レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 世界なんて、救わなくても勝手に生きてくものなのに――お節介ばっかり


Mission5 ムネモシュネ(1)

 ルドガーがクランスピア社分史対策室のエージェントに任じられた。

 

 それというのも、ユリウスを探す道程での働き――ヘリオボーグ研究所、ドヴォール裏路地での分史世界破壊の功績が認められ、社長ビズリー御自らの大抜擢を受けたのである。

 

(とかいえば字面だけは華々しいんだけど)

 

 ユティは一人、ノック式スピアやら機材やらを詰めた三脚ケースを担ぎ、トリグラフの路地裏をうろついていた。

 20分ほど前までは、新顔も加わったルドガーのパーティーと一緒だったのだが、訳あって単独行動中である。

 

(この辺でいいかしら)

 

 ユティは荷物から旧型GHSを取り出した。ユティ自身のGHSは正史では使えないので、わざわざバランに頼んで探してもらった骨董品だ。

 GHSの短縮番号を画面に呼び出し、発信する。コール音が7回鳴ったのを確かめ、一度切る。再び発信してコール音を7回鳴らして切る。3度目のコールで、ようよう望んだ声がスピーカーから聴こえた。

 

「何日ぶりかしら。調子はどう? ユリウス」

 

 実はユティは隠れてユリウスと連絡を取り合っていた。ユリウスの番号はルドガーのGHSを盗み見て調べた。最初はユリウスが警戒してなかなか捕まらなかったので、ユティが電話する時は、先に7コール2回鳴らすというルールを設けたのだ。

 

『どうも何も、絶不調だ』

「体? 心?」

『両方だ』

 

 列車テロの主犯として指名手配され、体は時歪の因子(タイムファクター)化の苦痛を負っている。正史でも分史でもさぞや動きにくかろう。

 

『今日はどんな用件だ?』

「申し訳ないけど、絶不調のユリウスをさらに追い込むお知らせ。――ルドガーに分史世界破壊の初任務が下された」

 

 電話越しにもユリウスが息を呑んだのが伝わった。

 

「No.F4216。座標は深度198、偏差0,89。進入点はトリグラフ。詳細はあとでメールする」

『ついに来たか……分かった。俺もその分史に入る。まだ入ってないよな?』

「出発前の準備って理由つけて一旦解散した。あと17分でクラン社前に再集合。何とかルドガーに骸殻使わせずに入りたいけど、ワタシがやったら分史対策室にログが残る。ワタシはどうするのが望ましい?」

『一度目を付けられたらクラン社に徹底的に行動を制限ないし監視される。分史世界に完全に入るまでは骸殻の使用は控えてくれ』

「進入後の時歪の因子(タイムファクター)破壊は?」

『叶うなら請け負ってほしい。分史進入より骸殻での時歪の因子(タイムファクター)破壊のほうが体への負担も大きい』

「了解。ああ、そうだ。この任務が終わったら二人きりで会いたい」

 

 淀みなかった会話が不自然に途切れた。

 

『これはまた……ざっくばらんなデートの誘いだな』

「ルドガーの報告するって契約。写真、現像から返ってきたから渡したい」

『なるほど……正史に戻ったら連絡する。場所と時間はその時に』

「分かった。デート、楽しみにしてる」

 

 ユティは電話を切った。メール画面を開いて、分史世界の座標と、ルドガーと同行するメンバーの概要を打ち、ユリウスのGHSに送信した。

 

(楽しみよ。とーさまと街で訓練以外で二人きりになるの、初めてなんだもん)

 

 ユティはGHSのスピーカー部分に口づけた。

 早く任務を終わらせてユリウスに会いたい。

 

 

 

 クランスピア社前の正面玄関に戻ると、主立ったメンバーは全員揃っていた。時間には間に合ったがユティがビリだったらしい。

 どうせだから、とユティは集団に気づかれる前に、全員が集合しておのおの好きに過ごしている写真を一枚撮った。

 

「ただいま。ワタシが最後みたいね」

 

 ルドガーの横に並んで声をかける。

 

「ああ。いい写真撮れたか?」

「ばっちぐう」

 

 ユティは指で輪を作ってOKサイン。

 

「って、そこは装備ちゃんと整えてきたか? って聞く場面じゃないかな」

「してないのか?」

「したよ。いの一番に」

「なら聞くまでもないだろ。撮影に入る前に用事は片付けるからな、ユティは」

 

(――これは。一定の範囲での信用は、ルドガーから得られたと思っていいのかしら)

 

「あ、ユティおかえりー。買い物おつかレイア~」

「おつかれいあ~。レイアこそ非番に引っ張り出してごめん」

「すっかり仲良しさんですな。レイアさんもユティさんも」

「ローエン!」

「レイアがいい子だからだよ」

 

 この二人は、レイア・ロランドとローエン・J・イルベルト。それぞれマクスバードとドヴォールで加わった仲間だ。

 

 レイアは「デイリートリグラフ」の新米記者。生粋のリーゼ・マクシア人だが、独立心と克己心旺盛な彼女は、単身エレンピオスに移り住み、就職まで決めたのだとか。

 

 ローエンは何とリーゼ・マクシアの宰相である。一般人感覚でも雲の上の人、ユティの感覚からすれば生きた伝説。もちろん、彼が随行していた「とある遊び人の男」ともども、ロイヤルショットに納めさせていただいたユティである。

 

「これで全員そろったねっ」

「こうして見るとけっこー大所帯だなー」

 

 ユティも数えてみる。計8人と1匹。確かに多い。今日のルドガーの初任務の通達を受けて、ジュードとアルヴィンが説明の場にいなかった仲間にも声をかけたからだ。

 

(世界の危機って聞いたら集まってくるなんて、RPGみたい)

 

「困ってる時に駆けつける友達が多いのはいいことだよ、アルヴィン。そんじゃさっそく分史世界とやらに出発!」

「何でレイアが仕切るのさ……ルドガー、準備は?」

「いつでもオッケー。ジュードたちこそ、準備はいいか?」

 

 キー操作を終えたルドガーのGHSの画面には、「実行」と「YES/NO」のアイコンが映し出されている。

 

「もちろん、万端。タイミングは任せるよ」

 

 ジュード初め彼の仲間の視線がルドガーに集まる。疑いも邪念も一切ないまなざし。

 これはルドガー自身が培った関係ではない。彼らはただ、ルドガーが「ジュードの友達」だから信用しているだけ。厳しい言い方だが、思考の放棄だ。その危うさはいつ露呈するか。

 

「――じゃあ、行くぞ」

 

 数人が唾を呑む音が聞こえた。

 ルドガーの指がGHSのエンターキーを押す。すると周囲の空間が歪み、砂地獄に砂が流れ落ちるように、一点に向けて集約し――炸裂した。




 C5~6を大胆にカットしました。あの辺ではただ原作の流れをなぞるだけですからね。
 借金がないからクエストに出る回数も少ないですし、そうなると積極的に来るのはジュードとアルヴィンくらい。ぶっちゃけこの初任務は「みんな久しぶり」状態なんですよね。拙作のルドガー君は仲間との絆が薄い仕様にしております。これも一応布石です。

 そしてユリウスとの秘密の電話。実は楽しくてしょうがないオリ主ちゃん。いつもより口数が多いです。パパとデートのためにもがんばります。

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