「エル……?」
今のはエルの悲鳴だった。
ユティは踵を返して元いた海岸へ走った。ユリウスも後ろに付いて来た。
あったのは、ユティにとっては、あってはならない光景だった。
砂浜に倒れて苦悶の声を押し殺すルドガー。彼の傍らで泣きそうに声をかけ続けるエルとルル。ルドガーに治癒術を施すローエン。
「ミラ、何があったの」
「エルが波打ち際の海殻を見てたら、突然魔物が出たのっ。ルドガーはエルを庇って、そいつの攻撃を受けて」
「その魔物が、ルドガーさんに妙な術を施したのです。…っだめです…術の進行が止まりません! 今の状態を維持するだけで精一杯です!」
(この時代じゃ屈指の術士、
ルドガーは食い縛った歯の隙間から苦痛の声を漏らす。その様子を見たエルがさらにパニックに陥る。
「ミュゼ。術の性質、どんなの?」
「呪霊術」
臨戦態勢のままミュゼが静かに口にした。
「生き物の命を腐らせる精霊術。解除するには術者を、『海瀑幻魔』を倒すしかないわ」
「カナンの道標の一つね。『海瀑幻魔の眼』」
「正史では絶滅した変異種よ。姿を隠して呪霊術で獲物を襲い、動かなくなった後、その血を啜る魔物」
ユリウスがルドガーの前に膝を突く。焦点の外れた翠眼がユリウスを見上げるが、苦痛を堪えているルドガーは何を言うこともできない。
ユリウスは砂の上で拳を握った。
「だから…っ、お前は来るなと、言ったのに…っ!」
その時吐いた台詞は、術とは別のダメージを確かにルドガーに刻んだように見えた。
「! あっ、ぐあ、うぁぁ!!」
「ルドガー!?」
「やだ、ルドガー! ルドガーぁ!」
「しっかりしてください、ルドガーさん!」
ローエンが術のレベルを上げた。それでもルドガーは少しも楽にならない。
「ローエン! そんなに
「ジジイ一人の命を惜しんでいられる状況でもありますまいっ。ルドガーさんは我々にとって、いいえ、この世界の未来にとって欠かせない方なのですから!」
「でも、このままじゃふたりとも」
おもむろに横にいたユリウスが立ち上がった。歩いていく。海岸を。
決然とした厳しい面持ちを見て、ユティは彼がしようとしている行為を理解してしまった。
ユリウスは波打ち際まで行くと、双剣の片方で自らの右腕を迷いなく切り裂いた。
ぼたぼた、と砂に落ちては広がる赤いシミ。ユリウスが流して失っていく血。
激痛に混濁する意識でも、ルドガーには兄がした蛮行がばっちり認識できていた。
(何でだ、兄さん。俺にはもう利用価値なんかないだろ。言うこと聞かないし、時計は渡さないし、エルだって俺の側だし。俺は兄さんの駒じゃなくて、ちゃんと考えて動く一人のエージェント。兄さんにとってはカナンの地一番のりを阻む障害じゃないか。なのに何でそんなメチャクチャ血流して助けようとしてるんだよ)
ユリウスが剣を落とし、砂浜に膝を突いた。遠目にも分かるくらい兄の面には苦痛が刻まれている。
(くそっ。何でだ。どうしてだよ。エージェントになっても、俺は結局兄さんに守られっぱなしのガキでしかないのか。もういっそハッキリ邪魔だって、敵だって言って、打ちのめして道標奪ってくくらいしろよ。でないと――自信が持てなくなる。あの頃から兄さんは何一つ変わってないんじゃないかって。変わったのは俺のほうで、悪いのは俺だけなんじゃないかって)
ふいに、軽いものがルドガーの上に覆い被さった。
「ルドガー、ルドガー、ルドガー! 死んじゃだめ! 負けないで!」
エルだった。ルドガーを抱きしめるには足りない小さな体で、ルドガーの体を包もうとし、精一杯にルドガーに生きる気力を注ぎ込もうとしている。
「約束! いっしょに『カナンの地』に行くって! エルはルドガーといっしょじゃなきゃ、『カナンの地』なんて行きたくない! ルドガーがいなくちゃ、なにもかも意味ないんだからぁ!」
約束。一緒に「カナンの地」に行く。ルドガーと一緒でなければ行きたくない。
幼い少女の魂の底からの激励は、ルドガーの混濁した思考を一気に現実に引き戻した。
「え…る…」
辛うじて指を動かし、エルが重ねた手に指を弱々しく絡ませる。
「あ、ぐっ…ぎ、ぐぅ、あ゛あ゛あ゛…!」
再び襲う、命を削り取られるの激痛。それでも――死ねない、と。一瞬で痛みに押し流される欠片ほどの想いだが、決意は確かに心に芽吹いたのだ。
(ああ、負けないよ、エル。負けてたまるかってんだ。俺はお前をカナンの地に連れて行くんだ!)
血を流し膝を突いたユリウスの前方。海上に、ドクロとイソギンチャクを掛け合わせたような毒々しい魔物――海瀑幻魔が出現した。
ユリウスは双剣を握って立ち上がろうとする。しかし、今の失血と、
(海瀑幻魔は誘き出せた。あとはこの魔物を殺して、ルドガーにかけた術を解かせるだけなのに!)
幻魔の触手が一斉に動かぬユリウスをロックオンした。まずいと分かっているのに体が動かない。こんなところで終わるわけにはいかないのに――!
ユリウスめがけて触手の乱れ打ちが発射された。
「天地!」
「噛み砕け!」
「「ロックヘキサ!!」」
眼前に石柱が隆起し、乱立する。石柱は幻魔の触手を弾いてユリウスを防御した。
理解が遅れたユリウスの右腕が、誰かの両手でぐいっと引っ張られた。
「ユティ」
「肩、使って。ここから離れる」
自身で戦えないのも初めてならば、こうも他人に手厚く守られたのも初めてだった。
ユリウスは苦いものを堪えてユティの細い肩に腕を回し、波打ち際から離れた。
辛うじて元いた場所まで戻ると、ユティは容赦なくユリウスの腕を肩から解いた。尻餅を突き、拍子に切り傷が痛んだ。
「ありがと、ミラ、ミュゼ。息ぴったりだったね。
ユティはおもむろに首から提げていたカメラを砂浜に投げ捨てた。命の次に大事、と公言したカメラを、だ。
「ここからはワタシがやる。――ユリウス。時計、少しの間だけ返してもらう」
言うが早いかユティは、ユリウスのベストのポケットから銀の懐中時計を抜き取った。続いて自分の短パンのポケットから別の懐中時計を取り出した。
ユリウス以外の者が驚きに息を呑む。
「ユティ、あなた、その時計――!」
「……ごめん」
ユティは海瀑幻魔へ向かって歩き出す。歩きながら、両手に掴んだ懐中時計を空中に放り投げた。
懐中時計を中心に歯車の陣が広がる。無慈悲に響く秒針の音。ユティの体にいくつもの青い歯車が入り込み、その身を同色の殻で覆ってゆく。
歩き終わる頃には、ユティの変身は終わっていた。
首から下を覆うマリンブルーのスリークオーター骸殻。翼刃が大きく反ったフリウリ・スピア。
メガネが消え、トレードマークの巻き毛が緩んで下りて、肌も色褪せた。その様はさながら女豹だ。
「ミラはローエンとエルを守って。ミュゼ、サポート、お願い」
ユティは返事を待たず、海瀑幻魔めがけて――爆ぜた。
あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して
あんだあ「応ともさ! オリ主の骸殻も解禁になったし、ジジイ大活躍だし! ルドガーとユリウスのキャスト交替もできたし! 思い残すことはない!」
るしあ「残せ。まだまだようやく後半戦の入口に立った所であろう。大変なのはむしろこれから。兄弟の心理を描ききるという大業を成さねばならんのだぞ」
あんだあ「(∩ ゚д゚)アーアー 聞こえなーい聞こえなーい。カッチョイイとこ書けたから作者はとりあえず満足なのー。後半は後半でちゃんと書くけど一先ず満足したいのー」
るしあ「そう満足連発しておると某満足伝説氏のようになるぞ」
あんだあ「( ̄≠ ̄)クチチャック」
るしあ「……ある意味ではファンを敵に回す行動だがまあよい。スルーぞ」
あんだあ「今回は色んな人にとってターニング・ポイントだったんだよね。ルドガー君にもユリウス兄さんにもオリ主ちゃんにも。特にオリ主ちゃん。カメラを捨てたことでヤバイストッパーが外れました。痛みも何のそのです。グロイのも平気です。別に痛くないわけじゃないんだよ。万能チートなんてないよ。ただ『痛くてもそれを我慢して何でもないように見せる』訓練を積んできただけ。子育ての過程で豊かにしていく感情表現を、オリ主は逆に閉じていくよう周りが教育した成果だね」
るしあ「果たしてそんな外道教育を愛娘に施す未来のユリウス氏はこれからどんな目に遭ってそうなってしまうのやら」
( ̄ω ̄;)( ̄へ ̄|||)
るしあ「……今はまだ語るまい」
あんだあ「そだな……」