ユティはカメラを宝物のように抱え、切なくまぶたを閉じたまま動かない。
センチメンタルに浸りたいなら放っておいてやろう。ユリウスが気を利かせて立ち上がり、その場を去ろうとした時。
「ねえ」
背中に目でも付いているかのようなベストタイミングで、冷めきった声がユリウスを追って来た。
「さっき、エルを斬ろうとしたよね。どうして?」
「――ビズリーに利用されるくらいなら殺したほうがマシだからだ。エルがビズリーに『鍵』として利用されることになれば、必然的にルドガーもこちら側に深く関わらざるをえない。一度関わった相手、しかもあんなか弱い見目の少女を見捨てて日常に戻れるほど、あいつは冷血漢じゃない」
「アナタとちがって」
「そうだよ、俺と違って。あいつは優しすぎる。でもそれでいい。こんな世界は、あいつには要らない」
「要る要らないはルドガーが決めるんだけど……要するに、『鍵』が社長さんに渡るのがいけない?」
「かなりな」
「じゃあ、アナタも『鍵』を持てたら、条件は互角?」
「あの娘を強奪しろとでも言うのか」
「その逆。アナタが失ったと思い込んでるモノを返してあげる」
寝言を、と皮肉ってやろうとふり返り――少女の手に握られた物に、目を見開いた。
ユリウスの持つ懐中時計と寸分違わぬデザインの懐中時計。
クルスニクの者が持って生まれる時計は一人一つ。一つとして同じデザインは存在しない。ユリウスの時計はもちろんポケットの中にある。では、この時計は。
「ユリウスに近づくと消えちゃってた。でもここは分史世界。同一存在でも同時に存在できる」
「――『クルスニクの鍵』……」
「契約の追加ルールを提案する。『鍵』が入用になったらワタシに声、かける。その代わり、エルには決して手を出さない。ワタシとアナタ自身の安全確保は最優先に」
ユティは銀時計を突き出し、強い笑みを刷いた。
「ワタシが、アナタの希望になる」
――クルスニクに生まれついた時点でユリウスに希望などない。いや、幼い頃はまだ、信じきってきた。世界は希望に満ち、己のために回っていると。
その幻想が崩れた日、ユリウスは己を取り巻くモノたちから全力で逃げ出した。
今の「希望」は弟だ。ルドガーと、ルドガーとルルが迎えてくれる家。あそこにだけ光がある。
だが、ルドガーは分史対策エージェントになり、クランスピアに付いた。これで最後の希望も閉ざされた。――そう、思っていた。
だが、もし。もし仮に、閉じた匣を勇気を出して開ければ、匣の底には「それ」が残っているのかもしれない。「それ」が弟そのものでなくとも、弟を守ることに繋がるなら構わない。開いた匣から新しい災厄が漏れだしても、底にある「ルドガーのために成りうる要素」を取り出せるなら。
ユリウスは、細い手の平の上に載った銀時計を、取った。
「いいだろう。君が俺の『鍵』として働いてくれるなら、あの少女には今後一切手出ししない」
「契約成立ね。――状況失敗だけど」
「?」
「なんでもない。行きましょう」
踵を返したユティを、ユリウスは二の腕を掴んで強く引き留めた。
「どこまで知ってる。いや、
ユティはエルよりレアリティだ。だからこそ疑念を禁じえない。クルスニクの鍵で、さらにクオーターとはいえ骸殻能力者だ。こんなに都合のいい存在がどこで発生したのか。その「どこ」によっては、ユティはユリウスたちの知らない情報を知っているのではないか。
「教えると思う?」
ふり返りざまに言い放たれ、ユリウスはユティの腕を離した。
「ああ……君はそういう奴だったな」
「そうよ。ユースティアは性悪。今頃気づいたの?」
「忘れてただけだ。とっくに知ってたさ」
ユリウスは銀時計を見下ろした。自分の懐中時計と全く同じデザインのこれは、おそらくどこかの分史世界の自分の所有物だ。クルスニク一族にとって命の次に大事といっても過言でない品を預けられた以上、ユースティア・レイシィはその世界のユリウスにとっては信を置くに足る存在だったのだろう。
ならばもう彼女を無駄に疑うまい。彼女の言う通り、彼女がユリウスの希望の糸なのだから。
これをやるためにタイトルをあれにしたと言っても過言ではない回でした。
ユリウスにとって、ルドガーにとって、オリ主にとって、禁断の箱を開けた中には何が出てくるのか。今回はユリウス、前回はオリ主の解答を書きました。残るはルドガーだけ。次々回くらいで今まで隠してきたものが噴出します。それが本作のルドガーの方向性です。
アルヴィンとユリウスのインファイトがどういう結果になったかはまた後ほど番外編で上げさせていただきます。
そしてやはり出ないミラさん。そろそろ分史ミラファンの方々のイライラが視えそうです(llФwФ`)ガクガクブルブル すんませんもうちょっとだけ待ってください。