レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 ごめんなさい 言いつけ 守れなかった


Last Mission アルケスティス(7)

 ぽた、ぽた。穂先から血が石畳に落ちて染みる。

 水色のカーディガンも枯葉色のワイシャツも真っ赤に濡れていく。

 

 

「これ、しか、思い、つかなか、った。ユティ、あたま悪い、から」

 

 

 傷んだホイッスルじみた空気の音。ガラガラに濁った声。

 全ての挙措が、一撃で取り返しのつかない機関を損ねたと、否応なく彼らに教えた。

 

 

「できる、はずだったのに。ここに来る、前も、とーさま、殺して、練習、した、のに」

 

 

 算譜法(ジンテクス)の効果が消え、正しい重さが体に戻った。ルドガーは真っ先に、こけつまろびつ駆け出した。

 

 ふうっ。ユティの体が軸を失って倒れる。ルドガーは辛うじて受け止め、自身も尻餅を突いた。

 刺さったままのスピアのせいで上手くユティの体を支えられない。かといって抜く度胸もない。

 

「ユティ! ユティ!!」

「ユースティア…! どうして…」

 

 ジュードたちがバタバタと駆けてくる。

 

 ジュードは槍は放置して患部に治癒孔をかけ始める。それに合わせて、じわじわ、じわじわ、とアルヴィンがスピアを抜いていく。

 

 

「スキ、に、なっちゃった、の。ルドガー、が、ユリウスが、いる時間、が、とても、楽し、かった、か、ら。産まれて初めて、だった。タノシイって、感じた、の。だか、ら、考え、た。ずっと、ミンナ、そろって、タノシイまま、で、いられる方、法。ここの『橋』を、架ける人、変える、こと」

 

 

 ルドガーもっとユティの上体起こして、とジュードに指示を出される。ルドガーは急いでユティの腹を抱え、ユティを半起き状態に持っていく。

 動くごとにユティが声にならない悲鳴を上げるのが、聞いていて痛かった。

 

 

「ユティ、は、とーさま、と、叔父貴、がいない、世界なんて、これっぽっち、も、たの、しく、ない…ふたりのどっちか、が、死んだ、世界になる、なら、世界、なんて、滅んでい、い、のに」

 

 

 ユティがポケットから懐中時計を取り出した。ユリウスと同じ銀色。夜光蝶の時計。

 

 

「クルスニク、は、みんな、カナシ、イ。だれだって、死ぬのは怖い、のに、だれか死ななきゃいけない、ように、できて、る」

 

 

 スピアを抜いていたアルヴィンの手を、ユティは血まみれの手で外させた。

 

 

「も、いい、よ。ユティが死なない、と、カナン、の地、入れ、ない」

 

 

 ユティは首を貫くスピアの柄を両手で掴んだ。まさか、と慄然とするも遅かった。

 

 

 ユティは残る力を振り絞り、刺さったままだったスピアを完全に引き抜いた。

 

 

 からからん、と血の痕を引いて転がるスピア。ユティの首の二つの穴からぼたぼたと先以上の鮮血が流れ出し、ルドガーのワイシャツを濡らした。

 

「ユースティア!!」

「や、めろ…死ぬなよ、ユティ! 死ぬな!」

 

 ユティは口をぱくぱくさせるだけで、どんなに呼びかけても声での答えは返って来なかった。

 

 エリーゼは涙し、ローエンに抱きついて嗚咽を漏らす。

 ジュードは悔しさを隠しもせず治癒功を当て続け、レイアがその拳を両手で包みながら泣いている。

 

「俺だって、お前のこと友達だって…一緒にいて楽しいって…! だから…頼むから…!」

 

 もはやルドガー自身、何者に懇願しているか分からなかった。

 

 

 すると、ユティは震える腕を持ち上げ、震える指で天を指した。

 指の先には、不気味に浮かぶカナンの地。

 

 

 腕が血だまりに落ちて赤い水滴を跳ねさせた。

 それを最後に、ユティは動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 ――橋が架かる。

 ――あの禍つ月と同じ、闇色の橋が。


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