「でも、全部の人がワタシじゃない。距離で絆も居場所も失くした人たち、たくさんたくさん。アルクノアはその最たるもの」
ユティはカメラを構えると、ついさっきルドガーたちが殺したアルクノア兵の死体を写した。
裂傷も銃創も流れた血も苦悶も無念も、余す所なく、レンズを向けて切り取った。
「せっかく帰れた故郷なのに……最後に残ったものまで自分たちの手で壊しちゃうなんて……」
「気持ちは分からんでもないさ」
唐突に言ったアルヴィンを、エリーゼは首を傾げて見上げた。
「20年も経ちゃあ家も街も人も変わる。自分が知ってるまんまのものなんて1コだってない。そんな『知らない場所』に帰って、果たして本当に『帰った』と言えるのか、ってね。最後に残ったもんなんかじゃねえ。皮肉なことにエレンピオスへの帰還は、アルクノアの連中に『お前らのエレンピオスなんてとっくにない』って思い知らせたんだ」
実感を込めて語るのは、アルヴィン自身もその喪失感を体験したためか。俯いたアルヴィンと、悲しげなジュードとエリーゼの間には、彼らにしか共有できない過去が漂っていて――ルドガーを弾いていた。
(ジュードしかいなかった時には感じなかった。ジュードを昔から知ってるアルヴィンとエリーゼが来てから感じるようになった――疎外感。俺はこの人たちの過去にはいない。この人たちも俺の過去にはいない)
「旧アルクノアの人たち、エレンピオスで地に足付けてても、心はリーゼ・マクシアに置き去りのまま」
ユティの目がレンズ越しに遙か遠くを見やる。その先には、彼方のリーゼ・マクシアがあるのだろうか。
「そゆこと。俺は運がいいほうだ。少なくともバランは俺たち一家を20年も覚えてたんだからな。――今のアルクノアは、そんな燃え尽き症候群の奴らを神輿に担いで、現政権や社会に不満を持つ若者層を取り込んで再構成されてる。急造だから組織力は弱いが、やることなすことえげつないのは相変わらずだぜ」
「彼に一票。エリーゼくらいの歳の子供たちを人質にとって立て籠もった。それに今までの進撃。エリーゼやエルみたいなか弱い女の子を見ても、兵士は銃、ためらいなく撃った。外道の所業」
ユティはフォトデータを参照しながら戦況を分析している。今までの戦いをいつ撮った、というのは究極の愚問だとルドガーはここまでに悟っているので口を噤んだ。
「ここ、建物たくさんあるし、道、複雑。精霊研究所だから
ユティはカメラの閲覧モードを終了して、やるせないため息をついた。
エレンピオスは行き詰った社会。それは産まれて20年育ってきたルドガーも肌で感じている焦燥だ。それでもエレンピオス人は目の前の奈落を見たくなくて、恐怖を怒りに変え、矛先を政府と新大陸に向けた。
「そんな相手ならなおさら、アルヴィンもユティも冷静に話してる場合ですか!」
「分かってる。このままほっとく気はねえって」
アルヴィンは一転して真剣さを呈した。
「みんなのおかげで帰れた故郷だ。壊されてたまるかってんだ」
「アルヴィン…」
――アルクノアにとってエレンピオスは故郷ではないと説きながらも、こうしてエレンピオスそのものを故郷とみなし、帰れたことに意義を見出す稀有な人間がいる。
ルドガーは双剣の鞘を強く掴んだ。
「アルヴィンみたいに感じてる人は、帰ってきた人の中でもきっとゼロじゃない。逆にエレンピオスに連行されたっていうリーゼ・マクシア人も、いつか帰った時にアルヴィンと同じ想いを懐ける日が来るかもしれない。そんな、形に成ってない希望を繋ぐためにも、アルクノアを止めないと」
「いいこと言うね、おたく。言っちまえばその通りだ。俺が今感じてる気持ちを、連中が今は無理でも未来で感じられるように――いっちょかつての裏切り者がお節介してやりますかね」
アルヴィンは腕の柔軟体操を終わらせると、あらためて大剣と銃を抜いた。
「もう最上階まで来た。残るは屋上だよ」
屋上に繋がる研究室を経由し、ドアを全開にする。
雲間から射す陽光が短い間視力を奪う。目が慣れてから観察すれば、タイルが敷き詰められ、柵に囲まれた屋上に、異様なものが佇んでいた。
「
「また作ったのかよ!」
「制御もできないのに…!」
ふと、敵の正体におのおの仰天しているジュードたちを尻目に、ユティが小声でルドガーに、
「
それなりに衝撃的な質問を投げかけてきた。
「……お前、
ユティはこくこく肯く。
純エレンピオス人のルドガーも詳しく理解しているとは言い難いが、ジュードの活動もあって全く知らないということはない。
問い質す前に、
射程には――エルとルルがいる!
ルドガーより先にユティが動いた。ショートスピアを投げ、器用にもエルの前のタイルとタイルの間に突き立てたのだ。
雷は即席の避雷針になったスピアに落ちる。ほぼ同時に駆けつけたユティはエルを抱えて転がって伏せた。その間4秒。
しかし、スピアに落ちなかった雷が、ルルを直撃してしまった。
潰れた声を上げて倒れるルル。
「ルル!」
もうひとりの家族を傷つけられた――ルドガーの中で感情のメーターが焼き切れた。
ルドガーは双剣を抜いて吼え、紫電の球体に挑みかかった。
(2)と(3)を分割してまとめ直しました。
今回は作者の中のアルクノア観を書かせていただきました。TOX2になってからはアルクノア=反リーゼ・マクシアのテロ組織という、どこか都合のいい騒動起こし役になってきた気がして…アルヴィンとルドガーの主張がまんま作者の主張です。