アルヴィンは、いまだユティの亡骸を囲んで動こうとしない兄弟の傍らに立った。
――誰よりもルドガーとユリウスがユースティア・レイシィを悼んでいる。当然だ。ユリウスにとってこの子はもはや我が子に等しい存在で、ルドガーにとっては世界の存亡云々が関係なく友人でいられた相手だった。
そんな少女が、他でもない自分たちを生かしたくて自ら死んだ。
その事実が兄弟を押し潰しているのはアルヴィンにも分かる。だから、確かな重さを感じていても押し潰されていないアルヴィンが、ここで動かなければならないのだ。
「アルフレド……?」
「ちょい、ごめんな」
しゃがんでスカーフを解き、彼女の顎を伝う血を拭い、そのまま首に巻く。そうして惨たらしい穴を隠した。
アルヴィンにしてやれる、小さな死化粧。
「おたくら、これからどうすんだ」
「どう、って」
「『橋』は架かった。今すぐにでもエルを助けて、クロノスとオリジンをぶちのめしに行けるお膳立てが整ったんだぜ。こんなとこで座り込んでる暇はねえはずだろ」
しかしルドガーもユリウスも大したアクションは起こさない。ただ少女の死体を間に挟んで項垂れるばかり。
「――渡れるかよ」
先に口を開いたのはルドガーだった。
「渡れるもんかよ! アレはユティの魂で…命で出来てるんだぞ!? 今、たった今ここで死んだユティの!」
訴えるルドガーは涙目だ。泣いてはいない。だが泣きたいくらいには、ユティを好いていたのだと。
「自分のことで手一杯で、一度もユティの気持ち、真剣に考えたことなかった。ユティはずっと近くにいてくれたのに。俺は、気づけなかった…気づけないまま今日になって…こんなの俺が殺したようなもんじゃないか…! なのに、ユティの命を踏みつけてまで、カナンの地に行くのかよ!」
その一言で、アルヴィンはルドガーの胸倉を掴んで立たせた。
「今さら寝言ぶっこいてんじゃねえぞ。『俺が殺したようなもん』? そうだよ、お前が殺したんだよ。お前だけじゃねえ。ユリウス、あんたもだ。この場の全員が全員、この子を殺したんだ」
どん! アルヴィンは掴んでいたルドガーを突き飛ばした。
「この子が死んだのは、お前のせいで、あんたのせいで……っ…俺の、せいだよ!!」
言い切ったアルヴィンは、呼吸も荒く肩を上下させた。
「アルフレド……」
「今! 俺たちがすべきは、こいつの遺体囲んで泣くことか? 違うだろ。カナンの地に行って、オリジンの審判にカタつけて、エルを連れて帰ることだ。そんくらいの大団円じゃねえと割に合わねえだろうが!」
ルドガーが、ユリウスが、横たわるユティの亡骸を見下ろす。今度は何を想ったのか。
「そんくらいの意地が準備できたら言えよ。俺たちはカナンの地に行く。お前ら兄弟を守ろうとしたこの子の願いは、俺が継ぐ」
暗に、彼ら抜きにはカナンの地に行かない、行くなら彼らを守ると。
その意思を伝えてアルヴィンは兄弟と少女の亡骸から離れた。
【アルケスティス】
ペライ王アドメトスの妻。若くして死ぬ運命を知らされた夫が自分の身代りとなって死ぬ者を求めた時、進んで夫の身代わりとなって死んだ。