レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

9 / 103
 わたし、間違ったことを言ってしまった?


Mission3 テミス(2)

「お邪魔するよ、ルドガー君」

 

 客はビズリーとヴェルだった。分かっていたとはいえ、あの暴走列車からヴェルを連れて脱出したビズリーの実力には改めて背筋が凍る。ユリウスはこれを相手に何年もルドガーを隠し通してきたのかと思い致すと頭が下がる。

 

「ビズリーさん! 無事だったんですね」

「私は、な」

 

 直後、天井からマフィア風のサングラス男が襲ってきた。ユティはとっさにエルを抱えて離れる。

 ルドガーが胸部を蹴られて尻餅を突く。次いで男はジュードに襲いかかった。

 

「君は!?」

「驚いてる暇が――っ」

 

 ジュードは男の腕を掴んで背中にねじり上げ、男を床に組み伏せた。武道家らしい無駄のない動き。

 

「――ある、ようだな」

「イバル……」

 

 ジュードの知り合いらしい。彼についてはユティには情報がない。なので、とりあえず一枚撮っておいた。

 

「何撮ってるんだ!」

「知らない人だなあと思って」

「知らん人間なら誰でも写真に撮るのか貴様は!」

「撮らないよ。アナタは特別オモシロイ構図だったから」

 

 イバルとのかけ合いを終わらせたのはビズリーの呵呵大笑。ビズリーには楽しいデモンストレーションだったようで、イバルはその場で雑務エージェントとして雇われた。

 

「何の真似ですか」

 

 ジュードは胸を押さえて起き上がるルドガーをちらりと見やってから問う。声は剣呑さを隠してもいない。――ジュード・マティスは知り合ったばかりの赤の他人のために本気で怒っている。

 

「状況が分かっていないようだな」

 

 ヴェルが進み出て、テレビのリモコンを点けた。テレビに出たのはアスコルド列車テロのニュース。

 

『当局はテロ首謀者として、クランスピア社社員、ユリウス・ウィル・クルスニクを全国に指名手しました』

 

 ユティはエルの肩に回していた手につい圧をかけてしまった。

 

「イタッ…ユティ?」

「ごめん、エル。ちょっとしたエラー」

 

 エルを痛がらせないようにと意識すると、今度は手がマナーモードのGHSみたく震えてくる。知っているのに、体験するとこうもダメージを被るのか。ユティは男性陣に悟られまいと、しゃがんでエルを支えるフリをして、エルの背で景色を遮った。

 

「警察は複数の共犯者がいると見て、関係各所を捜索中です」

「当然、君は最重要参考人だ」

「エルもルドガーも、関係ないってば!」

「容疑者の弟が、事件の日に偶然同じ駅に勤め、列車に乗り込み、容疑者と一緒に消え去った。これを信じろと?」

「信じてよー!」

 

 主張するエルの両手をユティは後ろから掴んで宥める。

 相手はこの時代のエレンピオスの裏の権力者、覚えめでたいのは望ましくない。エルはビズリーたちが喉から手が出るほど欲しい希少価値の蝶なのだ。

 

「事実なら証明してみせろ。ユリウスを捕えれば真実は明らかになる。どうだ。やると言うなら、警察は私の力で抑えよう」

 

 ルドガーが俯いて考え込む。やはりこういう筋書きになった。問題はこの筋書きにどこまで手を入れられるか。フォローしてくれる父親や大人たちのいない中で。

 

「ルドガー、まさかやるとか言わないよね」

「ユティ……?」

「ユリウスはルドガーに平穏無事に過ごしてほしい。時計は一回きりで終わらせて、あとはもう元の生活に戻ってほしがってる」

 

 主目的が「ユリウス捜索」であっても、その過程には必ず分史世界破壊が付いてくる。ひとたび分史世界を壊したが最後、ルドガーの道は破滅確定だ。道筋を変えられるならここでルドガーを一切合財関わらせないようにしたい。

 

「ユティは兄さんが危ない目に遭ってるのを見過ごせって言うのか」

「見過ごして。ルドガーに追わせないためにユリウスは一人で行った。ユリウスはルドガーに助けてほしいなんて言ってない」

「……言ってないだけで、内心では思ってるかもしれないじゃないか。いくら兄さんだって全国手配されたんじゃ困ることも多いはずだ」

「思ってない。ユリウスはルドガーに助けてほしくない」

 

 言い切って、ユティは息を呑んだ。

 ルドガーの翠眼が烈火のごとき迫力を宿してユティを見下ろしてきたのだ。

 

(視線が人を殺すとしたら、こんな眼かしら)

 

 心臓が不快な律で打ち始める。ヴェルとの初対面でも、ユリウスがビズリーに斬りかかるのを見た時でさえ、こんな反応は起きなかった。

 分からない。何がここまでユースティア・レイシィを硬直させるのか、何がこうもルドガーの琴線に触れたのか。

 

「俺は兄さんの思い通りに動く人形じゃない」

 

 ルドガーは顔を上げ、ビズリーに対してまっすぐ宣言した。

 

「分かった。兄さんを探す」

「――いい判断だ」

 

 ユティは唇を噛んだ。規定事項とはいえ、イヤなほうに展開が転んだ。

 

 

 

「状況失敗――」

 

 今回は完全にユティの負けだ。




 借金があってもなくてもエージェント(仮)のスカウトは来るんですよね。ただ借金という正当な理由がないからGHSで居場所把握ができないので、多少監視に手間はかかるでしょうが。

「俺は兄さんの人形じゃない」――拙作のルドガー君の基本理念はまさにこれです。ずばり拙作の最大のテーマは、ルドガー君がいかにお兄ちゃん離れしようともがくかです。
 育ててくれた唯一の家族とはいえ、大人になってくれば離れたい、自立したい、一人前になりたいと願うもの。それが男ならなおさらその傾向は顕著です。ルドガー君は世界の命運より、自分を一人前にするにはどうすればいいかでしばらくは頭がいっぱいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。