レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 あなたはできるようになりたくなかったの?


Mission5 ムネモシュネ(4)

 セキュリティロックの扉をいくつも潜り抜け、ガードロボを突破し、アルヴィンたちはようやくアスカを閉じ込めたケージの前まで来た。

 

 ケージには眩い白光を撒き散らす巨大な鳥、光の大精霊アスカが囚われている。

 

 アルヴィンはすでに銃を抜いていた。エリーゼやティポは「明るい性格だといい」と可愛らしい発言をしていたが、大精霊の性格には期待しないとアルヴィンは決めている。こと人間を前にした大精霊には。アルヴィンが1年前の旅で得た大鉄則だ。

 

 するとユティが真っ先に前に出た。ユティはケースから三脚を出して組み立てると、カメラのレンズをいじって三脚に載せ、シャッターを何度も切った。アングルを変えてはシャッターを切る。

 

「アスカは撮るのかよ」

「コレは今しか撮れない。施設は帰りに撮れる」

「ぐっ」

「一本とられたね、ルドガー!」

「撮ってないよ?」

「ゴホン。よい写真は撮れましたかな」

 

 埒が明かないからか、ローエンがユティに話しかける。

 

「1/8のNDフィルター使ったけど、この反則級の眩しさじゃ全体像はボヤける。さっき下から撮れたのと、全景入ったので上手くページまとめる」

「ユティさんは写真集でもお出しになっているのですか?」

「ううん。完全なる趣味。全力投球の趣味だけど」

「よい生き方をされておいでだ」

「ローエンほどじゃない」

 

 噴出さなかった自分を褒めてやりたい。何故ならアルヴィンが思い出したのは、よりによってローエン著『くるおしき愛の叫び』騒動だったのだから。

 

「どしたの? アルフレド。マナーモードのバイブレーションみたい」

「後で教えてやるから今話しかけんな笑っちまう」

「???」

「ふむ。何故か今猛烈にアルヴィンさんにフリットカプリッツォを仕掛けなければいけないような気がしたのですが、気のせいでしょうか」

「気のせい気のせい」

 

 

 撮影を終えてユティは、機材を片付けつつ聞き耳を立てる。

 

「どうですか、ルドガー」『アスカが時歪の因子(タイムファクター)?』

 

 ルドガーはじっと揺輝の鳥を見上げる。

 

「――。いや、特に何も感じない。ケージのせいかもしれないけど」

「封印術式を施した黒匣(ジン)を使用してアスカを捕えているのですね」

「開ける?」

 

 エルが無邪気に提案する。答えてユティは。

 

「開けたら襲ってくる」

「え!? ヤダ!」

「かも」

「~~からかったでしょー!」

「エルが勝手に驚いたのに……」

 

 のんびりした会話の裏で、ユティの脳内では冷静な試算が行われていた。

 

(アスカは時歪の因子(タイムファクター)じゃない。ルドガーがそれを言えばここは用済み。無駄な戦いする前に撤退したい。ルドガーにはなるべく骸殻を使わせないようにしなくちゃ。そのためには、ケージを開けずにアスカが時歪の因子(タイムファクター)じゃないと彼らを納得させる理由がいる)

 

 ユティは短パンのポケットに忍ばせた夜行蝶の懐中時計にこっそり触れる。

 時歪の因子(タイムファクター)破壊を請け負う以上、彼らにはどこかでユティが骸殻能力者だと明かさなければならない。あらぬ疑いをかけられぬタイミングで、かつルドガーにユリウスの陰を匂わせないように。

 そのタイミングに今この場はふさわしきなりや?

 

(ノー、ね。これはルドガーの初任務。ルドガーにはここで分史破壊のノウハウを覚えてもらわなきゃいけない。因子破壊の、最後の最後にバラすのが順当。ここはルドガーのレベルアップも兼ねて一戦しときましょうか。ワタシも意思のある大精霊と戦ったことはないし。後の経験値になる)

 

「しゃーない。ここはエルの意見を入れてご対面と行こうぜ」

 

 アルヴィンが銃の標準をアスカのケージ結節点に合わせる。

 おのおのが得物を出して構える。双剣、ロッド、フルーレ、ショートスピア。エルはルルを抱いて、下の層に続く階段に隠れた。

 そしていざ、アルヴィンがトリガーを引こうとした瞬間――

 

 別の銃声がドーム内に反響した。

 

 まったく警戒していなかった背後からの奇襲。ユティは急いで態勢を立て直す。

 

「どういうつもりだ、アルフレド! 俺の手柄に、何を…!」

 

 ゲートの前に、ジランドがガンブレードを構えて立っていた。

 

「ちょ、落ち着けって!」

「どの口で!」

 

 ジランドはガンブレードを連射する。下に飛び降りれば回避できるか、とユティが目算を立てるより先に動いた者があった。

 エリーゼとティポだ。彼女たちの足元に闇のマナが口を開く。二者は同時に詠唱を締め括った。

 

「『ネガティブゲイト!』」

 

 床に黒く禍々しい円が描かれる。魔法陣から闇色の手が何本も伸び、弾丸を全て掴んで円の中に引きずり込んだ。

 

 ユティはショートスピアを正眼に構える。一度はエリーゼのおかげで窮地を脱したが、二度目は許してくれまい。分史とはいえアルヴィンの家族と戦うのは気が引けるが、戦いを実行する肉体(ハード)にとってそんな感情(ソフト)は些末事だ。

 

 しかし、ジランドの反応はユティの予想と正反対だった。

 

黒匣(ジン)なしで算譜法(ジンテクス)を使った…!? 何なんだお前たちは!」

 

 ジランドの銃を持つ手が、いや、体全体が震えていた。

 

(精霊術を畏れてる。そういえばここはリーゼ・マクシアと繋がってないエレンピオス。精霊術は黒匣(ジン)ありき。ワタシも元の世界で指揮者(マエストロ)を知らなかったらこのおじさんみたいになったんでしょうね)

 

 勝機を見出せた。これなら軽く脅せばジランドはあっさり退却して、無駄な消耗を避けられるかもしれない。

 後ろに大精霊が控えている以上、戦力は温存しておきたい。

 

「――ローエン。このまま追い返せない?」

「やってみましょう」

 

 ローエンもユティと同意見だったのか即答してくれた。

 この場で一番交渉役に向いているローエンに任せて、ユティは定位置――エルの前まで下がる。

 

「落ち着いてください、これは精霊術といって――」

「寄るな、化物!」

 

 取りつく島もない二度目の発砲。左肩に被弾し、ローエンがたたらを踏む。

 

 大技を使った直後のエリーゼはとっさに術を使えず、ローエン自身が一番前に出ていたため、エルが待機する階段のそばに下がっていたユティは駆けつけるのが間に合わなかった。

 

「ふざけんな!」

 

 アルヴィンが銃をジランドに向けた。アルヴィンの技術なら狙い違わず標的を殺せる。

 

 

 ――“お前にもできるようになるよ。血が繋がってようが、愛着があろうが。……俺はできるようになってほしくねえんだけどな”――

 

 

「やめて」

 

 ユティはアルヴィンの正面に回ると、銃身を両手で上から押さえて銃口を下げさせた。敵意むき出しのアルヴィンに向けて、首を横に振る。

 

「やめて、アルフレド」

 

 少しの間、睨み合った。

 やがてアルヴィンは、ユティの手を乱暴に振り解き、銃をホルスターに戻した。




 いつもお読みいただいてありがとうございます。あんだるしあです。
 暁での投稿とちょっと切れ目が違います。といっても両方お読みの猛者はいらっしゃらないでしょうが。一応ご報告を。

 フリットカプリッツォはローエンの術技で、エアグライダーにローエンがいつものポーズで乗って相手を撥ねる(←ここ大事)技です。どうぞ風に乗って迫ってくるご老体をご想像ください。そして笑っていただけると作者は天にも昇る思いになれます(←THE★押 し 売 り)

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