レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 歌っては、くれなかった


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 一つの墓石の前に、花を供え、祈りを捧げる。墓参りとしては当然の作業。だが彼女はこの行為に意味がないことを知っている。

 何故なら墓の下で眠るべき叔父は死体を残さず死んだからだ。この白い十字架は叔父がせめてこの世に生きて死んだと世間に向けて発信する意味合いしか持たない。

 

 隣で同じくしていた父もまた、娘以上にそれを理解している。それでも父はここに娘を連れて毎年来る。

 

 娘は持ってきていた三脚を手早く組み立て、カメラをセットした。シャッターは連写に設定。三脚ごとカメラを運び、ちょうど自分と父、両方が納まる位置に三脚を据え付ける。メガネを外してファインダーを覗く。うん、ばっちり。

 

 メガネをかけ直した娘は父の前まで戻って、父と真正面から向き合った。

 

「こんな時まで写真か。悪趣味だぞ」

「とーさまほどじゃない。それに記録は大事だってアルおじさまもバランおじさまも言った」

「残しておいて辛くならないか」

「ならない。なっても、ワタシはやるべきことを見失わない。絶対に歴史を変えて、世界を創ってみせる」

 

 娘は父の手を両手で持ち上げて握る。父の両手には黒い手袋。手袋の下の皮膚がもっと黒いと娘は知っている。

 手だけではなく、父は体中が黒いモノで侵されている。それは父自身の若い頃の無茶の代償で、娘を鍛えるために引き受けさせてしまった余分な苦痛だ。

 

「――ユティみたいな強い娘を持って、父さんは幸せ者だ」

「うん、知ってる」

 

 

 利用するために産んだのは知っていた。母が幼い頃に出ていった日からずっと。

 愛で縛り、愛で利用する。

 父は最大の愛情を注いで娘を決して裏切らない兵器に仕立て上げた。

 

 

 父は娘の手を離させ、娘と距離を取る。その上で、娘の手の平に銀の懐中時計を落とした。

 

「もう行きなさい。――あいつを、頼む」

 

 娘は無言で肯き、ポケットから時計を出した。銀色のフォルムに青い蝶の飾りが特徴的な懐中時計。

 

 娘は二つの時計を掲げる。炸裂する光、時計の中にいるような空間で、青い歯車がいくつも彼女の体に入り込み、彼女を変異させる。

 

 

 

 直後、父だった男の胸を、娘だった少女の槍が貫いた。

 

 

 

 娘は父の胸に頭を押しつける。ぐりぐりと、駄々のように。そして、天まで貫きかねない絶叫を上げた。

 声など潰れろといわんばかりの、親を喪失した子の、悲鳴だった。

 

 

 ふいに、暖かいものが彼女の背中に回る。父の腕だ。

 

「よく…できたな…父さんは、お前を誇りに、っ、思うよ…」

「とー、さま」

 

 父に体を押されて槍が抜ける。穂先には禍々しい黒の歯車と、白金に輝く歯車の集合体。

 

 時歪の因子(タイムファクター)

 カナンの道標。

 

 娘はぐいぐいと涙を無理に拭き、セットしていたカメラと三脚を回収した。

 

「じゃあな、ユティ。さよならだ」

「うん。さよなら、とーさま」

 

 父が血だまりに倒れていく。地面にぶつかることはなかった。

 ぶつかる前に、世界がひび割れて、崩れ落ちた。

 

 

 こうして一人の少女が、正史世界へと旅立った。

 




 初めまして。暁では木崎名義で活動しております、あんだるしあと申します。
 新しい顧客?開拓を狙ってこちらにもマルチ投稿させていただきました。
 オリ主ありの再構成という、作者の技術が果たして追いつくのか甚だ疑問な本作ですが、全力を尽くしますので、なにとぞよろしくお可愛がりください。

【エレクトラ】
①ミュケナイの王女。実父アガメムノンを実母クリュタイムネストラとその情人に殺される。成人後、弟と共に帰国し、実母と情人を殺す。
②エレクトラコンプレックスの語源。女子の無意識の父親への愛着を指す。
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