわせても六人か)

 

 東京の会社に就職をした年上の弟弟子のことを思いだすと少し寂しさを感じる。

 もともと住んでいた街にいる若者は少ない。それに最近の子供には空手や剣道、柔道といったものが人気で、通っていた蓮田流格闘術なんていう誰も聞いたことのないような道場では新しい入門生はあまり期待できないだろう。

 六人ではこの教室の席の一列を埋めるのが精一杯だ。

 

 かくいうアタシも、このIS学園に合格すれば道場を出て寮で暮らすのだ。そうすれば道場の門下生は五人。

 あの広い稽古場で五人が稽古をするのは少し寂しい。

 

(それでも......例え門下生が一人になっても......あの師匠は教え続けてくれるんだろうな)

 

 そう、自分に稽古をつけてくれた。ここまで育ててくれた師匠はきっとそうする。

 それが最後の一人であっても、その一人が教えを望むのであれば、あの顔にたくさんの皺を刻み組手とあれば大人気なく弟子を叩きのめす飄々とした老人は嬉々として面倒を見てくれるのだろう。

 アタシ、蓮田七(はすだなな)にそうしたように。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 ある田舎のある町に、とある老人が一人住んでいた。老人の名は蓮田甚六(はすだじんろく)。甚六は普段は道場の経営と山の管理をして暮らしていた。

 8年前のある日。甚六はいつものように山へイノシシ狩りに出ていた。

 軽トラの中で犬達につけたGPSを目で追っていると、犬達がある一つの場所で止まるのが確認できた。数瞬もしないうちにアオーンと遠吠えが響き、これは獲物を見つけたに違いないと猟銃を持って駆けつけたところ、そこにいたのはイノシシではなく一人の女の子だった。

 少女に意識はなく、犬達が顔を舐めまわしても起きる気配がない。

 これは大変だと急いで軽トラの荷台に乗せ帰り、甚六は少女を家の布団に寝かせた。

 やがて意識を取り戻した少女は記憶喪失であった。

 少女はかすかに覚えていることもあるらしく、自らを「ナナ」と名乗った。

「ナナ」には行くあても頼る物もないようだった。

 家には自分しかいない。息子たちとは別に暮らしているし妻は1年前に他界した。

 甚六は寂しさを埋めるためか、記憶が戻るまでと「ナナ」を引き取ることにし、名前をやった。

 名字は自分のものを与え、名前は「なな」と読む漢字の当て字をナナに見せて、自身に選ばせた。

 ナナが選んだのは「七」

 これがナナ改め、蓮田七の始まりである。

 

 七はその後、道場を開いていた甚六から格闘術を教わる。

 ISは女性にしか動かせないということから世界は女尊男卑に移りつつあったが、それでも女の子ということで甚六が心配して自衛のための手段として提案したのがきっかけだ。

 蓮田流格闘術は、いや武道とは、技を教えるだけではない。むしろ心構えを、それこそ「教え」として門下生に教える。

 それは命の大切さを教えるものであったり、力の振るい方であったりと様々で、「殺生をするな」から始まり「残さず食べろ」といったものまで千差万別である。

 そんな様々ある教えの中で、蓮田流格闘術の教えはひとつ。

 

「考えろ、体に刻め」

 

 七ももちろん甚六から格闘術を教わるとき、最初にこれを教わった。しかし意味を聞いても甚六は「考えるな、感じろ」としか言わず、一度たりともこの教えの解釈について教えてくれたことはなかった。

 絶対に最近見た映画のセリフに影響されている上に、甚六自身が全力で教えに背いたことを言っている気もしたが、七も蓮田流の教えなぞ正直どうでもよかったのであえて何も聞かなかった。

 稽古を始めた最初のうちは、甚六と組み手をする時に七は手の限りを尽くしても甚六に敵わず、あるときは考えの隙を突かれ、あるときは反応を超えて技を叩き込まれた。

 

 そして蓮田流を教わってから半年ほど経った頃。

 

 道場には達筆な字で教えが書かれた額が飾ってあり、最初の内は「なんじゃそりゃ」と思っていた七も、毎日見ていたせいで流石に頭に刻み込まれたそんな頃。

 

 七に一つの転機が訪れた。

 

 どんなに作戦を練ってきても、どんなにいいラッキーパンチを出しても甚六は予想を上回る読み、対応力で七をいなしてきた。

 

 しかしその日は少し違った。

 

 いつものように甚六と組手を始めようとした少し前、ふと額に飾ってある教えが目に入った。

 七は今までこの教えについて深く考えていなかったためにこの日も昨日のように、一昨日のように、いつもそうしていたように教えについて考えることなく組手を始めた。

 一晩練ってきた作戦を実行し、またいつものように甚六に反撃をもらおうとした時だった。

 七の身体は、半年間受け続けた甚六の意識外から飛んでくる蹴りを反射的に避けた。

 そしてそれだけでは終わらず、七は蹴りを避けている間に今までの作戦を放棄し、頭では新しい攻め方を考え、模索したのだ。

 甚六に勝てる気配が一向になく、悔しさから時間をかけて練り上げた作戦が頭から綺麗さっぱり消え去る。

 相手の体の流れを理解する。自分の体の流れ、周りの状況を考える。先手ならば。後手ならば。搦め手は。悪手は。

 でも体が動かない。脳の思考に体が驚いて頭の中だけで組手が進んでいく。

 

 蹴りを避けられた甚六は驚いた表情を見せたものの、蹴りを避けた体勢のまま止まっている七の足を払うと顔の前に拳を突き出し一本勝ちを宣言した。

 だが七には目の前の拳なんて目に入っていなかった。

 七は自分の動きに驚き、そしてその目は道場の額に向けられていた。

 

『考えろ、体に刻め』

 

(........反射で避けた?これが体に刻めってことか?頭の中で進んでた組手が考えるってこと?)

 

 七はこの日から教えを頭に覚えながら戦うようになる。

 それからの戦いは甚六にすぐに組み伏せられるようなことは無くなり、まるで教えは自分のために存在したかのように七は成長した。

 組み手をしている時に感じる、自分の反応と思考の限界、そのギリギリを綱渡りで歩いている感覚、そして甚六に自分では考え付かない作戦や対応を見せられる度に湧き出てくる新しい作戦。

 徐々に徐々に七は強くなり、相手の反応の限界や、作戦の引き出しの多さ、これまでの経験からくる読みなどを感じる事で、相手のことを理解し、また自分自身の限界も感じるようになった。

 

 それから来る日も来る日も道場で稽古をして、甚六に保護されてから8年が経った。

 

 その間弟弟子が増えたり、他所の道場の人らと交流したりと色々あったが、七はどんな日だろうと休まず毎日毎日誰かと戦い続けた。

 そして、ついには自衛どころか戦いが好きな一人の武道家となり、師である甚六にも及ばんというくらいの腕前になったのだった。

 

 そんな七が現在なぜIS学園を受験しているのかというと、それは記憶を探すためである。

 実は七はISについては拾われた時から知っていたのだ。知っているといっても曖昧なもので、正しくは「自分はISに関係していた」ということを覚えていただけに過ぎないのだが、それが記憶の唯一の手がかりだった。

 ISの情報を知るのであれば一番適しているのはどこか。その結果辿りついた答えがIS学園への入学である。

 七は稽古が楽しすぎて年齢不詳をいいことに、自分の記憶そっちのけで甚六を付き合わせて一緒に道場にこもっていたのだが、今年ついにIS学園に入学することを決めたのだった。

 

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