レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 来るのが遅いよ ――ばか


Mission5 ムネモシュネ(8)

 何分、いや何十分戦っただろうか。

 

 短くも長くも感じられた戦闘を経て、ユティたちは満身創痍だった。息を切らし、膝を突く者もいる。

 対照的に、クロノスには傷一つ付いていない。あれだけ攻撃を与えてノーダメージ。ユティは力を出し惜しんだ少し過去の自身を恨んだ。

 比較的しっかり立てていたユティは、ちら、と後ろをふり返る。人が来る気配はない――まだ。

「番人っていうより番犬ね、アナタ」

 唐突な挑発に全員がユティに注目した。クロノスは訝しげに眉根を寄せる。

 ユティはふらふらと仲間より前に進み出た。

「そんなにカナンの地にクルスニクを…人間を入れたくない? 辿り着けって勝手な審判用意したの、そっちのくせに、2000年も邪魔して、ほんっと粘着質。アナタこそ人間みたい」

「……よく吠える。かく言う貴様こそ犬畜生ではないか」

「犬で結構。犬は首だけになっても敵の喉笛に食らいつく誇りを持ってる。アナタみたいになりふり構わないケダモノとは違うもの」

「我をけだものと呼ぶか、人間」

「そう聞こえなかったかしら。耳が悪いの? それとも頭が悪いの?」

「逆だ、人間。貴様の舌と頭が愚かなのだ。救いがたいほどにな」

 クロノスの掌から紫暗の球が放たれた。ユティは避けられずスピアで受けた。当然、押し負ける。ユティは吹き飛ばされ、仲間の中に逆戻りした。

「か――は――っ」

「ユティ! しっかりしてぇ!」

「このバカ娘! 何でわざわざ自分から攻撃されに行くんだ!」

 アルヴィンがユティを抱え起こした。ほかでもないアルヴィンの腕だが、堪能する余裕はない。クロノスはすでに二射目の準備を終えている。

「皆さん!」

 丘を駆け登ってくるのはローエンとエリーゼだった。満身創痍の自分たちと、浮遊する大精霊を見比べ、二人揃って蒼然となる。

「来ちゃだめぇ!」

 エルが叫ぶと同時に、クロノスが闇色の光線を放った。ルドガーがエルとルルを抱き込み、ほかの者は身を竦めた。

(ここまでか!)

 ユティはポケットから夜光蝶の懐中時計を取り出――

「ユリウスさん!?」

「――え」

 クロノスの光線を防いでいる男がいた。攻撃の余波でなびく白いコート。骸殻の影響で変化した紺青の双刀。

(間に合った……)

 メールでここに来るとユリウスにはあらかじめ知らせていた。アスコルドとは距離とダイヤの壁があったが、近場ならユリウスは必ず来ると踏んでいた。誰よりルドガーをこの事態から弾き出したいのはユリウスなのだから。

「ルドガー! 時計を――お前の!」

 ルドガーは慌てたようにポケットから真鍮の時計を出し、ユリウスに差し出した。

 ユリウスは真鍮の時計を持つルドガーの腕を掴むと、骸殻の段階をクオーターから一気にスリークオーターに上げた。

 双剣が闇色の大球を遠くへと弾いた。すると、球は弾けて暗い穴を開けた。

「ルドガー!」

「え? …うわ!」

 ユリウスは骸殻も解かないままルドガーの手を引いて、『穴』まで走っていって飛び込んだ。

「逃げるが勝ちだぜ!」

 最も判断が速かったのはアルヴィンだった。アルヴィンはエルを左腕に抱え、右手でユティの手を掴んで走り出した。続く、ローエンとエリーゼ。

「ルルも!」

「「分かってる!」」

 ジュードとレイアの息の合った返事を最後に、ユティは『穴』に飛び込まされた。

 脳をサイダーに入れたような鮮烈な不快感。ユティはアルヴィンの手を離すまいとしがみつく。覚えているのはそこまでだった。




(7)から分割しました。

【ムネモシュネ】
「記憶」を神格化した女神。「名前をつけること」を最初に始めたとされる。

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