レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 とーさまを傷つけた――絶対 ゆるさない


Mission10 ヘカトンベ(2)

「あれが『カナンの地』!?」

「……なんて言わないよな」

「イイエ。そのまさか」

 

 ずっと黙っていたユティが一同から抜けて前へ出た。

 

「『道標』は『カナンの地』の偽装を剥ぎ取って、一時的にワタシたちの時空に現出させる算譜法(ジンテクス)そのもの。普段はあんなとこじゃなく、そもそも異界に在るセカイ。やっと、引きずり出せた」

 

 ルドガーはぞっとした。

 幽かに覗いたユティの横顔は、歪な笑みを浮かべていたから。

 

「場所は分かりましたが……どうやってあそこに?」

「ダイジョウブ。方法は決まりきってるから。あのね――」

「まさか『道標』を集めるとは」

 

 頭上から人を睥睨しきった声を聞き、ルドガーは双剣の柄に手をやって空を仰いだ。仲間たちも各々得物に手する。

 

 クロノスの姿を視界に捉えて、ルドガーは頭が真っ白になった。クロノスは、ズタズタでボロボロのユリウスを片手に()()()()()

 

「探索者の相手をしている場合ではなかったな」

「ユリウス…!」

「とーさま――」

 

 鼻白んだのはアルヴィンとユティ。

 ――彼らは前回の集まりの後、偶然ユリウスとも会ったと言っていた。そしてユリウスがクロノス共々次元の狭間に消えるのを目撃したとも。

 アルヴィンはともかく、あのユティが、ユリウスを父と位置付けた上で語る貌は、本当に酷い色だった。

 

「っ――兄さんを離せぇ!!」

 

 ルドガーは駆け出した。ジャンプし、双剣を揮ってクロノスを遠ざけた。クロノスの手がユリウスから離れる。

 何とかユリウスを掴むが、地面が迫って――

 

「『トランティポリ!』」

 

 ぶよん! 石畳ではなく独特のぶにぶに感がクッションとなって兄弟の着地を助けた。もちろん長い付き合いのルドガーはこの助けが誰によるものか知っている。

 

「……サンキュ、ティポ。エリーゼ」

 

 ルドガーはユリウスの腕を肩に回させ、ヌイグルミトランポリンから滑り下りた。

 

「兄さん! しっかりしろよ!」

「ナァ~!」

 

 メガネにヒビが入り、白い服のあちこちが裂け、赤黒いシミで固まっている。どんなにか痛めつけられたのか。

 ルドガーはこの時確かにクロノスに対して烈しい怒りを覚えた。

 

 ジュードがグローブを嵌めた両手を構え、ルドガーたちを庇う位置に出た。

 

「分史世界を増やしていたのは、あなたではなかったんですか!?」

「我は()()()()()()()()()()()()()()に骸殻を与えただけ。時歪の因子(タイムファクター)とは、奴らが我欲に溺れ、力を使い果たした成れの果てだ」

 

 

 ――――、なれの、はて?

 

 ルドガーはとっさに自分の胸を押さえた。

 

(俺、今日まで何回骸殻で戦った? 何回、分史世界に入った? いや、俺じゃなくて。兄さんは。何年もずっと骸殻で戦ってた兄さんの因子化はどこまで進んでる?)

 

 ふいに抱え起こしていたユリウスがルドガーの腕を掴んだ。

 

「逃げろ……ルドガー、勝ち目は……」

 

 半分朦朧としたユリウスがルドガーに言いかける。

 胸に刺さった。自分のほうがボロボロのくせに、この兄はいつもルドガーの身をこそ先に案じる。

 

「分史世界を贋物として消去してきた貴様が、真実を知らぬとは。一体、何を以て真贋を見定めてきたのだ?」

 

 偽物。真贋。その言葉を耳にした瞬間、ルドガーの中で煮えくり返っていた感情がぴたりと治まった。

 

 ――“私を殺せばいい”――

 ――“最初から正史に送り込むためだけに、『造った』の”――

 

 リフレインする。自分が偽者だと語った彼女たちが口にした、哀しい言葉の数々。

 

「……る…い…」

「それとも、そこな元マクスウェルを世界の崩壊から救い、分史世界への償いは帳消しになったとでも考えたか?」

「……るさい」

「分史の元マクスウェルも、もう一人の『鍵』の娘も、所詮は貴様らクルスニクの欲望が生んだ脆い逃げ水。ニセモノの紛い物というのに」

「うるさいッッ!!」

 

 喉を破かんばかりの怒号を上げた。これにはユリウスもエルも、仲間たちもルドガーを凝視した。

 

「――、何だと」

「うるさいって言ったんだよ! ミラもユティもニセモノなんかじゃない。分史世界だろうがニセモノだとは思わない。そこで生きて、幸せだった人も不幸だった人も俺は覚えてるし、写真にだって残ってる!」

 

 ミラは、「ミラ=マクスウェル」でなければならないか?

 ユティは、「ユースティア・レイシィ」でなければならないか?

 

(違う。ちがうちがうちがう! そうじゃない。ああじゃなきゃ存在しちゃいけないとか、こうじゃなきゃ生きてちゃいけないとか。俺はそんなふうに思いたくない。今まで分史世界を散々壊した俺に言えた義理じゃないけど、でも、これが俺の正直な気持ちなんだ)

 

「ユティ! 兄さんを!」

 

 応じてユティがこちらに駆けてきた。ユティはユリウスの腕を自身の肩に回させると、立ち上がってユリウスを連れて離れた。

 ――これで後顧の憂いなく戦える。

 

時歪の因子(タイムファクター)化したクルスニクが分史世界を生み出す仕組みを作ったのは、お前だろう、クロノス! 死者の魂を眠らせもせずただのモノにして、『壊さなきゃいけないもの』にしたお前が、真贋なんて語るな!」

 

 ルドガーは双剣を構えた。今まで経験したどの戦いよりも、腸が煮えくり返っていた。

 双剣とクロノスの両腕の刃が打ち合う。金属音が人のいない海停にこだました。

 

(イケる! このペースなら変身しなくても押せ)

 

「しぶといな、人間は」

 

 クロノスの背後に、1から12までの数字を刻んだビットが環状に現れた。

 今まで見たことがない攻撃。とっさにルドガーは大きくバックステップして仲間の輪まで戻った。

 

「全く醜悪極まる!」

 

 12個のビットが射出された。ただの飛び道具を、今日まで死線を潜り抜けてきた自分たちが躱せない道理はない。

 ルドガーはもちろん、ガイアスやミュゼ、ミラたちもそれぞれの得物でビットを弾いた。

 

「これは…! ダメよ、散らばって!」

 

 その中で一人、ミュゼがビットから何かを感じ取ってか、顔色を変えた。

 

 しかし遅かった。二度目のビット射出がエルとルルを狙ったこともあり、後衛メンバーは全員が彼女らのほうへ駆けつけてしまった。そして、弾ききれなかったビットがドーム状に展開し――

 

「結界術!?」

「厄介な技を使う――!」

 

 ミラが、ミュゼが、ガイアスが睨もうが、クロノスはどこ吹く風だ。これでこちら側の戦力はこの3人と自分のみ。

 

(充分過ぎる。さっき打ち合って分かった。俺もみんなも確実に成長してる。3人もいてくれれば、骸殻を使うまでもない!)

 

 たとえ勝っても自身が因子化しては意味がない。ルドガーはエルを連れて行くと約束したのだ。

 




(2013/10/9追記)
あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」

る「して(なれ)よ。今回の見所は何処ぞ」
あ「ルドガーが分史世界やそこの住人に対して一つの答えを示したこと。本来ならここはオリ主じゃなくてエルの名前が入るべきなんだろうけど、この時点で拙作ではエルが分史の人間だと誰も知らない(●●●●●●●●●●●●●●●●)のでああなりました」
る「そういえばヴィクトル分史をスルーしたのであったな」
あ「ぶっちゃけルドガーには兄弟関係のみで悩んでほしかったから、それ以外目が行かないようにするためにもヴィクトルさんスルーはどうしても必要な展開だったんだ。コレのテーマあくまで『兄弟』だから。分史ミラ生贄、エルが分史の娘と判明の(くだり)がないから我が家のルドガーはぶっちゃけ泥臭いっつーか、割と悲壮感控えめ。で、兄弟コンプレックスのみに集中できるし、ある種残酷なあれらの主張を叫べたわけだ」
る「『写真にだって残ってる』でさりげなくオリ主もフォローしておるの。物証があるかないかで『在ったか無いか』の議論も変わってくる。エクシリア世界でカメラが黒匣(ジン)かは置いて、しっかり存在証明があることを議場に上げるルドガーの着目力も描写できたではないか」
あ「このためのアルバム回。そして『写真』に拘ったオリ主の『そこに確かに在ったんだと残す』理念が報われた瞬間。どーよ結構頑張ったっしょ?」
る「調子づくでないわ」

(。・д・)_/◇☆(/*o*)/

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