何分、いや何十分戦っただろうか。
短くも長くも感じられた戦闘を経て、ユティたちは満身創痍だった。息を切らし、膝を突く者もいる。
対照的に、クロノスには傷一つ付いていない。あれだけ攻撃を与えてノーダメージ。ユティは力を出し惜しんだ少し過去の自身を恨んだ。
比較的しっかり立てていたユティは、ちら、と後ろをふり返る。人が来る気配はない――まだ。
「番人っていうより番犬ね、アナタ」
唐突な挑発に全員がユティに注目した。クロノスは訝しげに眉根を寄せる。
ユティはふらふらと仲間より前に進み出た。
「そんなにカナンの地にクルスニクを…人間を入れたくない? 辿り着けって勝手な審判用意したの、そっちのくせに、2000年も邪魔して、ほんっと粘着質。アナタこそ人間みたい」
「……よく吠える。かく言う貴様こそ犬畜生ではないか」
「犬で結構。犬は首だけになっても敵の喉笛に食らいつく誇りを持ってる。アナタみたいになりふり構わないケダモノとは違うもの」
「我をけだものと呼ぶか、人間」
「そう聞こえなかったかしら。耳が悪いの? それとも頭が悪いの?」
「逆だ、人間。貴様の舌と頭が愚かなのだ。救いがたいほどにな」
クロノスの掌から紫暗の球が放たれた。ユティは避けられずスピアで受けた。当然、押し負ける。ユティは吹き飛ばされ、仲間の中に逆戻りした。
「か――は――っ」
「ユティ! しっかりしてぇ!」
「このバカ娘! 何でわざわざ自分から攻撃されに行くんだ!」
アルヴィンがユティを抱え起こした。ほかでもないアルヴィンの腕だが、堪能する余裕はない。クロノスはすでに二射目の準備を終えている。
「皆さん!」
丘を駆け登ってくるのはローエンとエリーゼだった。満身創痍の自分たちと、浮遊する大精霊を見比べ、二人揃って蒼然となる。
「来ちゃだめぇ!」
エルが叫ぶと同時に、クロノスが闇色の光線を放った。ルドガーがエルとルルを抱き込み、ほかの者は身を竦めた。
(ここまでか!)
ユティはポケットから夜光蝶の懐中時計を取り出――
「ユリウスさん!?」
「――え」
クロノスの光線を防いでいる男がいた。攻撃の余波でなびく白いコート。骸殻の影響で変化した紺青の双刀。
(間に合った……)
メールでここに来るとユリウスにはあらかじめ知らせていた。アスコルドとは距離とダイヤの壁があったが、近場ならユリウスは必ず来ると踏んでいた。誰よりルドガーをこの事態から弾き出したいのはユリウスなのだから。
「ルドガー! 時計を――お前の!」
ルドガーは慌てたようにポケットから真鍮の時計を出し、ユリウスに差し出した。
ユリウスは真鍮の時計を持つルドガーの腕を掴むと、骸殻の段階をクオーターから一気にスリークオーターに上げた。
双剣が闇色の大球を遠くへと弾いた。すると、球は弾けて暗い穴を開けた。
「ルドガー!」
「え? …うわ!」
ユリウスは骸殻も解かないままルドガーの手を引いて、『穴』まで走っていって飛び込んだ。
「逃げるが勝ちだぜ!」
最も判断が速かったのはアルヴィンだった。アルヴィンはエルを左腕に抱え、右手でユティの手を掴んで走り出した。続く、ローエンとエリーゼ。
「ルルも!」
「「分かってる!」」
ジュードとレイアの息の合った返事を最後に、ユティは『穴』に飛び込まされた。
脳をサイダーに入れたような鮮烈な不快感。ユティはアルヴィンの手を離すまいとしがみつく。覚えているのはそこまでだった。
(7)から分割しました。
【ムネモシュネ】
「記憶」を神格化した女神。「名前をつけること」を最初に始めたとされる。