レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 さようなら とーさま


Last Mission アルケスティス(6)

 ユリウスは己の前に立った少女を見た。

 

 未来の分史世界から。未来のユリウスを、父親を殺して。自らの故郷を壊してまで正史に渡り来た娘。

 

 カメラに目がなくて、撮りたいものが撮れるまでは体調を顧みず何日も粘って。

 生のままの自然に無表情ではしゃいで。

 流れ作業のように時歪の因子(タイムファクター)を破壊するくせに記録写真は忘れなくて。

 

 ユースティア・レイシィ言うこと成すこと全てが、今日、ユリウスを殺すための布石だった。

 

「安心して。アナタの望みはちゃんと結実する。ワタシが叶える。何に替えてもルドガーだけは守る。ワタシが死んでも、守る。それがアナタの望みだよね? 過去(いま)未来(むかし)も変わらないたったひとつ」

 

 ユティはユリウスにスピアの尖端を突きつけていながら、極上の笑顔だ。やっと父から貰った本来の役が巡ってきたと喜んでいる。

 

「……、ああ、そうか」

 

 ユリウスも笑いたかった。

 18年経ってさえユリウスは弟が一番可愛いのだ。弟を救うためだけの子供を「造る」ほどに。

 

 分史世界の自分はどれだけの手間暇をかけて娘を洗脳したのだろう。少女は自身が住む世界を壊し、ルドガーを助けるために奔走して、それを疑問にも思わなかった。

 彼女を通してユリウス・ウィル・クルスニクの情念が見えた。

 

 ――こんなものは愛情ではない。ただの妄執だ。

 

「君の父親はとんでもないろくでなしだな」

 

 言い終えるが早いか、ユティのショートスピアが閃いた。

 

「が…あ、ああ、あ!!」

「兄さんっっ!」

 

 ユリウスは激痛に膝を突いた。左腕を押さえるが、血が溢れて止まらない。骨近くまで一気に裂かれたのだ。

 

 す、とユティがスピアの刃を突きつけてきた。

 

「とーさまへの侮辱は許さない」

「俺も、っ、お前にとっては、父親のはずだ、が…っ」

「ええ。だからアナタを侮辱した人もワタシは許さない。とーさまだけじゃない。かーさまにも、アルおじさまにも、バランおじさまにも。この人たちを貶める人は誰であっても許さない」

 

 この少女にこれほどまでに想われる未来のユリウスは、一体どんな父親だったのか。

 

 少女を完成させるまでに長い道のりを経たであろう、可能性の先のもう一人のユリウス・ウィル・クルスニク。

 このユースティアの絶対的存在であった自分と、その友人たち。

 

 彼らはどんな想いでルドガーを救いたいと念じてきたのだろうか。どれだけの人たちが、自己の消失を措いてまでルドガーの生きる世界を望んでくれたのだろうか。

 

(何だ、ルドガー。お前にはこんなにお前を必要とする人たちがいるじゃないか。俺一人と引き換えにするなんて、我が弟ながら、何て贅沢な奴だ)

 

 気づけばユリウスは微笑っていた。

 そして、決然とユティを仰いだ。

 

「前にお前は俺に、弟のために自分を殺す覚悟はあるか、と聞いたな」

「ええ」

「上等だ。ユースティア、俺の命で『魂の橋』を架けろ」

 

 ユティはスピアを回し、改めて構えた。

 

「その答えを待ってた」

 

 倒れたままルドガーが叫んだ。

 

「待て、だめだ、やめろ! 殺すな! やめてくれ、ユティ! ――兄さん、兄さんっ!!」

 

 恥も外聞も捨ててユリウスの命乞いをしている。こんな時なのに、頬が緩んでしまった。

 

 それだけルドガーに、家族に愛されることができた。だからもう、充分だ。ルドガーに殺されるという贅沢は叶わなかったが、これでルドガーは死なない。そして生き残ったルドガーには、ルドガーを支える仲間が大勢いる。

 

「本当にいいのね」

「ああ。ひと思いにやってくれ」

「うん。ひと思いにやる」

 

 ユティがショートスピアを片手で引き、溜めの姿勢を取った。この槍の刃がユリウスの心臓を貫けば、弟を救える。

 

「さようなら、とーさま、叔父貴(●●●)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うす暗い埠頭に鮮紅色が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがその色を首から噴水のように溢れさせたのはユリウスではない。ルドガーでもない。兄弟はただそれぞれの間にいた少女が取った行動に目を奪われていただけだ。

 

「ユースティ、ア?」

 

 ユティはショートスピアで自らの首を貫いていた。


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