レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 じれったいなあ 早くもっと仲良くなってよ


Mission7 ディケ(2)

 港に向かう前に、レイアのアパートに寄る。彼女のアパートは割と近所で助かっている。ミラだけなく、ルドガー自身とレイアも互いの部屋を行き来することがある距離だ。

 アパート前ではすでにレイアとミラが待っていた。

「遅いわよ」

「悪い」

「まーまーミラ。あ、ジュードとアルヴィンにはわたしから連絡しといたから。今度はどんな仕事なの?」

 3人で舗道を歩き出す。目指すはトリグラフ中央駅だ。

「ユリウスが脱走したらしい。その捕獲」

「え……ルドガー、大丈夫?」

「大丈夫も何もない。今の俺はエージェントなんだ。何度だって戦うし、捕まえるさ」

「ええっと、そういうんじゃなくて、その…」

「何だよ、レイア。珍しく溜めるな」

「エージェントって立場に縛られて視野狭窄になってんじゃないの、って言いたいんじゃない? レイアは」

「視野狭窄って……俺が?」

「うん。だって最近のルドガーさ、何かあるとエージェントエージェントって。気合入ってんのもあるだろうけど、ちょっと心配になっちゃって。一直線って、後から色々辛い思いもするし――」

「余裕なくしてるの、むしろあなたのほうじゃないの?」

 気を張っていた自覚はある。ガイアスに「世界を壊す覚悟を見せろ」と言われた日から特に。

 分史破壊では常に強く正しく在ることを心がけ、家に帰ってからの余白は、空気が抜けた風船みたく過ごしてきた。

「だとしても、やるべきことはおろそかにしない。ミラだって、ガイアスと一緒に行った分史で見たはずだろう。俺が何をするか」

「まあ、確かに見させてもらったけど――」

「俺が気に入らないならガイアスみたいに斬りに来いよ。返り討ちにするけどな」

 バラ色の双眸が獣じみて鋭く細められた。

「精霊の主に挑戦状? いい度胸じゃない。いいわよ、じゃあさっそく」

「ストップストッ~プ!! ここ往来! 二人とも仕事前によけいな消耗は避ける! 何より仲間同士で争わない! 分かった!?」

「仲間って……」

「分かった!?」

「……ああ、もう、分かったわよ! 悪かったわよ」

「すまん、レイア。どうかしてた。レイアの言うように、余裕がないのかもな」

「しかたないよ。その辺をフォローするためにわたしたちがいるんだから。遠慮なく頼ってね」

「ありがとう」

 

 

 茜のプリズムをまとったイラート海停には、すでにルドガーたち以外のメンバーが集合していた。どうもルドガーたちが最も遅い到着だったらしい。

 定期船を降りるや、レイアが離れ、ジュードとアルヴィンにぴょこんっと駆け寄った。

「やっほーっ。また会ったね」

「よ。原稿進んでるか?」

「書けば書くほど入れたいことが増えて何回も書き直しだよ~」

「いいんじゃない? レイアの気のすむまでやってみてもさ。全力投球、大賛成だよ」

「ありがと、ジュード~」

 エリーゼとティポもまたローエンと並んで歩く。

「エリーゼさんもティポさんも、お元気そうで何よりです」

「ローエンも。――マルシア首相、どうしてますか?」

「あちらもお変わりなく過ごされているようです。エリーゼさんにもメールが届いているのではないですか?」

「はい。でも、『ルナ』はそういった弱音はメールでは出さないから…」『友達なのに相談にも乗れないよー。無理してないか心配ー』

「では首相には私がお伝えしておきましょう。小さなお友達がお月様を心配しています、と」

「ありがとうございます」『ローエン頼りになる~♡』

 がやがやとしゃべりながら歩き出す。ルドガーは少し後ろを付いて行く。エルとルル、ミラもまたそうだ。

 ふいにフラッシュが視界の横で瞬いた。とっさに身構えるものの、すぐ思い直す。こんなことをするのは一人しかいない。

「逆光でフラッシュ焚くと、光の帯がはっきり映る。聖者の梯子、っていう」

「……いないから今回は外れるのかと思ったぞ」

 ユティはカメラを下ろしてルドガー側に歩いてきた。

「外れないよ。ことユリウスの捜索って聞いたら、よけいに。アナタが泣かないか心配だもの」

「いい歳した大の男が兄弟関係で泣けるかっての」

 ルドガーはユティの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。下からわざとらしい、抑揚のない悲鳴が上がった。

「とにかくこれで揃ったから、さっさとリドウんとこ行くぞ」

「あい。――ミラ、エル、手繋ご」

「な、んであなたと」

「答えは聞いてない」

「聞きなさいよ!」

 ユティの両手がエルとミラの手にそれぞれ伸ばされる。エルは素直にユティに手を差し出したが、ミラは繋いだものの不満な色をありありと呈している。だがどちらもユティは歯牙にもかけず、ぶんぶんと彼女たちの腕を振り回して歩く。

「ゆーやけこやけ♪ おててつないでかえりましょー♪」

「来たばっかで帰るな」

「――ちぇ」

 

 

 船着き場に沿ってレンガのアーチまで歩いていると、リドウとイバル、さらにはガイアスがすでにその場に待機していた。

「王様も来てたんだっ」

「たんだ」

「ナァ~」

「――まあな」

 エルとユティをあっというまに両傍らに控えさせた(●●●)、浅黒い肌と紅玉の虹彩が目を射る益荒男(ますらお)。エルが「王様」と呼んだ通り、彼は本物の王、リーゼ・マクシア統一国王ガイアスその人なのだ。

 ガイアスはエレンピオスの実情を視察するため、「アースト」を名乗って市井に潜り込んでいる。いわば「お忍び中」である。

 今回の任務のことをルドガーは連絡していないから、おそらく宰相のローエンから聞きつけたか、あるいは以前のようにクランスピア社に押しかけたか。後者は考えたくないルドガーである。

 リドウに随行していたイバルが、ルドガーの斜め後ろに立つミラを見るなり、ぱあっと顔を輝かせた。

「ミラさ……っ」

 だが、イバルはすぐにはっとし、急いでしかめっ面を作る。

「お前も来たのか、紛らわしい!」

 後ろにいるのにミラのまとう空気にヒビが入ったのがはっきりと分かった。

 べちん!

「~~~! 何をする貴様ぁ!」

 仲間たちが一様に面食らっている。ルドガーがイバルの顔面に平手を直角に打ち下ろしたからだ。

「悪い。顔にでかい羽虫がいたもんでつい」

「嘘をつくな嘘を!! この時期の海辺に虫がいるものか!」

 イバルから顔を逸らすと、ちょうどミラと目が合った。ミラはバラ色の目をまんまるにし、ふいと顔を逸らした。

(別に礼が欲しかったわけじゃないんだからいいんだけどさ)

「ね。何でリドウ、変なメガネかけてるの?」

 エルがこそっとイバルに尋ねた。腕組みでイライラと指を打つリドウは、何故か大きめのサングラスをかけている。ルドガーも知りたかったので聞き耳を立てる。

 イバルは律儀にもしゃがんでエルと目線の高さを合わせた。

「足跡を隠してるんだよ。ユリウスに逃げられた時、踏んづけられたんだとさ」

「ぷふっ! 見たい~」

「笑えるぞ」

(さすが我が兄というか。土壇場の反撃の雑さはおんなじだなー)

「捜索を始めるぞっ」

「了解であります、室長!」




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