レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 怒ったの、初めて見た


Mission1 カッサンドラ(3)

 先頭車両に着いた時、すでにそこは呻き声と銃声が交錯していた。

 この先にいる人物をユティは知っている。それでも逸る心を抑え、ジュードとルドガーの後ろに続いた。

 

 先頭車両のガラスドームスペース。テロリストの死体に囲まれて立つのは、ユリウス・ウィル・クルスニクだった。

 

「ルドガー、何故……」

 

 ユティの記憶よりずっと若い姿、張りのある声。声が出そうになって、ぐっと堪える。

 

「兄さんこそ、どうして!?」

「……仕事だよ」

 

 そう言われては詰問できないのか、ルドガーはユリウスから視線を外す。状況と兄への信頼とに揺れる翠色が痛々しい。

 

 そこに場違いな拍手が乱入してきた。

 

「私はいい部下を持った。さすがクラウンエージェント・ユリウス。仕事が早い」

「戯れはやめてください、社長」

 

 ビズリー、ヴェル。それにエルと猫も。

 

「しかしこんな優秀な弟がいたとは。大事に守ってきたんだな。優しい兄さんだ」

 

 ユリウスの蒼眸に烈火が宿った。ユティは目を奪われる。彼のこんなに峻烈な闘気をユティは知らない。

 

「――当然だろう!」

 

 ユリウスが渾身の力で揮った双剣を、しかしビズリーは紙一重で難なく躱かわしていく。

 ユリウスもやがて不利を悟ったか、バックステップで距離を離し、ポケットから二つの懐中時計を取り出した。真鍮と、銀。

 

「その時計……っ、あれ?」

 

 エルが踏み出した瞬間、エルの胸に輝く真鍮の時計が戻る。

 

(『鍵』が触れたものなら正史に持ち込める。でも同時には存在できないから、融合?)

 

 ユティは壁際に退避するとカメラを構えた。

 

 ユリウスの手から弾かれた真鍮の時計が宙に舞い、エルの真鍮の時計と重なり、一つになる。

 

 レンズ設定を手動に。ユティはシャッターを連続で切り、その瞬間を納めきった。

 その直後にルドガーがエルの手を引いて逃げようとする。シャッターはまだ続いている。

 

 真鍮の時計の光が、エルを通してルドガーに波及した瞬間も、ルドガーが山吹色の骸殻をまとう姿も、撮れていた。

 

 

 ルドガーたちが消えた。正確に述べると、ルドガー、エル、ジュード、猫が先頭車両から姿を消した。

 

(分史世界に飛んだ。エル・メル・マータを通した契約とは聞いてたけど、こんなふうだったのね)

 

 この場にルドガーがいない以上、これでユティにできることはなくなってしまった。

 

(いいえ。全くないわけじゃあない、わよね)

 

 残るメンバーを見る。ユリウス、ビズリー、ヴェル。ヴェルはビズリーが連れて脱出するだろう。上司として雇用主としてあの男には当然な流れ。となれば。

 

 ユティはユリウスに駆け寄り、手首を掴んで。

 

 ばびゅーん!!!!

 

 走り出した。

 残されたのは軽い埃と、珍しくポカンとする女秘書と、笑いを堪える偉丈夫だけだった。

 

 

 

 階段を飛び越え、車両を次々と通り抜けて後方車両に向かう。

 

「ちょっと――待て!」

 

 手を振り解かれた。ユティはユリウスをふり返る。ユリウスは息ひとつ乱していない。クラウンエージェントの肩書きはダテではないらしい。

 

「君は一体何なんだ。ルドガーの友人には見えないし、Dr.マティスの関係者でもなさそうだし」

「どっちもハズレ。ルドガーもジュードもたまたま乗り合わせただけの――他人」

「記者のたぐいか? さっき撮った写真をどうする気だ」

「どうもしない。残して、届けるの。とーさまに」

 

 鋭さの抜けないユリウスの蒼。ユティはその眼光を遮るようにカメラをユリウスとの間に挟んだ。ファインダー越しはまだプレッシャーが少ない。シャッターを1回切った。

 

「……何のつもりだ」

「初対面で全然信用してくれない男の図」

 

 くす、とユティは笑った。この写真を見た人物がどう思うかという未来を想像してであって、決してユリウスを小馬鹿にしてではない。

 ユリウスもその行動に毒気を抜かれてか、大きくため息をついた。

 

「このままだと、アナタ、指名手配される」

「は?」

「列車テロの首謀者として。そしたら弟くんも重要参考人になる。そんな時に身柄を保護してやるから働けって言われたら飛びついちゃわない? これで弟くん捕獲作戦、大成功。弟くんを大事に守ろうとするお兄ちゃんの動きも封じられて一石二鳥。弟くんにはオプションで『蝶』も付いてくるから一石三鳥かしら、ね」

「どうしてルドガーを」

「心当たり、あるでしょ」

 

 ユティの指がユリウスのベストの左ポケットを軽くつつく。ユリウスが表情を変えた。先ほどユティを尋問した時の百倍恐ろしい形相だ。

 

「だから、逃げたほうがいい。今の内に遠くまで。クランスピア社が総力挙げて濡れ衣着せに来るんだもん。勝ち目、薄い」

「何故君はそこまで知っているんだ」

 

 直後、ユティの首に双剣の内一本が当てられた。久しぶりの感触だ。鍛練中、負けるたびに首筋には刃が当てられた。だから怖いとは感じない。彼はユティを傷つけない。

 

「ルドガーのことといい会社のことといい、君はクルスニクについて知りすぎている。君は何者だ」

 

 ユティは怖じず、胸ポケットに手を突っ込み、中からある物を取り出した。

 青い夜光蝶を蓋に刻印した、銀の懐中時計。ユティは時計を持つと、自らの殻を被って見せた。

 

「お仲間」

 

 白群色の閃光が晴れ、マリンブルーのクオーター骸殻をまとったユティを、ユリウスは呆然と見つめた。




 ちまちまギャグを挟まないとこの鬱ゲーは書けないと判明しました。
 もうオリ主が誰の子かはお分かりでしょうがとりあえずしばらくはこのまま進みます。
 まだまだただ流れをなぞるだけですが、Chapter2辺りでひっくり返します。
 オリ主の口調がこの時点では定まっていなかったというプチ悲劇。

2013/4/26 誤記を修正しました。

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