レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

81 / 103
 どうして? あなたは強いのに


Report(番外編)
Report1 カストール


 カメラのレンズよし。フレームよし。充電よし。電源よし。

 メモリーカード2枚とストレージ。充電器。予備のバッテリー。旅行用ガイドブック。三脚。レンズ。ショートスピア。1ページ式のミニアルバム数冊。

 財布。GHS。タオル。替えの下着。

 装備を一通り確認し終えてから、それらを三脚ケースに詰める。機材は傷まないように、それ以外は適当に。

 詰め終わったらジッパーを閉じ、ケースを肩に担ぎ、カメラを首から提げる。

 

 キッチンでエプロンを着て料理中のルドガーに声をかける。

 

「出かけてくる」

「撮影か」

「ん」

「気をつけて行けよ。帰りは?」

「未定」

「分かった。帰る前に連絡入れろよ」

「ん。いってきます」

 

 ユティはルドガーに手を振って部屋を出た。

 

 

 

 トリグラフ郊外。ユティは小走りに待ち合わせの相手に近寄った。陰鬱としたこの地域に不釣り合いな、清潔なコートを着た男。

 

「ユリウス。来たよ」

「――、ああ」

 

 GHSを操作していたユリウスが顔を上げ、ユティを認めた。

 

 撮影旅行と称してユティはひんぱんに出かける。誰もそれを不審がらない程度には、ユースティア・レイシィはカメラフリークであると思わせる演出をしてきた。実際はこうして、ユリウスと密会し、分史世界の探索をするための外出。

 もっとも入った分史であちこち撮影するから、撮影のためという理由はあながちウソではない。

 

「時間きっかりだな。さすが」

「それほどでも。早く行こう」

「ああ。頼む」

 

 ユリウスはGHSを操作し、座標進入点のデータを画面に呼び出し、ユティに手渡してきた。

 ユティはGHSを受け取ると、ポケットの夜光蝶の時計に触れて、感覚の中で両者をリンクさせた。

 そして、一組の男女がまた新しい分史世界へと踏み込む。

 

 

 

 

 

 ザワ。ザワ、ザワ。ザワ。

 

「どこ?」

「マクスバードだな。エレンピオス側の。偏差を見るに近くに時歪の因子(タイムファクター)があるはずだが」

 

 ふとユティがユリウスのコートの袖を引いた。

 

「ねえ。あれ、何?」

 

 ユティが指さしたのは、埠頭のあちこちに止まっている鳥。

 

「カモメだよ。見たことないのか?」

「初めて見た。あれ、生き物? 本物?」

「少なくとも俺はあれほど精巧な機械人形(オートマタ)は見たことがないな」

 

 するとユティは軽やかに駆けていき、地面を歩く一羽のカモメの前でしゃがんだ。こういう盛り場に慣れた生物は人間を怖がらないものなので、ユティが近くで見ていてもカモメは飛び立たない。ユティはそれをじっと見つめ続ける。

 

 ユリウスはつい歯切れよい溜息と共に苦笑していた。

 

「エサでもやってみるか?」

 

 近寄って上体を折って、しゃがむユティに提案する。

 

「何がごはん?」

「鳥は基本雑食だから何でも大丈夫だぞ。ほら、あの辺の露店の、パンくずとか野菜の切れ端でもいい」

「10秒でもらってくる」

 

 ユティは俊敏に立って露店へと走っていった。

 

 こんなふうに和む余裕はないと頭では分かっている。行くぞ、と一言告げればユティは文句を言わずに働くこともこれまでの付き合いで知っている。

 それでもユティの道楽を黙認するのは、ユリウス自身が逃亡生活に倦んでいて、新しい刺激を欲しがっているからなのだろう。

 

「もらってきた」

「ジャスト10秒……」

 

 戻ってきたユティは質の悪い紙袋の口を掴んで持ち上げた。

「じゃあ手に持ったまま近寄ってみろ。手を開けたままにすると、タチが悪いのはエサだけ()って逃げるから、手の中に握り込んでおくんだぞ」

 

 ユティは紙袋を持ってカモメの群れに向かおうとした。しかし、はたと間を置いて、Uターン。

 

 ユリウスが見守っていると、ユティは三脚ケースを降ろし、中から三脚を立ててカメラをセットし、しばらくカメラをいじったり覗いたりしてから戻ってきた。そして、素直にもユリウスが言った通りのやり方でカモメを呼び寄せ始めた。

 

 ユリウスは広場の噴水の縁に腰を下ろし、ぼーっとユティを眺めた。

 くるくる。好き勝手なステップ。人間が好き勝手に動いても鳥たちは捕食本能のままにユティに付いて回る。少女とカモメの即興舞踊。

 

 足りないのはバックコーラスだけ。

 ユリウスはふと、なんとなく、本当に気まぐれに。癖になった「証の歌」をハミングしていた。

 

「その歌」

 

 ユティがステップを踏むのをやめて、こちらを向いてごく淡く笑った。

 

「その歌、大好き。寝る前にとーさまが歌ってくれた」

 

 そしてユティは唄い始める。伸びやかなハミングは波音とカモメの鳴き声をバックコーラスに、潮風にほどけてゆく。

 ユリウスは、自身以外の声でこのメロディを聴くのが初めてだったので、ついユティが歌い終わるのを待ってしまった。

 

「君のお父さんはクルスニク直系なのか」

「うん」

「それなら証の歌が伝わっていても不思議はない……か?」

 

 もっと深く尋ねてみようとしたユリウスは、ユティが話す内に手を開いているのに気づいた。

 エサの屑でベタベタのままの手の平を、だ。

 

 次々に肩や腕に止まるカモメの群れ。数は暴力である。ユティはどんどん萎縮していく。あっとういうまにカモメまみれだ。

 

「や、や、ぅぁ」

「言わんこっちゃない――!」

 

 ユリウスは急いで駆け寄ってユティに(たか)るカモメを手で追い払った。

 

「びっくり、した」

「こっちがびっくりだよ」

「本物の生き物って、あんなに俊敏なのね。初めて知った。しかもすごく捕食に貪欲で、凶暴で。すごい勢いで集まってきた。全然可愛くなかったの。ワタシ人間なのに全然従順じゃなくて、エサ奪い取ろうとするだけなの。すごいね」

「――もしかして今、興奮してるか?」

 

 両拳をぶんぶん振っていたユティは、自分がどういう状態か分かっていないように首を傾げた。

 ユリウスは片手で顔を覆って盛大に肩を落とした。

 

「あ」

「今度は何だ」

「カメラ。撤収」

 

 ユティは駆けていってカメラを回収し、三脚をすばやくケースに納めていく。

 

(どこまでも自分のペースで生きてる子だなあ。いっそ清々しいくらいだ)

 

「エサ、余った」

「適当にくず籠に捨てればいいさ。――さて、そろそろ時歪の因子探しに行くか」

「ココのはヒトかな、モノかな」

「君はどっちがいいんだ」

「どっちでもいい。ちゃんとどっちでもできるように教えてもらった。ユリウスは?」

「君と同じだよ。やることは同じならどちらでも変わらない。個人的な希望としては魔物だが」

 

 良心の呵責に悩まされずにすむ。物に次いで後味の悪さもない。

 

「選択肢にないの、言った。反則」

 

 ユティは軽く頬を膨らませた。案外年頃の娘らしい顔もできるじゃないか、とユリウスは小さく笑う。

 

「選択方式だと先に宣言しなかったほうが悪い。まあ、普通の魔物ならまだしも、ギガントモンスターだったら少し悩むが」

「何で?」

 

 ユティは純粋に分からないというふうに首を傾げた。

 

「ギガントモンスターがどういうものか知らないのか? 普通のエージェントや傭兵じゃ太刀打ちできないからギガントなんて名が付いたんだ」

「普通のエージェント、じゃない。アナタは誰より強いのに」

 

 ユリウスを見上げる蒼眸(そうぼう)には一点の曇りもない。

 彼女は本気で、ユリウスならどんな強大な魔物であろうと楽々勝てると信じている。憎らしくなりそうなほどに、偶像のユリウス・ウィル・クルスニクを信じている。

 

「強いフリをしてきただけだ。実際には俺程度ならそこら中にいる」

「いない。ビズリー社長、言ったもん。ユリウスは最強のエージェントだ、って」

 

 ユリウスは言葉を失った。まさかビズリーの名を出されるとは予想だにしなかった。だが、すぐに嘲笑が口に昇る。

 

「……俺の凡庸さを一族の誰より知るあの男が? 本当にそんなことをぬかしたなら、皮肉以外の何でもないな」

「本当なのに……」

「無駄話はここまでだ。時歪の因子(タイムファクター)を探すぞ」

 

 ユティは肯いてから、紙袋を破いた。パンくずやしなびた野菜が辺りに散らかる。突如として現れた大量のご馳走に、カモメたちが殺到した。集まったカモメの中には、エサにありつきそびれて露店を狙うのもいて、露店商の悲鳴がちらほら聞こえた。

 

(俺を一番に見限ったのは、他でもないあなたじゃないか)

 

 ユティが物言いたげに見上げてきた。何でもない、とそっけなく答え、歩き出した。




あ「あんだあでーす(≧▽≦)」
る「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
る「して(なれ)よ。本編途中で番外編とはこれ如何に」
あ「ぶっちゃけ作者がスランプ中」

(; ̄ー ̄川( ̄Д ̄;;

あ「夜は薬に頼らないと眠れなくてそれでも悪夢を毎晩見てそのせいで日中眠い上に動悸もヤバイ日々を送っている中で番外編上げただけでも良しとしてやってくれ」
る「……是非も無し」
あ「安心しろ。プロット自体はすでに最終話まで出来ている」
る「というかとっとと病気を治せ作者……」
あ「心理的病だから無理。――今回はユリウス兄さんとオリ主の関係を描いた短編だ。M6以来、協力体制になった二人の一部を紹介してみた」
る「ユリウス氏がカモメとの戯れ方に手馴れておったのはルドガー氏が幼い頃に似たようなレジャー経験があったゆえぞ。(21)ではないと注意申し上げておこう。ちなみに(21)がお分かりになれぬ諸兄、我はそのまま諸兄にピュアでいてくれることを願う」
あ「ルドガー君がただでさえエルコンなのにユリウスさんまで(21)行かれたら俺も作者も泣くよ!?o(;△;)o」
る「泣くでない、見苦しい(-。-;)。しかし(21)でないにしろ、そこそこオリ主とユリウス氏の距離が縮まってきたような」
あ「そりゃあ原作キャラと仲良くしないで何のためのオリ主だよ」
る「メタな発言をするでない。返しに困るわ」
あ「そしてローエンの言う通りブレないオリ主ちゃん。今回で動物が苦手というか、よく知らない? 事実発覚」
る「鳥類でもポピュラーなカモメに対して『生き物?』と尋ねるのは意味深なり。人間に従順ではない、可愛くない点に驚くのも違和感がある。野生動物の常態であろ」
あ「てかさ。一個あの親子? にツッコミ入れたい」
る「何ぞ?」
あ「ゴミはゴミ箱に捨てなさい! そしてユリウスも露店の人が困ってるのさくっとスルーしないの!」
る「……ある意味この二者に同じ血が見られた回であったな」

ι(`ロ´)ノヾ(-_-;)

※ 注意とお詫び
「M6以降で協力関係」と書きましたが、この時間軸ではまだユリウスは拘束中なので矛盾が生じることに気づきました。作者のミスです。実際はM4とM5の間の出来事です。申し訳ありませんでした。

【カストール】
 ゼウスとレダの子。ジェミニ(ふたご座)の片割れで、弟は剣とボクシングの名手ポルックス。父親は違っていて、弟は不死を持っていたが、カストール自身は普通の人間だった。そのため戦争で流れ矢を受けた時に死亡。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。