Infinite・Possibility   作:びじーうぇいてぃんぐ

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第2話「だから少女は歩き出す」

(IS。アタシでもちゃんと動かせるんだろうか)

 

 IS学園の椅子で頬杖をつき、今心配しても遅いようなことを考えながら七は自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

 IS。これは正式名称を〈インフィニット・ストラトス〉といい、宇宙空間での活動を目的として開発されたマルチフォームスーツのことだ。

 ISは発表当初、見向きもされず時代の流れの中に消えていくかと思われた。しかし発表から約ひと月後、幸か不幸か日本へ向けて2341発以上のミサイルが飛来した。

 この出来事は日本にとっては不幸以外の何者でもなかったが、ISにとっては幸運だったといえるのかもしれない。

 ミサイル飛来の原因は不明でこのままでは膨大な数の死者が出ると思われたその時、一機のISがどこからか現れ、飛来したミサイルの半数以上を撃ち落として見せたのだ。

 ISは現代兵器を軽く凌駕する性能を持っている。

 この様子は世界中に知られることとなり、ISが白い騎士のような姿だったことから白騎士事件と呼ばれるようになった。

 この事件からISは世界中で注目され、そして現在ではその戦闘力の高さから本来の宇宙での活動のためではなく主に兵器やスポーツの為に使われている。

 

(暇だ。教室で待機し始めてから2時間は経ってるぞ。受験生どれだけいるんだよ......。居心地悪いしさ......)

 

 七が周りを見渡す。他の受験生は緊張しているのか顔が硬い。中には唇まで真っ青にして震える子も目に入り、その子の緊張が移るかのように七の体もそわそわと落ち着きがなくなる。

 七は本来、あまり緊張で体が硬くなったりはしない方だ。むしろ程々の緊張感は思考を加速させ、パフォーマンスを高めてくれる。

 

 だがさすがに受験日ともなればそれなりに緊張してしまうのだろう。その上視線の先には自分なんて比にならないくらいにガチガチに緊張している女生徒。心配そうな顔を見せられると七まで「もしかしたらISが動かないんじゃないか」なんてネガティブなことを考えてしまう。

 

(そう、こんな柄にもなく先のことを心配して暗くなってしまうのはアタシが悪いんじゃなくて周りの環境が悪いんだ)

 

 七は最後に、既に呼ばれたため空席になっている席を見やると、周りの様子をうかがうのを止めて大人しく順番を待つことにした。

 

 無心で待ち続けてもう20分くらいたっただろうか。

 教室のドアが開き試験官と思わしき人が入ってきた。

 

「えーと、受験番号22-006の方。第二アリーナまで案内しますのでついて来てください」

 

 教室で待つこと2時間20分。呼ばれたのは七の番号だった。

 七の心はまだ落ち着いてはいない。

 だが行くしかないだろう。

 七は効果なんてないかもしれないが、心を無理矢理抑えつけるかのように手を固く握って試験官の方へ近づいていく。

 とにかく別のところに力を入れていないと体全体が錆び付いたみたいに固くなりそうだった。

 

「蓮田七さんですね?受験票を出してもらえますか?」

 

「はい」

 

 七はカバンからクリアファイルに入った受験票を取り出すと試験官に渡す。

 

「確かに。では私の後について来てください」

 

 既に同じように何人かの受験生が連れて行かれたため、教室の席はまばらに空いている。七はそんな教室を一瞥すると、深呼吸してから試験官の後を追った。

 アリーナへ向かう廊下は長く、カツンカツンと前を歩く試験官の靴がリノリウムの床を叩く音だけが響く。教室とは違い暖房の効いていない廊下は寒く、吐く息は白く霧散して消えた。

 

 七は自分の息を見つめながら自分を送り出してくれた師匠であり、今では親同然の甚六のことを思い出していた。

 蓮田流格闘術の道場の中はそれなりに広いので暖房はあまり機能しない。寒い時期には白い息を吐き、体から湯気を立ち昇らせながら甚六と組手をしたものだ。

 IS学園へと行く時に甚六は言った。

 

 ―――――記憶を探しに行くのか。帰ってくるなよ?バカ娘。

 

 あの時、甚六は七のことを本当の娘のように想って言ってくれたのだろう。

 ある日急に目の前に現れ、来る日も来る日も稽古に付き合わせたこのバカ娘のことを。

 少なくともあの時、七はそう感じたし、言葉は確かに暖かかった。

 だからこそ、想ってくれているからこそ、次会うときは記憶を取り戻した自分の姿を見せてあげようと、七はそう決めて出てきたのだ。

 拾われてから道場で暮らして8年間、辛いこともあった。それでも自分が育った場所で、とても大好きな場所で。七はできることならあそこでずっと暮らしていたいと心の底から思っている。

 

(無くしてしまったアタシの記憶。

 消えずに残っていた記憶。

 IS。なんでこれだけ覚えてんのかなぁ。

 忘れていればいっそ記憶を探しに行こうなんて気は起きなかったのにさ)

 

 前を行く試験官が立ち止まりドアを開ける音がしたため顔を上げる。廊下で感じた寒さはいつの間にかもう感じなくなっていた。

 

(それでもアタシは覚えてた。

 覚えてたことに意味があるんじゃないかと考え出したら消えてしまった記憶を探さずにはいられなかった。

 いや、覚えていなかったとしてもいつかアタシは前の自分をきっと探したんだろうけど)

 

 たまに生まれ変わりたいと願う人がいる。

 もう一度、新しい人生を歩んでみたいと。

 でも七はこう思っていた。

 人は生まれ変わっても結局はその人の生まれ変わりだと。

 記憶を持って生まれ変わったにしろ、記憶も何もかも全て忘れて生まれ変わったにしろ、その人はその人なのだ。

 生まれ変わる前の自分はいなくならないし、生まれ変わった後の自分はきっと前世の自分という土壌の中で芽吹くのだろう。

 七には8年前以前の記憶がない。

 ある意味生まれ変わったようなものだ。

 しかし、七は自分の中に確かに以前の「私」がいた形跡を感じていた。

 例えば喋り方。

 七の男の子のようなものの喋り方は誰に教わったものでもない。

 甚六に言われて直そうと思ったこともあるがその度に、七は大切な何かも失ってしまうような感覚に襲われた。

 確かに記憶は無くても体は以前と同じだ。記憶を失う前の自分の名残があっても不思議じゃないだろう。

 

(でも()は......きっと()()()は)

 

 それでも七はこの体じゃなくても、男の子のようなものの考え方をして、仮に記憶を失えば以前の自分を探す確信があった。

 だって死んだらそこでハイ終了。なんて寂しいじゃないか。できれば魂は巡り巡ってまた新しい器に注がれて欲しいと、そう思ったのだ。

 綻びがあっても、ツッコミどころ満載であっても、七は自分を信じて魂の欠片を探すと決めたのだった。

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