「さて。ルドガーとユティの漫才も堪能したし、アスカ探しに行こうぜ」
「はいっ」『おー!』
「漫才じゃない!」
「じゃない」
「はいはい」
適当にいなされた。ルドガーは甚だ不本意だった。ユティにアルヴィンに謝らせるという目的は達せなかったし、ルドガーとしては真剣に反省を促した行為を漫才呼ばわりされた。
(アルヴィンが気にしてないんならそれでいいんだけど)
先ほどのアルヴィンの少年のような笑い声は、そうだったからだと信じたい。
ゲートを開いて先のフロアに進む。メインゲートから先はドアに個々のロックがかかっているようだった。
その点はアルヴィンが活躍した。いつのまにやらジランドという男からパスワードを書いたメモとカードキーを拝借していたアルヴィンは、あっさりセキュリティを無効化した。
「おっきなトマトがいっぱいです!」『お塩かけて食べた~い』
いくつか部屋を調べる内に、ルドガーたちはトマトの栽培室に行き当たった。
エリーゼとティポが目をキラキラさせる。温度も照度も一定に保たれた円形の部屋、一面にトマト。ユリウスが見たら喜びそうだ、と思ったのは内緒だ。
「今度、みんなにトマト料理作ってやるよ」
「ルドガーは料理、得意なんですか?」
「なかなかねっ」
「何でエルが答えるんだ」
もっとも素直でないエルに腕を認められるのは嬉しいので、文句はそれだけに留めた。
「へぇ~。じゃあ今度、トマト入りオムレツを作ってくれませんか?」
「焼きトマトもジューシーな甘さが引き立って最高ですよ」
ルドガーは苦笑して肩をすくめた。ユリウスのおかげでトマト料理のレパートリーは多い自信があったが、これを機会に新しいレシピを増やすのもいいかもしれない。何せこんなに、喜んで食べてくれそうな知り合いが増えてしまったから。
「げー。エル、トマトきらいー」
「知ってるって。エルのはちゃんと別に用意する。他にリクエストあったら今の内に言ってくれよ」
「え、えっとえっと」『キャー待ってー!』
「のどかな会話だねえ。――っておたくもかっ」
アルヴィンがツッコんだのは、彫像のごとくトマトを凝視するユティ。第二のユリウス現るか、とルドガーは身構えた――が。
「トマトは食べたことない。とーさまがキライだったから」
とんだ肩透かしを食らった。エルが「どんまい」と励ましてくれた。
「おや、もったいない」
「とーさまも昔は好きだったんだけど、それは叔父貴が作るトマト料理だけ。叔父貴の料理食べられなくなってからは、むしろ食べたくなくなったんだって、トマト。かーさまも叔父貴のマネしてあれこれ試したけど、叔父貴の味にはならなかった」
「ユティのパパってワガママなんだねー」
「ナァ~」
「うん。ワガママでほんと困った」
困る、と言いながらユティはふにゃふにゃ笑っていた。その父のワガママさえ、ユティは愛しくてたまらないのだろう。
――ルドガーは顔も知らない両親に考えを巡らせた。
ルドガーには親との思い出どころか知識さえ少ない。母の名がクラウディアで夭折したことは知っているが、父親に関しては顔も名も知らない。ユリウスに尋ねても教えてくれなかった。
(別に寂しいとかじゃない。足りない愛は兄さんがくれた。けどエルやユティみたいに、当たり前に親の話する子たちを見ると、何でそんなに一生懸命なんだって疑問に思う。俺にはその『いて当たり前の存在』がいないから、分からないんだ)
なりゆきとはいえここ数週間はエルとユティと共同生活を送って、他の仲間よりは近いと信じていたのに。
急にルドガー一人が取り残された気持ちになった。
「ねえねえ」
「アナタ、ユリウス知ってる?」
「ルドガーの兄貴だろ。で、クラン社のクラウンエージェント」
「違う。アナタが知ってるか」
いまいち要領を得ない会話。ルドガーやエルでなくとも焦れたくなるのがわかった。
「名前」
「んあ?」
「フルネーム、教えて」
「……アルフレド・ヴィント・スヴェント」
「愛称は『アル』?」
「まあ、ガキの頃はな。今はそう呼ぶ奴一人もいねえぞ」
「この歌に覚え、ある?」
ユティは細く小さくハミングする。シンプルなメロディラインは哀悼曲にも似て。
――“泣き虫アル坊や”――
ぱちん。シャボン玉みたくフレーズが弾けた。
「ユリ兄……?」
思い出した。まだエレンピオスにいた頃、幼かったアルヴィンの面倒を近所の少年が見てくれていたことがあった。身なりも品もいい一つ年上の少年は、ユティのハミングと同じ曲を歌っていた。
「よかった。覚えてた」
「何でおたくが俺とユリ兄――じゃなくて、ユリウスとの関係知ってんだ」
「それはワタシがユリウスの親類縁者だから」
「はあ!?」
アルヴィンの声に先行く仲間が顧みる。ユティは指を口に当てて「静かに」とサインした。
「ユリウスにもルドガーにも言ってない。ないしょにして」
「何で。ユリウスの親戚ならルドガーとも親戚だろ」
「イッシンジョーのツゴウ」
「隠し子?」
「下衆の勘繰りだよおじさん。――あべしっ」
頭を軽くはたくと妙な擬音で答えた。ノリはいいらしい。
「当たらずとも遠からず。やっぱり人生経験豊富なおじさんは目の付け所、いい」
言い方は大いに問題だが、浮かべているのが純然たる親愛なので強く言えない。
代わりにアルヴィンは「問題」の部分だけ直させることにした。
「前も言ったけど、その『おじさん』ってのヤメロ。デリケートなお年頃なのよお兄さんは」
「ふーん。じゃあ」
ユティは正面に回ってアルヴィンを見上げた。見られる側を射抜くひたむきな蒼。この蒼をアルヴィンは知っている。きっと自覚の底にユリウスと同じものだと分かっていた。
「アルフレド」
キリよく投稿したら長くなりました。すみません。
アルヴィンにユリウスのことを思い出してもらいました。作者は彼らをバラン含めて「エレンピオス幼なじみ組」と呼んでいます。作者個人的に。こんなにオイシイ設定なのにあまりSS見かけないのは何故…!orz
オリ主実はトマト未体験。今まではエルのためにルドガーが料理からトマト抜いてたので気づかなかったってことで;
つまりオリ主の分史ユリウスはルドガーの料理が食べられる状況にないということです。察しの良い方はこれが何を示すのかすでにお分かりかと思います。そしてそのままオリ主の目的にも到達できるかと思います。
親のことで疎外感のルドガー君。絶対に一度は気にしてるはずだと思います。でも未成年じゃ戸籍を取るのは難しいですし(身分証明とか現実世界に準じて考えるとですが)、知ってる兄は教えてくれないとなると、足場が脆い人格形成になると思うのは作者だけでしょうか?