Infinite・Possibility 作:びじーうぇいてぃんぐ
七が織斑千冬と戦うために篠ノ之道場を訪れたのは、甚六の話を聞いてから一週間後のことだった。
なんでも、第二回モンドグロッソのために道場で稽古をしているらしく、ISには関係していない強い人物と戦いたいらしい。
そして、甚六がその話を篠ノ之道場の元師範だった人から聞いて今に至るというわけだ。
「失礼しまーす!」
七はそう言うと篠ノ之神社の境内にある道場の扉を開いた。
「うへぁ......なんじゃありゃ」
中では一人の女性が竹刀を振るい男3人を蹴散らしている。
「あれと戦うのかよ......マズったかな」
その女性は紛れもなくテレビや新聞で見た織斑千冬その人だった。
「おや、君が甚六さんが送り込んできた刺客かい?」
「えっ刺客?!いや、アタシはそんなんじゃ...!」
横から袴を履いた優しそうな面持ちの男が話しかけてきた。
袴はかなり年季の入ったもので、篠ノ之流と書かれた刺繍が少しほつれている。
「あはは、冗談だよ。君が蓮田七ちゃんだね?甚六さんから話は聞いてるよ。私が篠ノ之柳韻、この道場の元師範だ」
篠ノ之柳韻。
ISの生みの親、篠ノ之束の親に当たる人物。
師範に元がついているのは、今は失踪している篠ノ之束の関係者として、政府の要人保護プログラムにより各地を転々としており、道場の管理ができなくなったためだ。
おそらく織斑千冬に稽古を付けるため、一時的に道場に来ているのだろう。
柳韻は「私がここにいるのは内緒にしてね」と七に釘をさすと、更衣室まで案内してくれた。
着替え終わった七が更衣室から出ると、織斑千冬もちょうど男3人との試合を終えたところなのか水分補給で手を止めて休憩していた。
織斑千冬と話をしていた柳韻が七に気づいて近づいてくる。
「着替え終わったかい?千冬ちゃんもちょうど休憩中だから、準備できたらさっそく試合をしようか」
柳韻の後ろに座る織斑千冬と目が合う。
世界最強と呼ばれる人物が目の前に座っている。
「分かりました。すぐに準備をします」
七は織斑千冬から目を逸らさずに答える。
「時間があるわけじゃないけど...別に急がなくてもいいよ?」
「いえ、すぐに」
最初は本当に戦うのかと思っていた七だが、いざ着替えて織斑千冬を目の前にすると、七自身が早く戦いたいと思うようになっていた。
さっさと準備運動を始めると、その間に柳韻が、今回の試合のルールについて話を始める。
「千冬ちゃんは基本的に剣術を使うけど君が習っているのは格闘術だ。千冬ちゃんはISの大会に向けての練習だから、別に格闘家相手と戦う事に問題があるわけじゃない。けどこんな異種格闘技戦はないからルールは決めなくちゃいけない」
「はい」
七はストレッチをしながら柳韻に続きを促す。
「基本はなんでもありだ。武器もOK。でも急所を狙った攻撃はなし。どちらかが降参を宣言するか、私が危険と判断して止めたら試合終了。これは守ってもらう。いいね?」
「了解です。急所はなし。決着は降参か強制終了で」
準備運動を終えた七は、了解の意思を示しルールを復唱しながら立ち上がった。
「もう大丈夫です。お待たせしました」
それを聞いた柳韻は一度頷くと織斑千冬を呼ぶ。
「よし。千冬ちゃーん、次の相手はこの子だ。準備はいいかい?」
「無論です」
織斑千冬も準備は万端のようで、すでに立ち上がり道場の真ん中で竹刀を持って立っている。
織斑千冬は第2回モンドグロッソのためにこの試合をしており、七は幾多の挑戦者、訓練相手の一人に過ぎない。
自己紹介すらしていないが織斑千冬にとっては七の素性などどうでもいいのだろう。
自分の練習相手にさえなればそれで。
「織斑さん」
「なんだ」
「木刀じゃなくていいんですか」
七は織斑千冬の持つ竹刀を見ながら話しかけた。
対する織斑千冬は自らの持つ竹刀を構えて言う。
「木刀でも人は死ぬぞ。それよりもお前は何も武器を使わないのか」
「アタシが武器です」
七が大真面目に言うと、織斑千冬は意表を突かれたのか口に端に笑顔を見せた。
「フッ、面白いことを言うな。確かにそうだ。ならば私も無手で戦うとしよう」
そう言って竹刀を床に置こうとする。
しかし七はそれを止めた。
「織斑さんは自分の一番使いやすい武器で戦ってください。アタシにとっては一番使いやすい武器がアタシ自身。それだけのことなんです。これがアタシの全力なんです。アタシは全力の貴女と戦いたい」
七は瞬きもせずに目を逸らさず言う。
織斑千冬は、七の目に、言葉に、本気の色を見たのか顔に浮かべた笑顔を引っ込めると床に置こうとした竹刀を握りなおして七に向き直った。
「......笑ってすまなかったな。ならば私は
織斑千冬はそう言って道場の中央あたりに立った。
七も納得したのか、同じく道場の中央あたりで、数メートル離れた位置に立った。
「蓮田流格闘術。蓮田七」
七が名乗る。
「織斑千冬」
それに応えて織斑千冬も名乗る。
(アタシは今から世界最強と戦うんだ)
そう思った瞬間に、七の中に流れる血が沸騰したように体が熱くなった。
燃えている。
心が。
命が。
身体中の毛が逆立ち、自分の心臓の音がはっきりと、それでいて遠くから聞こえるような感覚。
(この感覚、緊張感。久しぶりだ)
七の感じているこの感覚は本来、七が強者との戦闘中に感じているものだ。決して戦う前のこの段階で感じるようなものではない。
しかし相手は世界最強。
強者なのは分かりきっている。
そんな確信、そして全力を出したいと心の底でずっと燻っていた種火。
それらが戦う前から七に火を点けた。
柳韻の合図で互いに礼をし、構える。
「始め」
静かに、だがはっきりとした声で柳韻から試合の開始が宣言された。
「ふっ」
一閃。
七の肺から漏れた空気の音が響き、数瞬前にいた空間が切り裂かれる。
織斑千冬が持つのは竹刀だが、それを表現するのであれば間違いなく、その空間は「切り裂かれた」というのが正しいだろう。
そんな常人ではあり得ない一振りを七は後ろに飛ぶことで回避する。
そして七の頭が回転しだす。
今の一閃。踏み込みの距離。竹刀を握る位置。間合。
それらを考慮して七も攻撃を仕掛ける。
(一歩目で間合に踏み込む。それに反応させて一撃いれるっ!)
っ!逆袈裟の一閃!右から!
七が神速の一閃に反応し、それを跳躍して避ける。
一歩目を踏み出す前に織斑千冬が七の動き出しに合わせて踏み込み、逆に攻撃を仕掛けられたのだ。
速い。あまりにも速すぎる反応と剣閃。
(でも、避けられる!)
しかし攻撃を跳躍で避けたために今いるのは空中。次の一閃を避けることは叶わない。
「はぁっ!」
織斑千冬が当然その隙を見逃すはずがない。
今度は左からの逆袈裟が七を襲う。
「ツっっ!」
七はそれを空中で足を上げ、ふくらはぎの側面で受ける。
そして攻撃によって横に回転する。
七は空中で逆さになったまま織斑千冬に手を伸ばした。
「ふっ!」
しかし七の顎を狙った拳はバックステップで避けられてしまう。
七は横に一回転して着地するともう一度攻撃を仕掛けた。
もちろん迎撃の一閃が飛んでくるが、七は歩幅を変えてタイミングを僅かにずらして接近していた。
(流石っ!)
そのため本来であればこの一閃は浅くなり、織斑千冬に隙ができるはずだった。しかしそこは流石に世界最強。神速の一閃をちゃんとコントロールして、正確に七に合わせてくる。
七の脇腹に一閃が当たる。
(ぐっ!強っ!)
先ほどと同じく回転することで攻撃の勢いを減らし、逆に自分の攻撃に繋げようとするが織斑千冬の一閃は七の重心を確実に捉えてそれを許さない。
「ゲホッげほっ」
脇腹に攻撃を食らったせいで、七の肺から強制的に空気が排出される。
(一度見せたら二度目は対応されるか)
七が立ち上がると、今度は織斑千冬の方から攻めてくる。
袈裟切りの初動を見せた後の横の一閃。
反応は。できてる。
させない!
「ぅっっっらぁっ!」
七は地面すれすれまで体を屈め、まるで伏せるようにして横の一閃を潜って避ける。
そして竹刀を振り終わった後の織斑千冬に向かって床に手をつき、足を跳ね上げるようにして反撃する。
「蓮田流格闘術乙型
織斑千冬が後ろに吹き飛ぶ。
織斑千冬が、あの世界最強が。
いや、七はそんなことはどうでもよかった。
(この人なら全力を出せる。むしろアタシなんかより全然強え人だ。今のももう通用ない)
一度出した技はもう通用しない。まだ見せていない技であっても、対応されて避けられる。
だからこそ七は楽しかった。
自分の全てをとした一撃が、自分の想像を超えて、反応を超えていなされる。
だからこっちもそれに呼応する様に反応速度を上げる。反撃する。新しい攻撃を捻り出す。
(胸を張って、アタシの敵だと言える。コイツなら!)
受け身をとり直ぐに立ち上がった織斑千冬とまた攻防が始まる。
そしてまた数合打ち合った後、距離が離れた。
(この人の攻撃は綺麗すぎる。剣の一振りを、それも刀の一振りを極めた人の一閃だ)
そう、織斑千冬の一閃。これは刃のついた刀での一閃を極めた末に辿り着くような境地であろう。
故にその一振りから感じるのは、破壊する力強さではなく切り裂く美しさ。
(だからこそっ!)
七が織斑千冬の間合に踏み込む。
「っ!」
断ち切る!
七は神速の一閃に対し、正面から少しズラして蹴り上げる。
べキィ!と竹特有の乾いた折れる音が道場に響いた。
これが竹刀ではなく木刀であったなら恐らくもっと速く、そして力強さも兼ね備えた一閃だったのであろう。
しかし竹刀で振るう刀の一閃であれば。
(反応できる!)
七は間髪入れずに攻撃を仕掛ける。
「っ!」
織斑千冬は竹刀を折られた直後は流石に一瞬だけ目を見開いていたが、直ぐに立て直すと七の攻撃を躱す。
再び七と織斑千冬の間に距離が開いた。
「武器破壊......私がされるとはな......」
織斑千冬が折れた竹刀を脇に放り投げながら呟いた。
七はその言葉には答えずに攻撃を再開する。
七の頭の中には今、勝つための、次の一撃のための思考が渦巻いている。
「はっ、はっ、はっ」
短く浅い呼吸を繰り返す七。
言葉をだす余裕などなかった。
体が燃えている。心が燃えている。命が燃えている。
紛れもなく七は今、全力だった。
「シッ!」
「それまでっ!」
しかし織斑千冬に中段への拳を入れようとした瞬間。
柳韻から止めの声がかかった。
「なんでっ?!どうして止めるっ!」
七が手を止め、柳韻に向かって吼えた。
もっとこの一戦を、一閃を見たかった。
なのにどうして。なぜ止める。
全力だった。
全身全霊をかけれる相手だったのに!
「蓮田七ちゃん。君の負けだよ」
柳韻は静かに言った。
「アタシの負け?!どこがだ!竹刀を折ったからか?!」
七がさらに吼える。柳韻はそれでも変わらず、ただ冷静に言う。
「そうじゃない。むしろ千冬ちゃんの武器破壊ができる君は凄かったよ。でもこの試合は終わりだ」
「じゃあなんでっ―――――」
納得できない七は柳韻に詰め寄ろうとして―――――気付いた。
動きの止まった七に柳韻が告げた。
「君の足はもう折れてる」