レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 捕まえてみせてよ 真実あなたが「それ」を望むなら


Report8-1 ディオニシオス/スターター

 触らぬ覇王に祟りなし。

 そう思ったから街中でその男を見かけても通り過ぎようとしたのに。

 

「あ、王様だ。王様~!」

 

 横にいたエルが無邪気に手を振ってしまったものだから、あっさりとユティはガイアスに捕獲された。

 

 

 

 

(なるべく避けろって、アルおじさまから教わってたのに)

 

 クランスピア社本社ビル前にて。ユティはガイアス、そしてタイミングを読んだように顕現したミュゼと対峙していた。

 

「ミュゼが街中にいるの、目立つね」

「しょうがないわ。私もこれ以上人間らしい形態になることはできないんだもの」

 

 せめて翅は隠せ、と一体パーティの何人がツッコミを堪えたのだろう。

 

「王様。ワタシに用事なんでしょう」

「ああ。ローエンから話は聞いた。ユティ、お前もルドガーと同じ、骸殻能力者だったそうだな」

「うん」

「何故隠していた?」

「ルドガーが気にすると思って。コレはルドガーの大事なアイデンティティ。おいそれとワタシも使エマスなんて言えたものじゃなかった。キジル海瀑の時も、本当は出すつもり、なかったんだけど」

 

 希少価値は、希少だから価値なのだ。パーティにおいてルドガーだけが骸殻能力者だという事実は、ルドガー本人も意識しないところで彼の自信になってくれていたのに。

 

(どう反省してもあれはミスだった。少し離れたせいでルドガーをみすみす危険に晒して、ユリウスに自分で自分の腕を斬るなんてマネさせた。その元凶の自分を許せなくて、骸殻を解禁してまで戦った。要するにヤケッパチ)

 

 あれ以来、ルドガーとはほとんど口を利いてない。ミラもエルも何も言わないが、両者の不仲を感じ取っている。

 返す返すも悔やまれる。

 

「ワタシが骸殻能力者だとどうしてアーストに呼び止められるの?」

「ルドガーの時と同じだ。お前が世界の命運を背負うに足る人間かどうか見極めるために来た。お前がどう務めを果たすのかを俺に見せろ」

 

 ユティは深く深くため息をついた。骸殻能力者だと伝わればガイアスは必ずこう言いに来ると分かっていた。

 

(でも、ちょうどいいかもね。ワタシもこの人とは一度話したいと思ってた。ルドガーを見極めにわざわざ任務に同行したって聞いた時からずっと。ユースティアには余分な感情なのに捨てられなかった。ここで――抹消する)

 

「ワタシがふさわしい人間じゃなかったら?」

「斬る」

「ま、当然よね」

「ダメだよ、そんなの!」

 

 エルがガイアスとユティの間に立ち塞がった。ルドガーの時もエルはこうした。

 

(本当に勇気ある蝶ね。昔はそんなエル姉に憧れもしたのよ)

 

 ユティはエルをふり向かせ、正前で片膝を突いた。

 

「エル、今から一人で帰れる?」

「……王様といっしょに行くの?」

「それは、王様次第」

 

 エルは苦悩を濃く浮かべたが、やがて肯いた。

 

「わかった。ルドガーにはユティの帰りおそくなるって言っとく」

「帰り道、ひとり、平気?」

「ヘーキだしっ。ルルもいるもん。ユティは、ダイジョーブ?」

「ダイジョウブ。がんばる」

「ナァ~」

「心配しないで。上手くやってみせる」

 

 背中を向けて去っていくエルとルルに手を振って見送り、ユティはガイアスとミュゼをふり返った。

 覇王とそれに侍る大精霊の女。実に絵になる。カメラフリークをやめていなければ一枚納めたいところだ。

 

「一つだけワタシからもアナタにお願い、ある」

「何だ」

「今からワタシと鬼ごっこ、して」

 

 

 

「どういうことだ」

 

 ガイアスはローエンやジュードから事前に、関わることの少ないユティの性格を聞いていた。突拍子がなくマイペース、されどレンズ越しのまなざしは確かに周りを捉えている。総じてそういう人物評。

 

「アナタがワタシを捕まえられたら、ワタシはクルスニク一族としての仕事を見せる。捕まえられなかったら、そこまで。ワタシはアナタの言うこと聞かない」

「素直に従う気はないということか」

「ワタシはエレンピオス人。アナタは外国の王。アレしろコレしろって命令されてハイハイ従う義務はないと考えてる」

「ずいぶんと好戦的な物言いね。あなたって見た目通り怖いもの知らずなのかしら」

 

 ミュゼはおっとりと、しかし欠片も優しさはなく首を傾げる。ユティの返答いかんでチャージブル大通りは陥没しよう。

 

「敬意は払ってる。ア・ジュールの黎明王にして、リーゼ・マクシア統一を成し遂げた覇王が相手だもの」

 

 声は無機質で敬意はおろか何の感情も汲み上げられない。

 

「フィールドはトリグラフの街の中。外に出たら問答無用でワタシの負けでいい。ミュゼの協力はアリ。ただしミュゼが捕まえても勝ちにはならない。あくまでアナタの手でワタシを捕まえてみせて。ゲーム終了条件はアナタによるワタシの捕獲」

 

 低く上げた両腕は、羽根を広げた蝶を思わせる。

 

「で、どうするの? ワタシのお願い、聞いてくれるの、くれないの」

 

 口調は拗ねた小娘でありながら、メガネの奥の蒼眸は戦いに挑む前のそれ。

 

「一つ言っておく。俺は子どもの頃『ア・ジュールのサル』と呼ばれた男だ。妹に木の上から獲ったサクランボを投げて遊んだりしたこともある」

「意外」

「意外ね……」

「とりあえずアーストの実力、了解した。始めていい?」

「構わん」

「ミュゼ、スタートの合図、して」

 

 ミュゼは「♪」が幻視できそうな調子で腕を掲げた。あれは十中八九、悪意のない騒動を起こす前触れだ。ガイアスは密かに何が起きても動じない覚悟を決めた。

 

「よーい……スタート!!」

 

 バンッッ!!

 

 ミュゼの指先で小爆発が起きた。通行人には悲鳴を上げたり、転んだりする者もいる。すわアルクノアのテロかと騒ぐ者も。

 

「あら? 人間界の徒競走の合図ってこうじゃないの?」

「方向性は間違っていないが、スケールが間違っていた。次はもう少し威力を落とせ」

「はあい」

「それと――」

 

 ガイアスが続きを言う前に、こちらに慌ただしく駆けてくる複数の足音。

 

「警察だ! そこの二人組! 爆弾物所持の現行犯で連行する!」

「――人が大勢いる前では特にするな」

「ガイアスといると人間界の色んなことが勉強できて楽しい♡」

「ユティを追う。行くぞ」

「はーい」

 

 ガイアスとミュゼは、怒鳴る警官たちを完全に無視して走り出した。

 






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