レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 これが見たかったのよ


Last Mission アルケスティス(3)

「兄、さん? 何で……」

 

 何故ここにいる。何故そんなに苦しそうにしている。何故ジュードたちと敵対している――尋ねたいことは山ほど浮かんで、どれも声にならなかった。

 

「ユリウスから持ちかけて来たんだよ」

 

 説明を買って出たのはアルヴィンだった。

 

「もしおたくが決断できない時は、おたくに知らせず、俺たちのために『魂の橋』になる――ってな」

「……黙ってて、ごめん」

 

 ゴメンですむ話ではない。ルドガーはジュードをきつく睨み据えた。

 

「浅はかね。そも『審判』に挑む資格はワタシやルドガー、ユリウスみたいなクルスニクの血族にしか、ない。アナタたちの中にはそれに該当する人間は、いない。ユリウスを殺してどうしようもなくした(●●●●●●●●●●)後で、ワタシたちを呼びつけて、強制一択、『カナンの地』に行かせようとした。でしょう?」

 

 誰もが気まずげに目を逸らす様子を見て、ユティが溜息をついた。

 

「言われた時刻より早めに連れてきといて、よかった。知らないとこで兄さんが死んでたかも、しれなかったね、ルドガー」

 

 仲間だと、友達だと信じていた。だがそれ以前に、彼らは「断界殻(シェル)を開いた救世主たち」でもある。いわば世界に対する責任者だ。責任があるんです――初対面のジュードの台詞が代表的だ。

 

 今や「オリジンの審判」は、エレンピオスとリーゼ・マクシア両方の問題。問題を新たに持ち込んだ彼らに、失敗は許されない。許されないと、彼らは心に課している。

 

 そんな人間たちが、仲間の家族の命で世界を救えると知ったら、実行しないと言い切れるか。

 兄の死を悲壮に飾り立てて自分を囃し立てないと言えるか。

 

 答えは、この状況だ。

 

「――ミラ、お前もか?」

 

 思ったより怒ったような声になった。

 輪の最後尾にいたミラはびくんと跳ね上がり、みるみるバラ色の瞳を潤ませた。

 

「だ、だって、あなたがいなくなったら…あなたが『橋』にされて、死んじゃったら…! 私、どこにも居場所なんてないのに! ルドガーだけが私の居場所なのに! 私、どこにも行けなくなっちゃう…!」

 

 ミュゼが痛ましげにミラの後ろに漂い、そっと肩を撫でた。

 

 ミラが居場所がないと感じないように努力した。ミラの世界を壊したのは他ならぬルドガーだから。ミラが喜ぶことは何だってしてきた。

 それらの努力は全て、ミラのルドガーへの依存を無責任に加速させただけだった。

 

(俺たちの関係って全部ハリボテだったんだな)

 

 ジュードたちは敵ではない。だが、たった今、ルドガーの味方でもなくなった。

 彼らはあくまで「世界の味方」なのだ。たまたまルドガーの仕事が世界を守ることに繋がったから合一していられただけで、それが剥げれば、彼らとの間には本当の絆などなかった。

 

「……兄さん。本当にこれ以外の方法はないのか」

「ない」

 

 ユリウスの即答は呵責がなかった。

 

「『カナンの地』に入るには、ハーフ以上の能力者――この場では俺かお前、どちらかの命が要る。それがクルスニク一族の宿命なんだ」

 

 ビズリーが宿命を「呪い」と表現した意味を、ルドガーはようやく理解した。

 

 こんなのあんまりだ。理不尽すぎる。哀しすぎる。分史世界の命をさんざん取捨選択させられて、今度は正史でさえ命の選別をしろというのか。

 

「そんなに悩むことはないさ」

 

 ユリウスは左手の手袋を外して捨てた。手袋の下にあったのは、手袋の革よりなお黒い――呪いの刻印。クロノスが言っていた「成れの果て」。これが。

 

「どうせもうじき俺は死ぬ。俺には時間が残されてない。どうせならこの命を意味のあることに使いたい。俺の命で、『魂の橋』をかけさせてくれ」

 

 死にたくない、と昨夜叫んだ。今とてありったけの想いで、偽らざる本心だ。

 

 だが、ルドガーが生き残るためにユリウスを殺さなければならない? そんな選択肢は端から頭になかった。見通しが甘いと責められればそれまでだが、ルドガーはユリウスが死ぬ未来をこれっぽっちも想定していなかった。

 

「! ぐ…っ!」

「兄さん!」

 

 倒れた兄に慌てて駆け寄り、上体を支える。左手の黒が面積を増している。ユリウスの体が無機物へと変えられていく。ルドガーは思わずユリウスに縋った。

 

「……うちに帰れ、ルドガー。やっぱり(●●●●)お前には無理だったんだ」

 

 優しいはずの兄の言葉は、一瞬でルドガーの心を黒く塗り潰した。さながら「カナンの地」出現の時の白金の歯車が、月を泥で冒したように。

 

「――ない」

「ルドガー?」

「できない…! 俺にはできない! 俺は兄さんを殺せないッ!」


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