Infinite・Possibility 作:びじーうぇいてぃんぐ
(アタシの......負け)
試合を終えた七は足の激痛を我慢して道場の中央へ向かおうとする。
織斑千冬と試合をしている最中は全く痛くなかったが、気付いてしまったらもう消えない。まともに歩けずに地面に倒れるが、それでも七は道場の中央に向かおうとした。
そこは試合を始めた位置。この戦いを礼によって始めた位置だ。
「礼で......終わらせてくれませんか」
まともに歩けない。足には激痛が走り続けている。正直に言ってしまえば一歩も動きたくはない。
でも七は礼で終らせたかった。
どうしても、この戦いをさせてくれた相手に「ありがとう」と伝えて終らせたかった。
柳韻は反対したが、七の頑なな様子と、七を見て既に試合を始めた時の位置に戻っている織斑千冬を見て根負けし、七に肩を貸すと道場の中央まで移動させてくれた。
七が後は自分で立つと言うと、柳韻はもう止めずに一つ頷いて礼を合図した。
「有難うございました」
「有難うございました」
言った瞬間、七の意識が痛みで遠のく。
折れた足ばかりを気にしていたがそれ以外の場所も十分ダメージを負っているようで、全身が痛い。
脳が限界を超える痛みから体を守るために強制的に意識を失おうとしているのだ。
「ちなみに私の全力の武器は言わずもがなだが......ISだ」
七は最後に、織斑千冬のそんな呟きを聞いて「ああ、確かにそうだよな」と思うと意識を手放した。
▼
IS学園のピットの中。
「アタシはさ、織斑千冬に、勝ちたいんだ。全力の、あの人に!」
七が動かないラファールの中で汗を流してもがきながら試験官に語る。
七はあの時全力だった。
でも織斑千冬は違うだろう。
あの人の全力。ISを使った全身全霊の一振り。
その刃の輝きが見たい。
確かに七は記憶を探しにIS学園に来た。でもそれは理由の半分に過ぎず、もう一つの理由は織斑千冬。コイツと戦うために来たのだ。
IS学園ならば織斑千冬がいる。ISについて七は初心者だが、それはここに入学すれば教えてもらえる。記憶の手がかりが見つかる可能性も高い。
(だからこんなとこで止まる訳にはいかない)
もう試験官に語ることはない。これ以上時間は伸ばせない。最後のチャンスだ。そう思いながら七はもう一度、ラファールに力を込めた。
「ぅ......うご......ッ......ぅごけぇええ!!!」
すると今まで何の反応もなかったラファールからブゥンと起動音が返ってきた。
「はぁっ、はぁっ......?」
恐らく動いたのだろう。
七の目前にはモニターが表示されている。
「動いた......のか?」
「その勝ちたいという言葉は織斑先生に直接伝えられそうですね」
試験官が七に話しかける。
「はぁ...はぁ...じゃあ?」
「さあ、試験を続けましょうか」
そう言って試験官の山田真耶は笑った。
▼
(こんなにあっさりと動くなら最初の時点で動けよなぁ......)
七がそう小さく毒づく。
「ちょっと待ってて下さいね」
そう言って試験官はピットの隅の方へと移動した。口が動いているのが分かるので恐らく誰かと通信をしているのだろう。
七はその様子をラファールに乗り、少し緊張しながら見つめて待つ。
(それにしても動いてよかった)
記憶探しを始める前に甚六の元へ強制送還は七も御免被る。
記憶を探せないのもそうだが、試験に受かる以前に、そもそもIS乗れませんでした。では応援してくれたみんなに申し訳なくて帰るに帰れない。それにそんなことすら気付かなかった自分が少し恥ずかしい。
もし帰れば枕に顔を沈めて手足をばたつかせたあと死んだように沈黙するだろう。
俗に言う恥ずか死。
(まあ、ともかく動いてよかった。他に変なところもないようだし)
「ん?なんだこれ?」
その時視界の端に起動していないはずのモニタが浮いているのを見つけた。
「『コマンダーを確認』?」
七は思わず声に出して読む。
試験官は手で触れてモニタを操作していたのでこのモニタも触れれば何か詳細が出るのだろうか。
何のことか調べようと手を伸ばす。
が、触れた瞬間にモニタは消えてしまった。
「コマンダー......指揮官のことか?」
指揮官ということはこのISは何かの指揮下にあるということだ。
普通に考えれば今動かしている七のことだろう。
それとも試験用のISだから何処か別の場所で性能や武装を一括管理、制限でもしていてそれを示す表示とかだろうか。
通信が終わったのだろう、試験官の人が部屋の隅から近づいてくるのがラファールのセンサに反応した。
「すいません、お待たせしました」
「どうなったんですか?」
「安心してください。試験は通常通り行っていいそうです。」
「...っし」
取り敢えずの不安は無くなったようだ。
七は試験官には見えないように体の影で小さくガッツポーズをする。
「何か他におかしな点等はないですか?」
その言い方だとまるでお前はおかしいと言ってるようなものだがこの人にそんな気は無いのだろう。
自分でミスリードして傷つく必要もない。
七は気にせずに、先ほどと同じようなモニタが他にもあるんじゃないかと視界の中を確認するが特別変に感じるものはない。
ISや装備の状態を表示するモニタが端っこの方に浮いているだけである。
「......大丈夫そうです」
「分かりました。ではピットに出ましょうか、今回はレールによる発射は行わないので昇降機で降ります。ついてきて下さい」
そういうと試験官は、アリーナに出っ張るようにして突き出しているピットの根元に設置された昇降機、IS用のエレベーターに向かった。
七はその後ろに続き、アリーナの下まで降りた後、中央付近で向かい合う。
ちなみに七が歩くときはガションガションとうるさかったのだが試験官の人のISからはそんなうるさい音は鳴っていなかった。
たぶん地面から少しだけ浮くような制御をしているんだろう。
ドラえもんみたいに。
そんなくだらない事を考えられるくらいには七も落ち着くと、試験官が真面目な顔で説明を始めた。
「それではこれより二次適正試験を行います。内容は10分間の模擬戦です。勝敗は合否に直接は関係しませんが勝つつもりで試験に臨んでください」
いよいよ試験が始まる。
七は体の感覚が隅々まで行きわたるように自分の体温を感じる。
これからISで空が飛べる。自由に、思いのままに空が飛べるというのはどんなに気持ち良いことだろうか。
ピットの中で試験官を待つ間に妄想はした。沢山した。
しかし妄想と現実は違うのだ。
どんなに理解していようとも、どんなに知識が深かろうとも実際に経験したとしないでは天と地ほども差がある。
もちろんこれは模擬戦だし、移動できるのもアリーナの中に限定されるのだが、それでも七の気持ちはどんどん昂ぶっていく。
「落ち着けアタシ、これは模擬戦、試験なんだ」
七は自分に言い聞かせる。
「不合格もあり得る。自由に空を飛んでるなんて余裕はない......はずだ」
そんな余裕は、恐らくない。
「タブン......いや、ちょっとはあるかな。あるといいなぁ......」
試験なのだから真剣にやらなければいけないのは分かっているがどうしようもなく心がはやる。
まあ落ち着けてはいないが緊張ではなく興奮で心が昂ぶっているだけまだマシだと七は自分に言い訳をした。
『考えろ、体に刻め』
蓮田流の教えを思い出す。
七を変えた、七の信じる教え。
今の七の心では冷静な思考なんて出来やしないが、反射は体に染み付いているようなものなので勝手に体は動く。もしも緊張でガッチガチになってればそれすらもできないだろう。
説明の為に近くにいた試験官が10メートルほどまで離れるとこちらに向き直った。
もう試験を始めるのだろう。
「いよいよか......」
七の中に緊張が走る、この緊張は待機中の教室で感じたものじゃない。七のパフォーマンスを上げてくれる方の緊張だ。
緊張はこれからISで空が飛べるという興奮と混ざって熱くなり、七の心をさらに熱くさせる。
心臓がどくんどくんと脈を打つのが聞こえる。
「ではこれより試験を始めます!」
試験の開始が宣言された。