レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 だって この人が傷ついたら あなたが何するか分からなかったもの


Mission6 パンドラ(9)

 霊山の頂上の突端。ミュゼはそこに立ち、しきりに天へと祈りを捧げていた。

 ここからでは距離があって台詞は聞き取れないが、真剣なのは痛いほど伝わった。

 ミュゼに隙を作るため、ついにミラが動いた。

 ミラは同じ台地に登り、恐る恐るといった感じにミュゼに声をかける。ミラが何を言っても、ミュゼはぴしゃりと退けるばかり。

「取りつく島なし」

 ユティが写真を撮りながら呟く。

「こんな時くらいそれやめろよ」

「フラッシュもシャッター音もオフにしてる。ミュゼには気づかれない」

「TPOを弁えろって言ってんだ。親の顔が見てみたいぜ」

「――もう見てるくせに」

「何か言ったか?」

「ミラがキレる」

「「「はぁ!?」」」

 ルドガーだけでなく、レイアもアルヴィンもこぞって前のめりになった。

「どうして……姉さんはっ!」

 叫ぶや、ミラを中心に火の大蛇が躍った。ミラが腕をミュゼに向けると、火はミュゼを包んで火柱へと変わった。

(隙を作るなんてもんじゃない。今のミラ、本気でミュゼに攻撃してた。妹が姉に本気で、しね、って願う、なんて)

 ルドガーは一連の光景に、心の奥の奥を焙られたようなくすぐられたような、奇妙な、そう、胸騒ぎを覚えた。

()()()()()()()()()()()

 今のミラの行為は確かにルドガーの背中を押した。だが、押されるままに進めば、ルドガーは後戻りできなくなる。そんな予感だけが強かった。

 

 

 

 

 ミラを騙し、ミュゼと戦い、ミュゼを殺して「カナンの道標」を回収し、一つの分史世界を終わらせた。

 その結果が、分史の住人であるミラを正史世界に連れ込むというイレギュラーだった。

 困惑がちに立ち上がったミラ。ルドガーはアルヴィンやレイアと共に呆然と参道側入り口に立ち尽くすしかなかった。

(手紙にあった。分史世界の物質を持ち帰れるのは『クルスニクの鍵』っていわれる能力者だけだって。これがそういうことなのか? 俺はミラに何もしてない。じゃあ、『鍵』は――)

 ミラと手を繋いでいるエルは、ただきょとんとするばかり。

「『ルドガーっ』」

 エリーゼとティポの声だった。ふり返ると、ジュードもローエンもいた。

「突然、正史世界に戻っていてびっくりしましたよ」

「よかった。時歪の因子(タイムファクター)、壊せたんだ……ね…」

 喜一色だったジュードは、ミラを認めるなり棒立ちになった。ローエンもエリーゼも驚愕をあらわにする。それを受けてレイアとアルヴィンが気まずげになる。

「姉さんはどうなったの!? 何が起こったか説明してよ!」

「お前の世界は、俺が壊した」

「――は? じゃ、ここはなに」

 嘲り混じりに問われても怒りは沸かない。ただミラが痛々しく、ルドガー自身も苦しかった。

「お前のとは違う世界だ」

「意味分かんない……姉さんは!? 元の姉さんに戻るのよね!?」

 傍らに来たエルがルドガーとミラをおろおろと見比べる。

 ルドガーは拳を固めた。世界を滅ぼしたと打ち明けるより、彼女の最愛の姉が死んだと宣告するほうが、ずっと重い。

「あんたのミュゼは消えたんだ」

「あなたの世界と一緒に」

 煮え切らないルドガーを見かねてか、アルヴィンとレイアが、厳しさと憐憫、それぞれの声色で、ミラに事実を突きつけた。

 風が一陣、吹いて、去るまでの、間があった。

「……私を騙したのね!」

 バラ色の瞳が怒りに燃え上がる。ミラは拳を振りかぶった。

 殴られると簡単に予期できた。それでも甘んじて受けるつもりでルドガーは動かなかった。

 

 ミラの拳がルドガーの横っ面に届くことは――なかった。

 ユティが後ろからミラにタックルを決めて、ミラを下敷きにしたからだ。

 

 エルが悲鳴を上げた。アルヴィンもレイアも目を丸くしている。押し倒されたミラは、顔を上げると、射殺さんばかりにルドガーを睨んだ。思わず一歩引いた。

 硬直した空気を壊したのは、場にいた誰でもなかった。

「どけ、無礼者!!」

 どこから下りてきたのか。イバルがいつもの着地ポーズで現れ、すぐさま双剣でユティに斬りかかった。

 ユティは、押し倒したままのミラの腰の鞘から剣を抜き、イバルの斬撃を受けた。

 イバルは呻き、すぐさま片方の剣を再び攻撃に回す。剣を一本の防御に回しているユティはあえなく胴体を両断される――はずだった。

 彼女は、頭上で防いだ剣と、まさに横薙ぎにされている剣、2本の剣の間を()()()()()避けた。

 

 ユティは地面に手を突き、前転を一回して態勢を立て直した。

 さすがのイバルもこれにはあ然としたようで、次の攻め手を出さないまま突っ立っている。

 ルドガーも助けに入るのも忘れて、ぽかんと彼女を見るしかなかった。

 やがてユティが立ち上がった。場の全員がびくりとする。

 ユティは自分の手を見下ろして、一言。

「切れた」

「「当たり前だ馬鹿!」」

 ようやく立ち直ったルドガーと、後ろにいたユリウスの声が、見事に重なった。

「え、えっと……ユティ、とにかく傷見せてくださいっ」『ギャー! パックリいってるよー!!』

「下側に来たの避けるのに、刀身握ったから、かな」

『そりゃザックリいくよバホー!』

 エリーゼとティポが騒ぐ中、イバルもはっと我に帰ってミラに駆け寄っていた。

「ミラ様! お怪我はっ」

「ない、けど……その、助けてもらっておいて悪いんだけど……あなた、誰? 私を知ってるの? ここ、私の世界じゃないんじゃなかったの?」

「あ……」

 もうどこからどう処理すればいいか分からない。ルドガーは一人頭を抱えた。小さく「ガンバ」と言ってくれる横のエルが、騒動の渦中にあって一服の清涼剤だった。

「――何があったの?」

「その質問あと5分早くすべきだったな、優等生」

 レイアとアルヴィンが一部始終を説明する間、ジュードは何度もミラをちらちら見やった。

 

「そんなことが……」

「ルドガーは責めるなよ。積極的に口車に乗せたのは俺だ」

「アルヴィンだけじゃないよ! わたしもミラに、わざと誤解させるように話し、た……」

 アルヴィンとレイアの気持ちが痛いほど嬉しかった。二人ともルドガーと責を分かち合おうとしてくれている。

 

「なるほど。それで連れが増えたのか。かなり興味深いな」

 

 イバルに続く闖入者に、全員が声の方向をはっとふり向いた。




(8)から分割しました。

 入り乱れる全員集合シーン。オリ主は果たしてどこまで読んでミラにタックルしたのか? 全部読みました。
 割と空気は読める子ということで。空気の壊し方が斜め上を行ってるだけで。
 ミラさんはイバル覚えてない設定です。巫子がいたのは覚えてるけど今のイバルを見ても分からない。確か昔?ミュゼの不興を買ってイバルが追い出されたとか殺されたとか村人が証言してたので、成長したイバルを見ても分からないんじゃないでしょうか……(T_T)

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