レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 いいに決まってる わたしにウソのつき方を教えてくれたのは、あなたなんだから


Mission4 ダフネ(5)

 ユティの前には、柵越しにヘリオボーグ研究所の棟とトルバラン街道が広がっている。

 無機と有機のちぐはぐな景色が地平線まで広がり、夕陽がそれらに等しく降り注いでオレンジに染め上げる。

 

 ユティはカメラを遠景に設定してシャッターを切った。次いでカメラを操作し、ファインダーに今までのフォトデータを参照する。

 

(そろそろ現像に出さなくちゃ。ユリウスにも写真付きで報告するって約束したし)

 

 突入前のアルヴィンの困った顔。

 ヘリオボーグ研究所でのテロ被害。ユティが知る技術に比べれば格段に劣る黒匣(ジン)製兵器。

 銃を届けに来たはいいが扱いにビビるイバル。

 ティポに文句をつけるエルと反論するエリーゼ。

 雷パニックのあとでコケたエルと、助け起こすルドガー。

 褒め言葉を間違えてティポに頭からかじられるルドガーと苦笑いのジュード。

 源霊匣(オリジン)ヴォルトとの戦い――

 

「泣いたカラスがもう笑ってやんの」

 

 上からアルヴィンがユティの手元を覗き込んでいた。後ろに立たれるまで気配に気づけなかった。

 

「落ち込んでんのかと思って慰めに来てやったのに」

「元気になれた。これ、元気の素」

「どれどれ……わ、何だこりゃ。おたくら、ここに来るまでによく死ななかったな」

「ここ何日かで、今日までの人生の素振り、本振り回数を超えた自信がある」

 

 列車での移動はともかく、街道を行く時は特に気を配った。素質はピカイチだが経験不足のルドガーを補うべく、スピアで刺し貫いた魔物は数知れない。今日もルドガーのフォローのために何人のアルクノア兵を殺したやら。

 

「槍、ガキの頃からやってんのか」

「5歳からやってる。とーさまに教えられた」

「5歳!? おたく見たとこ13,4歳だろ。えらく長いことやってんだな。傭兵志望か?」

「16歳だよ。なれるならカメラマンになりたかった。あと、アナタに比べたら短い気がする」

 

 ユティの知るアルヴィンとは親子ほどの歳の隔たりがあり、アルヴィンが銃と剣を握っていた年数もそれに比例する。

 しかし、馬鹿正直にそれらを、面食らうアルヴィンに話すわけにはいかないので。

 

「おじさんのアナタとユティじゃ生きてる年数からしてちがうし」

 

 ビシ! 本日二度目のデコピン。今度は笑えなかった。痛い。じわじわ来る。

 

「さっきも言ったが、誰がおじさんだって? 俺はまだ27だ」

「……アラサーはおじさん圏内では」

「もっぺん食らうか?」

「ゴメンナサイ」

『あー、アルヴィンがユティに大人げないことしてるー』

 

 ティポがふよふよと漂ってきた。ティポを追ってエリーゼも来た。

 

「女の子を叩くなんて最低ですよ、アルヴィンっ」

『励ましに行くって言ったくせに何やってんだ! バホー!』

「いい、エリーゼ。今のはワタシに非があった」

「それとこれとは別問題です! ユティももうちょっと怒ってください! でないと永久にアルヴィンのオモチャにされちゃいますよ!」

「……姫ぇ~。俺、そこまでコテンパンに言われるほどおたくをいじってないだろぉ~」

『代わりにジュードとかレイアをいじってたじゃんかー』

「いや、ティポも、本当、いいから。そろそろ本格的に彼が沈没しそう」

 

 しゃがんで地面に「の」の字を書くアルヴィンは端から見ればかわいそうだ。

 ユティはアルヴィンの横にしゃがみ込む。

 

「ワタシ、気にしない。いじられてもぶたれても、アナタが相手なら」

「はは。うれしーねー味方ができて。でも異性相手にそういう発言は誤解を招くから程々にな」

「誤解じゃない」

 

 ユティにとっての「アルヴィン」とこのアルヴィンが別人だと頭では処理できる。だが、長年の習慣は簡単には抜けない。ユティはどんな「アルヴィン」であれ、「アルヴィン」相手には無警戒・無防備になる。

 

「……なあ、おたくと俺、どっかで会った?」

「会ってない。どうして?」

「顔合わせの時。意味深な発言してくれたじゃん。今もそうだし。ひょっとして俺がエレンピオスにいた頃会ってたりして」

「ワタシたちが会ったのは、今日が初めて」

「だよな。――ま、あれだ、エルの言葉はあんま気に病む必要ねえぞ。戦場じゃ一瞬の取捨選択が生死を分ける。欲張ったら拾える命まで零しかねねえ」

「――ありがと」

 

 アルヴィンはくしゃっとユティの頭を掻き回した。

 

 

 仲間の輪に戻っていくアルヴィンとエリーゼを見送る。入れ替わりにルルがやって来た。

 ルルはユティを案じるように鳴く。

 この猫は賢い。ユティが何者か分かっているのかもしれない。

 

「さっきはごめん。痛い思いさせて」

 

 ユティは地べたに座った。ルルはのどを鳴らして足にすり寄ってくれた。

 

「ナァ~」

「嘘はついてない。あの人とは今日が初対面。ユティの『ウソツキのアルおじさま』とは、これから会うんだから」

 

 ユティは短パンの両ポケットの中身を取り出した。片や傷だらけの銀時計。片や夜光蝶を刻印した銀時計。

 

「会えないほうが、誰にとっても幸せな結末なのは、分かってるんだけどね――」

 

 懐中時計をポケットに戻して立ち、「そろそろ行こう」と声をかけてきた彼らを追いかける。ルルもついて来た。

 

 建物の中に戻る。集団の少し後ろを歩いていると、足並みを遅らせてエルがユティに並んだ。

 

「……ルルにゆるしてもらえた?」

「うん。ほっとした。ルルは懐の広い猫だね」

「ルルがゆるしたんなら、エルも…その…ゆるしてあげていいよ、さっきのこと」

 

 ルドガーに何か言われた? とは問わなかった。分かりきっている事柄であり、口にすればまたエルとの仲がこじれかねないからだ。これから長期間同行することを考えるとそれは望ましくない。

 

「エルも懐が広い。将来いい女になる」

「そ、それだけ! じゃあね!」

 

 エルは速足でルドガーの横に戻っていった。ルドガーはエルと二言三言話し、ユティをふり向いて笑った。

 

 

(大丈夫、とーさま、アルおじさま、バランおじさま。ユティはちゃんと、とーさまの言いつけ、守ってみせるよ)

 

 

 ――ルドガー・ウィル・クルスニクを死なせない。

 ユースティア・レイシィを衝き動かす、たったひとつの理由。




 明らかになりましたね、オリ主を正史に来させた主犯格は誰か。
 ユリウス。アルヴィン。バラン。この3人がオリ主を突き動かす人たちです。
 前二人は分かるとして何故バラン? と思われた方も多いでしょう。何故かというと元々バランのほうが先にユリウスの友達やってたからで、いくらアルヴィンと昔遊んだとはいえ大人になってから会ったのは原作軸で他人として。なのでバランを介して両者の関係が構築され、バランも仲介人として計画に参加することになった――そんな感じです。
 あとがきでそんな重大な事項をぶちまけるなって? 大丈夫です。メンバーはあまり重要ではないので。むしろこのメンバーが何をしでかしたかが重大なのです。

【ダフネ】
 ギリシャ神話に登場する河の神の娘。エロスの矢によって彼女に恋したアポロンに求愛され、アポロンから逃れるためにその身を月桂樹に変えた。嘆き悲しむアポロンはダフネの月桂樹を冠としてかぶった。
 この伝説から月桂冠は競技(現代ではオリンピック)にの優勝者に与えられる栄誉の冠とされる。

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